転生者が来てから

低田出なお

転生者が来てから

 剣士は苛立っていた。

 今日のクエストは問題なく達成できた。報酬の授受も事前連絡の通りに行われ、ギルドからも今後とよろしくと笑顔で対応してもらった。パーティメンバー内での分配も円滑に進み、その後の宴会の食事も美味かった。

 にもかかわらず、剣士は苛立っていた。どうしても盛り上がる気になれず、宴会からこっそりと抜け出し、街のはずれの小さな飲み屋でエールを傾けていた。

「随分と荒れてるね」

「…荒れてねえよ」

「そうかい? その割には怖い顔だ」

 馴染みの店主は、グラスを拭きながら話しかけてきた。剣士が冒険者として名を挙げる前からの付き合いである。その表情は「隠せてないぞ、お見通しだぞ」と言っているようだった。

 剣士は短く息を吐いてから、目線はそのままで口を開いた。

「…隣国から戻ってきたパーティがあるだろ」

「あぁ彼ら。そういえば昨日帰ってきたって聞いたねえ。でもなんか公休申請したとか」

「そう! そうなんだよ!」

 図星の話題を出され、思わず大きな声を出してしまう。小さな飲み屋とはいえ、自分以外にも客はいる。はっとして周囲をちらと見渡すと、いくつかの視線が向けられていた。しかし、彼らはすぐに興味を無くし、視線を外して手元の酒に口をつけた。

 剣士は気恥ずかしさからエールを思い切り飲み干し、店主におかわりを注文した。そして、声を無意識に細くしながら、ゆっくりと話を続けた。

「あいつら休みだって言って、ほとんど依頼受けていないんだよ」

「受けてないって、随分大仕事だったらしいじゃないか」

 話題に上がったのは、この町の中で最も有名なパーティである。彼らは隣国からの召集を受け、大型モンスターの討伐に駆り出されていたのだ。隣国の猛者達と共に立派な活躍をしたことは、離れたこの町にも広まっていた。

「わざわざ名指して声がかかような依頼なんだろう? いくら佳良な彼らでも休暇くらいあってもいいじゃないか」

「…あいつらがどれくらい公休申請したか知ってるか」

「いや、知らないね。1週間くらい?」

「無期限」

「え?」

「無期限だ、ギルドも了承してるってよ」

 店主の顔が驚愕に染まった。剣士は鼻を鳴らしてエールをあおる。

「無期限って…、何か大きな怪我でも?」

「怪我か、ある意味怪我だな。脛に特大のやつだ」

 剣士は飲み干したグラスを突き出して、皺を寄せた顎をしゃくった。店主は驚きを浮かべながらも、淀みなくエールを注ぐ。

「依頼先で一人、ヒーラーを足したらしくてな。なんでもそいつの持病が完治するまではって話だ」

「はぁ~それは、随分とその新入りに入れ込んでるね」

「そうだ、あいつらは入れ込んでる。いや、入れ込みすぎてるくらいだ」

 パーティメンバーの体調不良を理由に休みを取ることは珍しくない。一人の不調がそのままクエストの失敗、あるいは死に直結するからだ。それぞれの役割を十分に発揮して、パーティは個々の実力以上の成果を達成する。個人の不調はパーティ全体の不調へとなる以上、しっかりと休養をとって体を癒すことは、冒険者としての仕事の一つと言って差し支えない。

 しかし、だからといって無期限の休養というのはまずありえない。それも、この世界の中で上から数えた方が早いような優秀なパーティであれば尚更である。

「たまにギルドからの指示で他のパーティに協力する程度で、もう2週間はまともな依頼を受けてない。こんなの異常だ」

 そこまで言うと膝をカウンターの机に引っ掛ける用に背を反らせて天井を仰いだ。

「なんでだと思うよ」

「うーん、まあ、相当有能なんだろうね。そのヒーラーは」

 店主の言葉に視線だけを向けると、剣士は反動を付けてそこから前のめりになった。そして口元に手を被せながらやや小声で言った。

「新入りはな、転生者の女らしい」

「…あー」

 店主は言葉を濁した。剣士は鼻を鳴らし、再び天井に視線を向ける。

 定期的に表れる身元不明の者を「転生者」と呼ぶようになってからもう何年経っただろう。彼らの境遇は多種多様だったが、極めて高い能力を有していることは共通していた。

 驚異的な魔力を有する者もいれば圧倒的な格闘能力を持つ者、聞いたこともないような特殊技能を習得している者。何かしらの一芸を持っている彼らは、自らパーティを結成すれば優秀な人材が集まり、パーティに入るとなれば手厚く迎えられることが多かった。

