第3話 今日は1学期最初の授業
入学式の翌日から2・3年生の1学期の授業が本格的に始まった。ミオも他の生徒同様、制服を着て登校した。さすがのミオも着物を着て通学はしない。
花湊学園の制服は、全国でも常に上位にランキングされる人気のデザインである。スタイリッシュな黒のブレザースタイルだ。花湊学園の制服と知らない人がこの服を見ると、かっこいいスーツと間違えるくらいである。もちろん「ジェンダーレス制服」となっており、スラックス・スカートの中から好きなものをチョイスして着用すればいい。そして機能的にも優れている。冬服は暖かく、夏服は涼しく快適なのだ。更に自宅で洗濯できるということで、保護者からも好評である。
ミオは制服を着ていても目立つ。この日はスカートをはいていたが、スラックスを選ぶ日もある。そういう日のミオは「イケメン女子高生」になるのだ。とにかくカッコいい。だから2月のバレンタインデーの時、ミオはたくさんチョコレートを貰った。男子生徒がミオにプレゼントするケースもあった。バレンタイン直前、学内では「野球部の河田ソウにあげる? それともミオ様にプレゼントする?」と話題になっていた。花湊学園のバレンタインは、他の学校と少し様子が異なる。
だからミオが教室に行こうものなら、時間通りに席まで辿り着かないし、クラスにミオがいたら生徒はミオに気を取られ先生は授業ができない。そこで、ミオは華棟のミオ専用教室で授業を受けることにしている。
これは他の生徒に言ってはいけないことだが、ミオにとって教室で行われる授業は退屈なのだ。なぜならミオは中学生の時に高校生で習うことも全て学んだからである。さらにレベルの高い知識を習得したいミオは、教室で友達と机を並べて学習するのは時間の無駄でしかないと考えていた。ミオは自分専用の先生をつけて学習したいと思っていた。そこで「ミオ担当の選任教師」を選び、専門のカリキュラムで学ぶことにした。ミオが学びたいと思う人の多くは海外の大学・大学院の教授だ。来日してくれる先生もいるが、オンラインで講義を開催する先生もいる。そこで、ミオは自分の授業をお願いするついでに、花湊高校及び花湊大学の特別講義も行ってもらうよう依頼していた。そのため花湊学園では海外の大学・大学院の有名教授の講義を受講することができるのである。これは保護者からも好評であり、この授業を受けたいがために花湊学園に入学する生徒・学生も多い。
ミオが入学する前から海外の大学の教授の授業を取り入れていたが、数が少なかった。しかしミオが入学した昨年からは急増した。
「せっかく私の授業をやってもらうなら、そのついでに全ての先生にやってもらえばいいじゃないですか」
中学3年生の時ミオがこの学園でどう過ごすかについて両親と校長先生と話し合った時、そう提案したのだ。
この学校の経営方針は、ミオの声も多く取り入れられている。
だが、間違って欲しくない。自分のわがままを押し通しているわけではないのだ。経営を学んだミオは、優秀な生徒をいかに入学させるかということと、生徒が卒業後に世界で活躍するためには何を学ばせればいいかということを常日頃考えている。
入学式に生徒代表で話した言葉、あれはミオの学園経営に対する真の気持ちであり、大人が書いたものではない。だからこそ生徒の心に響いたのだろう。
ミオの高校生活は忙しい。大学は内部進学なので受験勉強をする必要はない。だからこそ学園内では他のことに力を入れている。花湊学園高等部の「高校生の視点を持った」経営は、高校生の今しかできないこと。だからこそ絶対に力を抜いてはいけない。学園の経営は、生徒と学園の未来に関わることである。ミオは自分の学力向上より重要と感じていることさえある。だからといってミオは自分の勉強を怠ることはないが……。
もちろん「恋愛株式投資倶楽部」もミオの重要な任務の一つだ。毎週一回授業を開催している。講義の内容はその名の通り「投資」である。だが女子高生の授業だ。楽しく「恋愛」と「投資」を合わせているのである。
