第7話 初恋の二人 それぞれの気持ち
野球部のグラウンドから華棟に戻ったミオとナオ。リビングルームに入ってからミオは一言も発さない。ソファーでクッションを抱いて、体育座りをしている。
今日は、ミオのお気に入りのチョコレートケーキが届いている。ナオは冷蔵庫から取り出し、お皿の上に乗せミオの前に置いた。普段のミオなら、テーブルに置いた途端にケーキを食べる。だが、今日は食べようとしない。それどころかケーキに気づいていない。
ナオがミオの目の前で手を振る。
「ミオ、大丈夫?」
「あ、うん。何?」
「ミオ、さっきからずっと無言だし。それに今、ケーキ置いたけど気づいてないし」
「あ、ありがとう」
でも、ケーキを食べようとはしない。ぼんやりしている。仕方ないのでナオはケーキをフォークで一口分カットし、ミオの口元に持っていった。ようやくミオは気づいて口を開けた。
ナオがミオの口にケーキを入れた。やっとミオは食べた。
「ミオ、おいしい?」
「うん」
「ミオ、どうしたの? あれからずっと無言だけど」
「うん……」
でもそれ以上何も言わない。視線もボーッとしている。いつものミオと明らかに違う。
「ミオ、大丈夫?」
「うん……」
初恋の人に突然会ったのだから、動揺しているのは仕方ない。だが、いつものミオらしくない。ただ、ミオの恋はこれが初めてということは、ナオが一番よく知っている。日頃、リョウとの行動を見ていると、ミオはまるでオトナの女性に見えるが、実際は告白もしたことのない。
「ミオ、北斗七星の人が誰かわかって、正直どうだった?」
「……」
「例えば、『思っていたより超かっこよかった』とか、『王子様だと思っていたのに現実は最悪な男だった』とか」
「そうだね……」
やっとミオは話し出した。
「ソウさんは高校野球では他校の女子生徒にも人気ということは知っていたし、うちの学園でも一番の人気だし。そういう意味ではよく知る人だったけど。まさかこんなに近くにいたとは」
「それビックリだよね。1年以上同じ学校で二人は会っていたことになる」
「うん。それなら『なぜもっと早く知り合うことができなかったんだろう』とも思う」
「それはきっと神様が『まだ早い』って思ったんじゃない? きっと今日が最適な日だったんだよ」
「そっかぁ。ま、確かにそういう考え方もあるかもしれない」
「で、ミオはソウさんとどうしたいの?」
「ん……。わからない。突然すぎて考えることができない」
「ミオ、ソウさんはミオに会うために全員の告白を断っていたって。それって凄いじゃない」
「うん。それはビックリした。私だけが一方的に想っていたんじゃなくて、ソウさんも想ってくれていたいんだって」
「ミオ、男なんて、ヒドイ奴は本当にヒドイよ。三年生にも学園内で彼女5人作っている人いるらしい」
「え、そんな人いるの?」
「うん。それも取っ替え引っ替えしているみたいだし」
「すごっ」
ミオの目がまんまるになっていた。
「でもさ、そんな人もいる学年なのに、再会できるかどうかわからない人に対して純愛を貫くソウさんは素晴らしいよ」
「そうだね」
「でも、ミオもえらかったね」
「なんで?」
「ミオだって、ずっと再会を信じて会えることを待っていたじゃない?」
「うん、そうだけど」
「きっとソウさんも感動しているよ。さっきミオがソウさんに対して感動したみたいに」
「そうかな?」
「そうだよ。ミオ、そろそろケーキ食べたら?」
「うん食べる」
ようやくミオは自分でフォークを持った。
ミオとナオが帰った後のテツとソウは練習どころではなかった。
「ソウ、お前の初恋の相手は、ミオ様なのか?」
「さっきの話からいくと、そういうことになるね……」
「この前あんなに嫌っていたのに、それが初恋の相手とは」
テツが大笑いした。
「初恋の相手が、今嫌いな人という場合、今後どうなるんだ?」
テツは素朴な疑問としてソウに聞いた。
「……」
「おい、ソウ。相手がミオ様だったら、今まで全部断ってきたかいあったぜ」
「近くで見たら、可愛かった……」
ソウがつぶやいた。
