クソみたいな究極の選択。

音佐りんご。

クソみたいな未来のために。

 ◇◆◇◇◆◇


  街道が走る草原、その真ん中。

  街道の脇から、草原に佇む例のブツを見つめるエリオとカリス。


カリス:なぁエリオくんよ。

エリオ:なんだよカリスちゃん。

カリス:やめろきしょい、ちゃん付けすんな。

エリオ:ならお前もくんとか付けんな。で、何?

カリス:あんた、神って信じる?

エリオ:神? 信じたことはねぇな。

カリス:へぇ。

エリオ:祈ったことは死ぬほどあるけど。

カリス:あーね。今も祈ってたりする?

エリオ:どう思う?

カリス:祈っちゃってるね。

エリオ:……で、神がどうしたよ、カリスさん。

カリス:カリスさんは思うんだ。

エリオ:何を?

カリス:神さんってのはとんでもねぇクソッタレだってな。

エリオ:クソッタレかぁ、まぁ言いたいことは分かる。

カリス:ありがとよ。

エリオ:分かるけどよ、目を背けてても仕方なくね。

カリス:背けてんのは目というか鼻というか。

エリオ:現実を直視しなきゃ。

カリス:神さんの垂れたクソを?

エリオ:なぁ、カリスさんよ。

カリス:何だよ?

エリオ:このきったねぇ話やめない?

カリス:まぁ、激しく同意するが、やめて良いのこれ?

エリオ:そうだなぁ。

カリス:マジどうするよ、アレ。

エリオ:アレなぁ。

カリス:伝説級のアレなんだろ?

エリオ:まぁ、色んな意味で伝説級だな。見るの初めてだし。

カリス:嗅ぐのは?

エリオ:もっとねぇわ。

カリス:初体験か。

エリオ:嫌な初体験だなぁ。

カリス:ていうかやっぱ試されてるよなぁアレ。

エリオ:あー……アレなぁ。

カリス:そう、アレ。


  間。


エリオ:ドラゴンのアレなぁ。

カリス:どうするよ。

エリオ:どうするっつっても、ドラゴンのアレだぜ?

カリス:ドラゴンのアレかぁ。

エリオ:うーん、これはやっぱアレだわ。

カリス:エリオさん、アレじゃ分かんねぇよ。

エリオ:もう、すっごいね、アレがレアっていうのはそうなんだけどさ?

カリス:アレがレアって何だよ。はっきり言え。

エリオ:うーん、ちょっとこれだけはなぁって感じ。

カリス:ラーゼンフォルグの街で随一。名うてのトレジャーハンターで知られるエリオ・マルリスをして二の足踏ませるたぁ、噂以上の逸品ってことは間違いないんだよな?

エリオ:まぁ、それはさ? レア度だけ見ればラッキーついてるー! ミラクルー! 手のひらくるー?

エリオ:って感じなんだけどねぇ。

カリス:何そのテンション。低いの高いの?

エリオ:いやぁ、高い筈なんだけどよ? 伝説目の当たりにしてるわけだしな。マジ運気ヤベー、確変来たーって感じ……なんだけどよ?

カリス:運気、ねぇ。なら素直に喜べよ、鼻曲がったみたいなそんなツラしてないで。

エリオ:いやぁ、そんな顔してる?

カリス:してる。

エリオ:お前もな。

カリス:マジか。

エリオ:いやぁ、でもね?

カリス:でも?

エリオ:トレジャーとしてのレア度はさておき、アレ度も高い訳ですよ。

カリス:アレ度とは?

エリオ:こう、何か感じない?

カリス:何? セクハラ?

エリオ:俺はお前みたいなガチムチにセクハラしねぇよ。

カリス:それこそ紛う事なきセクハラだろ。ワガママボディと呼べ。

エリオ:そんな一切のワガママを許さない強靱なボディ誇っといてよく言うよ。

カリス:誇るほどのもんじゃ無いさ。ただ鍛えただけだしな。おっぱいを。

エリオ:謙虚か。そしてそれはもはやおっぱいと呼べねぇナチュラルに筋肉の塊だわ。

カリス:何? セクハラ?。

エリオ:セクハラじゃねぇ、素直な賞賛だわ。ただ鍛えただけでそんな言い難い程良いガタイになってたまるか。

カリス:急に褒めんなよ、照れる。

エリオ:もっと誇れよカリス。

カリス:そんなもん全部、強い身体に生んでくれた母上の手柄だろ。

エリオ:母上て。お前顔も知らねぇだろうが。

カリス:そうさ、母上とは生んでもらっただけの縁よ。

エリオ:何回も気軽に聞いたけどよ、それ普通にめっちゃ重い話だよな。

カリス:今時珍しくもねぇさ。エリオ?

