惑星コロリ

@ramia294

 

 英雄が、死んだ。


 トオルは、人類を救った最大の功労者だった。   

 しかし、彼は、ひっそりとその命の火を消した。

 宇宙船のパイロットだったトオル。

 あの恐ろしいウィルスには、感染していなかったはずだ。

 自殺だろうと判断された。

 かつての宇宙船の同僚は、トオルの心が死んだからだろうと噂した。



 惑星コロリ。

 文明と呼べるものが出来て2000年余り。

 争いの絶えないエリカたちの星は、その頃、滅亡の危機を迎えていた。

 北の大国が仕掛けた戦争に、小国がしぶとく抵抗、核爆弾の使用が現実に迫ってきた。

 現実化したとき、この星の超大国が、大喜びで、北の大地に核を撃ち込むだろう。

 全ての生命が滅びる危機だ。

 この星は、生命のカウントダウンに入った。

 

 その時だった。

 遠く…。

 別の銀河系から来たという、高度な文明を持つ異星人が訪れたのだ。

 不思議な事に、彼らの姿は、エリカたちと変わるところは、無かった。

 彼らの高度な文明を目の当たりにすると、エリカの星での争いは、バカバカしく星の人たちの目に映った。

 

 平和と共存を主張する彼らの前に、強大過ぎて使えない兵器で脅しあいながら、それでも争い、緩慢な滅亡への道をひたすら進む愚かさに、星の人々は気づいたのだ。

 彼らに比べたら、この星の人間は、種として幼いのだろうと、エリカは考えた。

 エリカは、その星の科学者だ。


 論理的思考というものは、科学の進歩に引きずられる様に、進歩するものだ。


 エリカの星の人々とはレベルの違った彼らの超科学は、人々の理解の及ぶ範囲を超えていた。


 それでも、超科学に無理やり引き上げられた論理は、戦争が愚かな行いであるという事実をこの星の人々に、突きつけた。


 エリカたちの星は、彼らの科学技術と無理やり引き上げられた論理的思考で、争いの無い平和な星になった。

 この星の科学者は、彼らと深く関わった。

 彼らの科学技術を多く学んだ。

 彼らも惜しげもなく、自分たちが積み上げた英知をこの星の科学者に与えた。

 多くを学んだこの星の人々の未来は、明るいはずだった。


 エリカも、科学者の一人として彼らから多くを学んだ。

 同時に、自分たちと同じ人間の姿をしているトオルに、特別な感情を抱いた。

 ふたりの距離は、自然に近づき、心がそっと触れ合った。

 同じ星を見上げる夜がふたりに訪れた。

 それは、科学しか知らなかったエリカが、幸せを生まれて初めて学んだ瞬間であった。

 頬を濡らす涙は、とても温かかった。



『彼らが、この星を去り半年余り、現在、私がこの星の最後の生き残りだ』


 エリカは、日記を綴った。

 もうすぐ再会するトオルへの自分の思いを、日記という形で記録した。


 彼らがこの星に持ち込んだ謎のウィルスの前に、この星の人々は、無力だった。

 彼らが去って一週間後に、発症したエリカたち科学者から広がった感染症は、瞬く間に、星の全ての住人の命を奪っていった。

 彼らは、自分の中に恐ろしいウィルスが潜んでいることを知らなかったのだろうか?。


 星に残る命が、エリカだけになった。


『いや、もうひとり、もうすぐ私から生まれる命とふたり』


 エリカは、日記に綴った。


 大丈夫。

 異星人たちが、次に訪問するのは、彼らが去ってから一年後と約束したのだ。

 それまでに、彼の子どもは、生まれているだろう。

 それまでに、生き残る食料は、充分ある。

 エリカは、もうすぐ生まれる子どもと、ひたすら待つだけだ。


 彼らは、いや、彼は、きっと私たちを迎えに来てくれる。

 彼らの超科学なら、感染症から私と子どもを守ってくれる。


 エリカの思いは、裏切られた。



「惑星コロリの状況は、どうなっている?」


 もうすぐ親になる事を知らないトオルは、宇宙船で言った。


「衛星からのデータでは、全人口の99.9%が死亡」


 トオルの星の人々を殺し続けた感染症。

 その名前をつけられた哀れな星をモニターしていた男が、答えた。 


「今回も失敗かな」


「いや、どうもひとりだけは、生きているようだ。かすかな生命反応がある」


「そうか、それは幸運だった」


 目的は初めて実を結んだ。

 感染症への耐性を持つ者を作り出す。

 惑星コロリは、そのためにある。


「どうやら生き残りは、妊娠しているようだ」


「それは、好都合だ。母親からワクチンが、子供からは、この忌々しい感染症の特効薬が、作れるぞ」


 彼らは、宇宙船を惑星コロリに向けた。


 彼らの母星は、何度も変異を繰り返した謎のウィルスのために多くの命が奪われた。


 同じ人型を育む事ができる星を見つけては、自分たちの遺伝子から作った人をその星に繁栄させた。

 偽物の歴史を刷り込み、全人口が、一億人を超えるまで待った。

 偽物の歴史、中途半端な科学を与え、その星の人々に壊滅の危機が迫ると、平和と繁栄の使者の顔をして降り立った。

 増えた人口の星へ、ウィルスを感染させ、生き残る耐性を持つ個体が生まれる事を待った。


  (惑星コロリの人々は、実験動物だ)


 彼らの星には、症状の進行を止めるために、ハイパースリープ中の人間が一億人いる。

 かつての六十億の人口は、そのほとんどの命が失われた。

 冬眠中の彼らと、宇宙船の乗組員が、その星の生き残りの全てだ。

 その星を彼らは、地球と呼んだ。


 生まれくる子供から作り出す特効薬。

 しかし、その子供の命を奪う必要があった。

 恐ろしいウィルスの脅威に、彼らの科学が及ばず、その方法以外の選択肢が無かった。

 特効薬を作れると発言したその船のリーダーのトオルは、再びその星に降り立った。

 仲間の一人が、親子を捕獲した。

 トオルは、親子を見る事が無かった。

 予定通り、母親はワクチンに、生まれたてのその子供は、特効薬に変わった。

 小さな身体は切り刻まれ、その母親は吸血鬼に愛された様に干からびた。

 両者の命は、奪われた。


 それしか、手段が無かった。

 いつの時代にも、科学には限界がある。

 限界のない万能のそれは、もはや科学ではない。

 それは、魔法だ。


  (惑星コロリの人々は、実験動物だ)


 ハイパースリープから目覚めた人々の命は、特効薬で、救われた。

 感染症の予防もワクチンで、完全な物になった。

 特効薬製作の功労者である宇宙船のリーダー、トオルは、英雄になった。


 それから、しばらくして、トオルは特効薬に変わった子供とその母親の情報を知った。


 思い出した、あの夜。

 エリカの涙は、とても温かかった。


 自分の頬を流れる涙の意味に、思いあたったトオルは、ひとり乗りの宇宙船で、惑星コロリへ向かった。


 彼の遺体は、エリカとの思い出の部屋で、発見された。

 彼の膝の上には、エリカの日記があった。


          終わり



 

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