透明な記憶の。

音佐りんご。

ヒナコは濃いめの角砂糖一個ミルク無し、で良かったよね?

 ■□■□■□■□■□■□■

  

  ワンルーム。

  ソファにヒナコが横たわっている。

  その傍らにはテレビを見る男レイジ。

  ヒナコが目覚める。

  

ヒナコ:ん……ぅん……。あれ、私、……さっきまで――。

レイジ:やぁ、おはよう。

ヒナコ:……えっと。

レイジ:ひどく魘されてたみたいだけど大丈夫? 悪い夢でも見た?

ヒナコ:うん、大丈夫、だと思う。悪い夢かは分かんないけど夢じゃ無いよって言われた気がする。まぁでも寝覚めはそんなに悪くないかな。

レイジ:そっか。見たとこ、寝汗びっしょりって感じでも無いもんね。

ヒナコ:そうだね、ただ、なんかちょっと引っかかるなあって。

レイジ:引っかかる? 何が?

ヒナコ:何が、って言われるとうまく言えないんだけど、とにかく引っかかるんだ。なんて言うんだろ大きくて透明の箱を手に持ってて、私は扉から部屋の外に行こうとするんだけど、箱が大きすぎて外に出られない、みたいな。でも、箱がどれくらい大きいのか全然分からなくて、引っかかってることにもなかなか気づけない。そんなものを置いてきて、私は今ここにいる、みたいな。

レイジ:ふうん? あ、そうだ。コーヒー淹れようか。きっと目が覚めると思うよ。ちょっとは落ち着くだろうし。ヒナコは濃いめの角砂糖一個ミルク無し、で良かったよね?

ヒナコ:……あ、うん、ありがとう。

レイジ:ふふふ。気にしないで。僕が好きでやってるだけだから。

  

  レイジ、立ち上がるとヤカンに水を入れ、火にかける。

  

レイジ:それにしても、大きい箱かぁ。その中には何が入ってるんだろうね?

ヒナコ:え? 透明な箱、だから何も入ってないんじゃないかな? でも、喩えだし、特に意味は無いよ。夢が思い出せない時の感覚ってそんな感じじゃない?

レイジ:ヒナコの感性は独特だからね。僕はあんまり夢をそんな風に捉えられないかな。それにほら、僕ってあまり夢見ないから。だから、感覚が掴みづらいのかも。例えば、コーヒーを普段から飲まない人に、コーヒーの香りが味とは別に口の中に広がっていく感覚を伝えようとしても駄目じゃない? あーでもなんだろ、こういうの。鳥の羽ばたき方とかムカデの歩き方みたいな。

ヒナコ:私の夢はムカデ、ってこと?

レイジ:あーその表現はすごい失礼な感じするんだけど、やっぱり丁度良さそうだね。僕には夢を見る目が無いからやっぱり分からないんだよ。

ヒナコ:夢って目で見るものなの?

レイジ:さぁ、どうなんだろうね? 見るって言うくらいだから目で見てるんじゃない? こう、瞼の裏にスクリーンがあって、そこに見たいものが映し出される、とか。

ヒナコ:見たいものが? どうして? 夢なんて好きに見られるものじゃ無いと思うんだけど。

レイジ:フロイトがそんなことを言ってなかったっけ? その人の深層にある欲望が夢の中で現れる、みたいな。

ヒナコ:でも、それって厳密には見たいものなんじゃ無くない? それこそ、ムカデの歩き方を見たいっていう欲望が私の中にあったとして、私がムカデの足の数を知らなかったら、それは、本当に見たいものを見れてないってことなんだからさ。

レイジ:そんな不思議な欲望を持った人がいるなら見てみたいところだけどね。

ヒナコ:私は見てみたいけど。

レイジ:そ。じゃあ、僕の夢が一つ叶ったわけだ。

ヒナコ:ああ、夢って、そっちの夢のことね。そっちの夢も、見てみたいこと、だもんね。

レイジ:ただしこっちの夢は瞼の裏のスクリーンじゃ無くて現実に投影されるんだけどね。でも、夢の叶い方は選べないからね。例えばさ、君が大事な試合を控えた……そうだねボクシング選手だったとする。

