第10話 逃亡テロリスト傷害事件-外伝06 了

 結局、光井栄美みついえいみは到着した異世界の二人の時保琢磨ときやすたくまに、おおよその事実を告げた。


「その上で、私に協力してもらいたい」


 感情の欠落した声で言う自称美大生に、二人は緊張を隠せない。


「承知しました。ただ、ひとつお聞かせ願いたいのですが」

「何か?」

貴女あなたが、この1500番宇宙でも屈指のエージェント……」


 1637番宇宙の時保琢磨ときやすたくまの言葉は、相手のにらみ一つで途切とぎれた。


白蛇伝説はくじゃでんせつ。その二つ名で呼ばれているのは事実だ。だが、私自身がそう名乗なのった事は一度として無い」


 おさえにおさえた怒りを感じ取り、ガス人間8号の仇名あだなを付けられた青年は何度もうなずく。


「承知しました。では、何とお呼びすれば」

光井栄美みついえいみ。そう呼んでもらいたい。あの子、いや……あの少年に、そう名乗なのった」


 あの子、と1500番宇宙の高校生である時保琢磨ときやすたくまを示した時に、エージェントの女性が感情を込めた事に気付き、二人は瞬間ほっとめ息を付く。


「何か?」

「いえ、何でもありません」


 阪本銀八さかもとぎんぱちを名乗る青年は、つとめてさわやかな笑顔を作った。あの受付嬢と同一人物だとは到底とうてい思えない、と内心では立ちくらみに近いものに襲われつつ。

