第19話 文化祭 誰のために
「テミス、もう休憩に入っていいぞ。後は俺たちがやっておく」
「本当にいいの、マリウス?」
「お前達の作品はこいつらが代わりに解説する」
マリウスは隣にいる、お付きのマッチョ2人を指差した。ブルとコリーはボディービルダーのポーズで返事をした。マリウスはブロンド髪をさっと整え、教室のドアに親指を向ける。
(そういえばもう一人がいない。今日はエリーが一緒じゃないのかな? あの子が唯一の常識人なのに……まあいっか)
「ありがとう、マー君!」
「マー君はやめろ」
テミスは自分の作ったフィギュアの解説をするという任務からようやく逃れられた。教室を出て行き、アテナたちを探しに庭園へ向かう。マリウスのもう1人のお付きであるクールビューティーの女騎士エリーは、マリウス達4人分の昼食の買い出しに行っていた。テミスが去った後、マリウスは改めて長い行列を見る。
「しかし、これほど人を熱狂させるとは……。テミスはやはり只者ではないな」
マリウスは自分の目に狂いがなかったと確信し、ふふんと微笑した。
テミスが校舎から出ると、すでに庭園はお祭りのように人であふれていた。人の流れがテミスを遮り、進行方向が一方通行になってしまう。テミスはアテナたちを探すことを諦めた。そして、近くにある屋台でりんご飴を買った。しばらく人の流れに乗って、ゆっくりと文化祭を楽しむ。
(歩いてればそのうち見つかるよね)
テミスは通りゆく人々の笑顔を見ながらりんご飴を齧った。
校舎からテミスが出てきて30分ほど経った。すると、ちょうど正午の鐘が鳴る。テミスは空腹を満たすため、キョロキョロと屋台を探す。
その様子を後ろから見ていた黒いローブの男がテミスに声を掛けた。
「よう、この日を待ちわびたぜ」
「あんた誰?」
テミスは警戒しつつ振り向いた。黒いローブの男は一際目立つ長身で、突然川の流れを遮る棒のように人々の流れを詰まらせた。
「おい! こんなところで突っ立ってるなよ! 邪魔なんだよ!」
チンピラのような男が黒いローブの男の足を蹴った。黒いローブにくっきりと靴型の跡がつく。黒いローブの男は虫をはらうような動作でチンピラを吹き飛ばした。急に吹き飛んだ人間魚雷に人々はさっと避け、チンピラは芝生の上でのびてしまった。それをキッカケに祭り騒ぎは一転して阿鼻叫喚の地獄へと化す。
「俺はお前のことを一日たりとも忘れた日はない」
「熱烈なストーカーですか? 重すぎる愛にハッピーエンドはないよ」
「ふざけるなッ!」
その男は黒いローブを引きちぎった。長身2メートルの獣人ブロウ。魔王直属の部下であり、盲目の吸血鬼ブライネスの親友。テミスがブライネスを倒してから半年ほどの間、ブロウの心は怒りに囚われていた。ライオンのように歯をむき出し、全身が総毛立っている。
「あー、確か……親友思いの魔物だ」
「殺す!」
テミスの挑発的な言葉にブロウはキレた。右拳でテミスを殴り飛ばす。数メートル先に吹っ飛び街路樹に当たってそのまま座り込む。テミスは樹の下で考えた。
(さてどうする? このまま抵抗しなければ、私の能力はバレないけど……正直、ここの魔法学校全総力でもブロウは倒せない。私が死んだらゲームオーバーだ)
テミスは決断し立ち上がる。そして剣を鞘から抜いて戦闘態勢に入った。ブロウは不敵な笑みを浮かべた。
「お前、本当にそれでいいのか? 友達にバレるぞ? お前の正体がバケモノだってな」
「くッ」
テミスの弱点は人間離れした能力が世間に知れること。世間は常識から外れた強者を極端に嫌う。そんな心理を知っていた祖父が孫娘であるテミスに伝えたこと。『隠れた強者になれ』という言いつけは不覚にもテミスの呪縛にもなっていた。
テミスが躊躇していると、ブロウはテミスの腹部を殴る。血反吐が芝生にポタポタ落ちていく。ブロウは反撃しない強者を見て高笑いした。
「これでようやく復讐ができるぞ!? ブライネス! 今ここで、お前の無念を晴らしてやるからな!」
ブロウは懐から盃を出し天に掲げた。親友ブライネスとよく酒を酌み交わしていた愛用品だ。復讐宣言をしてからブロウは盃を再び懐の中にしまい、全く抵抗しないテミスを袋叩きにする。周囲にいる人々は誰一人として被害者を助けようとしなかった。
一方、アテナたちはベンチで屋台飯を食べていた。すると走って逃げていく来場客が目についた。
「どうしたのでしょうか? なにかトラブルでも?」
「さあー? みんな校門の方に走ってるみたいだねー」
「校舎から来てるみたいだぜ」
ジークはベンチの上に立って遠方を眺めた。アテナは見通しのいい通路までいくと、マリウスのお付きの1人、クールビューティーの女騎士エリーが誰かを探していた。
「エリー! 何があったの!?」
「アテナ!? いたいた! あなたを探していたのよ! テミスがッ! テミスが死んじゃう!」
エリーの切羽詰まった様子を見て、アテナ達は急いで校舎の方へ向かった。エリーは皆を先導してテミスの元まで案内した。トラブルの元へ着くとすでにテミスはボロボロになっていた。
「テミス! テミス!? 大丈夫ですか!?」
制服は破れ、口や腕など全身から血が垂れて、意識は朦朧とし目の焦点は合っていない。テミスはアテナの声に反応して目を微かに開けた。
「あれ? どうしてここにアテナが?」
アテナはテミスを抱きかかえた。
「どうしてじゃありませんよ! なぜ能力を隠すんですかッ!?」
「ありゃりゃ、アテナにはバレてたんだ? まいったな……ははは」
テミスは力なく笑った。アテナはテミスの考えを理解できず、悔しさともどかしさに心を締め付けられた。
「もっと……私を信頼してくださいよ……」
「……ごめん」
アテナはテミスをそっと街路樹の下へ運んだ。そして仲間に指示を出す。
「メアート、テミスに回復魔法を」
「う、うん!」
「ジーク! エリー! 行くよ!」
「おうよッ!」
「えッ!? わ、私も!?」
アテナはジークとエリーを連れて、獣男の前に立った。アテナは堂々と魔王直属の部下に宣言する。
「勇者アテナの名に賭けて、あなたを倒します!」
ブロウは勇者を前にして、あざ笑った。
「お前が勇者!? レベルが違う。引っ込んでろッ!!」
ブロウは大喝した。しかしアテナは恐怖を感じていなかった。恐怖よりも大きい感情、大切な人を傷つけられた怒りの方が大きかった。アテナは剣を抜き構えた。
「行くよ!」
「おう!」
「もうッ、やればいいんでしょ!?」
三人の生徒は格上の敵を前にして武器を取った。ブロウにとっては遊び相手が増えたことに喜びを感じ、不気味な笑みを浮かべていた。
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