ヒナコ:ボクシングなんてやったこと無いんだけど。

レイジ:あったらビックリするけどね。ともかく、君はボクシング選手だ。

ヒナコ:私がボクシング選手? いや、負けるでしょ。小学生にも負けそうな自信あるよ。ジャブなんて打てないし。

レイジ:はは。そうかも知れないね。でも、君は負けたくない。

ヒナコ:そりゃ闘う以上は負けられないでしょ。大事な試合だしね。

レイジ:そう、とっても大事なんだ。君はこの試合に負けたらタイトルを剥奪されて、恋人と約束した婚約が破棄されてしまうんだ。

ヒナコ:いや、私タイトルホルダーなの? 結構強いんじゃないの? ていうか、婚約してるし。

レイジ:だから、負けられない。この時の君の願いは負けたくない。だ。

ヒナコ:そりゃそうでしょ。

レイジ:そうだね。夢はきっと君の願いを叶えてくれる。……で、どうなると思う?

ヒナコ:そりゃもちろん、私は夢の中で試合に勝つ。

レイジ:いいや、違うね。

ヒナコ:え? どうして? それが私の願いの筈だよね?

レイジ:そうじゃないよ。君の願いはただ一つ。負けないこと。だ。それを叶える一つの方法がまだあるはずだよ? もっともネガティブな方法が。

ヒナコ:うーん……。あ、分かった!

レイジ:なんだい? 言ってごらん?

ヒナコ:対戦相手を毒殺する!


  間。


ヒナコ:あれ? 違う?

レイジ:ネガティブというか、タブーだね。まぁそういう夢を見ることもあるよね。別れたくない最愛の恋人を殺すとか。あー、でもそっちはあるかもね。婚約者を殺す夢を見る、とか。で、気が付いたら本当に……なんてね。

ヒナコ:やめてよ、私、ジェニファーにそんなことしないって。

レイジ:ジェニファー? その子どんな子?

ヒナコ:ちょっと巻き毛のブロンドで、目がくりっとしてて、唇が笹舟みたいな形で、胸が大っきい筋肉もりもりの女の子?

レイジ:あー、成る程、ジェニファーって感じだ。

ヒナコ:いや、適当でしょ? ちゃんとイメージしてる?

レイジ:まぁ、僕はジェニファーにあったこと無いからね。

ヒナコ:私も無いけど。でもイメージくらい出来るでしょ。

レイジ:ああ、モンタージュ的なことなら出来るかもね。夢の中の登場人物ってわりとそんな感じだよね。親友のハヤトくんの目元と、お父さんの唇、俳優の誰それの輪郭。みたいな。人の容姿だけじゃ無くて、組織とかもそんな感じで、同じクラスに知り合いだけじゃなくてアイドルや政治家がいたり、担任の先生がジェニファーだったり。

ヒナコ:どんな学校、それ。

レイジ:夢の中だから、整合性なんてとれてなくても良いんだ。足が三本の猫とか、普通にいるでしょ。例えば夢の中の好きな子の姿なんてもしかしたら頭と手足と胸があれば上出来かも知れない。

ヒナコ:あー、頭足人だっけ。小さい子がよく描いてるやつ。

レイジ:そうそう。人間を初めて認識する時は顔と手と足くらいしか印象に残らないんだろうね。逆にそれさえ抑えておけば人間として認識できるわけだ。大人になってくると鎖骨のところにあるほくろとか、お尻のあざなんかが気になったりもするんだろうけどね。

ヒナコ:あー、それはあるかもね。私も細かいところまでは分からないけど、友達のことほくろで認識してるし。

レイジ:強く印象に残る部分が全体になり、全体が部分になる。そういうものなんじゃないかな。

ヒナコ:夢を見ないわりには詳しいね。

レイジ:見ないから、かな。僕自身は見ないから理屈を知ろうとするというか、観光地とかだとそこに住んでる人よりも歴史に詳しい観光客っているじゃない? 僕はそんな感じ。夢の観光客。

ヒナコ:ああ。成る程ね。恋人いないのに、デートスポットに詳しかったり、性知識が豊富な中学生みたいな。

レイジ:喩えに悪意があるね。

ヒナコ:そんなこと無いと思うよ?

