3


──そろそろ次のタームが来るらしい。


 そんな風の報せが伝播していく頃には、皆のプレイングの熱量、特に低得点者のそれは破壊的な色を帯び始める。どれだけ叩いても機体が壊れることはないが、それが逆に暴力性に拍車をかけているようにも思えた。


「くそっ・・・!!もう滅びやがった!!」


「あー!!邪魔だよもう!!」


 騒ぐ一団をタトは外から眺めていた。タトだけではない。ターム、つまり任期の終盤ではゲームのプレイ人数は相対的に減っていく。明示はされていないものの、人員の入れ替え時期がある以上、大半はそれに備えてスコアの貯金を作っておくことが多い。

 もちろん、生まれ変わりを望んでいたり、端からそういう競争に辟易している人間は参加すらしないわけで、今血眼になってゲームに勤しんでいるやつらは単なる滑稽な怠け者だ。


「タト」横からバァの声がする。


「バァ、アンタも?」


「うん、今回は余裕だった」


「そっか」


 二人はしばらく会話もなく、成り行きを眺めていた。


 暇を潰せるような空き台は残っていない。消えたか、埋まっているかの二択だ。だから、スコアに余裕のある人間はこぞって、下位層の競争を見ている。見守っているわけではない。やることがないから見ているのだ。


 中には、誰が消えるかで賭けをしているやつもいるが、タトはそれに嫌悪感を覚えていた。


「ああいうの、好きじゃない」タトはまさに賭けをして盛り上がっている集団を見て、胸糞悪そうに言った。


「・・・」


「・・・バァ?」何も答えないバァの顔をタトは覗き込む。


「・・・僕はね、いつも寂しくなるんだ」バァは突然、呟くように言った。


「?」


「別にろくすっぽ話したことがないやつらばっかりさ。あいつも──、あいつも。僕は彼らが何を好きで何が嫌いかなんて知りやしない。赤の他人だ。けどこの時期になると、なんだかどうしようもなく寂しくなるんだ」


「・・・それは何となくわかる気がする。人が減るっていうのはただそれだけで寂しかったりするものだもの」


「ああ、いや、そうじゃないんだ」


「え?」


「もちろん、それもあるんだけどね?むしろ、その逆かもしれない」


「逆」


「うん。僕はすごくすっきりしてしまうんだ。彼らが消えていくことに対して」


「・・・!」


「なんていうか、自分が多数派でいることの快感というか、正当性や常識で弱者をなぶるみたいな、そんな温い快楽がこの時期になるとまるで間欠泉みたいに勢いよく僕の中に湧き上がるんだ」


「・・・」


「だから、そういう意味では僕も彼らと同じ、いやそれ以上に底意地の悪いことを考えているのかもしれない。落伍者が弾き出されることの快さは、正直、代えがたいものがある。・・・そういう性はかえられないものだね。僕はここに来る前からずっとそうだった」


 君は軽蔑するかな、と気まずそうに笑うバァに対しタトは少しの間、何も言うことが出来なかった。喧噪けんそうの間にぽっかりと静寂が空く。


「・・・そっか」


 どうにか絞り出した答えはあからさまに不愛想で、いたたまれなくなったタトは早足でその場を離れた。


「・・・」


 バァは追わなかった。

 ただ黙って前を見ていた。


──タトは真っすぐエルーの元に向かっていた。


 その動機を言語化することはタトにはできなかった。エルーがおかしくなっていることなど自明であり、もとよりタトの内側で発生した心のもやを彼女自身、誰かに話して発散する気も毛頭なかった。けれど、タトの足取りに迷いはなかった。


 足音はいつも以上に高く強く渡り廊下に響いた。やがて、ドアの前に辿り着くと、力任せに開けて部屋に押し入る。


「・・・!エルー!!」


 タトがこの部屋を訪ねたのは、以前何もせずに出て行った時が最後だったが、エルーはあの時とほぼ全く変わらない姿勢で、あの時より明らかに尋常ではない顔つきで旧式のピンボールゲームをプレイしていた。


 タトは駆け寄ってエルーを台から引きはがす。彼女らは食事を必要としない手前、絶食により体重が減ったり衰弱することはない。だが、タトの手に伝わってきた感触は、驚くほど軽く弱弱しかった。意思の力が、それに付随する重さがほとんどなかったように思えた。


「アンタ・・・、何やってんの!!こんなになるまで、どうして・・・!」


「きえちゃう・・・、きえ、ちゃう・・」


 エルーはぶつぶつと繰り返すだけで、明瞭な答えは返ってこない。


「もう、わけわかんない・・・!なんでこんなことになってるの!?ねえ、なんで!?」


 タトは廃人のように横たわるエルーに問う。やはり、答えは返ってこない。


「こんな古臭い筐体に何の価値があるの!?続ける理由は何!?意味が分からない!!」


 段々と言葉の語気が強まっていく。もはや、タトにとって返答があるかどうかは問題では無くなっていた。これは問答の形式こそとってはいるが、その実、彼女の抱えていたフラストレーションをぶつけているだけだった。


「馬鹿なんじゃないの!?たかだかゲームの一つじゃない!!そんなことより大事なことなんて山ほどあるでしょ!!??この馬鹿!!」


 口をついて出る言葉の数々は決して嘘というわけではない。タトは本当に心からエルーのことを心配していたし、出来ることならば少し変わった友人とこれからも付き合っていきたいと思っていた。


「何回も言ったよね!!なんでこうなってるのよ!!わかんない!!わかんない!!」


 しかし、そうした心の裏返しとしても、エルーに浴びせ続ける言葉の質量はあまりにも巨大が過ぎると、タトは自覚していた。


「どうして言うとおりにしなかったの!?」


 それでもタトが溢れる謗言を自制しなかったのは、ひとえに彼女の内側でずっと渦巻いていた感情から目を背けるためだった。


「なんで!!!???」


 ざまあみろ。

 何度も止めてやったのに。

 何度も忠告してやったのに。

 いつまでも、いつまでも変わらない。


 そんな阿呆に指を差し、大口を開けて笑ってやりたい。浅ましいが確かに彼女の胸の隅の方では、そんな思いが今か今かと飛び出す時を待っていた。


「・・・!!」


──エルーのつま先がボロボロと崩れていっていることに、タトはノータイムで気が付いた。


「・・・入れ替えだ」


 ぐらりと、胸の奥が熱を持って揺らぐ。


 次のタームが始まったのだ。低得点者は“繰り上がり”と入れ替わることになる。


 エルーは今回の基準値を超えられなかった。


「きえちゃう・・、きえちゃう」


 どんどんと弱く、か細くなっていくエルーの声。

 タトの腕の中で彼女はそれでも古いピンボール台に手を伸ばそうとする。


 質量が減っていく。


「・・・」


「きえちゃう・・、きえちゃう」


 空中で震える腕、タトは優しく手を添え、──それから軽やかに叩き落した。


「・・・?」


 もうほとんど開いていないエルーの瞼が、微かに驚きで見開く。

 タトは笑って、もう上半身しか残っていないエルーに囁くように言った。



「消えちゃえ」



 そして、エルーは砂になって消えた。



──小さな部屋には少女が一人だけ、小石が転がるようなコッ、コッという笑い声だけが静かに響いていた。

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