第18話 文化祭 怪しい男

 校舎の時計台は午前10時を指している。円錐状に伸びた屋根の頂点で黒い布が翻っていた。


「この日を待っていた……」


 黒い布で覆われた人影はポツリ呟くと、兎のように跳躍し、あっという間に人混みの中へと姿を消した。


 魔法学校の文化祭が開催されてから1時間も経たないうちに、庭園や校舎の中は人でいっぱいになった。休日ということもあり、家族連れや他校の生徒、老人や子供など老若男女が文化祭を楽しんでいる。


 ここ王都ユークレースはカイア帝国の首都であり、人口1400万人の人々が生活を営む。王都内には魔法学校や教育施設が充実している。魔法が使える子供と魔法が使えない子供で教育環境が分けられている。魔力があれば魔法学校に入学し将来有望な人材になる。卒業後の進路は多岐にわたる。一方、魔法が使えない子供は普通の学校へ通い、限られた就職先を奪い合う。就職できないと強制的に軍施設に送られ一生を兵隊として人生を終える。


 テミス達が通うセントヘレンズ魔法学校は魔法科、騎士科、医療科に分れ、勇者パーティーのクラスは魔法科に分類される。入学式で生徒たちの魔力量を測定するのは魔力の量が全てだからだ。魔力が多ければ強力な魔法が使え、応用も効く。微量な魔力なら普通の人より少し出来ることが増える。それだけ魔力が重視されている理由は、魔法が様々な汎用性を持つからだ。


 この世界が抱えている大きな問題は魔物と人間が同じ世界に存在していること。どちらか一方を排除しない限り、世界平和は実現しえない。


 本来、魔力がある人間は冒険者として魔物を討伐することが使命だが、多くの魔法学校の生徒たちは別の道を選ぶ。国家警備隊、傭兵、医療魔法士など命の危険が少ない国内就職者である。多くの国家は魔物討伐より先に武力確保を優先してるからである。


 その他の職業は、魔力で繊細な調理をする料理人、建築業では重機の役を1人で何役もできる力作業、魔力のスキルによっては人の心を読むスキルなら接客業や交渉術、占いや政治などなど、魔法やスキルは様々な場所で経済効果を生み出す。魔力を使って人々を楽しませるという道もある。演劇などでエフェクトとして魔法を活用したり、魔法を使って派手な演出ができるというのは観客に驚きと興奮を与える。実際、最も経済効果が大きいのはエンターテイメントであり、娯楽に人々は喜んでお金を支払う。


 そして、セントヘレンズ魔法学校は王都の中でもエリート中のエリートが集う学校。大人たちは魔法が使える人材を常に探している。文化祭という場は数少ない大人と生徒の接点でもある。


 社会人たちの使命は魔法学校で優秀な人材に目を付けておくこと。今日の文化祭は一般客に紛れて怪しげな行動を取るスカウトマン達がちらほら紛れている。


 木陰から覗く怪しい黒服の男が黒髪美少女をロックオンした。


「あの黒髪ロングの生徒……良い!」


 テミスたちAクラスの出し物は作品展示。当日は作品を飾り、簡単な作品解説をするだけなので、クラス全員が教室にいる必要はない。パーティーごとに時間を分けて、あらかじめ解説文が記載されている資料を客に説明するだけの簡単な仕事。入場券を切って、作品に触らないように監視し、要望があれば作品を解説する暇な仕事のはずだった……。


「おうおう! これだよこれ! この小型の彫刻、俺の所で鋳造したんだぜ!」


「ほうほう! これは確かに聞いていた以上の出来栄えだ! お前の分も作ってもらうってのは本当か!?」


「ああ、鋳造費の変わりにな」


「この精度なら鋳造費よりも高値で売れるぞ!?」


「馬鹿! 売らねーよ!」


 テミス達の人型粘土を鋳造した武器工房の主人が来ていた。主人の周りには同業者が数人いて、勇者パーティーのフィギュアに群がり絶賛している。


 それとは別に『珍しい展示物がある』という口コミが学内で広がっていた。フィギュアを見た人たちが感動し友達を呼び込む、その様子を見た見知らぬ人達が興味を惹かれる。1人2人と増えていき、瞬く間にAクラスの教室は人の流れが形成されていた。その混み具合は、新宿に突然現れた芸能人に群がる人々のようだ。


「ですから、こちらは一点もので販売はしておりません。制作も現在受け付けておりませんので」


 テミスは朝からこの説明を何度も繰り返していた。早番だった勇者パーティーの勤務時間はすでに過ぎていた。しかし、テミスは教室に残された。自分の作品を解説するという業務が強制されたからだ。次のパーティーメンバーに紛れて、テミスは同じ質問を返答するロボットと化していた。


(ひぃぃぃ~、これじゃお昼ごはん食べられないよ~)


