第16話 前衛的な博物館

 季節は秋になり青々とした葉っぱは黄色へと変わる。どこか物淋しさが漂う。灰色の寒空の元、魔法学校の校門では生徒たちの活発な声が聞こえてくる。


「もっと右右ッ!」

「次は少し下ー!」

「これで真っすぐ~?」

「オッケー!」


 学校の校門には生徒たちが数人集まり、文化祭のアーチを設置していた。魔法学校の11月。この季節は毎年、文化祭が開催される。来週祝日の文化祭に向けて生徒たちは準備を進める。各クラスの教室の外窓には伝統ある旗が吊るされている。Aクラス(優秀)は赤が基調の跳ね馬がシンボルの旗、Bクラス(普通)は青が基調のタイガーがシンボルの旗、Cクラス(劣等生)は緑が基調の忠犬がシンボルの旗。それぞれの旗が風になびき、同色の旗が3級生、2級生、1級生の結束力を高める。


 全クラスは出店する決まりで、全校で9つの出し物が行われる。過去の出し物は、飲食が主な屋台、悲劇や喜劇、喫茶店やアトラクション、占いや魔法体験などなど。その時、繁華街で流行っている店や娯楽を生徒たちが真似して出店するようだ。


 当日になると、お客は校門で文化祭のみ有効な紙幣を貨幣と両替する。その紙幣は出し物で支払われ、最終日にクラス別に集計する。3クラスで一番売上が高かったクラスが、その年の優勝クラスとなる。優勝クラスになると優勝賞品が学校から送られる。過去賞品は学食1年間無料券、王都ユークレースのみ有効な金券、特別学習(旅行)などがある。魔法の実力とは関係なく、どれだけ集客できるかが重要なため劣等生含め、各クラスは文化祭に青春をかける。


 勇者パーティーは1級生のAクラス。初めての出店だったが、1人のクラスの権力者によりあっさりと内容が決まった。このクラスが今年出店するのは、生徒たちが創作した展示品を飾るという、学生博物館。4人のチームがそれぞれ工作し【前衛的な博物館】をテーマとする。


 近年、王都ユークレースでは美術芸術、建築物が充実し、アヴァンギャルドな絵画や彫刻が流行していた。上流階級の貴族の間では、そういった芸術鑑賞が娯楽の1つとなっている。クラスで一番の金持貴族マリウス、彼の強い要望で出店が決まった。マリユスは夏休みに家族と世界中の美術館と博物館へ行き、教養を深めたという自慢話から始まり、美的なモノと歴史あるモノは人々の心を感化する、と教室の教卓で演説した。


 もちろん、一般市民が多数であるAクラス1級生の生徒たちには理解されなかった。だが、マリウスの権力と演説力により、しぶしぶその意見を受け入れざるを得なかった。マリウス曰く『前衛的な博物館は魔法学校の歴史を塗り替えるだろう』とのこと。それと各チームの制作物は同じモノになってはいけないということで、各チームは別々の場所で他のチームに見られないようにこっそり制作するようにと、マリウスの注文も受けた。


 勇者パーティーは放課後になると4人で展示品を制作するというのが最近の習慣。そうしている間に、テミスとアテナとの距離は随分と近くなっていた。


「テミス、目と鼻のバランスが取れません」


「あ~、ここ難しいからね。まず、顔に十字の線を引いて、この線を目安にパーツを置くとバランス良くなるよ」


 アテナは20㎝ほどの人型粘土を握りしめている。丸や三角や輪っかが付いた彫刻刀を使って粘土を削ったり掘ったり格闘している。テミスはバランスが崩れている部分や細かい装飾の部分を手伝ったりする。


「おい、テミス。ここの筋肉もっと盛り上げたいんだが」


「ジークは筋肉盛りすぎ。一応、自分の人形なんだからここは忠実にね」


 ジークも同様、人型粘土を制作中。ジークはもっと大胸筋を大きくしたいようだ。


「ねえねえ、テミスちゃん。これでどうかなー?」


「メアートは逆にもっと胸を大きくしないと……、Gカップくらい?」


「じーかっぷ? コップのことかなー」


 メアートは自分の胸に手を当てて確かめている。自分の制作していた人型粘土と見比べ、首を傾げる。テミスはその人型粘土の胸に適量の粘土をのせた。


「ほら、このくらい」


「えー? そんな大きいかなー? ねえジーク君、私の胸って、こんなに大きく見えるのー?」


「まあ、そんなもんじゃねーの」


 ジークはメアートの胸と人型粘土を見比べ、特に興味を示さず相槌のように答える。


「アテナちゃんは何のコップなのー?」


「んー、そうだな~……」


 2人はアテナの胸を見た。それにつられてジークの目が泳ぐ。


「Aカップくらい? 私はCくらいかな~」


 テミスは自分の胸を揉みしだき、ウエストと胸を手で測る。その様子を見て、アテナも同じように胸と腰に手を当てた。ボリュームのない胸と細いウエスト。アテナは自分の胸を触ってみて、テミスの言っていることを理解しようとしている。


