オーストラリア地底王国自治区

高黄森哉

オーストラリア人のニック


「おい」


 おい、と呼ばれて喜ぶ日本人は少ないのではないか。人に尋ねるなら、丁寧な言い回しを用いるべきだし、そうじゃなくても、おいはないだろおい。と、私は思って振り返ったのだが、彼の顔をみるなり、そのやり方を納得した。彼の顔立ちは、西洋的だったのだ。


「日本初めてで、食堂屋を探してる。この近くに食堂屋ないか」

「案内しますよ」


 私が案内をするのは、決して、外国人には親切をするべきだ、という信条からではなかった。単に、私も食堂に行く途中だったからだ。

 さて、彼は店に着くと首尾よくメニューを決め、店員を呼んだ。その行動の滑らかさを鑑みるに、どうやらここに来る前から食べるものを決めていたようだ。私はそうではなかったので、彼より手間取った。


「天丼」、と私は告げた。

「油そばと、天丼でよろしいですね」

「はい」


 そのとき、意味もなく外国人の彼が、店員に微笑みかけるが、店員は彼を無視した。ほほえみが不気味だったからだ。私が店員の立場でも無視しただろう。


「それにしても君は一人なのか。そして私と一緒の席でいいのか」

「全然、よいです」


 よくよく考えれば、私の席と一緒でいいかいは、お前が私に聞くべきではないだろうか。まあいい。物事には成り行きがある。私は、世間話として彼の出身地についてを選んだ。


「君は、どこ出身なんだ。さしずめ、ヨーロッパかな」

「私ですか。私はオーストラリア出身です。ヨーロッパじゃないですよ。それは、オーストリアです。オーストリアとオーストラリアは違いますね。どれくらい違うかと言うと、一文字違います。日本語は変ですね。一文字違うだけで意味が違ってしまう。言葉の神秘です」


 別に日本語のせいでそうなっているわけではないはずだが。私はあえて突っ込まないことにした。相手のペースに乗せられたくはない。


「カンガルーで有名なところだな」

「カンガルー、ワラビー、クロコダイルー、コアラー、ブラックマンバー、シドニージョウゴグモー、ピンギーピンギー、カモノハシー、ユーカリー、ブルドックアントー、アボリジニー、ウェター、パンダーで有名だね。あとは人もいるね」


 アボリジニーを人とカウントしないところに、そこはかとなく差別心を感じた。


「パンダはオーストラリアに居ないんじゃないか」

「動物園にいるね」


 私は変な気分になった。


「ふーん。名前はなんていうんだろうか」

「ニック」

「ニックか」

「ニック」

「ニックだな」

「いや、ニック」

「ニッ、ク」

「ノー、ニック」

「どう違うのかさっぱりわからない」

「確かに。私も全部同じに聞こえる」


 湯呑の水を顔面にぶっかけてやろうかしら。ワオ、これがジャパネーゼぶっかけ、なんて具合に喜ぶかもしれない。じゃあ、やめておこう。


「オーストラリアか」

「日本人は、オーストリア誤解してる」

「誤解。それは、オーストリアと、ということか。それならば、その誤解は有名だから、逆に理解されていると思うが」

「違う。捏造された歴史を教えられてる」

「聞こうじゃないか」


 大変、扱いにくい話題が始まりそうなので、私はおしぼりで顔を拭いた。


「まず、歴史から。オーストラリアは、犯罪者をヨーロッパから移送して入植したとされる。間違ってる。だって、そんなに犯罪者いるはずないじゃないか。だからか、軽犯罪も移送されたと説明されることもあるが、それでも計算があわないね。仮に二千人の男を入植したとする。彼ら子孫を残すね。今のオーストラリの人口、二千万。はい、届かない」

「お前が勝手に決めた数字を、代入したから、そうなったのではなかろうか」

「違うね。計算が合わないのは、勝手に二千人の男を入植した、ことにしたからだね。なぜなら男同士では子供うまれない」

「生まれるかもしれないじゃないか!」


 なかばやけくその反論だった。それは、男同士では子供を作れないという発言をするとLGBTの問題から、社会的圧力により社会的抹殺、社会的拷問、社会的虐殺、社会的人権侵害、社会的原子爆弾、社会的アウシュビッツ、社会的非社会的行為などなどを受ける危険性があったからだ。私はインモラルな発言によって、十三条と二十五条の庇護から外れるようなことをしたくはない。


「まあ、誤解があるなら悪かったよ」

「そもそも、オーストラリア、国ない。世界中が隠してる。まずはじめに、ヨーロッパが見つけた。見つけただけ。国ではない」

「まあ、先住民の土地がどうの、というのは理解できるか」

「そう、先住民いた。だから、自治区になってる。オーストラリア地底王国自治区」


 なんだか、急に胡散臭くなってきた。全部嘘のようで想像もできない。どれくらい想像できないかというと、胡散の芳香くらいだ。つまり、全く想像がつかなかった。


「皆、地底人。地底人で、地下で暮らしてるのが、オーストラリア人」

「じゃあ、証拠を出してくれ」


 オーストラリ人は、どこからともなく、地図を取り出していった。 


「この地図、地底人のために作られた。その痕跡があるね」


 それはかの有名な逆さになった地図だった。私は少しだけ彼を信じる気になった。もし地底人が空を見上げたなら、世界はこういう風に映るのかもしれない、と。

 でも思い直した。だってもしそうならば、左右反対にもなってなくちゃ、おかしいじゃないか!




 

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オーストラリア地底王国自治区 高黄森哉 @kamikawa2001

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