第11話 儀式の呪縛

俺の親戚は幽霊とかが生理的に無理な人間である。今回その所以を聞くことができたので、自分なりに少し改変するが、全てを記そうと思う。会話文や表現も自分の想像であることを許して欲しい。


私は、医者です。病院にまつわる怖い話などたくさんありますが、幽霊というものは信じません。そもそも人間は、化学物質の集合体であるのだから死んだらそれで終わり、即ち「無」だと思います。元々半信半疑でしたが、生物学や生化学を勉強してこの結論に至りました。でも今は、そんなこともないんじゃないかって思ってます。この目で見てしまったからには、もしかしたらいるかもしれないと思わざるを得ないなと考えがひっくり返った出来事があったからです。


それは、大学3年の夏休みの時でした。あの時のことは気持ち悪いくらいに覚えています。一生あの感覚は身体から離れることはないでしょう。私には、仲がいい友達が3人いました。苗字の頭文字を取って、A、T、Mとします。当時、私とAとTは一人暮らしで、Mは実家暮らしでした。よく、私の家、Aの家、Tの家で遊んでいましたが、その3年の夏休みの時Mの両親が海外旅行に行くと言うので、Mの家で遊ぶことになったのです。


Mの実家は太く、豪邸と言っても過言ではないほどでした。Mの父親が会社を経営していて、Mの家にはM曰くその経費で買ったランボルギーニが置かれていたのを覚えています。初めは、広いMの家で大学生ながら隠れんぼをしたり、スマブラをしたり無邪気に遊んでいましたが、一旦夕食を食べ、そろそろ飽きが見えてきた頃、Mが新たな暇つぶしを提案してきました。


「なぁ、そろそろ飽きてきたと思うし、今唐突に思いついたんだけど俺の家の倉庫に色々と入ってるんだけど何が入ってるか探したこともないし、4人いるからお宝でもないか探してみようぜ!」


「大丈夫かよ、人様の家の倉庫なんか荒らしたくないよ」

とTが反論するも

「片付けするから親にバレることはないよ。ヘーキヘーキ」

とMの余裕そうな気に負け、Mの提案を受け入れることにしました。


Mの家の倉庫は予想通り大きく、これはお宝でも見つかるんじゃないかという謎の自信が出てくるのも無理はありませんでした。とても雰囲気のある倉庫で、内部の照明が仄暗く、古びた家具や錆び付いた昔の家電製品に光が当たっているのが当時の印象に残りました。最初私たちは遠慮しながら倉庫を漁っていましたが、15分も経つころには遠慮を忘れ大胆にお宝調査に取り組んでいました。


「あ!これは俺が子供の頃に大事にしてたおもちゃだ!超懐かしい!」

とMが目を輝かせて1人ではしゃぐという予想通りの流れから入り、壊れた機械や変なガラクタが見つかっていくというありきたりな展開を見せていましたが、突如Aが何かを見つけたようで、


「あっ...これはお宝の予感」

と言い、全員の目がAに釘付けになりました。Aが持っているものは中型の箱でした。そして、箱には南京錠があり、何か大切なものでも入っているかのような雰囲気を曝け出していました。


「これ、鍵かかってるけど開けられるかな?中身見てみたいと思わない?やけにこれ埃だらけだし何かありそうよ」


「でもどうやって開けるんだよ。鍵がないと開けれないぞ」


「この倉庫にバールとかハンマーとかそう言ったものないの?」

という会話になり、結局全員でこの鍵を強制的に開ける道具を探すことになりました。その結果、錆びたハンマーが倉庫から見つかり、Mが南京錠を思い切りハンマーで叩きました。


「カン、カン、カン」

とハンマーで叩く鈍い音のみが薄暗い倉庫に響いた中、その雰囲気を破ったのがMの愚痴でした。


「なんだこれ!硬っ!」

Mは遅いツッコミを入れ、少し雰囲気が和みました。南京錠はおそらく年月が経っているものなので脆く、すぐ割れると私たちも思っていましたが意外と南京錠が耐えていたので、私たちは面白がってMを応援したり、冗談を飛ばしあっていましたが、しばらくMが格闘した結果、


「パキ、カリーン!」

と南京錠を壊すことに成功しました。Mはとても汗をかいていました。Mの呼吸はまるで何かに取り憑かれてるようにとても荒かったのを今でも覚えています。


「うおおお!!」

私たちが歓声をあげたのもつかの間


「お前ら、心の準備はいいか?」

と、Mが真剣な目をして私たちに問いかけました。南京錠を壊している時は、私たちは冗談を飛ばしあっていましたが、そのような雰囲気はその言葉でかき消され、場がとても重たくなりました。私たちが深く頷くと、Mが箱を開けました。


