恋愛株式投資倶楽部

@HiroyoMorita

第1話 私立花湊学園高等部入学式

 朝から私立花湊学園高等部の校門では桜吹雪が美しく舞っていた。今日は入学式である。

 「入学おめでとうございます」という声が聞こえる。入学生の6割は中等部からの内部進学だ。そのため「春休みどうだった?」という会話をしている生徒もいる。


 「あれ何だ?」

 一人の男子生徒が驚き指を差した。他の人もそちらを見た。視線の先には着物姿の集団がいる。「入学式」と「着物」というと、普通の学校なら「保護者の集団」と思うだろう。だがここにいる「着物の集団」は明らかに違う。


 先頭を歩く4人の男性は侍姿だ。彼らがそこを通るだけで混雑している道が自然に開く。そしてその後ろに美しい振袖姿の女性が6人続いた。赤、緑、黄、ピンク、青、黒と全員が異なる色の着物を着ている。

 保護者の中からは「キレイ」「今日は成人式のイベント?」などという声が聞こえていた。だが、その次に登場した女性を見た途端、これがただの着物を着て歩いている集団ではないことがわかる。全員がその女性に目を奪われた。

 左には侍姿の男性、そして右には振袖姿の女性を従えている。まるで花魁道中をイメージさせる。だが、着物のスタイルは現代的だった。赤と緑が中心となり薔薇が描かれたその打掛は、女性によく似合っている。帯はもちろん前結びだ。高い下駄を履いているので、より他の人より目立つ。そして髪も独特である。たくさんの赤い薔薇が散りばめられていた。更に大きなルビーのついたかんざしが頭についている。手には大輪の薔薇で作られたブーケがあった。その女性は凛とした姿で歩いていた。

 

 「ミオ様、今日も美しい」

 「今日は薔薇で全て統一されているのね」

 「いつもより豪華。やっぱり今日は入学式だから?」

 中等部上がりの生徒たちが、うっとりしながら言った。

 この華やかな女性、それは花湊学園高等部2年生の笹川ミオである。


 笹川ミオ、この人物をこの学園で知らないものはいない。ミオの父である笹川透は世界第一位の電気自動車会社Tokyo EVの創業社長である。そして母である香苗は父と結婚するまでは、世界一の投資家として有名な人物だった。この二人が将来子どもが生まれた時のためにと作った学校、それが花湊学園である。そして現在ミオはここに通う高校生なのだ。


 ミオが普通の高校生でないことは、誰が見てもよくわかる。身につけているものもとても豪華だ。更に16歳とは思えない妖艶さである。この年でここまで着こなせているのだから素晴らしい。誰もがミオの美しさに魅了されていた。

 ミオの後にさらに振袖の女性が4人続いた。そして一行は入学式の会場であるホールに入っていった。


 「これを見ることができただけでも幸せだ」

 保護者の中にはそう言い出すものもいた。

 その場にいた保護者はみなスマートフォンをミオに向けて撮影していた。自分の子どもの晴れ姿より、そちらの方が気になったようだ。

 学内にはマスコミのカメラも来ていた。ミオたちが歩く様子が撮影されている。


 ミオのことが気になったのは新入生だけではない。グラウンドで練習していた野球部も手を止めてミオを見ていた。

 「オレ、ミオ様と付き合いたい」

 「オレも」

 部員たちは口々に言う。

 「オレ、あんな奴はイヤだ」

 そう言ったのは野球部エースの河田ソウである。

 「えーっ、先輩、珍しいこと言いますね」

 その声は小学生の頃からソウと一緒に野球をやってきた澤村ジンだった。ソウが3年生でジンは2年生だ。

 「そっか?」

 「もしかして先輩、今も初恋の人が好きなのですか?」

 ソウの顔が真っ赤になった。

 「やっぱり好きなんだーっ!」

 「うるさい!!」

 みんなが笑う。

 「先輩は小6の時に会った女の子が今もまだ忘れられないんですよね?」

 ジンがそう言うと部員たちは騒ぎ出した。

 「どういう子なんだよ、教えろよ」

 みんな興味津々だ。

 「どういう子って……」

 ソウにはこれまでの勢いはなく、小さな声で話す。

 「髪が長くて、そして目がクリクリしていて。可愛くて、いい香りがして。そしてオレの話をじっと聞いてくれて、最後に『頑張って』と励ましてくれた子。声も可愛い。今でも覚えている」

 「名前は?」

 「どこの学校の子なの?」

 みんなが次々に質問する。

 「名前は聞いてない」

 ソウはぼそっと答えた。

 「先輩、どうやって探すんですか? 名前もわからないなんて。それに当時と今では顔も変わっちゃっているかもしれませんよ」

 ジンは心配そうに聞いた。

 「探し方なんてわかるかよ。この子が運命の子なら、また会えるってオレは信じてるんだよ」

 「先輩……、そんな無茶な。でも先輩って、野球部のエースだから、別に運命を信じなくたって、普段から女の子に告白されるじゃないですか? 今日も新1年生が遠くから先輩を見ていましたよ」

 「お前ら知らないの? こいつ全部断ってるんだぜ」

 3年生のキャプテンである山田テツが即答した。

 「オレ、こいつが告白されて断るシーンを何十回、いや何百回も見たわ。初めは『付き合ってあげればいいのに』って思ったけど、1日に3人とかに告白されているのを見ると、『またか』という気分になり、見ているこっちの方が感覚がおかしくなってきたよ」

