第5話 恋愛株式投資倶楽部入部試験の日
今日は「恋愛株式投資倶楽部」の入部試験の日。朝から学園内はソワソワしている。受験するのは1〜3年生のうちの280人だ。授業中、教科書ではなく問題集をチェックしている人もいる。休み時間も廊下で話している人は少ない。いつもより静かだ。
職員室でも今日は入部試験の話ばかりだ。2年生を担当する先生、つまりミオの学年の教師は特にこのことに興味がある。2年A組とB組の先生は、放課後試験監督を行うことになっている。
「先生、今日は廊下で遊んでいる生徒が少ないですね」
職員室で2年A組の先生が隣に座るB組の先生に話しかける。
「入部試験ですからね。今日の成績で彼らの1年は決まりますし」
「この試験、私たちが受けたらどうなるのでしょうね」
「きっと今頃喋っていないで猛勉強してなきゃいけないでしょうね」
二人は大笑いした。
「正直なところ、私投資のことがイマイチよくわからなくて。ずっと体育が専門でしたから」
「実は私もなんです。私たちの学生時代に投資している人なんていませんでしたよね」
「そうですよね。だからこの試験、教師は対象外と聞いた時、安心しました」
「そういえば、昨年『チャレンジしたい』と言っていた先生いましもんね」
「いましたね。去年ミオさんに『教師は対象外です』と言われたみたいで……」
教師が受験できないことに先生たちはホッとしていた。
今日もミオは朝から華棟で授業を受けている。本日の講義は経営とファイナンスだ。その道の第一人者と言われる海外の教授からマンツーマンで教わる。
ミオは父の仕事のこともあり、普段から日本企業の社長に会うことも多い。そして投資家でもあるので、日本企業のビジネスモデルについて色々研究している。だが、海外にはミオの想像をはるかに超えるビジネスモデルを展開する企業が数多くある。ミオは今日の授業を以前より楽しみにしていた。
経営もファイナンスもミオにとって重要な分野だ。経営では、最先端の企業がケーススタディとして取り上げられている。先週のうちに、どの企業が授業で取り上げられるか発表されていた。ミオはこの一週間ミオ専属の運転手であるリョウと毎日夕食の後に研究していた。ミオは一人で授業を受けているため、クラスメートと共にグループを組んで課題に取り組むことはできない。その相手をするのはリョウである。リョウも大学時代に経営を学んでいたこともあり、この分野には明るい。ただ一緒に調べるだけではなく、ミオが知らないこと、理解できないことも丁寧に教えてくれる。リョウはチームでもあり、家庭教師的な存在でもあった。だからミオは一人調べるより多くの情報を知ることができたのである。ミオはリョウのことをとても尊敬していた。
ミオが今一番興味あるのは学校経営だ。
「アメリカの学校の経営については、日本とはどのように違うのでしょうか」
ミオは先生に質問した。先生は少し考えた。
「ミオさん、大学生になったら一年間私の学校に留学して体験してみるというのはどうかな。そうすれば学校経営を知ることができる。もちろん留学期間中には、最先端の企業の経営者と会う機会も作るし」
ミオは、先生からの提案に少し驚いた。でも、前から一度は留学してみたいと考えていたので、行きたいと思った。
「先生、行きます! そして最新の経営を学びたいです。友達も作りたいし」
「ミオさんならきっとたくさんの友達ができますよ」
「はい。ありがとうございます」
「では、まずはお父様に許可をいただかないといけませんね。私からも話しておきますが、ミオさんもお父様としっかり話してください。大学生になってからですから、もう少し先ですが」
「はい、わかりました。先生、ありがとうございます」
ミオは心の中でガッツポーズをしていた。高校2年生のうちに大学生になってからの留学の話が決まるとは。これからしっかり英語の勉強をしようと思った。
ミオは、父のことについてはまったく心配していなかった。この教授とミオの父は親友である。そして、ミオは父から「大学生の間に留学しなさい」と言われていたのだ。父も学生時代に留学をしており、そこでの経験が今の経営に役立つとよく話している。
午後の授業も終わり、下校時間になった。恋愛株式投資倶楽部の入部試験はこれから始まる。生徒は一旦教室から出た。試験監督を務める先生たちが準備を始めた。昼休みのうちに、ミオとナオは試験問題を華棟から職員室に運んであった。職員室で各クラスに分配され、先生たちはそれを持って、放課後の教室に集まったというわけだ。
席に座った生徒たちは、無言で問題集を眺めている。3年生でも内部進学を希望する生徒の中には試験を受ける者もいた。そのため、放課後なのに帰宅したり部活動に励む生徒は少なかった。ある部活では「本日は休み」としているところもあるようだ。だが、そうでないところもある。