レイジ:あ、コーヒー出来たよ。

  

  レイジ、ヒナコの前にコーヒーを差し出す。

  

ヒナコ:あ。ありがと。

レイジ:召し上がれ。

ヒナコ:……ん。美味しい。

レイジ:それは良かった。

ヒナコ:確かに、口の中に広がるね。香りが。

レイジ:どう? ムカデの感覚は。

ヒナコ:ムカデはコーヒー飲まないでしょ。

レイジ:まぁね。カフェインは自然界で毒だからね。コーヒーを好んで飲む生き物なんて人間くらいだろうね。

ヒナコ:人間の文化って、お茶やお酒で出来てる。なんて言うもんね。

レイジ:だとすると人間の文化は毒の文化だね。

ヒナコ:対戦相手を殺すの?

レイジ:仲良くなるために毒を振る舞うんだよ。毒も使い方によっては薬になるんだから。

ヒナコ:それは確かにそうだよね。

レイジ:思えばボクシングもそうさ。

ヒナコ:現代社会においては、わざわざ殴ったり殴られたりする必要なんて無いのに、殴ったり殴られたりすることを進んでやるんだから、毒と言っても過言じゃ無いかもね。

レイジ:そうだね。コーヒーもボクシングも同じ訳だ。同じ文化で、同じ毒だ。試合のことをゲームと言うけど、電子遊技のゲームも散々毒だって言われてきたよね。

ヒナコ:随分変な言い回しだね。電子遊技って。古めかしい。

レイジ:コンピューターを電脳なんて言うけど、脳も電気信号で情報伝達するんだから電脳だよね。

ヒナコ:じゃあ、ゲーム脳って何なの?

レイジ:頭の中をコンピューターゲームに作り替えることなんじゃ無いかな?

ヒナコ:それはなんか毒っぽいね。

レイジ:そうだよ、文化さ。脳にゲームの基盤をぶち込む。みたいな。ゲームをやめろという大人は、血管にアルコールを流し込んだりニコチンを吸引したりカフェインを摂取するのをやめてから言ってみてほしいものだね。あと、甘いものも同じかな。

ヒナコ:甘いもの?

レイジ:君のコーヒーに入ってる角砂糖は一個だけど、ヒナコが砂糖を欲しがった理由は、コーヒーが苦いからじゃ無くて砂糖が欲しかったからでしょ?

ヒナコ:別に欲しがってはないよ? コーヒーも砂糖も勝手にいれたんじゃん。

レイジ:でも、欲しかった。違う?

ヒナコ:違わないけどね。

レイジ:夢は本人が叶えて欲しいかどうかなんて関係なく、欲しいと望むことを叶えてくれるんだよ。腹痛や急病で試合を欠席するボクサーみたいにね。

ヒナコ:そんなことしたらジェニファーと結婚できないじゃん。

レイジ:或いは結婚なんてしたくなかったのかも。

ヒナコ:え? そうなの?

レイジ:さぁ? どうなんだろうね。でも、負けはしなかった。不戦敗は試合の上では負けだけど。殴ったり殴られたりっていう毒を摂取しない限りはボクシングじゃないんだから、実質負けてないようなものだよ。願いは叶ってる。

ヒナコ:猿の手みたいな話?

レイジ:そうだね、でもそれで言うと君は多分死ぬことになるけどね。

ヒナコ:叶え方を問わないとそうなるんだよね。

レイジ:終わりよければ全て良しなんて言うけど、大事なのは過程だよ。

ヒナコ:ヘリコプターで山頂に行っても達成感は無いもんね。

レイジ:まぁ、ヘリコプターに乗れるって、普通に山登るよりすごい気はするけどね。

ヒナコ:それは確かに。

レイジ:一度床にたたきつけられた美味しいフライドチキンと、クリーンルーム内で作られたマズいフライドチキン、どっちの方が食べたい? みたいな話だよね。

ヒナコ:それは前者かな。

レイジ:それはどうして?