「ギイイイイイ」

と重苦しい音が響き、箱の中身が姿を現しました。


「ん?なんだこれ、ヒッ!」

とMが小さい悲鳴をあげ震えています。ヤバい物でも入っていたのかと感じ、AがMを突き飛ばし中を確認しました。


「おぉ...」

私たちに振り向いたAは少しにやついていました。Tと私はAから箱をひったくって中を確認しました。


「あっ!」

箱の中身は複数入っていましたが、まず目に入ってきたものは人間か動物か分からない砕かれた骨でした。骨の下には古びた青い手帳がありました。


「骨だ...」

TとAは比較的落ち着いておりMは少しパニックに陥っているようでした。


「は?なんで?なんで骨が俺の家にあるの?しかもこれなんの骨?は?」


「落ち着けって!動物の貴重な骨かもしれないだろ!」


Mは狼狽しきっておりTが説得しても落ち着きを取り戻しそうにありませんでした。仕方なく、私は骨をAに渡し、手帳を開いてみることにしました。手帳は最初のページが白紙であり、次のページから何か書いてありました。これがいつ頃書かれていたのかは分かりませんが、古い物だということは分かりました。そこには、「霊を降ろす手順」と大きな文字でタイトル欄に書かれており、本文の行には殴り書きでその方法らしきものが書かれていました。所々カタカナで書かれていたのでおそらく今から70年80年前らへんの時に描かれたのだろうと思います。それ以外のページには何も書かれていませんでした。私は、全員の前で手帳の内容を読み上げました。


「手帳には、霊を降ろす方法が書かれている。上から順に箇条書きで書いてあるから順に言っていくぞ。ろうそくを3本用意する。降ろす本人と縁が深いものを用意する。身体を構成するものを用意すると成功しやすい。用意したものの後ろにろうそくを3つおく。『名前を呼んで、おいでください。いらっしゃったらろうそくの火を全て消してください』と言う。消えたら成功。会話ができる。帰ってもらう時は『ありがとうございます。おかえりください』と言う。ろうそく3本に火をつけ、しばらく消えなかったら帰ってる、だそうだ。信じられんな。遊び心で吹き込まれたんじゃないか?」


読み終わった後、全員の顔を見ると唖然としていて、空気がとても重苦しかったです。本当に嫌な瞬間でした。その手帳に記された手順が一体何を意味するのか、そしてこの骨と手帳の関係性、これは絶対にこの儀式に使われたものだと推測するのは容易なことでした。


「つ、つまり...この骨でやったのか...その手帳に書いてあったことを...」

と、Aが顔を歪めて呟きました。


「信じられん...まさか倉庫からこんなものが出てきたなんて...鍵までしてここまで隠すと言うのはどういうことだ。誰が隠したんだ?」

と私が首を傾げました。


「わからない...両親は何か昔あったの?それか両親の前の人が?わからない...わからない...」

Mは相変わらずパニック状態のようで、不安そうに四方を見回しながら呟いていました。私たちも彼の気持ちは理解できます。


「なぁM。」

私は今から話すことは言ってはいけないことを理解していましたが、霊現象を信じていない私は興味本位で言ってしまいました。


「これで、お前の心が落ち着くか分からないんだけどさ、実際に俺らでこれをやるのはどう?なんか身近なもので。これで何も起きなかったらただのイタズラを真に受けちゃっただけって分かるじゃん。証明するにはこれしかない...」


Mは驚いた表情を浮かべ、しばらく悩むそぶりを見せていましたが、決心したらしく


「俺とてこれが偽物だったら気持ちが楽になる。その方法が1番の証明方法だな...やるしかない...」

と、覚悟を決めた重い声で返答しました。TとAも乗り気になり、この儀式を決行することにしました。幽霊などいないという断固とした自信が私を奮い立たせました。しかし、私には一つの懸念がありました。そう、誰が何のためにここまでしてこの得体の知れない砕かれた骨と手帳を隠したのか、という懸念です。


重苦しい雰囲気の中、これ以上倉庫の中を物色する士気はもう私たちには残っておらず、私たちはテキパキと倉庫の片付けを行いました。もちろん真っ先に問題の箱を奥へ押しこめました。誰もが、ただでさえ薄暗い倉庫になんてもうこれ以上居たくないと思っていたでしょう。迅速に片付けは進んでいきます。そして、少しの物音でさえも私たちは敏感になってしまい、片付けている時の


