中編

 オレが3年生になったばかりの頃、オレはいつものようにパンを買うために、購買の行列に並んでいた。


 相変わらずパン屋は大人気。金田さんも相変わらず手際よく客を捌きつつ、女子生徒のおっぱいを揉んでいて、オレも「大したもんだ」と感心しながら自分の順番を待っていた。


 そんな時、事件は起きた。



「何をやっているんですか!?」


 突然女性の高い声が、購買スペースに響き渡った。よく通る声。生徒たちは一斉に声の方を向き、金田さんも手を止めていた。


 声の主は水木先生という若い女性の教師。たまたま通りかかって、運悪く金田さんのセクハラ行為を目撃してしまったらしい。


「今、その子の胸を触りましたよね?」


 水木先生は金田さんの前にいる女子生徒を指差しながら厳しい口調で言った。


 水木先生の言っていることは間違いない。確かに金田さんは胸を触っていた、というより揉んでいた。水木先生だけでなくその場にいた生徒全員がその事を知っている。


「そうでしょ? あなた」


 いつのまにか人ごみをかき分けて、水木先生は例の女子生徒の隣に来ていた。


 オレは「厄介なことになったな」と思ったし、周りにいる生徒もみんなそう思ったに違いない。


 そもそも、問題となっているその女子生徒が一番「厄介なことになった」に思っているはずだ。


 その女子生徒は桐原さんという名前でオレと同級生。同じクラスだけどあまり話した事はない。


 ただ、桐原さんがほぼ毎日ここでパンを買っていることは知っている。つまり彼女は金田ベーカリーの常連であり、もちろんここのルールも承知の上で利用している。


 そこに、空気の読めない教師が1人乱入してきた形だ。



「そうでしょ?」


 桐原さんの肩に手を置き、水木先生はもう一度、優しい口調で言う。


「いいえ、触られていません」


 そんな、水木先生を拒絶するように桐原さんは答える。そう、桐原さんは間違っても「はい、触られました」と答えるわけにはいかないのだった。


 自分自身のためであり、全学年の女子生徒のためでもある。自分が今後半額サービスを利用できなくなるのも嫌だし、半額サービスを潰した事で恨まれるのももちろん嫌だ。だから桐原さんは「触られていない」と言い続けるしかない。


「絶対触られてたでしょ!」


「いいえ、触られていません」


「なんで嘘をつくの!?」


 触った触らないの押し問答が続き、水木先生は明らかにイライラしだした。


 水木先生からしたら、セクハラ被害を受けた生徒を助けようとしているのに、なぜかそれを拒否されているのだから、わけがわからなかったに違いない。


 言い合いが続き、桐原さんは俯いて黙ってしまった。



「いいえ、先生。触ってませんでした」


「そうですよ。触っていません。ねぇ?」


「金田さんは何もしてませんでしたよ」



 そんな桐原さんを援護するように数名の女子生徒が口を出した。


 彼女らはバレーボール部に所属している3年生。昼食だけでなく部活後のおやつとしてもパンを食べるため、毎日大量のパンを購入する、言わば金田ベーカリーのヘビーユーザー達。おそらく金田ベーカリーのサービスが無くなったら、一番困るのは彼女達である。彼女達は続けて言った。



「触られてないって言ってるじゃないですか」


「そうですよ。なら触られてないんですよ」


「そうそう」


 女子生徒達の思わぬ反撃を受けた水木先生。



「わ、私は絶対に見ました!」


 動揺しながらも決して主張を曲げようとしない。そもそも水木先生が言っていることは真実なので当然だが。



「勘違いじゃないですか?」


「見間違いでしょ」


「何言っているんですか?」


「金田さんがかわいそう」


「もういいでしょ」


「余計なこと言うな」


「引っ込め」



 次第に、バレー部に続いて他の女子生徒達も声を上げ始めた。


 ここにいる女子生徒は全員半額サービスの恩恵を少なからず受けている。


 みんな金田さんを、いや金田ベーカリーの半額サービスを守るために立ち上がったのだ。



 そして、オレ達男子生徒も女子たちに便乗して「そうだ、そうだ」と言ってみるのだった。


 そうなると水木先生にとっては地獄である。   


 先生は生徒を助けるために勇気ある行動を取ったはずなのに、被害者の桐原さんを含め、その場の生徒全員が加害者の金田さんをかばい、さらに自分を責めてたてているのだから。



