第2話 起業家でもあるお嬢様高校生 笹川ミオ
入学式が終わり生徒と保護者がホールから出ると、再び二階に電気がついた。
「おつかれさま! いい式ができましたね」
ミオがみんなに声をかけた。
「いい式だったね」
「私の入学式の時もこんなに素敵だったよかったのに」
「今年の一年生は恵まれているよ」
17人のメンバーもこの入学式に感動していた。
ミオたちは、外に出る準備を始めた。その前におのおのが写真を撮った。17人の生徒にとってもこれは貴重な体験だ。自撮りをする子もいれば、近くの友達と撮る子もいた。もちろんみんなミオとの2ショットも忘れない。撮影会は10分ほど続いた。そして一行はホールから出ることにした。
ミオたちは、ホールから「
華棟はミオ専用に作られた建物である。正しくは「ミオの家の個人資産で作られた」ものだ。たまたま学校の真横にちょうど良い土地が売られていたので、「ここに私の専用の建物があれば色々便利」ということで、ミオは両親の援助を受けながら自分でお金を出し作ってしまったのだ。だからといってプライベートを楽しむ空間ではない。学校生活を送る場所である。入り口には警備員がいる。入室する際には学校のIDを通さないと入れないとい。だが、IDを持っていれば誰でも入れるというわけではない。ミオが許可した人以外は入室できない。それは教師も同様だ。学内でも特にセキュリテイが強化された建物である。
親が金持ちで好き勝手にしている子どもは世の中にたくさんいる。「ドラ息子」などという言葉もあるくらいだ。だがミオはそうではない。ミオは子どもの頃からピアノや日本舞踊などに加え、経済と投資を叩き込まれた。透も香苗も子どもの頃から投資をしていた。特に透は自分が投資をしていたことで、Tokyo EVを成功させることができたと考えている。だからミオにも小学校1年生の時から投資をさせた。ウワサではミオの個人資産は数千万円〜億と言われている。
華棟にはミオ専用の教室、そしてミオが講義を行うホール、他にもミオがプライベートで使うリビング、キッチン、ベッドルーム、バスルームなどがある。ここで暮らすこともできる。でもミオは基本的に毎日自宅から通学している。
入学式に参加した17人は、ミオと親友の森宮ナオ、そしてミオが運営する「恋愛株式投資倶楽部」の部員から構成されていた。この倶楽部は、学内での厳しい入部試験に合格した30名しか入部できない。合格すると1年間ミオの講義を受けることができる。そして今回のような特別イベントにも参加できる。
17名は全員華棟で着物を脱ぎ制服に着替えた。ミオも着物を脱いで制服を着た。
「ねえ、ナオ。今日の髪型、ウエディングみたいだからずっとこうしてたい。パパとママにも見せたいんだけど、制服でも似合う?」
「そうだね。この髪型可愛いもんね。そのまま帰ればいいじゃない。今日はお迎えの車が来るんでしょ? それならこのまま帰っても問題ないし」
さすがにこのままの格好で電車で帰ると目立つ。まるで道端に捨てられた花嫁みたいだ。それも制服を着た。
ミオはお金持ちのお嬢様なので、基本的に通学は自宅からの送り迎えがある。
「そうだね。このまま帰る。リョウにも見てもらいたいし」
リョウはミオが通学する時の専属運転手だ。20代のイケメンで学内でも「カッコいい」とウワサされている。
「お、またリョウさんラブの発言が始まった」
ナオが揶揄い始めた。
「そんなんじゃないって」
ミオは赤くなって反論した。
「だいたい、自分の可愛い姿を特定の男性に見てもらいたいのは『好きだから』なんだよ」
「えー、そうなの? でもパパにも見てほしいんだけど」
「それは別。親は別!」
「パパもリョウも同じじゃないの?」
ミオの頭では理解できないようだった。
ナオは「相変わらずミオの恋愛感情はズレているな。ほかは完璧なんだけど、ここだけがちょっとね……」と思った。
でも、これがお金持ちの一人っ子お嬢様なのかもしれない。
ミオとナオは幼稚園の時からの付き合いである。ずっと二人は親友だ。わがままなミオを扱えるのはナオくらいしかいない。ナオはミオをお嬢様として扱わない。時々キツイことも言うし、本音もズバリ言う。家で大人ばかりに囲まれて「お嬢様」と言われて暮らすミオとしては、逆にナオが新鮮なのである。
全員が制服に着替えた。そして部屋も片付けられ、部員たちは華棟を後にした。残ったのはミオとナオだけだ。
「ミオさ、去年の入学式の時から『来年の入学式の挨拶に出たい』って言っていたよね」