ヒナコ:どうせ生きてたら雑菌とか埃なんて死ぬほど食べるんだし、カフェインやアルコールみたいなものだよ。マズいメシを食べるくらいなら、私は死ぬ。

レイジ:そうだね、結局のところなんで人が毒を摂取するのかっていうと、それが美味しいからだよ。それか、それが気持ちいいか。

ヒナコ:殴られることが? 殴ることが?

レイジ:どっちも気持ちいいんじゃ無いかな。

ヒナコ:変なの。

レイジ:変だよ。でもそういうものなんだろうね。

ヒナコ:気持ちいいことは毒で文化?

レイジ:そこまでは言わないけど。でも、毒は一つの快楽なんだと思うよ。

ヒナコ:それを聞くと薬物の話みたいになってくるね。

レイジ:実際、あれは毒の最たるものだろうからね。体を蝕むことと引き替えに快楽を得る。

ヒナコ:快楽には代償が必要ってこと?

レイジ:代償こそが快楽だよ。

ヒナコ:副作用が主作用に勝るの?

レイジ:そうだよ。例えば夢はそうじゃないかな?

ヒナコ:夢?

レイジ:夢は脳の記憶の整理だからね。夢は目が見るんじゃ無い。脳が見るんだよ。それがゲーム脳なのか、薬物で萎縮した脳なのかは知らないけどね。

ヒナコ:瞼の裏に見るって言ってたじゃん。

レイジ:ああ、瞼の裏にも夢を見るよ。でもそれは見たい夢の話だ。

ヒナコ:見たい夢?

レイジ:見たくなければ目を開けば良い。目を逸らせば良い。現実に目を向ければ、夢から目を逸らせば、それで見なくて済むんだから。

ヒナコ:ああ、そっか。目を開けて起きてさえいれば、夢は見なくて済むんだ。

レイジ:でもね、脳が見る夢はそうじゃないんだ。

ヒナコ:脳が見る夢?

レイジ:見たくない夢さ。これまでにしてきた失敗や後悔を脳は忘れないんだ。

ヒナコ:どうして? 嫌なことは忘れたいでしょ。

レイジ:例えばさ、淹れ立てのコーヒーを君は一気に飲み干せるかい?

ヒナコ:無理。

レイジ:どうして?

ヒナコ:そんなことしたら火傷するもの。

レイジ:じゃあ、君は眠る前にはトイレに行くかい? 大量の水を飲んだりするかい?

ヒナコ:そりゃいくよ。寝る前はそんなに飲まないし。

レイジ:どうして?

ヒナコ:……。お漏らしするから。

レイジ:過去にした恥ずかしい思いや痛い思い、そんなのを君が憶えているから。

ヒナコ:脳が忘れてくれないから?

レイジ:そういうことだね。過去は未来に繋がっていくんだ。脳が願いを叶える為に。

ヒナコ:そっか。じゃあ。もしかして。

レイジ:ヒナコ。

ヒナコ:私が置いてきた大きくて透明な箱は。

レイジ:ねぇヒナコ。人間はどんなことを忘れると思う?

ヒナコ:……それは、良いこと?

レイジ:さぁ、良いことも憶えていると思うよ。毒を摂取するのだって、そうでしょ、それを含んで幸せになれた気がしたからだ。コーヒーをまた飲みたいって思うでしょ?

ヒナコ:それは。そう、何だか飲み慣れた感じがするし。

レイジ:欲しいものを手に入れ、嫌いなものを遠ざける為に、記憶の取捨選択をするんだ。それは望むと望まざるとに関わらず、生きるために行われるんだよ。

ヒナコ:ねぇ、ずっと分からないことがあったんだけど。

レイジ:どうしたの?

ヒナコ:これってもしかして、夢の中?

レイジ:どうして、そう思うんだい?

ヒナコ:だって、だって、だって、

レイジ:だって?

ヒナコ:だって、私、あなたのことを、

レイジ:僕のことを?

ヒナコ:あなたのことを、知っているのに、

レイジ:知っているのに?

ヒナコ:ちぐはぐで、

レイジ:モンタージュみたいで?

