第17話 文化祭 時と場所
肌を刺す寒さが頬を赤く染め、呼気が白く霧散していく。それとは対照的に魔法学校は熱気に包まれていた。今日は魔法学校の文化祭当日。天候は雲一つない晴れ。青空が澄みわたり秋空の風景がはっきりと目に飛び込んでくる。
学校の庭園は屋台がズラリと並んでいる。文化祭の日は街の屋台が押し寄せる。ここは予約制の商業用スペースで、あらかじめ学校から許可をもらった屋台が場所代無料の変わりに売上の3割を支払うという契約で成り立っている。各々の出店はせわしなく準備を進めていた。
「おはようございまーす!」
「おッ、ねーちゃん! 今日はよろしくな!」
金髪の美少女が笑顔で挨拶すると、屋台で食材をチェックしていたスキンヘッドの店主の強面が緩んだ。女子生徒は小箱を両手で持ち、精密機械を配送する車のような安全運転で慎重かつ敏速に庭園を抜けていく。
教室に入ると、すでにクラス生徒たちは登校していた。皆そわそわ落ち着きがない様子。金髪美少女は自分の机に行き小箱をそっと置いた。
「テミス、出来はどうですか?」
「うん、ばっちりだよ! アテナ」
アテナはテミスが教室に入ってくるとすぐさま席を立っていた。テミスの机に置かれた小箱を見て少年のようなキラキラした目をテミスに注ぐ。Aクラスのそれぞれの4人パーティーは【前衛的な博物館】をテーマとした作品を文化祭当日にお披露目する。お客はもちろんクラス内でも各々の作品を見るのは今日が初めて。マリウス曰く、互いの作品に影響されてしまうと感性が落ちてしまう、ということらしい。教室を見渡してみると、奇抜な作品が机に置かれている。色彩が激しいファッショナブルな服飾、トゲトゲした縄文土器のような陶器、メタルバンドのような気味の悪いマスクなどなど。
このテーマを決めた発起人のマリウスたちの作品は、マリウスの胸像だった。だが、普通の胸像ではない。カラフルな水玉模様で彩られた現代アートのような胸像。教室の中でも一際異彩を放っている。その独創的な作品にクラス生徒たちはふわっとした感想を述べている。
「マリウスの作品は……なんかスゴイな!」
「う、うんうん! これこそ芸術って感じ?」
「そうそう! いい意味で普通じゃないっていうか」
「知る人ぞ知る名店! みたいな??」
「フフフまあな、これが前衛的な芸術だ」
クラス生徒たちは賞賛なのか温情なのか曖昧な感想でその場を保った。ところが、マリウスは鼻を高くして自分たちの作品を自画自賛する。プラス思考とは良い面しか見ないため、マイナス要素を無意識化で排除してしまう。マリウスもその典型だった。お付きの三人組が作品の見どころを懇切丁寧に解説するが、クラス生徒たちは愛想笑いと相槌ばかりでいまいちピンときていない様子だった。そんなマリウスたちの作品がテミスの視界にチラリと入る。
(スゴイ色だな! 紫と黄色の水玉カラーって……毒々しいというか癖があるというか。日本にもあんな感じのアーティストがいたな~。でも最先端を通り過ぎて誰も理解できないだろうな~)
「早く見せてくださいよ、テミス! 本来なら昨日見られるはずたったのに」
「ごめんごめん、少しだけ手直ししたかったんだ。ブラッシュアップだよ、最後の仕上げってやつ」
アテナは早る気持ちを抑えられずテミスの肩を揺らす。メアートとジークも自分たちが制作した人型粘土の仕上がりを見に来ている。視線の先には雛人形が保管されているような桐箱。テミスはその箱の紐を解き、蓋を開ける。そして、4体のフィギュアを披露した。
「これが私たちの作品だよ!」
「おおーーー!!!」
銀色の土台に乗った勇者パーティーの有色フィギュア。テミスが言っていた最後の仕上げとは、銀色の素体フィギュアに色を塗り、リアリティーや世界観を追及するリペイントだった。
「これ、ほんとに私たちが作ったのー? スゴイよテミスちゃん!」
「テミスにしてはよくやった!」
メアートとジークは自分たちのフィギュアを見て、テミスを賞賛する。アテナは自分のフィギュアを間近で眺め、細部まで観察している。
「スゴイです! テミスは天才ですか!? 私の剣の装飾まで再現しています。神は細部に宿るとはこのことですか!?」
「えへへ、か、神?? まあね~」
(く~、これこれ! アテナの言っていることよくわかんないけど、こんなに喜んでくれるとは思わなかったな~。なんか同人販売を思い出すよ~! 人気路線のフィギュアで完売するより、技術を褒められたほうが嬉しいんだよね~)
テミスは勇者パーティーのフィギュアを感慨深く眺めている。アテナと疎遠だった時期を顧みて、人型粘土の制作でようやく仲直りのキッカケができ再び仲が深まる。テミスは内心でマリウスに感謝した。テミスが思いを馳せていると、いつの間にかクラス生徒たちが勇者パーティーのフィギュアに群がっていた。
「なにコレなにコレ! アテナちゃん達ちっちゃくない!?」
「私もこれ欲しい~! ってか完成度高くない!?」
「どうやって作ったんだ?? まさか芸術家に頼んでないよな?」
「これ絶対、私たちが一番だよ!」
クラス生徒たちはフィギュアを絶賛した。ところが、そっぽを向いている生徒が1人いた。歯をギリギリとさせて悔しがっているマリウスだ。
「ふんッ! なんだこんなモノ! 美術館で見た芸術と比べると、まるで子供のおもちゃだな!」
マリウスはテミスのフィギュアを荒っぽく掴んだ。そして、粗を探すようにまじまじと見る。それはとても人形とは思えないほどにリアルなフィギュア。その精巧さに言葉が失ったマリウスは、フィギュアから顔を背け元の位置にそっと置いた。
「いいかテミス! 芸術はインパクトだ! 枠から外れろ! 常識を突き破れ! そうやって現代に革命を与えた作品が後世に残されるんだ!」
「それはそうかもしれないけど……私は普通の人だから」
「いいや! お前は普通じゃない! 俺がそう言っているんだ!」
「これって文化祭でしょ? マリウスの作品は場所が場所なら絶賛される作品だよ? 普通の発想じゃないよ。あんなの私たちには作れない。でも今回は、普通の人たちがお客さんなんだよ? 皆が分かる作品じゃないと受け入れてもらえないのは当然だよ」
マリウスはテミスの正論に反論出来なかった。
「くそッ……。いいかテミス! 今回は俺の負けだ。テミスの言う通り、俺は場所を間違えていた。お前の洞察力と審美眼に免じて、今日はこれくらいにしといてやる。だが忘れるなよ! 最後に勝つのはこの俺だ!」
「へいへい、ありがとうございます」
マリウスは自分の席に戻り、ぶすっとした態度で椅子に座った。テミスは肩をすくめて、嘆息した。
(お坊ちゃまを相手にするのも一苦労だな~)
文化祭の準備が整い、生徒たちはグラウンドへ向かった。第100回セントヘレンズ魔法学校の文化祭開会式が始まった。校長の長い挨拶が終わると、文化祭開催を伝える鐘の音が学校中に響いた。
ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン。
魔法学校の校門で待機していた一般客が一斉に校内へなだれ込み、文化祭の幕が開けた。
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