「うん。あれから校長先生に交渉するの大変だったけど」
ミオは交渉に苦労したことを思い出した。
「そうだったよね。企画書出せとかさ。まるで会社みたい」
「さすがにパパも飽きれていた。でも『経験することはいいことだから挑戦しなさい』って言ったからね」
「ミオはプレゼン資料作るの苦労していたよね」
「うん。それなのにさっき校長先生から『来年もよろしくお願いします』だって」
「はやっ。ま、校長先生の話もPTA会長の話もみんなつまらなさそうだったし。私たちだってあくびしそうだったし」
「そうだよね」
「それに対してミオの話はみんな楽しそうだったよ」
「ありがとう。だからナオ、来年もよろしくね。私の隣はナオじゃなきゃだよ」
ミオの隣にいた振袖姿の女性がナオだった。
ミオはどうしても入学式で挨拶をしたかった。ミオの両親が作ったこの学校で、自分が高校生として「在校生代表」で挨拶できるのは、2年生と3年生の2回しかない。その時に、自分の口でこの学校の魅力を伝えたいと考えていたのだ。なぜなら1年生の時の入学式がつまらなかったからである。入学式は高校生活の中でも記憶に残るイベントだ。だからこそ校長先生への交渉も諦めなかった。
だが、普通に壇上で話しても、他の先生同様みんなは眠くなるかもしれない。そこでミオは考えた。誰もが一生忘れないような入学式にするには、ミオの話す数分間をショーにすればいいのだと。
ミオは学生でもあるが、現代風にアレンジした着物のデザイン・販売をする会社の経営者兼モデルでもある。つまり高校生起業家なのだ。そこでミオの得意な分野を活かすことにした。つまり今日の花魁風の着物はミオがデザインしたものだった。学生たちが着た着物は、すべてミオのデザイン会社で作られたものだ。ミオは衣装にお金をかけることはしなかった。着付けや準備の手伝いも、ミオの会社のスタッフが来てやっていた。
学園の名前が「花」だけに、飾りの花は惜しまないことにした。これだけは仕方ないのでミオが自分で払うことにした。だが、入学式で使った花は、全て華棟に引き上げ、ドライフラワーにする計画だ。そして華棟に飾る。だからミオは「入学式といえば桜」だが、薔薇を選んだのである。
そしてマスコミを呼んだのもミオの作戦だ。もちろん花湊学園のPRにつなげるのは言うまでもない。おそらく今日の夕方のニュースで取り上げられるだろう。だが、それだけではない。全員が着た着物を見て、ミオの会社の売上が増えればいいと考えていた。このことは両親には伝えてあったが、校長先生には「学園のPRになるので、マスコミを呼びたい」と話してあった。
経営者のミオは、何一つとして無駄にすることはない。この入学式は、ミオによって計算し尽くされていたのだ。
ナオもミオの計画の全ては知らない。学生たちは、ミオに提供された着物を喜んでいた。特に初めて振袖を着た女子たちは目を輝かせていた。
「ミオ、今日のマスコミはすごかったよね。私にスカウト来ちゃったりして!」
いつも落ち着いているナオが、珍しくはしゃいでいた。
「あれ、ナオって芸能界志望だったの?」
「違う。でもね、スカウトが来たら『来るもの拒まず』で受けちゃうと思う」
「へー、ナオにもそんな一面があったんだ」
いつも真面目なナオなので、ミオは驚いた。
「いいじゃない!」
珍しくナオが可愛い女子高生になっていた。
「じゃあ今度私のデザインした着物のモデルやってよ。今日、着物姿よく似合っていたから、ナオがモデルになってくれたら嬉しいなって思っていたんだ」
「ホント? 嬉しい!」
ナオは手を叩いて喜んだ。
ミオとナオは華棟のリビングに移動した。ここに入ると、ミオは普通の高校生だ。ナオとケーキを食べながらSNSを見ていた。
今日のケーキは都内でも有名なフルーツタルトのお店のものだ。毎日おやつの時間にはミオの家の使用人である玉木アキがデザートを届けてくれる。あらかじめミオがリクエストしておく。ナオがいる日はナオの分も届けてもらう。
「あー、このタルト美味しい。いちごが最高」
ミオは満面の笑みだ。ナオも一口食べた。
「生き返るー。入学式の疲れが吹っ飛ぶ!」
二人はお昼ご飯を早く食べていたこともあり、あっという間に完食した。
「ナオ、まだあるけど食べる?」
「食べていいの?」
「うん。食べちゃおうよ。ほらここにも『本日中にお召し上がりください』って書いてあるよ。私たちはコレを食べなきゃいけないんだよ。義務義務!」