エリオ:……ま、そうだな。

カリス:でも、私思うんだ。

エリオ:何をだよ?

カリス:その一瞬で貰える物は全て貰ったんだ。

エリオ:お前やっぱ健気だわ。

カリス:顔も知らない母上よ。カリス・レ・ヴォーチェは元気にトランスポーターやってます。

エリオ:泣かせるじゃねぇかよ、カリス。

カリス:それでも、やっぱ会いたいとは思う訳ですよエリオさん。

エリオ:いや、分かるけどよ。

カリス:その為にはさ、やっぱ、先立つものが必要なわけですわ。

エリオ:急に改まって身の上話始めたから何かと思ったらそういうことね。回りくどいよカリスさん。

カリス:ぶっちゃけそういうことではあるんだけど切っ掛けはあんたのセクハラだろ?

エリオ:いや、違うよ?

カリス:どうだい、感じるか、カリス……! OH! OH! YEAH! って。

エリオ:いや、ニュアンスおかしいだろうがよ。

カリス:HAHAHA! 冗談さ。

エリオ:いや、冗談じゃ無くてさ。

カリス:お母様、笑顔の絶えない職場です。

エリオ:もういいわ。じゃなくてうん、こう……うん、こう……。

カリス:うん……こう? なんだ?

エリオ:感じない、うん、香気がね、うん、ここまでね、かほりが、もうね。

カリス:かおりって誰よあんた!

エリオ:やめろ世界観が崩れる!

カリス:それはうん、困っちゃうわ。

エリオ:だろ? 実際結構離れてても、アレがね。スメルがね。するわけですよ。

カリス:ああ、ヤバい臭いがプンプンしてらぁ。

エリオ:いや、だからこそ見つけられたんだけどさ。

カリス:あー存在感半端ねぇもんな。オーラが違う。

エリオ:いくら街道からドが付くほど近くとは言っても、普通のブツだったら見落とすよな。

カリス:ま、そもそも普通のブツだったら見て見ぬフリだしな。

エリオ:それな。なんでこんなとこにどうも旅人です。みたいなノリでかましてんだって感じではあるんだけど。

カリス:それな

エリオ:ドラゴンだろお前。バレてねぇと思ってんのか。

カリス:バレねぇと思ったんだろ。

エリオ:マジ、どういう経緯でこんなことになったんだよ。

カリス:やっぱアレじゃ無い?

エリオ:どれだよ。

カリス:自分のアレのソレって気付かないもんなんじゃね?

エリオ:あーね。でもなんでこんなとこにあるのさ、秘境に住んでるやつのブツが。

カリス:例えば人に化けてたとか。

エリオ:あー……あり得る?

カリス:無い話じゃ無いと思うよ。実際ドラゴンが人に化けてなんかやったとかそういう説話も結構あるしな。

エリオ:あーあるね。聞いたことあるわ。求婚したり嫁入りしたり。たまに人の子として育てられたり。

カリス:あるなそういうの。そうそう。ドラゴン倒して囚われていた絶世の美女と結婚したけど実はその美女は化けたドラゴンだったとかね。

エリオ:え、その話知らねぇな。

カリス:しっかりしろよトレジャーハンター様? こういう伝説漁っておまんま食ってんだろあんたは。

エリオ:まぁ、そうなんだけどさ。ていうかカリスさん案外インテリですのね?

カリス:案外ってなんですの。エリオさんったら、私が『ラーゼンフォルグの才媛』と謳われていることをお知りではなくって?

エリオ:エリオさんがお知りなのは『ラーゼンフォルグの最終兵器』と噂されてるカリス・レ・ヴォーチェ様ですことよ。

カリス:あら、存じませんわね。その方は素敵なイケメンでして?

エリオ:まぁ、言い難いほど良いガタイって感じだから素敵ではあるわな。

カリス:あらやだ。

エリオ:それはさておき、ドラゴンを倒した英雄と、ドラゴンが化けた絶世の美女か。子供とかいんのかね?