 そして、そのパーティのメンバーと恋仲になることも決して珍しい事ではなかった。

「なるほどなあ」

「ったく、女が出来て腑抜けるなんざ、街一のパーティが訊いて呆れるぜ」

「それで君は苛ついてるんだね」

「ちげえよ!」

 いつもより早く回った酒で赤らんだ顔で吠える剣士に、店主は愉快そうに笑った。

 けらけらと笑い声を響かせる声の主を睨んでいると、がちゃりと扉が開く音が聞こえた。その瞬間、店主は笑うのをやめ、「いらっしゃい」と丁寧に告げた。

「二人なんだけど、空いてるかな」

「!」

「もちろん、空いてるよ」

 店主は剣士の二つ隣の席に新たな客を促した。その表情はどこかわざとらしさを感じさせる笑顔をしていた。客はその表情に少し不思議そうな顔を見せながらも、促された席に着いた。

「取り敢えずエールお願いします」

「…俺もそれで」

「はいよ」

 客と店主のやり取りを聞きながら、剣士はちびちびグラスに口を付けた。

 言いようのない居心地の悪さを感じる。新しく来たこの客たちに、どこか罪悪感に苛まれているからだ。今すぐに席を立ちたいという考えに襲われ、一気にエールを飲み干した。

「店主、勘じょ」

「あれ、オリバーじゃん、久しぶり!」

 人生はままならないものである。まさか、ここまでライバルの声が煩わしく感じることあるとは思わなかった。

「…知り合いか?」

「ジェーンと同じパーティだよ。会ったことない?」

 寡黙な魔法使いと目があう。こちらが目を逸らすより先に視線を外された。

「…悪い、覚えがない」

「いや、気にしなくていい、ちょうど帰ろうと思っていたしな。店主、勘定」

「えぇ~!? せっかくなら話そうよ! 君とこういうところで会うのは初めてだろ?」

 剣士は目を細めてながらも迷った。自分自身がその実力を認め、一方的にとはいえライバルと意識している相手と酒を飲みかわすというのは、中々に魅力的な提案に思えたからだ。

 それでも首を縦に振りづらいのは、つい先ほどまで、この男を含めたパーティの陰口を叩いていたからに他ならない。罪悪感に突かれながら飲む酒を美味く感じる嗜好は無かった。

「いや俺は…」

「いいじゃない、ちょっとくらい付き合ってやりなよ」

「…おい」

 ニヤニヤと笑いかけながら、今飲み干したグラスにエールを注ぐ店主を睨みつける。縁に盛り上がるように揺れる水面が、ひどく歪んで見えた。

「せっかくこの町から遠征に行くような偉大なパーティが誕生したんだ、いい話が訊ける貴重な機会だろ?」

「お? なになに、土産話してもいいの? 僕いくらでもしちゃうよそういうの」

「調子に乗るなばかたれ。店主、あまり持ち上げないでくれ」

「いやいや、有名人を持ち上げなかったら他に誰を持ち上げろって言うんだい」

 自身を放って盛り上がる店主たちに眉をひくつかせながらも席に着いた。やり取りを尻目に代金をおいて帰ることは出来たが、それではまるで話題に入れないから逃げ出したように感じたからだ。

 静かだった魔法使いが店主に乗せられてそれなりな声量で話すのを聞きながら、なみなみと揺れるグラスを口で迎えに行く。まあ、適当に世間話をして席を立とう。そう考えながら飲むエールは、不思議と薄く感じた。

「最近パーティメンバーを増やしたって噂を聞いたけど、どんな人なんだい?」

「ゔぶっ」

 思わず含んだエールが喉から押し返される。むせて咳き込むと二人から不安そうな視線を向けられる。剣士は軽く手で制して大丈夫だと短く告げ、気づかれないように店主を鋭く睨む。わざとらしく微笑む顔にエールをぶっかけてやりたくなった。

「そうか、もう噂になってるんだね」

「うちの名はこの街全体に知れ渡っている。不思議なことじゃない」

 ライバル剣士は照れの混じる笑顔を、魔法使いはしみじみとした顔を浮かべる。それぞれの表情こそ違うものの、二人ともどこか誇らしげだった。

「どんな人なんだい」

 店主が純粋さと不純さの入り混じる笑みで問うのを見ながら、剣士はエールの垂れるグラスに再び口をつける。注がれたものではあるが、エールを飲み干してしまうはもったいない。それに件の新入り転生者に興味があるのは事実である。薄く靄のかかる頭を働かせながら、耳を彼らの声に耳を傾ける。