ヒナコ:部屋だって見覚えが無いのに、違和感が無くて、

レイジ:整合性はね、無くても良いんだよ。

ヒナコ:今まで話したことだって、知るはずの無いようなことなのに知っていたり、ねぇあのテレビ。

レイジ:テレビがどうしたの?

ヒナコ:ずっとニュース流れてるけど。

レイジ:うん、そうだね。

ヒナコ:あのキャスターが十秒後になんて言うか分かるよ。

レイジ:当ててみて。

ヒナコ:組織犯罪処罰法違反に問われています。

レイジ:ふぅん。

ヒナコ:検察側は――

レイジ:すごいね、合ってる。

ヒナコ:最終弁論は――

レイジ:デジャヴュだね。

ヒナコ:違う、知ってる。あなたが今から占い師の話をすることも分かる。

レイジ:すごい、占い師みたいだ。

ヒナコ:メンタリストでも無い。

レイジ:そうだね、メンタリストみたいだ。

ヒナコ:脳外科医でも精神科医でも探偵でも無い。

レイジ:もちろん、

ヒナコ:あなたの、

レイジ:僕の、

  

ヒナコ:恋人でも無い

レイジ:恋人でも無い

  

レイジ:やぁ、すごいな。そこまで思い出したんだ。

ヒナコ:でも何かが思い出せない、それは何?

レイジ:さぁね、それは君にしか分からない。

ヒナコ:ねぇ、これは夢なの?

レイジ:ふふふふ。ふふふふふ。ふふふふふふふ。

ヒナコ:何がおかしいの?

レイジ:ああ、ごめんね、特に意味は無いんだ。笑わないといけないから笑っただけ。

ヒナコ:どういう意味?

レイジ:さて、そろそろかな?

ヒナコ:何が。…………あれ? なんだか、意識が。

レイジ:コーヒーはクセになるよね、美味しかった?

ヒナコ:……美味し、かった。

レイジ:それはよかった。

ヒナコ:あなたは、誰?

レイジ:ふふふ、ふふふふふ、ふふふふふふふふふ。

ヒナコ:あ、あああ。ああ……。

レイジ:何か思い出した? でも、箱は置いていかないとね。

ヒナコ:う、あぁ……。

レイジ:あ、そうそう。ヒナコさん、これから見るのは夢じゃ無いよ。

  

  ヒナコ、眠りに落ちる。

  

レイジ:おやすみ。よい夢を。

  

  □■□■□■□■□■□■□

  

  ワンルーム。

  ソファにヒナコが横たわっている。

  その傍らにはテレビを見る男レイジ。

  ヒナコが目覚める。

  

ヒナコ:ん……ぅん……。あれ、私、……さっきまで――。

レイジ:やぁ、おはよう。

ヒナコ:……えっと。

レイジ:ひどく魘されてたみたいだけど大丈夫? 悪い夢でも見た?

ヒナコ:うん、大丈夫、だと思う。悪い夢かは分かんないけど夢じゃ無いよって言われた気がする。まぁでも寝覚めはそんなに悪くないかな。

レイジ:そっか。見たとこ、寝汗びっしょりって感じでも無いもんね。

ヒナコ:そうだね、ただ、なんかちょっと引っかかるなあって。

レイジ:引っかかる? 何が?

ヒナコ:何が、って言われるとうまく言えないんだけど、とにかく引っかかるんだ。なんて言うんだろ大きくて透明の箱を手に持ってて、私は扉から部屋の外に行こうとするんだけど、箱が大きすぎて外に出られない、みたいな。でも、箱がどれくらい大きいのか全然分からなくて、引っかかってることにもなかなか気づけない。そんなものを置いてきて、私は今ここにいる、みたいな。

レイジ:ふうん? あ、そうだ。コーヒー淹れようか。きっと目が覚めると思うよ。ちょっとは落ち着くだろうし。ヒナコは濃いめの角砂糖一個ミルク無し、で良かったよね?

ヒナコ:……あ、うん、ありがとう。

レイジ:ふふふ。気にしないで。僕が好きでやってるだけだから。

  

  レイジ、立ち上がるとヤカンに水を入れ、火にかける。

  

      《幕》

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