カリス:そもそも、強い子孫を残すためにそういう試し行為してたって話だしね。国滅ぼしたりして。

エリオ:それ、試し行為って言わねぇだろ。

カリス:ドラゴンは愛の深さより純粋な強さを求めるからね。

エリオ:はー。いつの世も、どの種族も女ってのは怖いねぇ。

カリス:まぁ、それが自然の摂理さ。

エリオ:そんなおっかねぇ女の子孫がこの世界には居るんだなぁ。

カリス:居るだろうさ。実際、私にもドラゴンの血流れてるしね。

エリオ:へー。


  間。


エリオ:マジ?

カリス:いや、冗談だけど。

エリオ:冗談かよ。一瞬信じたわ。

カリス:そもそもパッパもマッマも知らねぇんだから分かるはず無いだろ?

エリオ:言われてみればそうか。

カリス:ちなみに件の美女は最終的に正体がばれて退治されちゃうんだけどね。

エリオ:悲恋か。

カリス:ドラゴンから見ればね。

エリオ:なんだかやるせない話だな。なんで正体に気付いたんだ?

カリス:あー、それな。詳しく書かれてないんだよ。

エリオ:へー。

カリス:何か、違和感を覚えたというか、怪しい気配を感じて、見るなと言われてた嫁さんの水浴びを覗きに行ったら……みたいな。

エリオ:あー、よくあるなそういうの。

カリス:あるよなー。

エリオ:……ていうか、ドラゴンのアレ見つめながら何クソ真面目な話してんだよって話だよな。

カリス:いやいや、でも私はこの説話と出会ってから抱いていた長年の疑問の答えをここで見つけた気がするよ。

エリオ:は? どういうこと?

カリス:水浴びってぼかしてるけどさ、違うんじゃ無いかって思う訳よエリオさん。

エリオ:え、何? 正直聞きたくないんだけどカリスさん。

カリス:怪しい気配っつうか、まぁぶっちゃけ怪しい臭いだったんだろなって。

エリオ:いやいや。

カリス:すっごい臭かったんじゃね?


  間。


カリス:だから、まぁその、気付いたのはほんとに事故だったんだろうなって。

エリオ:バレる理由がアレの匂いがヤバかったとか嫌すぎるわ。

カリス:まぁ夢ぶちこわしだよね~。

エリオ:夢もクソもねぇってこれ。

カリス:寧ろクソでしかねぇだろ。

エリオ:何この無駄に壮大でクソみてぇな会話、やめようぜ。

カリス:でもさ、この臭いそれだけの説得力無い?

エリオ:もうお前この説学会で発表しろよ。

カリス:いやいや、ドラゴンとはいえ相手は乙女な訳ですよエリオさん。

エリオ:それはそうだけどさ? これ大発見じゃ無い?

カリス:大、発見って感じだけどな。

エリオ:やかましいわ。

カリス:でも、もしこの秘匿されるべき事実が白日の下に晒されたとしたら、ショックで文明ごと大陸丸焼きにするかもじゃない?

エリオ:そいつはやけくそだな。

カリス:やけくそにもなるよそりゃ。

エリオ:はー。だから水に流そうってか?

カリス:まぁ、この説話がこういう形で遺ってるってことは例の英雄も水に流したのかも知れないしさ。

エリオ:なるほどな。お互いにとって悲劇ではあるけれど円満離婚なわけだ。

カリス:下手に怒り狂って全部燃やしたりしたら、そのままの形で衆目に晒される訳だしよ。

エリオ:成る程、やけくそが狼煙になる感じか。

カリス:だからこれは私達の胸の中にしまっとこうぜ。

エリオ:……そうだな。

カリス:ちなみにエリオさん。

エリオ:なんだいカリスさん。

カリス:この話、意外と有名だからたまに旅芸人が演劇の演目としてこの悲劇を上演してるって話だけど、絶対に笑うなよ? 変な空気になるから。

エリオ:いや今言うそれ!?

カリス:まぁ、それはさておき。

エリオ:さておけるかよ。

カリス:目の前の大、発見はどうする?

エリオ:大、発見言うなよ。

カリス:やっぱ迷うかい? あんたでも。

エリオ:俺でもそりゃな。あんな話した後だしよ。

カリス:格別に悲劇的な臭いだもんなぁ。

エリオ:あー、うーん、こいつはどうしたもんか……。

カリス:しかもさ、これ。

エリオ:うん。

カリス:特大だよね。

エリオ:特大の発見だな。

カリス:でもこれさぁ。結構なレアなんだろ?