ミオは中等部の時からこの企画を考えており、3年生の時に高等部の校長先生に交渉していた。今は高校生だって資産運用の授業がある時代だ。投資の倶楽部があってもいいではないかというのがミオの考え方だった。
この倶楽部は毎年4月に開催される試験に合格した者のみ入部できる。その試験は来週木曜日の午後3時から開催される。30人の定員なのに、受験生は200人ほどいるのではないかと言われている。
ミオは全生徒を平等にするために、毎年部員を総入れ替えするこにした。一年生の時に試験に合格して部員になっても、二年生で試験に落ちたら部員にはなれないという仕組みだ。週に1回の部活なので、他の部活と掛け持つ子もいる。そこについてはミオは問わない。ただし、病気・忌引・他の部活の外部との試合などの理由以外で3回欠席したら強制退部というルールを設けている。だが、これまでそれが理由で退部した者は一人もいない。
試験を来週に控え、ミオとナオは放課後華棟で試験の最終チェックをしていた。ナオはミオの助手なので試験は受けない。唯一試験を受けずにミオの話を聞くことができる人物である。
「ナオ、試験の準備は順調?」
「うん。放課後1年生と2年生の全クラスの教室を借り切ったよ。それと試験監督をやってくれる先生も全員決まった」
「ありがとう」
「ま、先生たちの目的はミオの作ったサイン入り試験問題だけどね」
「それでも手伝ってくれるならありがたいよ。試験監督雇ったら高いから」
「そうだよね」
「試験問題の印刷は、華棟のコピー機でやろう。試験問題が漏れたら困るからね」
試験問題はどこから漏れるかわからない。生徒をマークするのは当然だが、教師も怪しい。「今年の問題はどんな感じなの?」と聞いてくる先生もいるくらいだ。
野球部の中にもミオの試験に興味を示す部員がいた。
「キャプテンちょっとお話しがあるのですが」
ジンがテツのところに来た。
「何だ?」
テツは着替えながチラッとジンを見た。
「来週の木曜日、ちょっと用事があって遅刻します」
「ん? 用事?」
「あ、はい」
「用事って何だ?」
「あの……、試験を受けようかと思いまして」
「お、お前、ミオ様の試験を受けに行くのか?」
「はい」
テツは大笑いした。
「お前の頭で合格するのか? あの試験の倍率は高いぞ」
「知ってます。でも、受けなきゃ絶対に合格しないけど、受けたら合格する可能性もあるわけで……」
「なあ、ジン。オレは受けることには反対しないが、その頑張りを野球にも向けろ。ま、とりあえず来週は頑張ってこい」
テツはジンの背中を叩いた。
ジンは「よしゃ!」とガッツポーズをした。
「とりあえず許可はもらった。あとは頑張るだけだ」とウキウキしていた。
ジンがグラウンドに行くと、ソウがいた。
「先輩、来週の木曜、練習遅れます」
「用事?」
「は、はい……」
ソウはジンの顔を見ると、まるで「聞いて」と言っているように見えた。
「何の用なんだよ?」
「本当はあまり言いたくないのですが」
なぜかモジモジしている。
「気持ち悪いなぁ。早く言えよ」
「実は、ミオ様のテストを受ける予定で」
ソウが手を止めてジンを見た。
「何それ?」
「え、先輩3年生なのにミオ様のテストのこと、知らないのですか?」
「そんなもん知るかよ」
「恋愛株式投資倶楽部の入部試験です。試験に合格した30名しか入部できないのです」
「へー」
ソウはまったく興味がない。
「先輩、興味ないのですか? ミオ様が直接教えてくれるというのに」
「『投資倶楽部』ってことは投資だろ? オレ、興味ない。投資って、つまり博打だぞ。むしろお前、行くのやめるべきだよ。学校で博打を教えるあの女もあの女だが」
ジンは驚きのあまり言葉が出なかった。
「せ、先輩。今、国も『貯蓄から投資へ』と言っているじゃないか」
「そんなもん知るかよ。そもそもなんで国が人んちの金にアレコレ指図するんだよ」
ソウは語気を強めた。
「ま、そういう考えもあるのかもしれませんが……」
ジンは先輩のソウにはこれ以上反論できない。
「だいたいな、金ってものは、博打で稼ぐんじゃなくて、汗水流して働いて稼ぐんだよ。オレんちの父さんや母さんはいつも朝から晩まで工場で働いてオレを育ててくれている。オレも両親を見習って、そういう大人になりたいと考えている」
