第4話 ミオの送迎を担当するリョウ

 ミオはお嬢様だ。だから学校の行き帰りは基本的に運転手のリョウが送り迎えをする。だが、この日はいつもとは違った。


 放課後ミオとナオは華棟にいた。

 「ナオ、もう5時だよ。そろそろ帰ろうか」

 「え? もうそんな時間なの? 帰ろう帰ろう。リョウさんはお迎えに来ているの?」

 「今日は来ないんだ。珍しくパパとリョウが一緒なんだよね。重要な用事があるとかで。娘の運転手に『お迎えより重要な用事』ってなんなんだろうね。ホント」

 ミオはちょっと怒っていた。

 「確かにそうだね」

 ナオは笑った。

 「でも、本当はリョウに会えないのがすごく寂しい……」

 ミオはしょんぼりしていた。

 「リョウさんはミオにとってお兄さんみたいだし」

 「うちで働いている人はたくさんいるけど、リョウと一緒にいる時間が一番長いいもん。それに年も近いし。そういう意味ではお兄さんみたいだけど……」

 「それにリョウさん独身だし」

 「言われてみれば確かにそうだね。でも、そんなこと考えたことなかった」

 「え、そうなの?」

 「だってリョウはうちで働いている人だよ」

 「でもさ、ミオとリョウさんって、毎朝車から降りた後、熱いハグをしているじゃない? さすがにキスはしてないみたいだけど。だから学園内じゃ、『ミオのフィアンセはリョウさん』という噂もあるよ」

 「ホント?」

 「知らないの?」

 「知らない。ってか、お兄ちゃんとハグしないの?」

 ミオは真顔でナオに聞いた。

 「ミオ。ここ、日本だよね?」

 「うん」

 ミオは無邪気な顔で頷いた。

 「なら、しない。ミオとリョウさんみたいなこと兄と妹でしていたら『気持ち悪い』って言われる」

 ミオの顔はまさに絵文字の「ガーン」という顔をしていた。ミオはショックすぎて言葉が出なかったようだ。


 ミオは落ち込んだままだ。ナオは「ちょっと言いすぎたかな」と思った。だが、ミオを笑顔にするのはナオにとっては簡単なことだ。

 「ミオ、帰りに一緒にアイスクリーム食べていかない? 駅の近くに美味しいお店できたんだよ」

 「うん。行く行く!」

 ミオは、笑顔になり首を縦に頷いた。ナオはホッとした。そして二人は帰り支度を始めた。



 ミオとナオは華棟を出た。少し歩くとミオ専用の駐車場がある。当たり前だが今日はそこにリョウはいないし車も止まっていない。ミオは先ほどナオに言われたことがショックだったことに加え、リョウに会えないことが寂しく、どんよりした気持ちで歩いていた。

 ミオの心の中は複雑だった。「兄と妹は私たちのようなハグはしない。でも私はリョウのことは兄としか思っていない。だがリョウに会えない日は寂しい。これってどんな関係なの?」と。ただ、これをナオに話しても理解されないだろう。こういう時、ミオが一番話したい相手はリョウだった。リョウなら何でも話せる。正直、ナオより込み入った話もできる。




 ミオは普段、ミオ専属のイケメン運転手「桜田リョウ」が運転するTokyo EVのスポーツカーに乗って通学している。その様子はまるでイケメンの彼氏と美人の彼女のデートを彷彿させるものだった。これはミオの作戦だ。

 通常「お金持ちのお嬢様」というと、黒塗りの高級車の後部座席に大人しく座って通学するのをイメージするだろう。だがミオは父の経営するTokyo EVの車が大好きだ。そして自分が通学することで、この車がPRされればいいと思い、イケメンの運転手に運転させている。


 リョウは、ミオが高校1年生の時から運転手を担当している。それまでは、おじいちゃのような優しい沖田が運転していた。だが、高校生になり、ミオは女性として視野を広げるために色々学ぶべきことがあるという両親の意向により、イケメン運転手に変わったのだ。


 運転手の条件は、イケメンでミオに優しく、運転が上手で、そしてもしミオに何かあった時に助けてくれることだ。だから運転手の試験は厳しかった。運転のみならず空手も実技試験に含まれていたからだ。そして何より、ミオと対等に話ができることも重要視された。だから頭も良くないといけない。もちろんその面接にミオも立ち会った。通学をはじめ、日頃自分が移動する時に一緒にいる人だ。絶対に自分で選ぶと決めていた。