エリオ:ああ。確実に良い稼ぎになるぜ。間違いなく。

カリス:噂には聞いてたけど、やっぱそうなんだ。でもどうしてそんなに価値があるのさ? レアなのは分かるけど。

エリオ:ドラゴンってのはよ、大地の底とか噴火口とか海の底とか、超絶ヤバい獣がうじゃうじゃしてる秘境の奥地とか、まぁ絶対人間じゃ入れないやべぇところに住んでるんだよ。

カリス:件のドラゴンも深い深い洞窟の奥に潜んでたって話だしな。

エリオ:そうそう、それで、岩でも怪物でも大抵のもんは何でも食うんだよ。

カリス:へぇ。強靱な胃袋してるんだね。……ああ。そういうことね。

エリオ:そうだ。ドラゴンはかなりレアなもん食ってる。

カリス:そこから出てくるアレがめっちゃアレでレアなアレなのはそういう理屈か。

エリオ:このサイズだったらそうだな、王都の貴族街に公爵ばりの屋敷建てて孫の代まで余裕で遊んで暮らせるレベルだと思う。

カリス:すっげー。でも貴族からすっげー顰蹙買いそう。

エリオ:顰蹙どころか爵位も買えるぞ。

カリス:まじか黄金じゃん。

エリオ:ああ黄金だよ冗談抜きで。いや黄金以上か。

カリス:なら迷うことあるかよ? 何でも手に入んだろ?

エリオ:それはそうなんだけど。分かるだろ?

カリス:何が。

エリオ:いや、既にやっぱ吐きそうなんだよ。お前もそうだろ?

カリス:まぁ、それはよ……。

エリオ:ドラゴンは何でも食う。レアなもんいっぱい食う。アレなもんもいっぱい食う。それ故にこのザマだ。これ以上近づける気がしないだろ。

カリス:まぁでも、全部吐いたらいけるだろ。

エリオ:無茶苦茶か。

カリス:無茶苦茶するだけの価値はあるんだろ。

エリオ:まぁそうなんだけどよ。でもよ、ちょうど持ってないんだよ。

カリス:何を?

エリオ:袋とかそういうの。

カリス:袋なんてお前……、あ、依頼品。

エリオ:そう、半ば忘れてたけど俺達は依頼されてたスベロピアの秘薬の材料を運ぶ途中だ。

カリス:あったなそんなの。でも捨てりゃ良いだろ。価値は雲泥の差だ。

エリオ:できるか馬鹿野郎。まぁ確かに依頼されてた薬にさほど価値はねぇよ。報酬も少ねぇ。

カリス:なら良いじゃ無いか。

エリオ:けど……。

カリス:けど?

エリオ:こいつがねぇと、死んじまうやつがいるんだよ。そういう依頼だ。

カリス:あ……。

エリオ:あまりの大発見に……。発見に。

カリス:言い直すのかよ。

エリオ:今シリアスな場面だからよ!

カリス:せやな。

エリオ:目が眩んじまったけど、それはトレジャーハンターとして、人としてやっちゃ駄目だろ。そんなことしたら俺達はクソ野郎だ!

カリス:ブフッ!

エリオ:おい、今大事な話してんだよ!

カリス:ドラゴンのアレの前でな。

エリオ:ああ、そうなんだよな畜生が!

カリス:分かったよ、エリオさんよ。だったら、捨てるのは無し。依頼は達成しよう。

エリオ:ああ。

カリス:なら、こんなところで道クソ食ってられる時間もそう長くないんじゃ無いのか?

エリオ:道クソてなんだ、道草だろうが。

カリス:あは、素で間違えたわ。

エリオ:でもその通りだよな。決断しないとな。

カリス:ちゃっちゃと依頼済まして、取りに戻るのは?

エリオ:駄目だ。街道沿いでこの臭いだ他の奴らにすぐ見つかっちまう。

カリス:それはそうか。

エリオ:どうしたもんか。

カリス:あ、お前アレ持ってるよな。

エリオ:アレ?

カリス:冒険者の何でも入る貴重なバッグ的なやつ。

エリオ:……あ、あ、あるけどよあれは駄目だ。

カリス:何でだよ?

エリオ:秘薬の材料入ってんだぞ!? それ以外にも色々入ってるけど!

カリス:それがどうした!

エリオ:いや、流石に人に飲ませるもんと一緒にドラゴンのアレ入れんのはマズいだろ!

