十八、終わりへ
107 その後
「朝陽くん!! 仕事いつ終わるの……?」
「…………」
朝陽の後ろからつま先立ちをして、向こうのノートパソコンを見つめる女の子。
そばから声をかけても、人差し指で横腹をつついても、何をやっても全然反応しない朝陽に女の子は頬を膨らませていた。
「むっ!」
「び、びっくりした……」
「ダメだよ〜。ゆいちゃん、お父さん仕事してるんでしょ?」
「ええ……。でも、今日私と遊んでくれるって約束したから!」
「ゆいちゃん……。お父さん、仕事ばかりでごめんね……」
「外行きたーい! 朝陽くん!」
「ゆいちゃん、お父さんのことを名前で呼ぶのはよくないよ?」
「お母さんのケチ!」
今年で俺も27歳か、気づいた時はもうゆいちゃんを産んで……胡桃沢さんと結婚した後だった。つらくて長かったその時間はあっという間に過ぎてしまって、今はみんなと都内の高級マンションに暮らしている。そして小学生のゆいちゃんはあの頃の胡桃沢さんとそっくりで、なぜか俺のことを朝陽くんと呼ぶ癖ができてしまった。
幸せとは……。
「朝陽くん!!」
「ダーメ! お父さんだよ!」
「朝陽くん!! これがいい!」
「もう……、あなた! ゆいちゃんになんとか言って!」
「えっ……? ゆいちゃんは……朝陽くんと呼ぶのが好き?」
「うん! 朝陽くんカッコいいからね……! 私、大人になったら朝陽くんと結婚したい!」
「それはダメだよ〜。朝陽くんはお母さんの物だからね〜」
「ケチ…………」
ゆいちゃんができてから、もう俺に選択肢などない。
これが俺の人生なんだ。
胡桃沢さんによって決められた俺の人生。
あの日、俺が胡桃沢さんに殺される寸前……つい「分かった」と答えてしまった。
いっそ、死んだ方がよかったかもしれないのに……。あれから……、俺は完全に自由を奪われてしまった。高校を卒業した後、俺たちは同じ大学に受かって、同じことを学んで、一緒に卒業した。その間、俺は彼女によって他人との会話や約束などを禁止されてしまう。そう。大学で行われるあらゆることはすべて胡桃沢さんに相談してからやることになっていた。あの日、俺たちはそんな約束をした。
自由などなかった。
どこに行っても、胡桃沢さんの視線が感じられるほど……俺は彼女に恐怖を感じていた。なのに、逃げられない……。俺も自分がどうしようもないやつって知っているけど、現実はそう簡単なことじゃなかった。
胡桃沢さんはいつも本気だったから———。
大学生活は地獄そのものだった。
ずっと抗えなかった俺は一度だけ、胡桃沢さんの家から逃げ出したことがある。
そしてスマホのGPSで俺の居場所がバレたのはあっという間だった。
「…………」
「今日の夕飯は何にしようかな〜」
「鍋料理! 食べたい!」
「あなたは?」
「お、俺は……。うん、ゆいちゃんと一緒かな?」
「はい〜」
どこに行っても、胡桃沢さんは俺を見つけ出す。
だから、俺に隠れる場所など存在しなかった。この現実を受け入れて、黙々と今の人生を生きていくだけ……。今は胡桃沢さんの会社で……、彼女の仕事を手伝っている。そのために大学を卒業した。すべては胡桃沢さんのため。俺の人生なのに、俺に自分の何かを決める権利はない。あの時、すべてを胡桃沢さんに奪われてしまったから———。
そして、外にはあの時と同じ雪が降っていた。
「あなた♡ あーん」
「あーん」
「えっ! 私も朝陽くんにあーんしたい! 私も! 私も!」
「ゆいちゃんもやりたいって」
「朝陽くん! あーん!」
冷たくて、温かい。
……
「朝陽くん……」
そして夜になると、あの時の胡桃沢さんに戻る。
「ゆいちゃんは……?」
「寝てるよ」
「そっか……」
「朝陽くん、幸せだよね?」
十年間、その言葉を言われた。
「うん。幸せだよ。雪乃と過ごすこの人生は……本当に幸せだよ」
「好き♡」
「…………」
もう考えるのはやめた。
何をしても胡桃沢さんから逃げられないからな。こんな人生も慣れたら……なんとかなるはず。そしてずっと自分に繰り返していたその言葉も今は心の底に埋めて、彼女とゆいちゃんの未来を考えることにした。
出口などない。
初めてから俺の居場所はここだった。
そして胡桃沢さんの財布に入っていた卒アルの破れたページ。
知らなかったけど、俺の隣に彼女が写っていた。
同じクラスだったからな……。
「好きだよ。朝陽くん、死ぬ時まで……」
「うん……。俺も一緒」
色褪せたそのページ……、胡桃沢さんはずっとそれを持っていたんだ……。
うん、これでいい……。
もういい。
「朝陽くん、キスして……」
「うん……」
何もいらない。
俺は幸せだ。
the end.
ヤンデレの胡桃沢さんは独り占めが大好き 棺あいこ @hitsugi_san
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