エピローグ

第34話

 『長谷川暮葉の独白』


 この町の人々は皆、何かしらの罪を背負っている。

 篤司は、私を真実から遠ざけた罪を。

 真音は、百音を取り戻そうとした罪を。

 私は、百音を殺した罪を。

 私たちは皆、何かしらの後悔をしている。

 篤司は、私の心を守り切れなかったことを。

 真音は、百音の心を守り切れなかったことを。

 私は、ほとんど全てのことを。

 罪も後悔も、確定した過去にしか現れない。人を殺そうと考えたところで、その思考自体は罪にならない。未来の行動を、後悔することはできない。

 だから人は過去を取り戻そうとする。無益な行為だと知ってなお、埋め合わせをしようとする。あるいは、埋め合わせを強要する。

 だから人は過去を忘れようとする。無益な行為だと知ってなお、事実を観測しなかったことにしたがる。あるいは、観測しないよう強要する。

 そんな行為が人間の本質の一部だ。深く思考することが私たちの特徴だ。

 そうして私たち人類は、次第に自然法則に疑問を持つ。

 なぜ人は死ぬのか? なぜ人は生きるのか?

 無益な行為だと知ってなお、私たちは考えたがる。人間だって、所詮は自然法則の中に組み込まれたものの一つにも関わらず、少しだけ傲慢な態度を持って自然と対面する。

 生命は死ぬ。繁栄するために生きる。自然法則の中では常識だし、小学生ですら分かることだ。

 それでも私たちは考えるのを止めない。自然法則の流れに乗っているだけなのに、傲慢な態度を取れるからこそ人間なのだ。

 だから私は、自分の罪を忘れない。死ぬまで後悔をし続ける。

 それができるのも、人間として生きているからこそ。




『古橋百音の独白』


 どうしてこんな目に遭うのか。どうして私なのか。

 何日も考え続けて、分かったことは、考えても意味がないということだった。

 それでも頭から離れなかった。「考えるあし」とはよく言ったものだ。

 人生が黒く塗り潰された。生きているのに、生きていないのと同義だった。

 祖父の顔も父の顔もよく見えない。全てがぼやけて輪郭に留まっていた。

 ——だからこそ。

 暮葉が私を無理やり背負ってくれた時。

 本当に嬉しかった。

 私の足が動かなくても、暮葉が足になってくれる。

 私が何も話さなくても、暮葉は話しかけてくれる。

 私が首を吊らなくても、暮葉は思考の渦から引き上げてくれる。

 だから、暮葉。

 あなたには話しても大丈夫だと思った。

 あの日は曇り空だったけど。

 あなたは私にとって太陽だった。

 私を照らしてくれた。

 だから――ああ。

 そんなに考えないで。

 そんなに悔やまないで。

 あれは事故。

 そういう運命の流れの一つだから。

 あの日、あなたは私を救ってくれたから。

 やめてよ。

 自動車事故に見せかけた自殺なんて、あなたらしくない。

 まあ、兄のことを想って事故に見立てるのは、少しあなたらしいかも。

 でも、あなたは死んじゃ駄目。

 自分から死を望むなんて、それこそ自然法則に抗うマナー違反だから。

 大丈夫だよ。

 クッションになるのは経験済み。

 自動車の衝突くらい、どうってことない。

 私の体よりも、車椅子は丈夫だから。

 あなたの命くらいなら守れるから。

 だから、生きて。

 私の太陽。

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ふたりの墟 涌井悠久 @6182711

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