カリス:馬鹿、話は最後まで聞け。

エリオ:え?

カリス:取り敢えず秘薬の材料出せ。

エリオ:どうするんだよ……?

カリス:私が持つ。

エリオ:え、何十人分だから結構あるぞ!

カリス:私の職業言ってみろ。

エリオ:トランスポーター。

カリス:私の体型言ってみろ。

エリオ:ワガママを許さない言い難いほど良いガタイ。

カリス:つまり、何も問題は無い。

エリオ:ぐ……っ! ほ、他の荷物は? 置いていくのか! 結構大事なもんもあるぞ!

カリス:木箱あったろあれに詰めてその辺に埋めてあとで取りに来りゃ良いだろ。

エリオ:いや、でもそんな穴どうやって……。

カリス:ツルハシ貸せ。どうせ持ってんだろトレジャーハンター。私のガタイなら楽勝だ。

エリオ:う、うう……。

カリス:ほら、早くしろ。依頼人が待ってるし、ここを通りがかる他の旅人は待ってくれねぇぞ。

エリオ:で、でもさ、これ、買ったばっかのバッグなんだよね。

カリス:知ってる。

エリオ:しかも、俺が買ったんだったらさ、まぁ喜んで入れるよ?

カリス:なら喜んで入れろや早く。

エリオ:いや、喜んでは入れないけど。

カリス:何が言いたいんだよ。

エリオ:これさ、買って貰ったやつなんだよなぁ。

カリス:それで?

エリオ:例えばそれがさ、母ちゃんが買ってきたとかだったらよ? 喜んで入れるよ?

カリス:なら喜んで入れろよ。

エリオ:いや、喜んでは入れないし、そもそも俺かーちゃん居ないけどよ。

カリス:……知ってるよ。それで?

エリオ:いやこれ、愛しいあの子からのプレゼントなんだよな。実は。

カリス:あ? 嬉しそうだな、自慢か。

エリオ:マジ嬉しい。自慢の逸品って訳よ。

カリス:ああ知ってる、あの顔がやたら良くて筋肉フェチのリーネだろ?

エリオ:あ、知ってたんだ。ていうか、何その評価。

カリス:前にのろけてただろうが。俺の大胸筋にベタ惚れだとかって。

エリオ:そうだっけ?

カリス:っは。お前より私の方がすごいけどな。

エリオ:張り合うなよ……。さておき、今幸せの絶頂な訳よ。俺。

カリス:あっそ。

エリオ:でさ、今よ。

カリス:ああ。目の前に新たな幸せの絶頂が転がってるな。すさまじい存在感で拾ってくれと言わんばかりに転がってる。

エリオ:んなこた見るまでも無く分かってるよ! でも、うん、これ、何で今なの?

カリス:持って帰ったら彼女絶対喜ぶぜ?

エリオ:持って帰り方が適切ならね!?

カリス:トレジャーハンター的には名誉なんだろ?

エリオ:職業的にはそうでも、恋人としてはマジモンのクソ野郎だよ!

カリス:大丈夫大丈夫。

エリオ:いや無理だよカリスさん! 想いを込めた贈り物にドラゴンのアレ詰め込んだとかさ。リーネに知られたら、ほんとマジもう、終わりだよ? 百%泣かれるし、マジ切れで指詰めさせられるまであるわ。

カリス:詰めたアレの代償に? 心配すんなって、あのリーネならきっと許してくれるさ。

エリオ:あのリーネだから無理なんだよ!

カリス:そんな大袈裟な。洗えば平気だって。

エリオ:んなわけあるか! 洗濯表示見る限り水洗いもドライクリーニングも不可だから! 個体なら取り出せても液体とか気体はマジで無理。浸水したら簡単には取り出せない作りになっててアウトなんだよ! スライムの粘液もタッパーに詰めてから入れるようにしてたんだからな!

カリス:意外と不便なんだな。

エリオ:そうなんだよ、何でも入るけど、何でも入れて良いわけじゃねぇんだ! こいつ匂いヤベーから入れたらもう二度ととれねぇ絶対。

カリス:えーそんなに?

エリオ:嗅いでみろよ! 深呼吸してみ?

カリス:いや、私ここで限界。あと一歩で吐く。

エリオ:だろ?!