「そりゃミオ様だもん。キレイだよ。これまで散々文句言っていたお前がおかしいんだよ」
「そうだけどさ……。これまで写真で見てきたけど、全然気づかなかった。でも近くで顔をよく見たら『この子だ』ってわかった」
「ま、女子は成長が早いからな。小学生の頃と比べたら変わってるわな」
「うん。だからオレ気づかなかったんだな。去年1年同じ学校にいて、何回も見たことあるのに。くっそー」
ソウは悔しがっていた。
「でも相手がミオ様って。オレどうすればいいんだ?」
ソウは急に真剣に考え始めた。女の子に普段からちやほやされているソウでも、相手がミオとなれば、どう接して良いのかわからない。
「お前、それはかなり大変だぞ。相手はTokyo EVのお嬢様だぜ。それに対しお前は庶民の子。さらにミオ様は学園の経営にも口を出しているという噂あるし。何かしたらお前、退学かもよ」
テツは少しソウを脅した。
「確かにそれはありえる。下手に手出しできないよな。いくら初恋の相手とはいえ」
テツはソウの肩を叩いた。
「おい、ソウ、退学が怖くて恋愛なんかできるかよ。ミオ様であろうが、しっかりやれ!」
「そうだよな。オレ頑張ってみるわ」
やっとソウは笑顔になった。
「オレ話したことあったっけ?」
ソウがテツに話し出した。
「何を?」
「エースになりたかった理由」
「言われてみたら聞いたことないかも」
「オレさ、初恋の子に探して欲しかったんだよね。野球で有名になったら、きっと見つけてくれるかなって」
「じゃ、芸能人でもよかったんじゃん?」
テツが揶揄う。
「お前さ、オレが芸能人になれるか? 歌ったり踊ったり」
「ありえんな。お前は野球の方が似合うよ」
「そうだろ? それにその子が近くの子、そうだなせいぜい都内くらいにいることはわかっていたから、だから別に芸能人までなる必要はないんだよ」
「お前、結構分析してるんだな」
「そりゃそうだよ。絶対に会うって決めてたからさ」
「じゃ、今日、その夢が叶ったわけだな」
「叶っただけどさ……。オレさ、再会したら、試合応援してもらったり、遊園地に行ったりしたいって考えてたんだ。彼女が作った弁当を食べたいとか」
「その夢、100%無理だな」
テツが即答した。
「だよな。ミオ様が応援? もしグラウンドに来たら、オレたちの野球よりみんなミオ様の方にいっちゃうよ」
「ミオ様がいたら、お前の人気なんて、ないに等しいな」
「そうだよな。だからミオ様に応援なんて期待してはいけない」
ソウは寂しそうな顔をした。
「弁当はきっと、家のシェフが作ってくれるんじゃない? じゃなきゃ、お前が作ってミオ様と一緒にグラウンドで食べたら?」
ソウは子どもの頃から両親が働いているので、料理が得意なのである。
「確かにその方が現実的だ。でもミオ様は庶民のオレが作った弁当なんて食べるのか?」
ソウは真剣に考えていた。
「さあ。物珍しくて食べてくれるかもよ。きっと庶民の食卓に出てくるようなものは、ミオ様の家のテーブルに並ばないだろうから」
「それは言える」
「ところでさ、お前、投資を毛嫌いしていただろ。そこ大丈夫?」
「そうだった。オレ、投資だけはどうしても許せないんだよな」
「なんで?」
「家で小さい頃からそう教わっているからさ」
「それだけ?」
「うん。親の教えは大事だろ? お前んちは?」
「オレんちは、親が投資しているから全然。オレもそのうちやろっかなって考えている。だからお年玉をちょっとずつ貯め出した。といってもまだ16,000円だけど」
「すげっ、マジかよ」
「クラスでもやっているヤツいるだろ? お前もちょっとくらいその固い頭を柔らかくしろよ?」
「そうだな。ちょっと教えてくれよ」
「オレに聞くな。ミオ様にマンツーマンで教えてもらえばいいじゃん。手取り足取りさ」
テツは大笑いした。
恋愛株式投資倶楽部 @HiroyoMorita
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。恋愛株式投資倶楽部の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます