その5、スーパー

スーさんが帰り、俺は電源が落ちたようにぐったりと眠った。

目が覚めると、外はすっかり日が落ちていた。

腹が減ったので、近所のスーパーに買い出しに行く。


主婦たちが夕飯の準備に来ているのか、店内は混んでいた。

人混みをみて、俺はどこか安心する。

簡単なレトルト食品を数点かごに入れ、レジへと並んだ。


俺の前には三人ほど並んでいたが、すぐ前にいるおばさんが、

「あっ、あれ忘れた」

と言って俺の顔を見て、

「ごめんなさい。ちょっと、すぐそこにあるヤツ忘れたから、

 カゴ置いていくから、お願い」

と言ったんだ。


要するにレジの列から離脱せずに、

買い忘れたものを取ってきたいということだ。


振り向くと、俺の後ろにも数人並んでいる。

なんとも答えようがなく、苦笑いをしてごまかしてしまった。

おばさんはカゴを置いてその場を離れ、しばらくして青のりを持って列に戻ってきた。


レジのあと、家に帰ろうとスーパーの出入り口に向かう。

出口近くの壁が鏡のようになっていて、疲れた俺の顔が映っていた。

驚くほど顔がやつれている。

無理もないかと思っていたとき、店内から音が、消えた。

まわりのざわめき、店内放送などの音、すべてが消えた。

あれ? と思ったとき、誰かに右肩を、ポン、と叩かれたんだ。


振り向くと、さっきのおばさんだった。

「さっきはありがとね」

おばさんが笑顔で話しかけてきた。

「いえ」とぎこちなく返事をする。

内心、長話になると面倒くさいなと思っていると、おばさんは、俺の耳元でこう耳打ちした。


「すぐには来ないよ。たまずさがとけぬうちは、ねだやしにならないからね」


俺はもう、冷や水を浴びせられたように固まってしまった。

言葉を出そうと思っても、あうあうと口が動くだけで声が出ない。


とっさに見てはいけないものを見たような気がして、視線をおばさんから外す。

そこで、ふと気づいた。

先程の鏡に、俺だけが映っている。

目の前にいるおばさんは、鏡に映っていなかった。

心底、ぞっとした。

何も喋れず、身動きもとれずにいると、おばさんは、スーパーの出入り口に向かって歩きはじめた。

そして出入り口を出た瞬間、扉のガラス越しに、いきなりパッと、消えたんだ。



入り口の透明な扉には、もうおばさんの姿は見えない。

気がつくと店の中には、元のざわめきが戻っている。

遠くのアナウンスで、鮮魚コーナーのタイムセールなどを告知していた。

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