天使と悪魔と女子高生と

篠岡遼佳

天使と悪魔と女子高生と

 


 さわさわと木々が揺れている。

 朝の日は真夏の強さものではなくなってきた。

 ゆっくりと季節は変わっていくようだ。


 そんな旅の途中、森の中のぽっかりと空いた草原くさはらに、彼らはいた。


「やあ、おはよー。はやいね」

 

 タオルを手に、頬を拭いながらだれかがやってきた。

 すんなりとした華奢な作りの体格に、やわらかい栗色のロングヘア。

 取っていたメガネをかけると、知的な印象が増す。

 水色のセーラーワンピースと合わせても、なかなかの美少女である。

 

 すがすがしい朝日に、をさらしていた彼は振り返る。


「ヒカリもはやいね、おはよ」


 空の高みの濃い青の瞳、色の薄いさらさらの金髪。いまの何気ない微笑みさえ、輝くようだ。

 なぜって、彼は。


「はいはい、天使サマは今日もきれいであらせられるね」

「褒めてくれるのはうれしいけど、いい加減名前で呼んでよ~! 存在薄くなっちゃう!」

「わかったわかった、今度ね」


 ヒカリと呼ばれた少女は、抱きつこうとする天使をさっとあしらい、


「もうひとりは?」

「ここだ」


 森の樹の陰、寄りかかるように背の高い男が立っていた。

 闇を溶かしたような深い紫の瞳に、星のような短いプラチナの髪。

 その姿をみとめると、ヒカリはにっこりとあいさつする。


「悪魔さんおはよう! 目玉焼き何個食べたい?」


 なぜか、「悪魔」と呼んだ方に対して、ずいぶんと愛想が良い。


「ああ、いつになったら僕らは君の魂を持って行けるのかなあ」


 天使もやってきて、本当にはらはらと涙をこぼすが、


「嘘泣きしてんじゃねぇよ」

「はっ、つい癖で……」


 悪魔の一言に、すっといつもの笑顔に戻った。

 天使の涙なんて、実際このように超安いのである。

 ヒカリはため息をついた。



 この世界に来て、いや、引っ張り込まれて、そろそろ、4ヶ月が経とうとしている。

 二十四時間制の件とか、世界がどうなっているのかとか、一ヶ月という単位があるのはどうしてとか、地理とか国家とか戦争とか、そういうのはもうあきらめた。確認するのも相当めんどくさいし。


 ここは、ヒカリには馴染みのある制度が導入されている、そこは都合の良い、しかし間違いなく「異世界」であった。

 移動手段はたいてい徒歩や、ウマによく似た生物を使っている。

 人間に害をなす野獣も、野獣より厄介なモンスターもいる。


 そして、天使と悪魔が、いる。




 彼らに会った時のことを考えると、なんだか口周りが渋い顔になってしまう。


 ヒカリは、元の世界では、割と勉強のできる方で、頭もよく、運動もそれなりにできた。いわゆる優等生だが、責任のある立場は嫌いなので、委員長をやったりはしない。通学時間が長いが気にはならない、友達はほどほどに、部活は好きなことを。

 そういう必要充分な生活をしていた。


 そんなヒカリが、唯一欲したものがあった。


 であるから、ヒカリはそのための方法を求め、探し、探し、お金もけっこう使い、ついに探し当て、「悪魔を招喚した」。


 ここのところは苦労した。

 なにしろ都会には、だだっ広くて人がいないような場所は相当限られていたからだ。

 けれどようやく、終点に近い駅の閑散とした高架下の場所を見つることができた。


 詳しい意味はよくわからないなりに、本のとおり大きめの魔法陣を描いた。

 生贄は、自分の血を数cc出すだけで足りてしまうらしい。

 最後の一滴を垂らした瞬間、魔法陣は白い光を放って、三次元にたちあがった。

「来たれ悪魔よ!」

 高揚した気分のままに、そうヒカリは叫んだ。

 だが、聞こえてきたのは、男性の声。

 冷静なものと、ちょっと軽い感じのものだった。



「邪魔しないでくれ」

「邪魔しないでいられるかっての!」

「俺を喚んでいるんだから天使は下がってろ」

「いいですよーだ、勝手にやるから」



 そして、いきなり、目の前の魔法陣から上腕が現れた。

 人間の手の形をしていた。


 ぐいっ。


 左腕を強く引っ張られた。


「抜け駆けはよくない」


 ぐっ。


 また魔法陣から別の上腕が現れ、さっきより力強く、右腕を引っ張られた。


 華奢な少女が、男性ふたりに引っ張られたらどうなるか。

 ヒカリは、なすすべなく頭から魔法陣を通り――。




 異世界らしく、三つ目の月が、ほとんど球形になりながら空に浮かんでいる。


「天使と悪魔って、同時に来ることもあるのね……」


 どうやら、あの魔法陣は、「開く」ためだけのものだったらしい。世界と世界をつなげるような。


 ヒカリはまだなんだか言い合っている天使と悪魔を見ながら、すっかり手慣れた様子で焚き火を強め、お湯を沸かしはじめた。


 私は、ぜったいに求めるものを諦めたくない!

 まずは元の世界に戻るのだ。

 そして今度こそ、別の悪魔を招喚してやる!


 

 そんなわけで、そんなふうに、三人の旅は、続いていくのである。


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天使と悪魔と女子高生と 篠岡遼佳 @haruyoshi_shinooka

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