3 真実の愛のキス

 ルーナ18歳の誕生日。


 早朝、王宮から知らせがあった。

 魔女の呪いが発動し、ルーナが倒れたと。

 妖精が施していた対抗魔法により眠っているだけだったのだが、魔女が現れ彼女を森の奥の塔に攫っていったらしい。


 この展開は、前回と同じ。

 ルーナは「真実の愛のキス」で目覚める事ができるのだが、魔女の化身であるドラゴンによって阻まれ辿りつくのは難しい。

 ソレイユが現れ彼女を救うまでに二年の月日が経っていた。


 今回は、待たせたりしない。

 私はこの日のために強くなったんだ、即日救出を目指す。


 今、ルーナが閉じ込められた塔の前に立つのは私ともう一人。

 ソレイユだ。

 

 正直ドラゴンよりも彼にルーナを取られる恐怖の方が大きいけれど、断っても来るというのだから仕方ない。

 

「ソレイユ。行くよ」


「ああ」


 塔の入り口にはドラゴン。

 テカテカした緑色の鱗に黄金の角を持つそれは、鼻から蒸気のような息を吐き出しこちらを睨む。

 

 しかし勝負は直ぐに決まった。

 

 猛毒のブレスを吐き出すグリーンドラゴンは強敵だが、私たちだって強い。

 常にバディを組んで実戦練習に出ている私とソレイユの連携は完璧だ。


 剣を抜き2人同時に駆け出すと、ドラゴンが反応する前に、翼を切り裂き動きを封じた。

 猛毒ブレスが噴射されたが、ソレイユは中和魔法を展開し、毒霧を無害な水に変える。

 そしてブレス直後に生まれる隙をついて間合いに飛び込んだ私は、渾身の一撃でドラゴンの力の根源である角を切り落とした。

 ドラゴンはあっという間に、小さなトカゲの大きさに縮むと慌てた様子で森の中へ消えていった。


 次はルーナにかかる呪いを解かなくては。

 決意を込めてツタの絡んだ灰色の塔を見上げると、ソレイユがポンと背中を押した。


「ジル、頼んだ。行ってこい。悔しいけれど多分俺じゃ足りないから」


 微笑むソレイユの瞳には報わぬ恋を抱く痛みが見える。


 私は気づかなかった。

 前回のソレイユの昏い瞳の奥にも、この苦しみが潜んでいたのだろうか。


 今のソレイユの瞳は翳ってはいない。

 澄んだ瞳の奥にはルーナへの想いと私への確かな信頼がある。


「任せて」


 そう言って私は塔の螺旋階段を駆け上がった。


 鈍い音を立てて鉄の扉を開き中に入ると違和感があった。


「これは……」


 そう、部屋の中は呪いの気配なんてない。

 中央の寝台では陶器のような肌、薔薇色の頬、長いまつ毛…… 絶世の美女が寝台の上で眠っている。


 成る程ね。

 そうだよ。

 ルーナは魔法構造学会における新進気鋭の学者だ。

 なぜ、彼女がその道に進んだのか、少し考えれば分かる。

 

 どうやら解呪は既に成っている。


「ルーナ?」


 声をかけてみるが彼女は目を覚さない。

 これって、まさか……。


 私は覚悟を決めてかがんで、ルーナの顔を覗き込む。

 髪を撫で、頬を触り、指で唇をなぞる。

 信じられないくらい柔らかい。


 ゆっくり顔を近づける。


 本当に良いの?


 あと数ミリのところ、熱を感じる距離でやっぱり躊躇う。


 すると……


 ルーナが僅かに顎をあげた。

 唇が重なる。

 彼女の温かさ、甘さがじんわり伝わる。


 そして唇はゆっくり離れた。


「いじわる……」

 

「焦らした訳じゃないの。勇気が足りなくて」


「もう、私がキスをするしかなかったじゃない。ジルのキスで目覚めたかったのに」

 

「ごめん。やり直す。ね、力を抜いて」


 今度は私から唇を合わせる。

 柔らかさを堪能した後、僅かに開いた唇から舌を滑り込ませてルーナの舌を舐め、優しく絡めた。


 好き。


 私達は息継ぎをしながら、何度も口づけを交わした。


「ジル、貴女を愛してる。私は貴女が良かったのよ。だからね、頑張った。頑張ったの。どんな男にも私のファーストキスを奪われたくなかった」


「ルーナ。私も愛してる。頑張ったね。でも、私ちゃんと来たよ。私だってあなたを誰にも渡したくないから。この日のために強くなったんだもの」


「うん、凄く嬉しかった。来てくれてありがとう」



ノックが響く。


「ルーナ、ジル。だんだんいいかい? 迎えのようだ。王家の馬車が向かって来ている」


 扉の向こうからソレイユの声がした。


「残念。ジルの馬で一緒に帰りたかったのに」


「お尻痛くなるよ」


「魔法でなんとかするのに……絶対ソレイユの仕業だね」


「そんな風に言わないの。あいつも凄く頑張ってくれたよ。魔女のドラゴン、結構難敵だったんだから」



 扉の外ではソレイユが待っていた。


「ソレイユもありがとうね」


「どういたしまして姫君」


 ソレイユは、ルーナの手を取るとその甲にキスをした。


「わ、ちょっと何するのよ」


「良いじゃんこれくらい。俺も頑張ったんだし」


「だめ」

「良くない」


「ケチ」



 笑い声をあげながら塔を出る私たち。

 確かに運命は変わった。

 

 

 テール、どこかで見ている?

 私もルーナも、そしてソレイユも。

 強くなったよ私達。

 だからきっと、明日からも逞しく生きていける。

 私は君の願いをちゃんと叶えられたかな。


 身勝手だとは思うけれど、君に会えない事だけが、唯一寂しい。

 ありがとう。

 可愛いくて偉大な魔法使いさん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

真実のキスよ 君に届け 碧月 葉 @momobeko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画

同じコレクションの次の小説