その7、病室
普段乗りなれないバスを乗り継ぎ、俺は病院へと向かった。
婆ちゃんが入院している病院だ。
失踪したと聞いている爺ちゃんのこと、そしてこの呪いの唄のこと。
聞きたいことは、たくさんある。
大きな総合病院の5階の6人部屋に婆ちゃんはいた。
他の入院患者も老人ばかりだったので、ここは高齢者を受け持つ階なのだろう。
昔は当たり前のように家にいた婆ちゃん。
小さい頃に、一緒に遊んだ思い出が蘇る。
その婆ちゃんが今、病室のベッドに寝かされていた。
体からは何本も管が伸び、数個の点滴スタンドに伸びている。
よく来たね、久しぶり。
婆ちゃんは静かに笑ってくれた。
ああ、ちょっと聞きたいことがあってさ。
良い言い方が思いつかなかったから、俺は直球で質問することにした。
この家の呪いの唄のこと。
そして爺ちゃんのことを聞いた。
ベッド横の小さい机、そこに水の入ったコップが置いてある。
コップの水を一口飲むと、婆ちゃんは当時のことを教えてくれた。
晩年、爺ちゃんは好きだった釣りや将棋をぴたりとやめ、呪いの唄のことを、日がな一日調べていたらしい。
ある日の昼。
「分かった。これで呪いは止められる」
何かが分かった爺ちゃんは、婆ちゃんに色々伝えてきたらしい。
ただ、内容が難しく理解できなかった。
「オレは馬鹿だから、爺ちゃんの喋っている内容がよく分からなかったんだよ」
「ただ、爺ちゃんの熱気に押され、分かったふりをして、うんうんと聞いていることしかできなかったんだ」
その晩、爺ちゃんは居なくなったらしい。
そう言って、婆ちゃんは悔やんでいた。
俺はスマホを取り出し、数日前にスーさんが録画した動画を見せてみた。
優しい笑顔で、静かにその動画を見ていた婆ちゃん。
揺れる画面、明かりが漏れる風呂場の扉。
そして、問題の俺の歌声が流れる。
「たまずさが・・・、とけぬうち・・・」
ベッドの横の小さい机から、コップが落ちた。
婆ちゃんの様子がおかしい。
瞳孔は開き、何もない空中の一点を見つめている。
口は、わなわなと動き、枯れ木のような手が小刻みに震えている。
息が荒い、どうしたんだろうと見ていると、両目からボロボロと涙がこぼれだした。
「爺さん、ごめんなさい。私が好きになってしまったばかりに・・・」
突然、婆ちゃんが大きく息を吸うと、わんわん泣き出した。
寝たきり同然の老人とは思えない仕草で、少女のように泣く。
突然大声を上げたので、同室の入院患者が見に来る。
そんなことはお構いなしに、泣きわめく婆ちゃん。
俺は、慌ててナースコールを押した。
慌てた看護師が部屋に入ってきて、婆ちゃんに優しく語りかける。
応援にきた医者は、何か注射を打っているようだった。
婆ちゃんは何かを喚いている。
まるで違うひとのようだった。
応援の看護師に、俺は病室を追い出された。
俺が動画を見せたばかりに、おかしなことになっちまった。
ごめんよ、婆ちゃん。
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