ミオは真顔で言った。この二人には「太る」という概念はない。
「今日は頑張ったからいっか〜」
二人はそう言いながら箱からケーキを出して食べ始めた。
「ミオ、今日の動画、SNSにアップした?」
「まだ、これから」
ミオはSNSにアップする動画や写真を自分でしっかりチェックする。今日の動画は会社のPRも兼ねているので特別だ。ミオの会社のスタッフが作っている。式の後片付けを終えたスタッフは、オフィスに帰ってすぐに動画の編集をしている。だからミオはそれが来るまで待つしかなかった。一方で、学園内のインフルエンサーの動向が気になっていた。
「学園内のインフルエンサーたちはどう?」
スマホを触っているナオに問いかけた。
「すでにアップされている」
ナオも気になって調べていた。
「どう? 好評?」
「うん。いい感じ」
「よかった」
「今日のミオは、ミオ史上歴代3位に入る美しさだったと思うよ」
「やったー!」
「今日のお着物キレイだったしね」
「ありがとう」
ミオは自分のデザインした着物が褒められたので上機嫌だ。
「あんな豪華な着物初めてみたよ」
「そう? これね、成人式に着たい着物候補なんだよね。でも、ママに『それ着て一人で歩いて1日過ごせるの?』って言われたんだ。でもさ、成人式って短時間でしょ? 今日の入学式みたいに。それに今日みたいにナオと一緒に歩けば私はこけたりしないし」
ご機嫌そうなミオに対し、ナオは言葉が出なかった。
ミオはとても頭がいい。だが肝心なところが抜けている。ミオはテレビで見る世間の成人式は知っていても、自分の住む地域の成人式を知らないのようだ。
「ミオ、私たちの成人式って、着物を着て遊園地で1日遊ぶタイプだからね」
「え、そうなの?」
「やっぱりミオ知らなかったんだ」
「私、地元の情報にうといから。だからママは『それ着て歩いて過ごせるのか』って言ったのか……」
ミオは悩んでいた。
「ナオ、ご挨拶の時だけこれを着て、その後着替えちゃいけないかな?」
「いけなくはないと思うけど……。でもミオ、みんな振袖で遊ぶんだよ」
「よくみんな振袖着て遊ぶね。動きにくいし重いし」
「だって一生に一回の成人式だし」
ナオはワクワクしていた。
「ま、確かにそうだけど。うーん、私も成人式までに考えることにしよっと」
ミオはこう言ったが、ミオの「考える」は、「今日着た着物を着るか振袖を着るか」ではない。遊園地で1日中遊んでも疲れない着物のデザインを考えるということだった。これが流行れば、成人式の振袖はミオの会社に注文が集中することは間違いない。「絶対に自分の成人式で着なきゃ意味がない」と思った。「よし、今日は帰ったらすぐにデザインに取り掛かるぞ」と考えていた。
ナオが立ち上がった。
「私、ちょっとお手洗いに行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
ミオはナオに手を振った。
「ミオ。ミオ、寝てるの?」
「ん?」
「頭のお花が潰れちゃうよ」
「あっ」
寝ぼけた声で返事していたミオだが、慌てて起き上がった。
ナオがトイレに行っている数分の間、ミオは寝ていた。入学式で疲れた上に美味しいケーキを2つも食べたら、ホッとしたのだろう。睡魔に襲われた。
「あ、夢か」
ミオはつぶやいた。
「どうしたの?」
「久しぶりに昔の夢を見た」
「どんな?」
「手の甲に北斗七星のほくろのある男の子の夢」
「あー、初恋のあの人?」
「うん」
ミオはまだぼーっとしていた。
ナオは「ミオはまだ半分寝ぼけているな」と思いそれ以上追求しなかった。だがミオは寝ぼけていてぼーっとしているのではなかった。小学5年生の時、この男の子に助けてもらったシーンが明確に再現された夢を見たからぼーっとしていたのだ。
「あの子、今頃どうしてるんだろう?」
ミオはつぶやいた。
「気になる?」
「うん、気になるよ」
「探してみる?」
「それはしない。本当に白馬の王子様なら探しに行かなくても絶対に再会できるから」
「合理的なミオらしからぬ発言」
ナオが驚いた。ミオはいつも合理的に物事を決める。最善の方法を取り、最速で実現する。それがミオなのだ。ところがこの男の子についてだけは「運に任せる」と考えているのである。ナオからしたら驚きだ。
時計の針は17時をまわった。
「ナオ、そろそろ帰ろうか」
「そうだね」
二人は帰り支度を始めた。
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