「パキッ」「ミシッ」

という音に私たちは震え上がってしまいました。どうにか片付けを終え、私たちは倉庫を後にしました。しかし、誰もが私の抱いた懸念を抱えていたでしょう。その懸念もあってか倉庫の明かりを消し、扉を閉める際に、光を失った倉庫から何かこちらを覗くような視線を少なくとも私は感じました。


「それで、何かあてのある人はいるのか?そういった人がいないと何もできないぞ。」

Tが顔色ひとつ変えずに低いトーンで聞きました。


「そうだよ。」

急かしているつもりはなかったのですが私もいたって真面目にこう返しました。正直、早く検証したいという気持ちの方が勝っていたのを覚えています。


「1人だけいる。俺のじいちゃん。数年前に病気で亡くなった。じいちゃんの古いメガネなら確かこの家にあったと思うからそれで確かめてみるか?」


「お前の肉親を実験台にしてもいいのかよ?」

と、Tが眉を顰めるも、


「じいちゃんには聞きたいことが色々とあるから、やってみる価値はあるかもしれない。何もなかったらそれまでだ。それに、じいちゃんは誰にでも優しかったし呼び出しても怒らないと思う。だってじいちゃん、オレオレ詐欺にあったことあるんだけど、詐欺と分かっていながらお金を援助したんだぜ?信じられないだろ。まぁじいちゃんを呼び出してみよう。今の客室がじいちゃんの部屋だから、そこにメガネがあると思う。探してくる。」

そう言い残し、Mはメガネを探しに行ってしまいました。しかし、M1人で行かせるのは正直不安だったため、3人でMの後を追いました。途中Mは、仏間からろうそく3本とライターを取り、客室へ向かいました。全員で客室にあると思われるMの祖父の遺品を探すことになり、その客室は倉庫と比べたらとても明るく、テレビやラジオなども付いており倉庫の雰囲気とは無縁な印象を感じました。Mが何個かの引き出しを開けたところ、メガネはあっさりと見つかりました。


「準備は全て完了した。怖いから照明をつけてテレビも流しながらこの儀式をやろうと思う。」

と、Mが臨場感を全てぶち壊しにするようなことを言い出しました。しかし、全員怖かったのでしょう。すんなりとMに賛成しました。その時、テレビではお笑い番組をやっていたため、それを流しながらテーブルの上にメガネを置き、ろうそく3本を置き全ての準備が整いました。


「さっきの手帳には照明を消してやれだのテレビを消せだのそういったことは書いてないからな。とっとと終わらせて何もないってこと証明してスマブラの続きでもやろうや。」

とんだ屁理屈をMが言うので、全員そこで張り詰めていた気が抜けました。そして冗談を飛ばし合い、Mが口に笑みをうかばせながらろうそく3本にライターで火をつけ


「○○(Mの祖父の名前)、俺のじいちゃん、おいでください。いらっしゃったらろうそくの火を3本消してください。」

と、手帳に書かれていた言葉を唱えた。ここで私たちは全員沈黙し、テレビのお笑い番組だけしか聞こえてこなくなりました。


何も起きない。Mは再び、


「○○(Mの祖父の名前)、俺のじいちゃん、おいでください。いらっしゃったらろうそくの火を3本消してください。」

と、唱えました。


私たちは誰1人動くことなくろうそくをじっと眺め続けました。しかし、ろうそくの火はぴくりとも動きません。時間が経つにつれ、部屋の空気がますます重たくなりました。お笑い番組の音も全く耳に入ってきませんでした。Mの顔には焦りが浮かんでいましたが、最後の望みをかけて


「○○(Mの祖父の名前)、俺のじいちゃん、おいでください。いらっしゃったらろうそくの火を3本消してください。」


と再度唱えました。そしてしばらく待ちました。すると、突然部屋に異様な静けさが訪れました。


「あれ?誰かテレビ消した...?」

Aが呟きました。


「おい、そんなことしなくていいから。」


「お前だろ!」


「は?俺じゃねぇよ!」

全員顔が笑っています。何も起きないことをいいことに何か怖いことを起こそうとでも考えたのでしょう。しかし、


「いや、テレビのリモコンはソファの上に置いたはず...ここから誰も動けないんだから誰も触るわけがない...」

と、Mが下を向いて呟くと、全員がはっとして沈黙してしまいました。生暖かい空気をその瞬間感じたのを覚えています。


「じいちゃん...なの?」

とMは口を震わせながら虚空に向かって聞きました。


「え?じいちゃんなの?ほんと?え?」

Mは泣いていました。どうやら、本当にMの祖父を呼び出してしまったようです。私たちは今目の前で起こっている現象をただ見ていることしかできませんでした。誰も、何か言葉を発することはないまま、Mは言葉を続けます。