 リョウは日本一の国立大学で経営を学びトップで卒業している。友達は国家公務員、弁護士、そして大企業等に就職したらしい。ベンチャー企業の社長もいるし、医師を目指す友人もいるそうだ。それなのになぜリョウは運転手を選んだのかミオはいつも不思議だった。リョウならもっと色々な仕事が選べたはずなのに。でもその話をリョウにすると「ミオちゃんに会いたかったから」と答える。ミオは納得いかなかった。


 ミオが毎朝Tokyo EVの最新スポーツカーで通学しているせいもあり、若い子の間で、この車の認知度はどんどんアップしている。校内では「将来車買うなら絶対Tokyo EVだよね」と言っている子が増えてきた。

 新車が発表された翌日は必ずその車で登校することにしている。そういう日は、朝少し早く家を出て、遠回りしてから学校に行っている。そして帰りも大回りして帰るのだ。ミオの通学を利用した商品PRである。

 でも、ミオは車をPRするだけのために長時間車に乗っていたいわけではなかった。リョウと一緒にドライブすることが楽しかった。


 桜田リョウは、ミオが想像していたより楽しい人物だった。リョウはミオより8歳上の24歳。それなのにミオを大人の女性と扱い、学校の帰りによくドライブに連れて行ってくれる。ミオは両親からも学校からも学べない世界を体験していた。ミオに大人っぽいところがあるのは、リョウの影響である。

 リョウはミオの両親にあらかじめどのようなところにミオを連れていくと説明し、許可を得ている。例えるなら「デートプラン」という名の企画書を事前に提出しているのだ。もちろん中身が悪いと、両親から手直しが入る。ミオの両親はミオに色々な経験をさせたいので、「過激な修正」が入るのである。手直しを見ると、リョウの方が困ってしまうくらいだ。例えば、「ランチはファーストフードでハンバーガーを食べる」と出すと確実に手直しが入る。「恋人たちが行くレストランに行きなさい」となるのである。お店はリョウが選ばないといけない。最初の頃、リョウも慣れるのに大変だった。もちろん着る服も両親が指定する。ミオに釣り合う服を指定される。ダサいと着替えさせられる。だから、まるで親公認のデートのようなものなのだ。


 ミオはリョウを一目見た時から気に入っていた。家では大人ばかりに囲まれて暮らしている。一人っ子のミオは、リョウに甘えっぱなしだった。送り迎えの後、ミオは家でもリョウと一緒に過ごしている。

 兄のいないミオに、兄と妹の関係なんかわかるわけない。ミオはリョウに甘えたくなると遠慮なく甘える。そのため、まわりからは「それは恋人がやることだろ」と突っ込みたくなることを堂々とやっていた。

 リョウに腕組みするなんて毎日のこと。恋人繋ぎや膝枕もしていた。学校でも車から降りるとハグをして「リョウ、行ってきます」と言って手を振る。ここが海外なら、友人同士のハグも認められるかもしれない。だが日本だ。だから多くの人は「リョウはミオの彼氏・フィアンセ」と思っている。



 ある日のことだ。リョウとミオは学校の帰りに鎌倉まで行った。テスト最終日で学校が早く終わり、とても天気が良かった。その日は鎌倉デートをしようということになったのだ。

 ミオの試験は、華棟で実施される。試験が終わると自室で私服に着替え、そして校門で待つリョウの車に乗り込んだ。今日はお出かけということでミオも大人っぽくした。

 ミオは駐車場に行った。そうするとリョウが車から降りて待っていた。

 「ミオちゃん、おかえり」

 リョウはミオのことを「ミオちゃん」と呼ぶ。ミオの家の使用人はミオ様と呼ぶが、外で「ミオ様」だと明らかに使用人ということがわかるので、「ミオちゃん」と呼んでもらうことにしていた。

