私。

かにくい

  。

「先輩」

「どうしたの、日向ひなた

「うんうん、何でもないですよー。呼んでみただけでーす」

「何だよそれ」


 私は私が嫌いだ。


 理由なんて分からない。ただ、そう。何となく私が嫌い。だから、そうこの先輩の事が好きっていう感情もきっと、なんとなくなんだ。


 先輩の笑ったところが好き。馬鹿だなぁみたいな顔で笑ってくれるところが好き。先輩が笑った時の心がほんわかするあの感じが好き。


 ただ、そう、それだけ。私はそれだけでこの先輩の事が好き。


「そう言えば、なんで夏場なのに日向ってずっと長袖なの?」

「さ、寒がりだからですよぉ」


 私は逃れるように後ろへと手を持って行った。


「汗かいてるけれど?」

「うるさいですね。乙女の秘密を聞き出そうなんて先輩は悪趣味です」

「それは、うん、俺が悪かった」

「そうです、反省してください」


 この傷の事なんて見せられるわけがない。袖をギュッと先輩には見えない様に深く握る。皴になっちゃうかもな、なんて思いもしたけれどどうでもいいかな、なんて考えが頭を占める。


悠翔ゆうとー。一緒に帰ろー」

「あぁ、うん。じゃあ日向。またな」

「あ、……はいっ、先輩」


 私が咄嗟に伸ばしそうになった手は、空を切っていた。先輩はもうその場にはいなくて、幼馴染の人と一緒に帰ってしまった。


 私より、綺麗な人。さっきより鮮明に見えていた世界が急に暗くなってしまう。何を見ても心が重い。先輩と幼馴染さんが通って行った道を私はゆっくりと重い足を動かして進む。


「綺麗な夕焼けだねー」

「ねー」


 私は空を見上げた。


 夕焼け、綺麗、なのかな?綺麗、綺麗なのかな。綺麗なんだろうな。綺麗に違いないだろうな。綺麗だったらいいな。


 ただ眩しいという感覚だけが私を襲った。


 先ほど親子で仲良く話していた二人がどうにも怖かった。私は惨めで仕方がなかった。どうしようもなかった。走った。でも足が重かった。惨めだった。動けなかった。


 私はそこで蹲ってしまう。訳も分からず涙が出た。仕方ないじゃん。動けないんだから。何泣いてるんだろう、私。バカみたい。私よりさっきの小さい子のほうがよっぽど偉い、凄い。私なんて、あぁ、もう何なんだろう。分かんない。


 どうにか涙を拭って、また歩き出す。


 どれくらいの時間で家に着いたのだろうか。いつの間にかついていた。かかった時間なんて見たくもなかったから私は出そうとしたスマホをそっとポケットに戻した。そうしないと、また涙がこぼれそうだった。


 お母さんはまだ帰ってきてない。もちろんお父さんも。


 私は荷物を置いて、浴室の鏡の前に立った。


 暗くて陰鬱でどうしようもない自分の顔。髪を思いっきり引っ張る。


 ブチブチブチ


 と音を立てて、髪が抜けた。


 痛い。イタイ。イタイな。うん、イタイよ。抜けた髪の毛をクシャクシャにまとめた。何してるんだろ、私。知らないよ、そんなの。


「……ブサイク」


 ガンッと鏡を叩いてみる。手が痛かった。


 何してるんだろ、私。


 視線を下におろすと、安物の眉毛剃りが置いてあった。


 長い袖を捲ってみた。


 傷だらけだった。私はその傷を上書きするようにもう一度眉毛剃りを押し当てギリギリとノコギリを当てるように引いた。

 

 血が出た。


 何してるんだろ、私。


 痛かった。私、イタイよ。痛いんだよ。痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、居たいよ。


「何してるんだろ、私」

 

 流れ出る血を口に含んだ。


 何とも言えない、味がした。ドロッとしていた。言い表せない不快感が襲った。


 もう一口含んだ。


 口の周りが血でベタベタだった。


「私、何なんだろ」


 ポタポタと垂れる血を引きずりながらリビングまで行ってティッシュを数枚とって押し当てた。


 バカみたい。

 

 二階の自室に戻って、もう一度窓から空を眺めた。


 何も見えなかった。


 きっと、綺麗なんだろうな。




「先輩、私幸せです」

「そうか。じゃあもっと抱きしめてあげないとな」

「ふふっ、ありがとうございます」


 不快な音が鳴った。


 グラグラとする頭で私は不快な音を出し続けるスマホを止めた。


 支度をして私は外へと出た。


 学校へ着いた。先輩がいた。


「先輩、おはようございます」

「あぁ、おはよう日向」

「朝から私の事が見れて嬉しいですか?」

「はいはい、嬉しい」

「適当ですね。まぁ良いですけれど」


 私は私が嫌いだ。

 