「じいちゃん...なんで死んじゃったの?そんなに病気悪かったの?治るって言ったじゃん!」

Mは子供のように泣きじゃくりました。


「え?嘘...なんで...そんなことが...」

いきなりMのぐしゃぐしゃな顔が豹変しました。驚きと怒りが混ざったかのような印象を私は感じました。


「...分かった...じいちゃんの恨み、俺が晴らすよ。必ず。」

Mは一言そう呟いて、持っていたライターでろうそくの火を3本つけてしまいました。私たち3人は唖然としました。Mが縁起をしているようには見えなかったからです。


「なにが...起きたの?」

初めてその沈黙を破ったのがAの発言でした。


「じいちゃんが...じいちゃんが俺に言ったんだ。自分はあの病院に殺されたって...恨みを晴らしてくれって...」

Mは再び泣き始めました。


「1人にしてくれ...すまん...今日のところは帰ってくれ...」

私たちはMにかけてやる言葉が見つからず、そっとMの家を後にしました。とても後味が悪い展開となってしまったので私たち3人は、Mのストレスだろうと言うことで結論づけてこの後に遊ぶのをやめて、それぞれの家へと帰りました。


それからと言うもの、Mは変わってしまいました。学校で会った時、Mはいつもと変わらないような雰囲気を出していましたが、性格が攻撃的になり、日を重ねるごとに冷淡になっていきました。私たちと話す時


「俺はあの病院は絶対に許さない。俺の研修先は絶対あそこにするんだ。あの病院に復讐する。」

と毎度のごとく言っていました。その後のMは人との関わりをなくすようになってしまい、友達が減っていきました。私とAとTはMを気にかけていましたが、病院実習、研修先の病院のマッチング、国家試験という大イベントを重ね、大学を卒業するとMとは疎遠になっていきました。連絡をしても全く反応がなく、Mの方から私たちを避けているのかもしれません。しかし、私たちは研修先の病院については卒業前にMから教えてもらいました。


Mの祖父が言っていたあの病院です。だから尚更Mと連絡を取りたいのですが、今でも全く反応がありません。そして私も、医者の忙しさに追われ、Mのことをずっと考えている暇もなくなりました。


数年後、その病院に行く機会がありその病院で働くMと同じ科(循環器内科だったはずです)の医者にMのことを聞きました。


「あー、Mですね。1年くらい前までここにいましたね。急にこの病院からいなくなっちゃったんですよ。自分でやめたのかクビになったのかは分かりません。ただ彼は看護師をはじめ色々な人から嫌われてましたよ。クビにされたんじゃないかって思ってますけどねぇ...」


Mのその後を知れたことは私自身とても驚きましたが、同時に後悔もしています。私があの儀式を決行しようと思わなければ、Mの未来は変えられたのではないかということです。私自身あの儀式については不審な点があると思います。


まず、あの儀式で呼ばれた霊的なものはMの祖父ではないと思っています。オレオレ詐欺にわざと引っかかりお金を援助するほどの人が病院に恨みを持ちそれをMに伝え、恨みを晴らしてほしいなどと言うわけがないと思っています。そして、Mはあの後ライターを自分で付けたはいいものの、あの手帳にかかれていた


「ありがとうございます。おかえりください」

という儀式の終了を告げる言葉を言っていませんでした。つまり、あの儀式はまだ続いていると思います... Mの祖父ではないナニかは、まだかえっていない...あいつは帰らずいまだMに付き纏っている...そう思うのです。


そして、問題はあの手帳と骨が厳重に人の手が及ばないであろう所に隠されていたことです。Mの両親は何ともないことからもしかしたらMの前に住んでいた人がその儀式を決行し、Mのような目にあってしまったのではないでしょうか。そして恐らく私の推測ですが、複数人でその儀式をやったと思っています。第三者がいないとその箱を封じることはできませんから...こうなったことを推測できなかったこと、面白半分で決行してしまった原因を作った私が悪いのです。後悔してもしきれません。私がMの人生を狂わせてしまったと思っています。それ以来私は、幽霊と言ったものが生理的に無理になりました。


私の話は以上です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

まろの最恐怖い話 短編集 まろ @maromedmed

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