カリス:……なんか無理言ってごめんな? お金に目が眩んじまって。

エリオ:まぁ、良いんだよ、俺が迷ってるのも事実だしな。でも、これ入れたらもう捨てることになるんだよな。

カリス:ヤムオエナイジジョウで失ったことにして手放したらどうだ? 凶暴なモンスターに襲われたとか。

エリオ:それも考えたが……

カリス:考えたのかよ、薄情だな。

エリオ:今の不幸と未来の幸福を天秤にかけたと言え。

カリス:究極の選択か。

エリオ:ああ。……でも無理だ。

カリス:どうして?

エリオ:換金するときにバレるんだよ。

カリス:そうか? こっそり行けば良くね?

エリオ:カリスさんよ。お前こいつを隠せると思うか?

カリス:なんとかなるってエリオさん。私達、あのクソ神経質なリザードマンの巣からバレずに卵くすねてきたこともあるんだぜ? そんくらいの隠密なら……。

エリオ:隠すって、このドラゴン並のクソでか存在感をだぞ?

カリス:あ。

エリオ:並のアレとは一線を画す存在感。

カリス:あ。

エリオ:ある意味ドラゴンそのよりもビッグだわ。

カリス:オーラが違うもんな。匂いのせいで注目の的になる訳か。

エリオ:そうなったら換金どころか街に入った時点で一躍時の人だよ俺達。リーネに俺、監禁されちゃうよ。

カリス:それは恐えな。肥えだけに。

エリオ:やかましいわ。

カリス:あ、木箱に入れて運ぶのは? まだ結構在るんじゃないか?

エリオ:あー、それな。

カリス:どうよ?

エリオ:問題が二つある。

カリス:二つ?

エリオ:一つ目。幸か不幸か……入りきらん。

カリス:Oh……。

エリオ:遠目で見てあのサイズだからな。木箱が足りない。

カリス:ま、まぁ……でも、それなら残念だけど一部だけ持って帰るってのは?

エリオ:二つ目。それお前、持てる自信ある?

カリス:…………。

エリオ:…………。

カリス:無理だな。

エリオ:無理だわ。

カリス:その木箱を「何でもバッグ」に入れてもやっぱ……。

エリオ:多少マシだが大差ない。

カリス:タッパー?

エリオ:あんまり変わらんし、少ない。あとビジュアル的にNG。見たら吐く。

カリス:それは、まぁ吐くな。それでも、ちょっとでも持って帰れるのは良くない?

エリオ:いや、あんだけバッグ犠牲案渋っといてなんだけどよ、正直俺の中で既に毒を喰らわば皿まで的になりつつあるんだわ。

カリス:あーね。

エリオ:俺達、こんだけずっとこいつをここから嗅ぎ続けてんだぜ? 今更他のやつに持って行かれるとかよ……。

カリス:それは確かにしゃく。

エリオ:でしょ? 、ネコババされるなんてクソ食らえだわな。

カリス:ネコじゃなくてドラゴンだからドラババだけど。

エリオ:ドラババ。

カリス:手詰まりか。

エリオ:うーん、

カリス:うーん、

エリオ:困ったなぁ。

カリス:困ったなぁ。

エリオ:これで破局したらどこぞの英雄みたいじゃないか。……まぁ、破滅って感じだが。どうすっかなぁ。

カリス:どうするもこうするもないだろ。

エリオ:悩んでられる時間もな。

カリス:ならよ、エリオ。

エリオ:ああ?

カリス:いっそもうなろうぜ貴族。

エリオ:はぁ? 何も問題解決してないんだよ。

カリス:そんなもん金で全部解決出来るだろ。

エリオ:無茶苦茶だな!

カリス:無茶苦茶すれば良いだろ! 黄金以上のクソヤバい塊売った金で、可能な限り口止めして、そんで成り上がろうぜ貴族になろうぜエリオ公爵よ。

エリオ:いや、まぁ、そんなことしたら文字通りクソ成金って言われるけどな。

カリス:ああ良いじゃないか上等だクソ野郎。

エリオ:爵位と同時に顰蹙は買えても品格は買えないわけだ。寧ろ盛大に失う。

カリス:だったらこうしよう。

エリオ:何だ?

カリス:私らの前でガタガタ抜かすやつはこの拳で黙らせてやるよ。

エリオ:お前ほんとに無茶苦茶だな。

カリス:何なら国を作ってもいいぜエリオ陛下。私はあんたの剣になるよ。

エリオ:かっこいいかよ。お前運び屋だろうが。野心すげーな。

カリス:ふふ。野心か。そうかもね。でも私さっき思っちまったんだ。

エリオ:何をだよ? 最終兵器カリス・レ・ヴォーチェなら万事ぬかりなくやれるってか?