熱く語るソウに対してジンの頭の中は「?」となった。
「先輩は昭和生まれですか? まるで戦後の映画に出てくる主人公みたいなこと言っていますよ」
「そうか? だが、オレは何と言われても、投資みたいな博打はやらないし、汗水流して働きたい。一生この方針を変えるつもりはない」
ソウはそう言って去った。
ジンは「先輩、今の時代に生きていて大丈夫かな?」と少し心配になった。
ジンがミオの授業に興味を持つのには理由があった。ジンの両親は資産運用が得意で、ジン自身も中学生の頃から投資に興味を持っていたからだ。そこで同じ年でありながら投資の大先輩でもあるミオの話はぜひとも聞いてみたいと思っていたのだ。
「ソウ先輩はあんな風に言うが、キャプテンが許可してくれから、オレは受けてこよう」
気合を入れるジンだった。
「ところで、試験勉強って何をすればいいんだろう? 試験範囲は? 過去問は?」
初めて受験するジンは、準備に何をすればいいのか想像つかなかった。
「あっ、そっか。こういう時はFHBを見ればいいのか」
そしてスマホを手にした。FHBとは、花湊学園高等部専用の情報交換アプリだ。学園の名前である「花」のflowerよりFを、「高校」のhigh schoolよりHを、そしてもともとは掲示板としてスタートしたので「板」のboardよりBを取り、FHBと呼ぶ。ここではさまざまなカテゴリーに分けられ情報が配信されている。調べていくと「恋愛株式投資倶楽部」というカテゴリーがあった。見ると情報満載でジンは驚いた。試験対策講座の開催や過去問の販売に関する情報もあった。試験対策講座については、昨年合格した人、つまり昨年の部員によるものだ。1回2時間の1回完結の講座で、10回あったようだが、すでに満席で今からは申し込めない。
「オレ、遅いじゃん」
ジンはがっかりしていた。
「ま、仕方ない。過去問でも買うか。へー、過去問って売店で販売してるんだ。オレ、いつも弁当かジュースのコーナーしか行かないからなぁ。知るわけないか」
そしてさらなる情報を求めた。それは価格だ。
「販売ってことは、いったいいくらするんだ? 500円か」
ジンはポケットに財布が入っていることを確認した。そして1000円札が入っているのを思い出した。そしてジンは時計を見た。まだ売店は開いている。
「善は急げだ、よし今から行くぞ!」
とりあえずジンは売店に向かうことにした。
ちょうどその頃、華棟では講座と問題集の売り上げについてミオとナオが話していた。
「ナオ、ところで今回の試験対策講座と過去問の販売状況はどう?」
「試験対策講座は、全10回埋まったって。過去問も昨日時点で180部売れたって」
「そっか。ということ定員20人のクラスが10回開催され、1人あたり参加費が1000円。つまり、200,000円。そして、その開催にかかる経費がざっと50,000円だから150,000円が利益。そして500円の過去問が180部売れたので、90,000円。だいたい経費が45,000円なので、45,000円が利益。合計195,000円か」
ミオがざっくり計算し、ナオにもわかりやすいように話した。
「目標の200,000円まであと少しだね」
「そうだね」
「この200,000円は、寄付なんでしょ?」
「うん。うちの財団を通じて、貧困エリアへの寄付。私も少し足して、小学校に給食を作る施設を作ってもらおうと思って。育ち盛りの子たちに栄養のあるものを学校で食べてもらいたいというのと、給食の施設を作ったらそこで新たな雇用が生まれるという両方を狙ってね」
「さすがミオだね。でも、かなり足さなきゃいけないんじゃない?」
「いいのいいの。私はいつも美味しいケーキ食べているから。これくらい」
「やっぱりミオは偉いな」
ナオは自分で努力して、それで人々を幸せにしようとするミオを尊敬していた。
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