 「ただいま、リョウ」

 リョウは車のドアを開けミオを乗せる。

 「ミオちゃん。じゃ、出発するね」

 「うん! 鎌倉に行こう!」

 リョウは車を出した。昔のスポーツカーなら、ここで「エンジン音が響き……」となるだろうが、EVなので静かに発進した。

 「ミオちゃん、今から行くとちょうど1時頃に鎌倉に着くかな?」

 「お腹ぺこぺこだよ。今日は何を食べるの?」

 「美味しいステーキはどう?」

 「食べたい食べたい! あとこの前ネットで見つけた美味しいアイスも忘れないでね」

 「覚えてるよ」

 ミオは楽しそうだ。

 「で、リョウ、食べたあとどこに行くの?」

 「今日は、鎌倉観光だよ。大仏見たり、お寺まわったり。あ、ミオちゃんの御朱印帳も持ってきたから、一緒に御朱印をもらおう」

 「楽しみ。リョウとお出かけするようになって、私も御朱印集め始めたけど楽しいよね」

 「でしょ?」

 「御朱印って日付が入っているじゃない? 御朱印帳を眺めていると、『リョウとここ行ったな』ってのを鮮明に思い出すんだよ」

 ミオはニコニコしながら話していた。リョウはそれを嬉しそうに聞いていた。


 鎌倉についた二人は、まるでラブラブなカップルのように歩いていた。

 ランチを食べた後、お寺を巡ることにした。二人はのんびりと道を歩く。平日なので人も少ない。

 「リョウ、こんなに天気のいい日の昼間に、鎌倉を散歩できるなんて幸せだね」

 「そうだね。大人になったらそんな時間はなくなるだろうから、今のうちにしっかり楽しんでおくんだよ」

 「うん」

 ミオは上機嫌だ。

 

 「ねえ、リョウ、そろそろ足疲れてきたんだけど」

 「ミオちゃん、まだ10分しか歩いてないよ……」

 「だって、今日ヒールの高いサンダル履いてきちゃったし」

 ミオは道端に行き、靴を脱いで踵を見る。

 「あ、靴擦れしちゃった」

 リョウはしゃがんでミオの踵を見る。

 「どれ、見せて? 確かにこれは痛そうだ。ちょっと待ってね」

 「うん」

 リョウは持っていたカバンから絆創膏を出す。

 「ミオちゃん、足を動かさずにじっとしていてね」

 「うん」

 リョウがミオの踵に絆創膏を貼る。

 「はい、終わった。靴はいていいよ」

 「ありがとう」

 ミオは靴を履く。

 「あ、ラクになったかも」

 「よかったよかった。じゃミオちゃん、ゆっくり歩こうか」

 「うん」

 ミオは、リョウの腕に自分の両腕を絡め歩き始めた。

 リョウはドキッとした。ミオの胸がリョウに当たる。リョウはそれに気づかないフリをするのが精一杯だ。ミオはそんなことはお構いなしだ。自分がくっつきたければリョウにくっつく。