 テミスを除く他3名は文化祭を楽しんでいた。


「アテナちゃんアテナちゃん、あっちにクレープ売ってたよー?」


「甘いものですか!? この期間限定はちみつ焼き芋を食べたら行きましょう!」


 アテナは庭園の屋台で甘い食べ物を見るとすぐさま買いこんでいた。メアートはしょっぱいものや辛いものを中心にバランスよく食を楽しんでいる。街路樹の横にあるベンチに座りながら食べきれない量の屋台飯を食べていると、ジークは何も食べずにボーっと人混みを見ていた。


「しかし、まさかあんなに人が来るとは思わなかったな」


「人型粘土のことー? でもでも、ジーク君の人形良くできてたよー?」


「いやいや、完成度の話じゃなくて、なんつーか……発想力というか」


「確かに、テミスちゃんって時々、分からない言葉しゃべったりするよねー?」


「そうそう! ほんと得体のしれない奴だよ。あいつは……」


 メアートとジークがしゃべっていると、アテナは突然立ち上がった。


「私、やっぱり様子を見に行ってきます」


「ほっとけよ、どうせ俺たちが居ても邪魔になるだけだぞ」


「そうだよ、今は文化祭を楽しもうよー」


「でも……」


 アテナはテミスが何者であるかという疑念がふと蘇る。夏休み前に見たテミスが獣男を殺そうとしていた情景がアテナの瞼にこびりついていた。あれからテミスは何事もなかったかのようにアテナたちに接している。テミスが何者なのかという疑念はアテナに強い不安感を与えていた。


 ジークとメアートに引き留められたアテナは再びベンチに座る。すると、後方の街路樹の陰から黒服の怪しげな男がアテナに近づいてきた。


「もし。あの~真に恐縮ですが、演劇に興味はございませんか?」


「はい? 私ですか? 街の劇場でやってる芝居のことですか?」


「左様でございます」


 縞模様の線が入った黒服スーツを着た男がペコペコ頭を下げている。王都の繁華街は演劇が名物。そこの劇場では悲劇や喜劇など毎日様々な劇が演じられている。劇場の看板には人気役者の劇画ポスターが貼られており、国民の大スターとして世間に認知されている。今でいうところの人気俳優や女優のような芸能人である。


 黒服スーツのスカウトマンはアテナを一目見てスターの原石だと直感した。


「興味ないです」


「そんなこと言わずに、一度だけ劇場へ遊びに来て頂けませんか?」


「そんな時間ありません」


「では、少しだけお話を」


「しつこい!」


「そんなこと言わずに1分だけわたくしに時間を頂けませんでしょうか?」


 執拗に食い下がるスカウトマンにアテナは狼狽する。困っているアテナを見ると、ジークは立ち上がった。長身の筋肉質がナヨナヨしたスカウトマンの前に立ちふさがる。ジークはスカウトマンの細腕をぐいと掴んだ。


「おい! いい加減にしておけよ。これ以上はやりすぎだ」


「ひッひぃぃぃ」


 スカウトマンの男は顔を真っ青にして逃げていった。アテナは安堵してジークの背中を見た。


「ありがとう、ジーク」


「お、おう」


 ジークは振り返らず返事をする。顔が思春期の中学生のように赤く燃え上がっていた。いつもならテミスに茶化されるジークだが、今は恋路を邪魔する輩はいない。ジークはここぞとばかりに積極的な行動を取った。


「そういやさっき、クレープ食べたいって言ってたよな? 立ったついでだ。俺が買ってきてやるよ」


「いいですね。1ついくらですか?」


「いや、俺が出すからいい」


 ジークはアテナが渡そうとした硬貨を受け取らず、クレープの屋台に行った。ぎこちない様子でクレープを選び、硬貨を店主に支払う。そして、アテナにクレープを手渡した。


「ほらよ」


「わ~! 桃のクレープですか? ありがとうございます。今日のジークは気が利きますね? なにか良い事あったんですか?」


「まあ、な」


 アテナはジークにお礼を言ってクレープにかぶりついた。ジークは嬉しそうに頬張るアテナの顔を見てドギマギした。もう片方の手に持ったクレープを無言でメアートに差し出す。


「あれー?? 私にも買ってきてくれたのー? ジーク君の分じゃないの?」


「俺はあれだ。今日はいい」


 ジークは頭をかきながらベンチに座る。アテナとメアートが仲良くクレープを食べている間、ジークは再び屋台に流れる人混みを眺めた。さっきとは違い、カップルの姿が目に飛び込んでくる。


 ジークが物思いにふけっていると、いつの間にかベンチの後ろに黒いローブを着た怪しい人物が立っていた。殺気を感じた3人は咄嗟に立ち上がり距離をとる。その黒いローブの不審者はジークよりも大きく圧倒的な威圧感を持っていた。


「なにか用ですか?」


「今日はテミスが一緒じゃないのか?」


「あなた誰ですか?」


「復讐者だ」


 アテナの問いをはぐらかし、黒いローブの男はくるりと後ろを向き人混みの中へ消えていく。ジークは冷や汗が背中から垂れ、自分が恐怖を感じていたことに気づいた。


「復讐? 何者なんだ? あいつも、テミスも……」


 ジークの言葉に誰も答えることなく、その疑問は宙に浮いた。

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