 しかし、それは失敗であったとすぐに思い直すこととなった。

「カナヨはとにかく謙虚だね。あんなに静謐とした女性は見たことがない」

「自身の能力に驕らず、研鑽も怠らない。魔力が高いだけのそこらのヒーラーとは比べるまでもないな」

 予想通り発せられた賞賛の言葉の数々は予想よりも長く、それでいて甘ったるいものであった。

「ワショクっていうカナヨの地元の料理なんだけどね、これがまたおいしいんだよ」

「食べていて安心するとでも言うべきか。不思議と気の抜ける妙な料理だ」

 出会いのきっかけから始まり、パーティの一員として加わる流れ。戦闘での活躍から、拠点での家庭的な立ち振る舞いまで。七色の賛辞が飲み屋に響き渡った。

「実は彼女は持病を患っていてな、転生者特有の後天的なものらしい」

「それは大変だ、治る見込みはありそう?」

「完治は難しいだろうが、時間をかければ不自由のない体調になるだろう。というか、あのレベルのヒーラーが他者への治癒魔法は習得していて、自分への魔法を習得していないというのがおかしな話だ。まったく、あの町のギルドがカナヨにもっと基本的なことから教えていれば、こんなに治療の時間もかからなかったのだ。そもそもあいつらがカナヨに頼り切りだったのが問題だ。」

「まあまあ、落ち着きなよ」

「はは、魔法使いさんは随分とそのカナヨさんにぞっこんってわけね」

「ばかたれ、そんなんじゃない。大体あいつはだな…」

 頭が痛い。超えたいと思っていた者たちが、こうもデレデレと一人の女を誉めそやしているのを聞きながら飲む酒は、今まで味わったことのない不味さだった。気分が悪い。早く帰って寝てしまいたい。

 そうだ。勘定を済ませてもう帰ろう。別にあれだけ盛り上がっているのだ。席に残る木っ端のことなど、もう気にも留めないだろう。

 盛り上がる店主に手を上げ、声をかけようとした。

「店主、勘じょ」

「あのー、すみません」

 気持ち悪さから絞り出した声は、飲み屋の引き戸が開く音と、そこから続いた女性の声にかき消された。今日は本当にツいていない。もう一度声をかける。

「店しゅ」

「カナヨ!? 何してるのこんな時間に!」

「今日は一日教会で治療を受けてたはずだろう、なんでこんなところに」

 隣のライバル剣士と魔法使いが跳ねるように席を立つ。そして入ってきた女へ心配そうに話しかけていた。

「早く終わったので帰るとこなんですよ。せっかくなら一緒に帰ろうかと思って前に言った小料理屋にいるかなとそっちに行ったんですが、今日はこちらだと聞いたので」

「歩いてきたの!?」

「全く、何のための治療だと思っている。ほら、おぶってやる」

 再び剣士の声をかき消したやり取りを背中で受けながら、先程までの酔いがスッと引いていく。今入ってきた女が、件のヒーラーだということを理解するのに数秒もかからなかった。

 何気ない会話から、先程までの話が悪い夢でなかったことを理解する。さっきまでの気持ち悪い自罰的思考は、彼らが席に着く前に抱いていた苛立ちへと変わっていた。

 そうだ。いっそ一言、あの女にずばりと言ってやろうか。すっかり絆されてしまった二人にもだ。お前たちはこの街一番のパーティとしての自覚が薄い。街の皆はそろってお前たちに憧れ、そして信頼している。どこの馬の骨とも分からぬ小娘にうつつを抜かしている場合ではないのだ。そもそもどれだけの実力者であっても、長期の治療が必要な者をパーティに入れるべきではないだろう。無期限の休暇を取っているのがその問題点を明瞭に示している。他の雑多なパーティであれば大した話ではないが、お前たちの立場がそれを許すと思っているのか。どうなんだ。

 よし、言おう。言ってやる。剣士は拳を握りこんだ。そして、ライバル剣士たちが会計を済ませようとカウンターに近づいてきたのを見計らって、えいッと立ち上がった。

 魔法使いに背負われた女が目に入る。しわの刻まれた瘦せた体にこけた頬、白髪の髪を後ろにまとめた彼女は、魔法使いの背中に小さな体を預けていた。

 女性はこちらと目が合うと目を細め、目元と口角の皺を深くしながら「こんばんは」とゆっくり告げた。剣士はおずおずと浅い会釈で返した。

「あー、大将ごめん、大きいのしかないや。お釣りお願いできる?」

「構わないよ」

「良ければ私の小銭使いますか」

「大丈夫だって、カナヨってばお駄賃感覚で言ってるでしょ」

「そういうわけじゃないけれど…、でも確かに、皆さんみたいな若い子みてるともぉう孫見てる気分で」

「だったら早く健康になって孝行させてもらわなくっちゃあな」

「違いないね。コウコウムスコってやつだ。…あれ、この場合は息子じゃなくて孫かな?」

 老婆を背負った彼らは談笑に花を咲かせ、楽しそうに飲み屋を後にする。その背中を、剣士は薄く口を開け放したまま見つめていた。

「…勘定済ませる前に、水、飲んどく?」

 店主の言葉に振り返る。店主は目が合うと、少しバツの悪そうな顔で肩を竦めた。

 剣士は少しの間を置いた後、無言で席に着き、空のグラスを突き出した。










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転生者が来てから 低田出なお @KiyositaRoretu

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