 その隣に立つ、1398番宇宙の時保琢磨ときやすたくまが暮れなずむ空の下でもサングラスを外す事無く、ぼそりとつぶく。


こぇぇ」

「何か?」


 すかさず飛んでくる詰問きつもんに、革ジャン姿の男はカマキリの頭みたいなサングラスをかけたまま言った。


「いや。大したことじゃぁ無ぇんだがよぉ、もうじきボウズが起きるぜぇ。イイのかよ? 白蛇伝説さんよぉ」


 薄暗がりの中、棗武志なつめたけしの言葉にリクルートスーツの女性の首筋が、巻いたスカーフ越しに白く燐光りんこうを放つ。


なつめさん、ここは穏便おんびんに」

「別にケンカ売ってる訳じゃねぇ。事実だぁな、ボウズが目ぇ覚ますのはよ」

「ほう。何故なぜそれが判る」


 光井栄美みついえいみ名乗なのれと二人に言った女性は、首筋の傷を気にしつつ、おさえた口調で問いかけた。


「話せば長くなります。が、琢磨たくまくんが目覚めるのなら準備が必要なのでは? その方が重要かと」

「もっともだな」


 栄美は二人への興味など失ったと言いたげに、背を向けて倒れた高校生の下へと歩んでいく。

 その後ろ姿を見ながら銀八は小声で呼びかけた。


なつめさん、本当に目覚めそうなんですか?」

「あのボウズよぉ、じぃさんのタリズマンに気に入られたみてぇでよ。何となくオレ様に伝わってくんだぁ。参ったぜぇ」

「まさに剣と魔法の世界じゃないですか」

「知るかよぉ」


 そんなささやきを交わす二人の方を向き、栄美が再び近付いてきた。


「何か御用でしょうか?」


 幾分いくぶん、緊張気味にガス人間8号が言葉を発すると、自称美大生は無言で二つ折りのメモ用紙らしき紙切れを突き出す。


「これは?」


 中を見て銀八は、そこに書かれた数字の意味を悟った。


「これを琢磨たくまくんに渡せと?」

「あの……少年、は私の保護対象だ。連絡が取れねば困る事も有るだろう」


 目をそらせつつ語るトップエージェントに瞬間、微笑ほほえましい物を感じて青年は再びさわやかな笑顔を作る。


貴方あなたたくす」


 そう言われて銀八はうなずいた。


「承知致しました」


 相手の返事を聞いて、彼女はまた少年のそばへと歩いていく。


「では、宜しく頼む」


 そう言い放ち、彼女はひざを折って気絶したままの、この1500番宇宙の高校生である時保琢磨ときやすたくまき起こした。

 しばらくして、上半身を起こされた状態の琢磨たくまが目を覚ます。


「こ、こ、は…‥?」


 その第一声に、自称美大生は上から答えた。


「気が付いた?」


 先程まで二人が聞いていたものとは余りにも掛け離れた優しい声が、エージェント白蛇伝説から流れ出す。

 別世界からやって来ている二人の時康琢磨ときやすたくまは我知らず、お互いを見た。


こぇぇ……女ってぇのは」

「同感ですね」


 小声でささやき合い、二人の時康琢磨ときやすたくまこと棗武志なつめたけし阪本銀八さかもとぎんぱちは自分達の出番を待つ。


「俺……」

「もう、大丈夫だから」


 高校生に向ける笑顔も、美大生のものになっている。


違和感満載いわかんまんさいってトコかよぉ?」


 自分のささやきに、無言で渋面じゅうめんを作るガス人間8号を見て、皮ジャンの男は肩をすくめた。


「ピンモヒ、は?」

「大丈夫。あの方達が」


 ついに出番かよぉ。小声で言うなつめを無視して、薄物のジャケットを羽織はおった青年はビューレットの言った事を思い出している。

 あの人物は正しかった。


「そう言わざるを得ないな……」


 少年は真っ先に、自分達を襲った軍人 くずれについてたずねてきた。事実を知らせる事は出来ない。ひと芝居打つ事になる。

 なつめには向いていない。それこそ違和感満載いわかんまんさいだ。と、銀八は心の中で苦虫をつぶした。

 ボロを出す訳には行かない。ほぼ自分が受け答えするしかないだろう。

 そんなガス人間8号の思いを知るよしも無く、高校生は起き上がろうとして尻餅をついてしまい、うなだれたままつぶやきをらす。


「俺、また……」


 その後に続く言葉と共に、少年の口から嗚咽おえつれる。


「情けねぇ……」


 つぶやきと共に、涙があふれ出す。自分の力不足と再び別世界の同一人物に助けられた事を、高校生は恥じていた。


「そんな事ない。君、頑張がんばって私の事、守ってくれたじゃない。全力で体張ってくれたじゃない」


 栄美の声も、少年の耳に、心に届いては居ない。確かにビューレットの言うとおりだ。もし事実を知れば、この程度では済むまい。

 銀八は人目もはばからず泣き続ける少年を目にして、レイヤーなガンマンを大人だと再認識した。


「大人とは……与えられた役割にふさわしい能力と責任を持って、決断を下せる人」


 場違いなつぶやきと判っていて、ガス人間8号は小さな声で口にする。

 かつて母が病に倒れた時、一度として見舞いに来る事の無かった仕事の虫を名乗る非常な父と対立した日に、その父から言われた言葉を、彼は思い出していた。


 仕事 一辺倒いっぺんとうな自身への言い訳と、非難し続けた銀八が、再び父と向き合うようになれたのは、あの高校生との出会いから。

 以降、何かと少年を気に掛けては来たが。


「あの人物は……」


 ここ1500番宇宙の時康琢磨ときやすたくま、まだ高校生の、心がこわれる危険を察知し、それを回避する為に自分達を派遣はけんしたのだ。

 自分はまだ、その域に達していない。阪本銀八さかもとぎんぱち偽名ぎめいを1500番宇宙で使う気化生命体は今、切実にそう思う。


「やべぇな、こりゃ」


 自分の感慨かんがいにひたっていた銀八は、隣の革ジャン男のつぶやきで我に返った。


「あれじゃぁよ、ボウズを追い詰めるぜぇ。守るはずだった女になぐさめられるなんてよぉ。ズタボロの状態で、だぜぇ」

「確かに」


 これもまた、ビューレットの予測の内なのだろう。

 今こそ自分の出番だとガス人間8号は口を開く、いつも通りの涼しげな声で。


「申し訳ありませんが、このあたりで。彼はまだ高校生です。そろそろ帰宅させねばなりません。宜しいでしょうか?」


 トップエージェント白蛇伝説が、感情の欠落したひとみを向けてうなずくのが見える。隣でまた、なつめの恐怖に満ちたつぶやきが聞こえた。


「私が送って行きます。なつめさんは、彼女をエスコートしてください」

「うぇ! 俺様が、かよ?」

「他に誰がるんですか?」

「わぁったよ」


 その後、光井栄美みついえいみに対して無言で深々と頭を下げてから歩き出す高校生を連れ、銀八は二人を残して公園を後にした。


琢磨たくまくん。君は、もっと成長しなければなりませんね」


 共に一言も口にする事無く歩き続ける中、ガス人間8号は、おもむろに1500番宇宙の時康琢磨ときやすたくまに話しかける。  


「わぁったよ」


 力無く、高校生が答える。


「強くなる事です、あらゆる意味で。で、なければ、これを渡してくださった彼女に申し訳ないでしょう?」


 そう言いつつ、銀八は小さな紙切れを手渡す。書かれていた数字の列を目にして、少年はその紙をにぎめた。

 やみちかけていた心にわずかでも希望の火をともした別世界の同一人物に、気化生命体の青年は声を掛ける。


「とんでもない出会いをしたみたいですよ、君は」


 聞いていませんね、これは。紙切れをにぎめたままひたいに押し当てる高校生を目にし、ガス人間8号はそう思う。

 今は、それでいい。とも。


 だが、光井栄美みついえいみ名乗なのる彼女との出会いが、この高校生の全てを変えていく第一歩になるなどと、彼は全く気付きもしなかった。

 彼、阪本銀八さかもとぎんぱちだけでは無い。彼の別世界の同一人物も、彼らを派遣はけんしたビューレットも、自称美大生のトップエージェントも。


 平和な日々の裏側で進行する、多元宇宙間侵略全面戦争回避に否応いやおうなく巻き込まれていく事になろうなどと。

 そしてそれが、どこにでもる17歳をただの高校生から、ただの人間から、卒業させてしまう事態になる事に。

 何より本人、1500番宇宙の時康琢磨ときやすたくま自身が、何も判ってはなかった。

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3番目のタクマ ~多元宇宙 異世界広域事件簿~ 鷹住星嶺 @Sayrei_Takasumi

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