第20話 文化祭 長年の集大成

《テミス、テミス? まだ意識はある?》


(うーん……女神??)


《今からあなたに超重要任務を与えます》


(今?? 全身が痛くて動けないんだけど)


《回復魔法をかけてもらってるでしょ。すぐ動ける。それよりこれを実行しないと、世界が大きく歪むわ。アテナが死んでしまった時のようにね》


(またバグが発生するの!? もうあんな思いはしたくない。何すればいい?)


《まずはバグアイテムの【透明マント】を取りに行って》


(透明マント?? 七大聖山のベルグ山でもらったやつ? たしか、私の部屋のクローゼットに押し込んだと思うけど)


《そのマントで身を隠しながら、アテナにバレないように援護して》


(ステルス装備のスナイパーというわけね。なんでアテナにバレちゃだめなの? もうアテナは私の能力に気づいているよ)


《勇者の素質があるアテナがすでに先代の勇者を超えているテミスに依存したままだと、いつまで経っても、勇者は成長しない。成長に必要なものは甘えられない状況だけよ》


(獅子は我が子を千尋の谷の落とすってことね)


《そう。厳しい試練が普通の人を勇者に変えるのよ。そのためには、強力なバックアップと依存を断ち切る強い心が必要なの》


(こんなに真面目な女神は初めてだよ。それほどヤバい状況ってことね。おっけー、だんだん身体も軽くなってきたし)


《頼むわよ、テミス!》


 街路樹の下でメアートの回復魔法を受けていたテミスは立ち上がった。


「テミスちゃん、傷はまだ完全に回復してないよ?」


「ありがとうメアート。でも行かなきゃ」


 テミスは学生寮の自分の部屋へ向かった。


「どこ行くの?」


「千尋の谷!」


 メアートはテミスの言葉に首を傾げた。テミスが走り去ってしまうとメアートは苦闘しているアテナ達の援護に向かった。


(マントマント、マントはどこだ~?)


 数分で学生寮のテミスの部屋へ着くと、テミスは煩雑したクローゼットの中を探す。


「あった!」


 クタクタになっている黒いマントを手に持ち、すぐさまテミスは校舎の屋上へと向かった。校舎の階段を登っている途中で、ふと立ち止まる。Aクラスの教室で言い争っている声が聞こえてきた。Aクラスの教室を覗くと、少人数の生徒がもめていた。


「皆で助けに行くぞ! ブルとコリー、お前たちもいいな!」


「やめとけマリウス! 俺たちのレベルじゃ犬死するだけだぞ!?」


「レベルが低いからなんだっていうんだ! お前らだって中級魔法ぐらいは使えるだろ!?」


「上級魔法が使えるマリウスに言われても……それに俺の志望は安全な国家警備隊なんだ。危険な冒険者じゃない!」


「お前たちは何のために国を守るんだ? この世界に危険がない場所なんてない。もういいッ! 俺たちだけで行くぞ!」


 身の安全を重視する生徒たちとマリウス達が加勢に行くか避難するかで言い争っていた。そこへテミスが教室に入って来た。


「マリウス! エリーが危ない! 皆で助けに行って!」


「テミス?? お前、魔物にやられたと聞いたが、怪我は大丈夫なのか?」


「私は平気。それよりエリー達はまだ戦ってる! 少しでも助けが必要なの!」


「分かった! テミスは残った者と一緒に避難していろ。怪我人と臆病者は不要だ」


 マリウスとお付きの2人は庭園で暴れている魔物の元へ向かった。テミスは俯いている生徒たちに指示を出す。


「あなた達は校舎の裏口から避難して! 私は逃げ遅れた人がいないか校舎を見てから行くから!」


「分かった。テミスも無理するなよ!」


 Aクラスの教室は空になり、それぞれの場所へ行った。テミスは階段をかけていく。魔法学校の生徒たちは半数以上が校舎の裏門へ避難していた。文化祭を見に来た客はすでに避難しており、教師や上級生たちはブロウの討伐へ向かっていた。テミスが屋上まで来ると、魔法学校の庭園が一望できた。


「あんなに人が集まってたのに……」


 テミスは黒いマントを身に付けた。すると、忽然とテミスの姿が消えた。


(さて、アテナ達はまだ無事だね。先生や上級生も加わって、ゲームのギルド討伐戦みたいだ)


 一方、ブロウは多種多様な魔法に苦戦していた。四方八方からの全属性の魔法がブロウに飛んで来る。特に強力なのはツルピカ禿げ頭の校長とO字タイプの頭頂部の禿げ頭の教頭の連携プレーはブロウをイラつかせていた。