「わ、私は・・・・・・」



 生徒数十名に囲まれて罵声を浴びせられた水木先生の目には涙が浮かんでいる。


 オレはそんな水木先生を見て、気の毒には思いながらも「このままならこの件はどうにか有耶無耶になりそうだ」と安心もしていた。そんな時だった。







「触りました」






 生徒数十名のざわめきが、ぴたりと止んだ。


「触りました。その子の胸を」


 その声の主は金田さんだ。なんということだろう、金田さんが自らのセクハラを認めてしまったのだ。


 金田さんの突然の告白に、水木先生は面食らって少しの間呆然としていたが、すぐに冷静さを取り戻して金田さんに言った。


「この子の胸を触った、間違いありませんね」


「はい、間違いありません」


「では職員室まで来てください。桐原さんも」


「ええ!?」


 水木先生と金田さん。そして困惑する桐原さんは職員室へと歩いて行った。


 そんな3人の姿を眺めながら、オレは金田ベーカリーの今後のこと、そして買い損なった昼飯をどうしたものかと考えていた。





 昼休みの教室では、金田ベーカリーの話題で持ちきりだった。


 俺たち男子は教室の隅に集まって、今回の件に関して色々と話していた。




「しかしわかんないな。なんで金田さん正直に話しちゃったんだろ?」


「なんていうかアレだろ。金田さんなりの信念とかポリシーってやつだろ」


「どういう意味?」


「ほら、購買スペースに先生が通るなんて今までもあったけどさ、バレずれに乳揉んでたわけじゃん。でもそれがバレちゃったんだから素直に認めたんじゃない?」


「腕が衰えたから引退、みたいな?」


「そうそう」


「それより明日からパンどうなるんだろ? 今日も買えなかったし」


「金田ベーカリーが来れなくなったら、あのうまい焼きそばパンも二度と食えなくなるのか」


「あ、それはやだな」


「確かスーパーでも売ってたよあれ」


「いや、下手すると廃業かも知れんし」


「マジかよ」



 と、いうふうに男子の会話はくだらなくもまあまあ平和ではあった。


 一方女子はというと、男子よりもかなりピリピリしていた。



「マジ最悪。パン買えなかったし」


「本当むかつくよね、あのババア」


「いい子ぶってて空気読んでないんだよ」


「ホント辞めないかな、アイツ」



 そういう感じだった。食い物の恨みは恐ろしいものだ。


 そして、昼休みが終わって、5時間目の数学の授業が始まっても桐原さんは帰ってこなかった。


 一体職員室で今どんな話が行われているのか。オレは気になって授業に全く集中できなかった。


 5時間目が終わって、桐原さんはやっと教室に戻ってきた。


 みんなで出迎え、質問攻めにする。


「ど、どうだった!?」


「他のセンセーはなんて!?」


「結局金田ベーカリーはどうなっちゃうの!?」


 クラスの女子達の質問に答えず、桐原さんは俯いている。



「桐原さん?」


「ど、どうしたの?」


 しばらくの沈黙ののち、桐原さんは泣きながら答えた。


「ご、ごめんなさいみんな。金田ベーカリーもう学校来れなくなっちゃった……」


「えー!?」


 クラス全員の悲鳴が上がる。


 



 話をまとめるとこうだ。


 職員室で水木先生は今回の事件を警察に届けるべきだと主張したらしい。しかし、他の教員としては事態を大事にしたくなかった事からその主張に難色を示していた。また、被害者のはずの生徒が「何もされていない」と言っているのに、警察に訴えるのもおかしな話なので、とりあえずこの件は学校内で片付けるということになったらしい。


 水木先生は不満顔だったようだ。加害者の金田さんがなんの制裁を受けないのはおかしいとも言った。しかしそれに応えるように、金田さんが口を開いた。


「わかりました。もうこんなことが起こらないよう、私はこの学校へは二度と出入りしないようにします。本当に申し訳ありませんでした」


 二度と学校には出入りしないとは、つまり学校でのパンの販売と終了するということだ。


「と、いうことですがいかがですか水木先生」


 そう言ったのは教頭先生で、水木先生は何も言わなかったそうだ。水木先生としたらこんな事になったのならそれくらいは当然だ、とも思っていたかも知れないが、金田さんのあまりに素直な態度に何も言えなくなったのかも知れない。


 正式にはまだわからないが、金田ベーカリーの撤退は決定的のようだ。



「ごめんなさい、みんな。私のせいだ……」


 桐原さんは泣いて謝ったけど、女子たちの態度は優しかった。


「桐原さんのせいじゃないよ」


「うん、桐原さんはたまたまああなっただけだし」


「誰でもあれ以上どうしようもなかったと思うよ」


「うん、桐原さんは悪くない」



 そんな風に彼女を慰めていた。


 そんな中、1人の女子生徒がよく通る鋭い声で言う。



「そう、桐原さんは悪くない。つまり悪いのは……みんな誰か分かってるよね!?」


 その子は大山さんという背の高い女子生徒で、例のバレーボール部の部長をしている。購買の前で最初に水木先生に喰ってかかったのは彼女だ。


 女子たちは頷く。


「うん、分かってる」


「アイツのせいだ」


「全部アイツが……」


 クラスの女子生徒が次々と大山さんの声に応えた。


「6限目、ちょうど現国だね。みんな、いいね?」


 女子生徒はほぼ全員、黙って首を縦に振った。


 




 6限目の現代国語。担当はあの水木先生だ。





 




 







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大繁盛!おっぱいベーカリー ドン・ブレイザー @dbg102

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