試験時間は1時間。筆記用具以外持ち込み禁止。試験がスタートした。校内は再び静かになった。
ミオは、試験監督をしない。試験中にやることがあった。むしろ楽しみにしていたくらいだ。それは、どういう人が試験を受けないかということを知ることだ。
授業後、校門の近くのベンチに座り、スマホを見るふりしながら、どういう人が通っていくのかチェックしていた。つまり試験を受けずに帰る人だ。多くは3年生だった。この学園の経営を考えるミオとしては、外部受験を希望する生徒がいることは理解している。国立大や、海外の一流大学に合格することは、学園のPRにつながるのでいいことだと考える。だが、外部受験より内部進学の方が魅力あるという学校にしたいとミオは考えていた。
とはいえミオ自身も今日、「大学生になったら留学する」という話になったわけだ。強引に内部進学で引き止めるわけにもいかない。一方、「内部進学だから」ということで、挑戦を拒み向上心のない学生ばかりが残るのも困る。それは就職率、大学院進学率の悪化につながる。
卒業生の進路は、学園のイメージ、そして新たな学生の募集のためのマーケティングにもつながる。たくさんの学生が卒業後世界で活躍すればこの学校のイメージは向上する。そのような学生がたくさん卒業する学校になったらいいなとミオは思っている。
まだ高校生のミオだが、在学している今だからわかることがたくさんあるということを認識している。
ミオの家は大人ばかりだ。両親に加え、ミオの家で働く大人がたくさんいる。一人っ子のミオは小さい頃から、大人に話しても理解してもらえないことがたくさんあった。その時気づいたのだ。「大人はみんな子ども時代のこと忘れちゃっている」と。その気付きより「高校生の今しか、高校生の真の気持ちはわからない」とミオは理解している。だからこそ積極的に自分の意見を発することにしている。
学校で現実に起こっていることなら、大人も耳を傾けてくれることをミオは知っているからだ。「戦略家ミオ」なのである。
校門で眺めていると、帰宅する人の半分が3年生で、あと半分が1年生と2年生というところだろうか。もちろん他の部活に集中したい人、投資に興味のない人、そして用事がある人もいるので、全員が内部進学を希望しないわけではないことをミオも理解している。
今日は休みの部活もあるということをミオも把握していた。だが、グラウンドから野球部の声が聞こえてくる。野球部が部活の練習をしているようだ。ミオが座っているベンチの後にグラウンドがある。振り向いてみると、野球部は普段通りに練習していた。過去甲子園出場の経験のある花湊高校では、野球部は「キツイ部活」ということで有名だ。
「ミオ、どんな感じ?」
ナオがミオのところに来た。
「うーん、帰る人の半分は3年生だね」
「仕方ないよね。受験だし」
「うん。そうだね。ところでナオ、野球部は今日普通通りに練習してるんだね?」
「そうだね」
「部員っていつもあれくらい?」
「多分あんなもんじゃないかな。いや、今日はちょっと少ないかも」
「そっかぁ。野球部からも受験する人いるのかな?」
「どうだろうね。でも、結構たくさん部員がいるところを見ると『投資より野球』って雰囲気だね。ま、甲子園目指しているから仕方ないかもしれないけど」
「そうだね。野球部が甲子園に行くことも、学園にとっては大事なことだし」
「さすがミオ。学園経営という視点で野球部を見ているんだね」
「そりゃそうだよ。私はこの学校を良くしたいと思い頑張っているんだから」
「そうだね」
ナオはミオが真剣に野球部の方を眺めていることに気づいた。
「ねぇ、ミオ、野球部見に行ってみる?」
「えっ? ナオ、知り合いいるの?」
「うん、あれが3年生のキャプテンのテツ。幼馴染だからよく知っているんだ。小さい時は一緒に遊んでいたし。そしてあっちでバットを持っているのが我が校のエース、3年生のソウ先輩。テツと一緒にいるから、何回か話したことあるよ」
ナオはグラウンドにいる人を指差しながら説明した。
「へぇ。あの人が河田ソウさんなんだね」
「ミオ、知ってるの?」
「高校野球の雑誌で見た」
「ミオ、結構チェックしているんだね」
「そりゃこの学校の情報が掲載されている雑誌なら見るって」
「そうだね。ミオだもんね。それなら一緒に行ってみる?」
「うん! 行きたい」
ミオは笑顔で答えた。
「じゃあ、行ってみよう」
二人はグラウンドの方に歩き始めた。
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