 ちょうどミオが行きたがっていたアイス屋さんが見えてきた。

 「ミオちゃん、アイス屋さんだよ」

 「ホントだ!」

 ミオはリョウから離れてアイス屋さんまで走っていった。まるで子どもだ。いや、16歳なのだからまだ子どもだ。リョウが錯覚しているだけだ。

 「やれやれ」

 ミオが離れてリョウは少しホッとした。

 「ミオちゃんは年齢と中身はまだ子どもだけど、雰囲気と体だけは立派な女性だからな……」

 リョウはそう呟きながら、アイス屋さんに向かった。


 リョウが店内に入ると、ミオはアイスケースの前で何を食べるか悩んでいた。

 「ミオちゃん、どれにするの?」

 「うーん、そうだね。悩むなぁ。5つくらい食べたいものがあるんだけど……」

 「え、全部食べるの?」

 「5つ食べられるかな?」

 「それはちょっとお腹こわすんじゃない?」

 「だよね。じゃ、やっぱり2つにする」

 リョウは驚いた。

 「え、減らして2つ? さっきご飯食べたばかりだよね?」

 「うん、大丈夫。2つ食べる」

 ミオは満面の笑みだ。そして5つの中からどれにするか考え出した。

 リョウも自分のものを選び始める。

 「ねえ、リョウ、私、ストロベリーとマロンとマンゴーで迷っているのね。リョウはこの中で好きなものある?」

 「もしかして、オレが好きなもの以外をミオちゃんが選び、オレのもちょっと食べる戦略?」

 「ピンポーン。私のもちょっとリョウにあげるから。ねぇねぇ。ダメ?」

 ミオが上目遣いでリョウを見る。リョウはミオのこのお願いに弱い。ミオが雇い主とか関係なく、男として即OKしてしまうのだ。

 「わかったよ。オレはマンゴーで」

 「わーい! じゃあ私はストロベリーとマロンで」

 ミオとリョウは注文する。

 お会計担当はリョウだ。支払いも業務の一環である。


 席に着くと早速二人はアイスクリームを食べ始めた。

 「やっぱりここのアイスクリーム美味しい!」

 ミオは幸せそうな顔をして食べている。

 しばらくするとミオは口を開けていた。

 「あーん」

 「はいはい。ちょっと待ってね」

 リョウはマンゴーを一口取ってミオの口に入れる。

 「うーん、最高! 美味しい」

 ミオは満面の笑みで喜ぶ。

 「リョウにもお返ししなきゃ。リョウ、あーんして」

 リョウは口を開ける。

 そうするとミオはストロベリーをスプーンに乗せてリョウの口に運んだ。

 「美味しいでしょ?」

 「うん、美味しい」

 「はい、次はマロンね」

 ミオは次々とリョウの口にアイスクリームを運ぶ。

 リョウも幸せそうに食べている。

 周りのテーブルには女子高生がいた。ミオも女子高生なのだから同い年くらいだろうが、ミオの方が大人っぽく見える。

 女子高生たちが、ミオのテーブルを見ている。

 「いいな、あんなかっこいい彼氏と『あーん』なんてして。私も彼氏できたらやってみたい」

 「あういうの憧れるよね」

 女子高生たちは、ミオたちを見ながらヒソヒソと話している。

 ミオは、自分たちが噂されていることに気づいていた。

 「またヒソヒソ言われているね。リョウは私の彼氏じゃないのに」

 「でもさ、これは誰が見たってラブラブの二人だよ」

 「ま、そうだね」

 ミオはまた自分のアイスをスプーンに乗せて、リョウの口元に持っていった。周りの女子高生に騒がれたので、見せつけたくなったのだ。

 「リョウ、あーん」

 「ミオちゃん、もういいよ。オレ、お腹いっぱいだから」

 「えー、つまんない。もう一口くらい食べてよね」

 「ミオちゃん、もうお腹いっぱいなの?」

 「そうじゃなくて、ラブラブごっこしたいの〜」

 ミオはリョウにおねだりする。

 「もう、オレはごちそうさまだから。自分の分は自分で食べよう」

 「はーーーーーい」

 ミオは渋々返事した。




 ナオが「帰りにアイスクリーム屋さんに行こう」と言ってから、ミオはリョウと一緒に行った鎌倉のアイスクリーム屋さんのことを思い出していた。

 「ミオ、黙っちゃってどうしたの? 大丈夫?」

 ミオがあまりにも静かなので、ナオは心配になった。

 「毎日リョウがいて当たり前の生活をしていると、リョウがいない日ってこんなに寂しいんだって思って」

 ミオは柄にもなくしょんぼりしている。

 「ミオ、それって、本当はリョウさんのことが好きってことなんじゃない?」

 ミオは大慌てで手も顔も横に振った。

 「違う違う。そんなんじゃないって。リョウはお兄ちゃんみたいなんだし」

 「でもさ、ミオってリョウさんと手を繋いでデートしたりしてるんでしょ?」

 「うん。この前も一緒に鎌倉でデートした。それでね、アイスクリームを二人で『あーん』ってしながら食べたんだ」

 「ミオ、そんなことまでやってるの?」

 ナオが赤くなった。

 「お兄ちゃんとデートしないの?」

 「いや、そこじゃないってば。アイスクリームを食べさせ合いっこするとこ」

 「あ、それしないの? パパとママなんかよくやってるよ」

 「ミオ、普通兄と妹で絶対やらないよ。どんなに仲が良くても。それはラブラブカップルがやることだよ。ちなみにラブラブではないカップルもやらない」

 「そっか……」

 ミオは蚊の鳴きそうな声で返事した。さっきから自分の感覚がおかしいと言われ続けていたが、『またか』と思ったのだ。

 またミオは無言になった。ナオも話しかけづらかった。


二人はアイスクリーム屋さんについた。

「ミオ、ここだよ。食べよ」

「うん」

二人はアイスクリーム屋さんの扉を開けた。

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