「カップとは何ですか? 見たところ、胸の大きさのようですが……」


「あ~、下着を付ける基準値みたいなものかな。あまり深い意味はないよ。ほら、サイズが合わない服を着ると窮屈だったりぶかぶかだったりするでしょ?」


「そうなんですか……」


 アテナは自分の胸を見て溜息を吐いた。どの世界も胸の小さな女性はコンプレックスのようだ。アテナはメアートの巨乳をじーっと見つめた。


「何かなアテナちゃん? そんなに見られると恥ずかしいよー」


「メアート。どうすれば、そんなに大きくなるんでしょう?」


「えー? よく分からないけど……寝ることかなー?」


 2人の会話を聞いて、テミスは助言する。


「豆を食べると女性ホルモンが出て、良いらしいよ?」


「確かに、豆はよく食べるねー」


「豆ですか。分かりました、明日から毎日食べます」


 女性の胸の話についていけないジーク。黙々と作業を進めているように見えるが、耳はピクリと動いていた。


「別に胸の大きさなんてどうでもいいんじゃねーの? 肝心なのは芯の強さだろ」


「おっ、ジークのくせにいいこと言う」


 テミスはジークの意見を褒めた。調子に乗ってジークはさらに自分の意見を言った。


「Aカップでも、別に俺は……」


「変態!」


 ジークはアテナを慰めようとしたが失敗した。女性の機微を理解していない男にはコンプレックスの慰めは逆効果だった。その後、テミスから小学生のようなからかいを受け、ジークは二度と女子トークには入るまいと誓った。


(ようやく、アテナとも普通に話せるようになった。やっぱ楽しいのが一番だよね)


 翌日、勇者パーティーは完成した人型粘土を持って、繁華街の武器工房へ赴いた。


「すみませーん。この粘土の型を作りたいんですけど」


「おっ、魔法学校の生徒さんだね? 粘土の型? 武器でも作るのか?」


「この人形の型を作って、その型に金属を流し込みたいの」


「ほう……どれどれ」


 武器工房の主人はテミスが制作した人型粘土をしげしげと鑑賞する。普段は剣や鎧を金槌で叩く職業のため、精巧な工芸品に興味津々のようだ。上半身の筋肉はジークを上回り、テミスの作った人型粘土がさらに小さく見える。主人は感心したようにテミスの顔を見た。


「これ、本当にあんたが作ったのか?」


「ええ、そうですけど……」


(なんかマズかった? 実は東条正義とうじょうまさよしだった頃、会社には内緒で趣味のアニメキャラのフィギュアを作って同人販売してたんだよね~。当時は玄人にしか評価されなかったけど……)


「こんな技術見たことねーよ! 大きいものは彫刻でよく見るが……何というか、リアルすぎず、かと言って特徴は捉えている。こんなモノ初めて見た」


(そりゃそうだよね~、アニメや漫画って日本独特のデフォルメだから。いや、ほんと日本のクリエーターの皆さま感謝しております)


「他にもあるのかい?」


「あとここに3つあります」


 空いているテーブルに4つの人型粘土を置くと、勇者パーティーのフィギュア作品はどこか前衛的なデザインに見える。主人は人型粘土と本人たちを交互に見て感嘆する。しばらく腕を組んで考えた。そして主人は口を開いた。


「よし! これは全部、俺が鋳造してやる! 金はいらねー! こんな芸術品を拝めたんだ、それだけで得ってもんよ!」


「えッ!? 本当にいいんですか!?」


「おうよっ!」


 武器工房の主人とテミスはがっしりと握手した。普通なら武器制作1つで小金貨1枚の値段。通常価格は全部で小金貨4枚、つまり新入社員の給料2ヵ月分ほどだ。しかし武器工房の主人はそれを無料で引き受けてくれた。勇者パーティーの人型粘土をチラリと見ながら主人がテミスに言った。


「ただし条件が一つだけある」


「なんですか?」


「俺の分も作ってくれ」


「お安い御用です」


 テミスは文化祭が終わったら、武器工房の主人のフィギュアを作ることを約束する。


「納品は3日後。それでいいか?」


「はい! よろしくお願いします」


 勇者パーティーは頭を下げて、武器工房の主人に自分たちが制作した人型粘土を手渡し帰宅した。

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