第6話 野球部を訪問するミオ
ミオとナオがグラウンドに行くと練習していた部員たちはミオの方を見た。野球部は学内でも人気なので、女子生徒が見にくることはよくある。だから女の子たちがキャーキャー言っていても気にならない。だがミオがいたら部員たちはそわそわする。
もちろんミオはキャーキャーなど言ってはいない。無言だ。部員たちは、なぜここにミオがいるか不思議でならない。
「なぜミオ様がここに?」
「今日、試験を受けずに練習していることを怒っているのかな?」
練習する手を止めて、ヒソヒソ話をしている。ミオの部活の入部試験を行なっている時間帯に、本人が来たのだから部員たちは逆に不安である。
「よ、ナオ。どうしたの、こんなところに来て?」
キャプテンのテツがナオに声をかけた。
「ミオが野球部見たいって言うから」
テツはミオに軽く会釈した。
「あ、ミオ、こちらがキャプテンのテツ。テツは私たちより1学年上なんだけど、テツのお母さんと私の母が友達で、それに家も近くて、それで小さい頃よく遊んでたんだ」
「そうなんだ。知らなかった」
「さすがに中高生になってからテツと遊ぶことはなくなったしね」
「ナオと一番遊んだのは幼稚園時代じゃない?」
「そうだよね。テツは小学生になってから野球一筋だし。その時から会うことがぐんと減ったよね」
「そうだな」
「それに勉強は私の方ができたから、テツに教えてもらうことなんてなかったし」
「ナオ、それ一言多くねぇ?」
「私は事実を言っているまでです!」
ミオは二人の会話が面白かった。なぜならこれまで見たことのないナオがそこにいたからだ。
「しかしミオ様に来てもらえるだなんて光栄だな」
テツは照れていた。そしてふとみんなが話していたことを思い出した。
「あ、もしかしてどんな奴が試験を受けてないか見に来たとか?」
テツは申し訳ないような顔をしてミオを見た。
「あ、そういうわけじゃないの。ミオが野球部を見たいだけ。それだけ。それに普段は女の子がいっぱいいて、気軽にここに入れないし」
否定するナオにテツは安堵した。
「あー、そういうことね。見たかったらいつでも来て。ミオ様には特別な席を用意するから。きっと野球部のみんなもミオ様が来てくれたら練習頑張るだろうし」
喜ぶテツにミオは笑顔で返した。
三人が話していたら、ソウもやって来た。
「おっ、ソウも来たか。ミオ様、こちらがエースの河田ソウ。県内でうちの野球部は有名だけど、ソウは特別かな。高校野球の記事になると、必ずソウは掲載されているから」
「私も見たことあります」
ミオは即答した。花湊高校はスポーツ推薦もしているので、ミオもそういう情報には詳しい。だが、あくまでビジネス面からの情報であり、高校生的視点の「キャー、この人カッコいい」というものではない。ミオはそういう情報には興味がない。
ナオも続いた。
「ソウさんはこの学校の女性に人気で、放課後野球部の練習を見ている女の子の半分はソウさん狙いなんだよ。テツ狙いなんて5%もいないんじゃない?」
ナオはテツをチラッと見た。
「どーせオレを見にくる女の子なんて数えるくらいしかいないよ」
「でも、今の彼女は、ファンとして来ていた子だって聞いたよ。ママから」
「そういう情報だけは、家族間でも共有されているんだな」
テツは飽きれた様子だった。
テツはキャプテンらしく野球部のPRを始めた。
「今年、俺たちは絶対に甲子園に行くぞ。な、ソウ!」
「当たり前だろう。甲子園に行って優勝するのが、オレの子どもの頃からの夢だしな」
「そうなんですね。頑張ってください」
ミオが笑顔でエールを送る。
「ミオ様にこう言ってもらったら、俺たち頑張らなきゃな。ソウ!」
ミオのことがあまり好きではないソウだが、さすがに本人の前で、露骨に態度に表すわけにはいかない。