カリス:もちろんそれもだけどさ、もしそれで、

エリオ:もしそれで?

カリス:もしそれで私の名が世界に轟けば、きっと、


  間。


カリス:そしたらきっと母上だって見つけてくれるって。

エリオ:…………!

カリス:私の育った町には母上は、いやお母さんは居なかった。覚えてるかい? だからエリオ、私はあんたと旅に出たんだ。

エリオ:…………ああ。

カリス:凄腕のあんたと旅してたら、たくさんのお金とお母さんの情報が入ってくるかも知れない。

エリオ:カリス、お前、本気だったんだな。

カリス:ああ、まぁ、私もさ、本当に会えるとは思っちゃいなかった。情報が少なすぎるしな。

エリオ:だったら、自分の為に生きても良いんじゃ無いか? お前がそれで前向きに生きてんのはすげぇ良いことだと思うけどよ。カリスお前、分かってんのか?

カリス:分かってる。でもさ、私は止まれない。もし見つかったらとてもラッキーだ。ついてる。ミラクル。手のひらくるーって感じだった。運気ヤベー、確変来たって具合だろうよ。

エリオ:本当にそれがついてるって言えんのか?

カリス:言えるさエリオ。少なくとも私の人生はそっくり裏返るよ。

エリオ:裏返るっておめぇ、もとはといえばその母ちゃんのせいだろうがよ! お前がそんな生き方してんのは! お前が会おうとしてんのは、お前を捨てた母ちゃんなんだぜ? なのになんでお前がそこまでしなきゃいけねぇ! どんな理由がある! 生んでくれた義理か? そんだけだろ!

カリス:理由……。ならさ、エリオ。あんたはどうして私に良くしてくれるんだい? 恋人でも無いのに、なんでそんなに怒るのさ?

エリオ:そんなもん知らねぇよ! 分からねぇ!

カリス:そっか。

エリオ:けどよ、俺だってろくでなしの親に売られたクソガキだ。だからお前に勝手に共感してんだよ。悪いか?

カリス:そっか、あんた私のこと好き?

エリオ:カリス。お前は、俺の恋人じゃねぇよ。

カリス:そうだよね。

エリオ:だとしても俺は何にも代えがたい相棒だと思ってる。

カリス:エリオ。

エリオ:今お前はカリス・レ・ヴォーチェだ。ベスト・リ・ヴォーチェの旦那に貰った名前と居場所から巣立った、強くて美しい一人の女だ。それはお前の人生の筈だ。どんな身体に生んでくれようがそんなの関係ねぇだろ、カリス。

カリス:かも知れないね。

エリオ:俺はお前の幸せの為になら何でもやる。でも、お前が不幸になることはやりたくねぇ。だからお前の為なら何だって言ってやる。はっきり言ってその生き方は不幸だぜ。

カリス:不幸か。考えたこと無いね。

エリオ:もっと自分のこと考えろ。俺を頼れよカリス。

カリス:恋人持ちが何言ってんのさ。二股かいエリオ? あんたにそんな甲斐性あんのかい? それとも恋人捨てて私と添い遂げるかい?

エリオ:それは……。

カリス:なんて、冗談さ。あんたは私の好みじゃない。でも、何かしてくれるってんなら、一つだけ頼みたい。

エリオ:何をだ?

カリス:分け前が欲しい。

エリオ:は?

カリス:建国でも成り上がりでもいい。さっき言ったみたいに名が売れて、もし見つけて貰えたら、ほんの少しで良い。お金が欲しい。

エリオ:何に使うつもりだよ、カリス。お前を捨てた母親にか。

カリス:決まってるでしょ。私を捨てた母さんだ。少しでもお金があったら、そしたらさ、そのお金で親孝行してあげられるんだ。

エリオ:カリス……。

カリス:だからお願いだ、エリオ。相棒としての一生のお願いだ。ほんとにクソみたいなお願いだ。ほんとにすまないと思う。すまないじゃ済まない汚ぇお願いだ。叶えてくれたら私は何でもする。お願いだ、エリオ・マルリス。


  間。


カリス:バッグにクソを詰めてくれ。


  間。


エリオ:…………。

カリス:…………。

エリオ:おい、カリス。

カリス:……エリオ。

エリオ:なんてひでぇ台詞だよ、お前。

カリス:そうだよな。折角の彼女からの贈り物にドラゴンのクソを詰めろだなんてひどいよな……でもさ!

