第4話確約のない関係

 時折、彼と食事するようになってから、さらに一年以上が過ぎて、私は今、彼のマンションに住んでいる。


 彼の「来い」の一言で、移ってきたマンションは、セキュリティもしっかりしていて、会社にも近く快適だった。


  外見からは、もっと荒れた生活をしているのかと予想していたが、意外にも、彼の日常はまともだった。

寝に帰っているだけと言ってはいたが、自炊もすれば、さほど贅沢も好まない。


 二人でいても、会話が多いわけでもなく、単語を並べただけのような、そっけない言葉にも慣れた。

つかず離れず、ほどよい距離で、それぞれ気ままに過ごす生活も心地良かった。


 彼からはいまだに、確約の言葉はない。聞いてみたいという気もなくなった。

私は彼の妻なのか、恋人なのか、ただの同居人なのか、良くわからないが、そんなことはどうでも良い気がしてきた。


 仕事柄もあるのだろう、今でも彼のまわりには、女性の影はちらついていて、時にはプライドの高そうな美女にからまれる事もあるのだが、どこにでもいるような平凡な私を確認すると、安心したように去って行くことが多い。


 彼は、遅くなっても外泊することなく、必ず帰って来てくれるので、それだけで充分だと思っている。


  マンションでの暮らしには馴染んできたが、私が以前住んでいたボロアパートの解約は、まだしていない。家具も荷物もほとんど向こうに置いたままだ。


 生活費は何もかも、彼が出してくれているけれど、今のところ会社を辞める気はないし、残った給料はすべて、自分の貯金にまわしている。


 なぜならいつか、彼のマンションを出る時が来るかもしれないと、考えているからだ。その時、一人で立って、生きて行けるように、今から準備しておかなくてはならないと思っている。


 彼は私を愛しているのか、そうでないのか、言葉でも態度でも示してはくれない。この関係が、長く続くわけではないかもしれないとも思う。


 それなのに、私は、ひどく彼に執着している。

なぜこうもかれてしまうのか、よくわからない。


でも、彼の鋭く刺すような視線が、私を抱くときだけは、柔らかくゆるむのに気がついてしまったから。


美咲みさき」と、私の名を呼ぶ声が、その時だけは優しく響くから……

 

私は、隆一りゅういちという、底なし沼におぼれていく。


(終)

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確約のない関係 仲津麻子 @kukiha

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