「くそッコバエがッ! うようよ湧いて出てきやがって、ウザイんだよ!」


 ブロウの特性は魔力を肉体強化に変換するタイプ。魔力を覆った拳や蹴りで相手に物理ダメージを与える。魔法を飛ばす放出系は得意ではなかった。魔力は主に放出魔法と肉体強化魔法に分れている。放出系はその名の通りの魔法。肉体強化系は腕力を強化して剣や槍などの威力を倍増する魔法。教師陣はその特性を熟知しており、肉体強化系が苦手な遠距離攻撃で徐々にダメージを削り取る作戦を実行していた。


「教頭先生! 今です」


「はい校長! ライトニングヴィジテイション」


 教頭先生の上級雷魔法が炸裂する。青白い電撃がブロウの死角へ飛んでいき、ブロウに直撃した。ブロウの目は白くなり、金色の体毛からは黒い煙がのぼる。一時的な電気ショックで動きがスタンした。


「やったか!?」


 生徒一同は唾を飲み込んだ。


(今がチャンス! 圧縮版カグツチ!)


 数百メートル先にいるブロウにテミスは火属性最高レベルの魔法を放った。テミスの放った魔法は上級魔法より格上のトリプルエス。魔法レベルは最高峰。その魔法レベルを使える魔法使いは世界に数人しかいない。テミスはそれを圧縮し弾丸のようにブロウに放った。


 ビュン―――ドサ。


 ブロウの腹部を高速で貫通した。一瞬の出来事に教師と生徒も、なぜ急に倒れたのか分からなかった。ブロウは俯けで倒れている。腹部からは大量の血が流れ、真っ赤に染まった芝生がブロウに致命傷を与えたことを物語っていた。


「校長たちの上級魔法が効いていたのか!?」


 生徒たちは一喜一憂している。校長と教頭は同時に首を傾げた。


「少し前に校長が放った火属性ダブルエスのセイクレッドフレイムが効いていたのでしょうか?」


「おそらく、さきほど教頭が放った雷魔法との相乗効果でしょう」


 校長は長年に渡って、属性魔法の相乗効果について研究していた。そして先月、総合魔法研究学会で発表した論文『魔法属性と物体の相互作用』というテーマを発表した。魔法は肉体には作用するが物体には賦与されない、という永遠のテーマに一石を投じた。箒や岩を持ち上げるのは物の表面を覆っているに過ぎず、箒自体が飛ぶことはない。だが、魔法属性を混ぜることで互いに干渉しあい物体にも影響を与える。という難しい論文。つまり今回は、火と雷が混ざりあってブロウの身に付けていた金属に反応した、と校長は解釈した。


「おおー!」


 真実を知らない生徒たちは勝利の歓声をあげた。しかし、ブロウはすぐに立ち上がった。口から血が垂れ、腹部からブロウの血液が外へ流れ出ていく。


「油断した。アイツしかいねー」


 ブロウは辺りを見回す。殺気が漏れている目を合せる勇気ある者はいない。その場にいた誰もが震えあがった。確信を得た校長は再び教頭と連携をとる。


「行きますよ、教頭。最終奥義です」


「とうとう、校長の研究の集大成が出ますね」


 コクリと頷いた校長と武者震いする教頭は互いに背を向け魔法を練り上げる。校長の火属性ダブルエスの魔法と教頭の雷属性上級の魔法を合体させて威力を倍に上げる合成魔法。これを校長が掲げる銀の杖に流し込む。その作業中、2人の禿げ頭からは蒸気があがり、出来立てのゆで卵のようにつるりと光っていた。


「天と罰!」


 2人揃って合成魔法を唱えると、銀の杖がブロウへ飛んでいく。青白い電撃の龍と真っ赤に燃え盛る虎が銀の杖に引っ張られるようについていく。合成魔法が瀕死のブロウに直撃する。感電しながら炎に包まれるブロウ。銀の杖はブロウの大胸筋で留まっている。そのままブロウは気絶した。


「今度こそやりましたね、校長」


「うむ。努力は裏切らないことを証明しましたよ、教頭」


 2人が勝利に酔っていると、無意識のブロウから半円状のドームが広がった。魔法学校の敷地を全て包み込み、再び縮小していく。意識が戻ったブロウは白昼夢の中で拳を構える。


「天地開闢!」


 ドッ!


 大気が揺れ大地がえぐれていく。ブロウの必殺技が自己防衛で発動した。校長と教頭は風圧で吹き飛ぶ。横に流れる竜巻のような渦に後方の教師陣も一緒に吹き飛んで行った。ブロウの放った一撃は校舎と戦力を半壊させた。残されたのは真っ二つに割れた校舎と上級魔法もロクに使えない生徒たち。最年長の上級生でもたじろぎ、ブロウに立ち向かう者はいなくなった。

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