エリオ:ちげぇよ馬鹿!

カリス:え?

エリオ:鼻だけじゃなくて、感覚も麻痺ってんのか? 匂いで。

カリス:な、なにが。

エリオ:おま、バッグにクソ詰めろって……ブフッ!

カリス:んぁ!?

エリオ:はっはっはっはっはっは! なにそれ、クソ面白いじゃねぇか!

カリス:な、何だよ! 私は真剣に!

エリオ:真剣にクソ詰めろってお前! ぶははははははは!

カリス:エリオ!

エリオ:良いぜ!

カリス:え?

エリオ:詰めろ詰めろ! 好きなだけな!

カリス:は? お前!

エリオ:何だ?

カリス:良いのかよ!? 大事なバッグなんだろ!!

エリオ:何言ってんだ。お前がそう頼んだんだろ?

カリス:いや、そうだけど、でもさ……。

エリオ:母上だかお母さんだか知らねぇが、お前がそこまで大事にしてるんだ、それをなんで俺が大事に出来ない? 忘れてるかも知れねぇが、お前は俺の大事な相棒だぜ? 相棒の大事なもんなら、俺にとっても大事だ。

カリス:……っ! エリオ。

エリオ:何だよ、カリス。

カリス:無茶苦茶だよ、あんた。

エリオ:お前が言うのかよ。まぁ、そうさ。俺達は無茶苦茶な相棒さ。お互い、そんな無茶苦茶さ加減に心底惚れてんだろ? 違うか?

カリス:……っふ。もう。クサい台詞だね。馬鹿。

エリオ:お前には負けるよ、ばーか。

カリス:ふふ。それで? どうすんの、マジで詰めるのかい? ドラゴンのクソ。

エリオ:クソって言うなよ。

カリス:他になんて呼べば良いんだよ。

エリオ:っは。いいか? 詰め込むのはクソじゃねぇ、俺達の夢だ。

カリス:それは随分臭い夢だな。

エリオ:芳ばしいと言え。

カリス:それで? 綺麗な言葉で覆い隠してもクソはクソ。リーネにバレたら殺されるんだろ? 私は嫌だぞ、あんたが死ぬの。

エリオ:さっき、名案を思いついたんだ。

カリス:名案?

エリオ:俺達の明暗を分ける正に名案って感じのとびっきりをな。

カリス:随分自信ありげだな。聞かせてくれるか?

エリオ:逆にすれば良いんだよ、カリス。

カリス:逆?

エリオ:彼の英雄がクソで嫁さんと別れたのと逆に、俺達はこのクソで絆を深めた。つまり逆点さ。

カリス:いや、エリオ。あんたも大概。感覚麻痺ってるわ。

エリオ:うるせぇ。

カリス:つまりどういうことだよ。

エリオ:バッグに木箱を詰めるだけ詰めるんじゃねぇ。木箱にバッグを詰めるだけなんだ。

カリス:……あ。

エリオ:そしたら注目集めるのは……。

カリス:木箱か!

エリオ:これで、リーネにはバレねぇ。

カリス:はははははははは!

エリオ:どうよ?

カリス:うん、最高にクソ野郎って感じだよ相棒。

エリオ:最高の褒め言葉だぜ相棒。

カリス:さ、時間もないしちゃっちゃとやっちまうか。

エリオ:おうよ、この後死ぬほど吐くだろうから体力残しとけよ?

カリス:おぇー。

エリオ:はは。んな顔すんなよ。少しでもマシになるように神さんにでも祈るか?

カリス:ふふ。遠慮しとくよ。少しでもマシな運命は私達の手で掴み取らないとだからさ。

エリオ:いや、手掴みはちょっと……。スコップ使おうぜ?

カリス:そういう意味じゃねぇよ!

エリオ:はは、冗談さ。

カリス:全く。

エリオ:ま、それもそうだよな。じゃあお前らしく、いや俺達らしく前向いて頑張ろうぜカリス?

カリス:ああやろう、エリオ。

カリス:私達の、

エリオ:俺達の、


  同時に。


カリス:クソみたいな未来のために。

エリオ:クソみたいな未来のために。


  ◆◇◆◆◇◆

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クソみたいな究極の選択。 音佐りんご。 @ringo_otosa

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