「はい、頑張ります」
ソウはこう言うのが精一杯だった。実は、初めてミオを近くで見たソウは、思っていたより可愛いと感じていたのだ。だから緊張して何と答えていいかわからなかった。
「ソウ、どうしたの? お前、緊張してる?」
「そりゃ、緊張するでしょう。目の前にいるのはミオ様だよ。この学校じゃ、学園長のさらに上みたいなものでしょうが」
ミオが大笑いした。
「私はみなさんの年下ですから。どうぞ『ミオ』と呼んでください」
「え、ホントに?」
テツが興奮した。だが即座にナオが口を挟んだ。
「ミオはこう言うけど、3年生で『ミオ』と呼んでいる人は誰一人いないからね」
「はーーーい」
テツは残念そうだった。
「ナオ、練習の邪魔になるから、そろそろ帰ろうか」
ミオはそう言うと、テツは驚いた。
「オレたちなら大丈夫。なぁ、ソウ」
「は、はい」
ソウはまだぎこちない。
ナオはスマホで時間を確認した。
「ミオ、そろそろ試験も終わる時間だしね」
「そうだね。それまでにはここから離れておきたいもんね」
「その方がいいね」
帰ろうとする二人に、ソウは声をかけた。
「また、時間があったらぜひ見に来てください」
「お前、どうしたの? 自分からそんなこと言うなんて珍しいな」
愛想のいいソウに驚いたテツだった。
「だって、オレ、ここで何か言わないと、忘れられそうだし」
みんな大笑いした。
「大丈夫です。ソウさんのことはすでに知ってましたから」
ミオは笑顔で答えた。
ソウは安堵した。
「今日は、ありがとうございました」
ミオは丁寧に挨拶した。そしてミオはふとバットを持つソウの手を見た。そうすると右の手の甲に北斗七星のほくろがあった。
「あ、北斗七星のほくろ」
ミオがつぶやいた。
「ん? どこ?」
ナオがすぐに反応した。
「ほら、ソウさんの手」
「あ、ホントだ」
ミオは無言になりナオの目を見た。いつもなら何でも自分でやってしまうミオが珍しくナオに助けを求めている。
ナオは頷いた。
「ソウさん、私たちが5年生の時、つまりソウさんが6年生の時、女の子を助けませんでしたか? 男子に絡まれているところを」
テツがすぐに反応した。
「え、それって、ソウの初恋の子の話なんじゃない?」
「うっそー」
ナオが驚いた。
テツがすぐに察した。
「もしかしてその女の子って、ミオ様?」
「そう」
ナオとテツは二人で盛り上がっていた。それに対し、ミオとソウは二人とも恥ずかしそうに互いを見ていた。
それを見たナオがすぐに付け加えた。
「ミオもその人のことがずっと忘れられなくて。いつも『北斗七星のほくろの人が私の王子様』って言っているよ」
「マジ? ってことは二人はその頃からずっと相思相愛ということになるんじゃない?」
「そうだね。でも、テツさんは女の子に大人気でしょ?」
ミオが何を考えているかナオにはわかる。すぐにテツの女性関係を調査しはじめた。
「それがさ、こいつ、しょっちゅう女の子から告白されるんだけど、全員断っているだよね。それも、初恋の子が忘れられなくてって」
「うっそ。ミオと同じじゃない」
「あ、でもミオ様って、毎日車で送ってもらっている人、彼氏じゃないの? 学園ではそういう噂だけど」
「あれはね、ミオ専用の運転手。お兄さんみたいなものだよ。ま、ミオの感覚がズレているから、世間で考えるお兄さんとはちょっと違うかもしれないけど。ハグはしているけど、それ以上はしてないから安心して」
ナオはまるで母親のようにミオを説明していた。
ミオもソウも一言も発することはなかった。だが、二人は時々チラッと相手を見ていた。
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