 「先輩、そうなんですか? ならボクに紹介してください」

 「ソウ、次はオレに紹介しろよ」

 2年生、3年生の部員から次々と声が上がった。

 「知るかよっ」

 ソウは大きな声でみんなに返した。

 「でもソウがロマンチストなんて驚きだよ。高校3年生になってまでも初恋の子のことを好きなんだもんな」

 テツは小学生の時にソウが初恋の話をした時のことを思い出していた。

 「うるさい! ほっとけ!!」

 「あはは! そろそろ練習再開するか」

 テツが練習再開を告げた。


 

 「新入生のみなさん、入学式の会場はこちらです。13時からですので急いでください」

 入学式の会場であるホールの前では、会場を整理する先生たちがアナウンスしている。

 あと10分したら入学式が始まる。「入学式」の看板の前で写真を撮影している新入生と保護者も続々と会場に入った。


 13時になった。ホールでは入学式が始まった。ステージの左側に司会者、そして右側には校長先生とPTA会長が座っている。

 

 司会者により校長先生がステージ中央に行くように促された。まずは校長先生の挨拶からはじまった。

 「新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。今日から花湊学園での高校生活が始まりますが……」

 校長先生の話というものは長いものだが、それは花湊学園高等部の入学式も例外ではない。2、3分した頃から多くの生徒は「早く終わらないかな」と感じていた。特に内部進学の生徒は、中学生時代に何度も聞かされた話で「また同じこと話している」と思った。この話がこれから3年続くと思うと憂鬱である。

 8分ほどしたら校長先生の話は終わった。校長先生は、楽しそうな顔をして自分の席に戻っていった。


 次はPTA会長の話である。

 「新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます……」と、当たり前だが、入学のお祝いの言葉から始まった。

 生徒たちにとってはまた辛抱する時間がスタートした。

 校長先生の話より少し早く終わった。それでも6分ほどかかった。


 次は、在校生代表の挨拶である。だがステージの上に在校生は座っていない。新入生の多くは「まだ話続くのか」という心境であり、誰が話すかなど興味を持っていなかった。

 司会がマイクを持った。

「では、続きまして、在校生代表の挨拶です。在校生代表 笹川ミオさん」

「はい」

 元気良くミオが返事をした。

 先ほどまでつまらなさそうにしていた生徒も、眠そうにしていた生徒も全員が顔を上げた。

 だが、ステージの上にミオはいない。みんなはキョロキョロしている。

 「みなさん、後を振り向いて、二階席をご覧ください」

 司会者のアナウンスに促され新入生と保護者は後を向いた。そして顔を上げた。そうすると暗かった二階席にライトが点灯された。なんとそこには先ほど外を歩いていたミオの一行がいた。

 ミオが真ん中に座り、左右に振袖姿の女性、そして両端に袴姿の男性が座っていた。全員で17人だ。二階席は豪華な和室になっている。真ん中には金屏風があり、たくさんの豪華な花で飾られていた。まるで雛飾りをリアルに作ったようなものだ。その前に着物姿のミオが座っていた。ここがホールの客席ということを誰もが忘れていた。

 

 生徒も保護者も「キレイ」と口を揃えて言った。女子生徒はもちろん男子生徒も感動していた。

 「この学校に入ってよかった」と言いながら感動のあまり泣き出す子もいた。

 「花湊学園は普通ではない」と世間で言われているが、この入学式を見たら、誰もがそう思うだろう。

 入学式の前に外にいたテレビ局のカメラもしっかりとミオたちを捉えていた。


 ミオは落ち着いた声で話し始めた。

 「新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。花湊学園高等部は、勉強・スポーツはもちろん、将来社会で役立つ知識も学習することができる学校です。高校のカリキュラムは、世界のトップクラスの大学にも負けません。この学校はまだ創立15年ですが、世界で活躍する人材を多く輩出しています。みなさんもこの学園で学び、将来世界で活躍してください」

 ミオが話終わると、生徒、保護者、そして先生も大きな拍手をした。

 「ミオ様にこう言われたら、オレ頑張るぞ!」

 「オレは、世界一の医者になりたい」

 「私は経営者になる」

 「オレは宇宙を目指すぞ!」

 「私は学者!」

 生徒たちは目をキラキラさせながら自分の夢を次々と言い始めた。


 ミオの挨拶は他の人に比べて短時間だった。だが、校長先生、PTA会長、そしてミオの3人の挨拶の中で生徒の心に言葉が残ったのはミオだった。誰が見ても明らかである。先生たちも、校長先生やPTA会長の挨拶の時より大きな拍手を送っていた。

 ミオの挨拶が終わると二階席のライトは消えた。全員が後ろを向いていたことを思い出した。司会者が「前を向いてください」と言った。それに促され全員が前を向いた。テレビ局のカメラも会場から出ていった。


 入学式は1時間ほどで終わった。生徒と保護者はホールの出口で「いい入学式だったね」、「この学校に入ってよかった」など言っていた。校長先生も大満足だったようだ。だが、この手柄は校長先生ではなくミオだ。それはさすがに校長先生もわかっているようだ。

 「過去最高の入学式でしたね。来年もミオさんにお願いしないといけませんね」

 校長先生とPTA会長は来年の話をしていた。

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