 放課後になった。


 先輩を探すことにした。

 

 今週最後に先輩に会えるチャンスだ。


「先輩、帰るところですか?」

「うん」

「帰る前に私に会えて嬉しいですか」

「はいはい、嬉しい」


 先輩が苦笑しながら答えてくれる。

 

 嬉しい。うん、嬉しいんだよ、私。


悠翔ゆうとかえろー」

「あぁ。じゃあな。日向」

「あっ、はい。また」


 綺麗な人だった。私よりももっとずっと。私は私が嫌いだ。




 家に帰った。何もする気になれなかった。アシタを考えると辛かった。休日だから。明日は先輩がいないから。寝るのが辛かった。起きる理由も何も無かった。


 辛かった。


 何が辛いんだろう。私より、辛い人なんてきっと沢山いるのに。私は、何がしたいんだろう。分かんない。


 グシャッとセットした髪の毛を崩して、握って引っ張った。髪の毛がまた数本ぬけた。


 先輩は心配してくれるのだろうか。きっと優しい先輩なら。いや心配何てしないだろう。私の事なんて。先輩は心配してくれるはずだよ。心配なんてしないよ。するよ、しないよ。するよ、しないよ。するよ、しないよ。


 グチャグチャグチャグチャ。


 また髪の毛が抜けた。





「先輩、幸せです。溶けてしまいそうです。もっとしてください」

「あぁ、いいよ」

「ありがとうございます」


 目が覚めた。不快な音ではなかった。体が重かった。


 リビングに行く。


 お金だけが置いてあった。


 最低限の身なりだけ整えて、外へ出た。


 コンビニに行った。お弁当を買った。


「温めますか?」

「はい」


 あったまらなかった。


 私はコンビニから外へと出た。


 帰り道。私は見た。


 先輩が歩いていた。


 声をかけようと思った。だけれど、隣に幼馴染さんがいた。手を繋いでいた。


 幼馴染さんの服装と容姿を見た。


 私は自分の服と容姿を見つめた。


 先輩とは逆方向に走った。


 玄関を閉めて扉を背にしてズルズルと落ちて行った。このままそこに落ちて死ねばいいのに。


 涙が溢れた。私は私が大嫌いだった。




「先輩、私と手、繋いでくれませんか?」

「あぁ、いいよ」

「私、幸せです」

「俺もだよ」


 音が鳴った。


 学校へ行くことにした。


「先輩、おはようございます」

「おはよう、どうした?なんかあったのか?」

「何がですか?」

「いや、何もないならいいんだけれど」

「おはよー、悠翔」

「おはよ」


 笑顔が素敵な幼馴染さんだった。


 私は私が死ねばいいなと思った。



 放課後になった。


「先輩」

「どうしたんだ、日向」

「私に会いたいのかなって、思って」

「はいはい、会いたかったよ」


 嘘ばっかり。


「悠翔ー、帰ろー」

「おう」


 幼馴染さんと先輩は手をつないだ。

 

 私は先輩と幼馴染さんを置いて走り出した。


 雨が降っていた。傘も何もさす気になれなかった。ザァーっと、打ち付けるように雨が降った。


 靴を脱いで洗面台に行った。


 鏡に私が映った。


 おいてあったハサミで頭めがけて刺した。


 罅が入った。


 私は泣いた。惨めだった。ダメな人間だった。どうしようもなかった。死ねばいいのに。死んでもいいじゃん。別に。死ねよ。


 私は泣いた。私は泣きながらもう一度鏡を見た。


 ハサミをもって今度は髪をバッサリと切った。


 ベチャッと髪が落ちた。


 また、私は泣いた。


 二階にある自室に戻った。外は晴れているらしい。


 スマホの通知が鳴った。先輩からだった。


 虹の写真が送られてきていた。


『綺麗だー』


 私は窓を開けた。虹があった。


 綺麗かな。綺麗なんだろうな。


 私は手を伸ばした。でも足りなかった。だから足を窓枠にかけた。それでも届かなかった。


 だから私はジャンプした。


 届きそうな気がした。


 綺麗だったらいいな。


 私。



 

 

 


 

 




 


 

 

 


 










 

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 私。 かにくい @kanikui

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