中宮の愛、孤独の高御座

寵愛、すれ違い

 彼女に初めて会った時、まずその純粋さに目を奪われた。


 権力闘争渦のすぐそこで育ち、その駒として使われるとすでに定められているのに。それを全く感じさせないくらい無垢で、悪意に晒されることを知らない穏やかな雰囲気。

 生まれてきた瞬間から、ほぼ全てが悪意と無関心で出来たような世界に生きてきた私では、絶対に持ち得ない物だ。

 それでも、何故か妬む気持ちは湧いて来なかった。むしろ、惹かれた。


 私は、今の位にふさわしくない。それはわかっているし、逃げ出したくてたまらない。

 ただ、このような形でないと、彼女を手に入れることは叶わなかっただろう。私ごときでは。

 それがわかっているからこそ、うしろめたい。

 こんな私など、必要とされていない。

 高御座に居るのが誰であろうと、民も、臣下達も、何ひとつ変わらず日々を営んでいくであろう。見られているのは私自身ではなく、その家柄と、血だ。代わりになる者がいない訳ではない。

 それがわかっていながら、しがみついて。

 私は救いようもなく愚かで、惨めで、身勝手な人間だな。


 このような身に、価値はない。この世に生を受けた瞬間から。そしてそれは、今も変わっていないのだ。



✿ ❀ ✿ ❀ ✿ ❀



 小宰相に、着替えを手伝ってもらう。


 言われた通り両腕を上げたり下ろしたりしつつ、わたし・藤原照子は、女房達の色めき立った会話を思い出していた。


「主上は、今宵も中宮様を御召しですのね」

「まばゆいばかりのご寵愛。お仕えしている身として、わたくしも誇らしゅうございますわ」

「いつかの御代とは違って、今上陛下は賢明な御方よね。順当な判断だわ」

「ちょっと、そのような言い方はいけませんよ」

「しかし、これで中宮様の御立場も、今上の御代の後宮も安泰ですよね」


 順当とか、安泰とか。なぜ、そんな言われ方をしなければならないのかしら。わたしはただ、主上をお慕い申し上げていて、少しでも御心を慰めて差し上げたいだけなのに。

 それに、寵愛だなんて。主上の御気持ちが、そのようにわたしへ向いているとはとても思えない。だって――



❀ ✿ ❀ ✿ ❀ ✿



「中宮照子です。御召しに従い参上いたしました」

 先触れを出していたから、すぐに夜の御殿おとどに通していただけた。

「どうぞ」

 わたしに返事をなさったのは、御帳台の上に座しておられる方。

「主上」

 結い余らせた髪を、顔を隠すように下ろしていらっしゃる。小さな身体を遠慮がちに縮めて、おずおずと上目遣いにわたしの方を見てくださるのが、とてもお可愛らしい。

 そう。この方が、国を統べる帝であらせられる。だけれども。

「今宵もお運びくださりありがとうございます、中宮様」

 控えめに微笑まれる御姿は、今宵も変わらずどこかよそよそしくていらっしゃる。

「主上。あなた様は国で最も貴き方でいらっしゃいます。わたくしなど、敬っていただく立場ではございませんよ」

 いつものように指摘申し上げると。

「も、申し訳ありません……」

 いつも通り、怯えたように俯きなさる。

 その後も。主上は一つしか用意されていない褥の端の方で縮こまってお休みになるので、わたしはできる限り主上から身体を離した位置で休ませていただく。

 翌朝も、しっとりとした後朝きぬぎぬの別れなどなく、ぎこちない挨拶を交わして藤壺に戻るだけ。


 この日々がどうして、主上の寵愛の証になろうか。主上は家からの圧力に屈して、表向き尊重してくださっているだけなのではと、いつも考えてしまう。主上は、わたしをどう思っていらっしゃるのだろう。



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平安宮中「愛」物語 村崎沙貴 @murasakisaki

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