最終話:異世界に放り出された俺は情け無用の残虐ファイトしかできない

 なぜか女王だけでなくその場の全員を乗せた大馬車を引いて封印神殿に行くと、壁から抜け落ちたエルモと地母神ヴァルナが入り口で待っていた。


「エルモ、お前移動できたんだな」


「この状態ではデータベースと切り離されますので、基本的には使用しない機能ですが、今回は地母神ヴァルナの護衛のために必要と判断しました」


 無機的なエルモの返答はつまり、地母神ヴァルナがエルモの制止を振り切って外に出ようとしたという事を意味する。


 それに気づいた俺が地母神ヴァルナに目を向けると、彼女は少しだけバツが悪そうに目を背けた。


「主権神の指輪が近づいてくる気配がしたんだもの。黙って寝っ転がっていられますかっての」


 それは先ほどまで俺に憤怒と怨嗟の顔を向けていたとは思えない、上機嫌さを隠せない少女の顔だった。

 自分に主権が戻ることが嬉しくてたまらないといったところだろうが。


 地母神ヴァルナはかなりころころと気分が変わるタイプらしい。

 正直、超苦手なタイプだ。シャルとどっちがましだろうか。


 ともあれ、この場の主役は俺ではない。

 俺は女王に地母神ヴァルナの前を譲り、後ろに下がった。


「地母神ヴァルナ様、フェイトの功績により、御身にお目通りがかなうことを心の底から感謝いたします」


 儀礼的な、堅苦しい言葉遣いで話を始める女王。

 さて、この場に俺がいる意味はもうない。

 他の5か国にある邪神のかけらでも集めてくるとしよう。


 御使いの言葉とやらが事実なら、今後のこの大地は永世中立国に近い存在になる。

 十分な自衛力と反撃能力を示せなければ潰される存在に、だ。


 だから、人造神ヴァヴェルを完全修復する。

 運用するためには神が必要、という問題は残るが、神を相手取るための力として、今唯一準備できるものだ。


「おいこら、オレたちを忘れるなよ」


 何故か鎧型の悪魔が抗議してきた。対邪神兵装である鎧型の悪魔や魔剣も、神に抗うに当たっては使えるということか。


「心強い、な」


 俺は速度を解放し、その場を後にした。



 実時間にして1秒未満。時間そのものを加速した俺の感覚では数年。

 5つの邪神のかけらを魔剣で取り込んで魔王平原に戻ってきたところで、ふと、俺はこのまま戻るべきなのかと考えた。


 既に地母神ヴァルナはこの大地の主権を取り戻した。

 ここで、異邦人の俺が行方をくらませれば、全て丸く収まるのではないか。


 たぶん、また泣かれるが。逆に言えばそれだけだ。


 人造神ヴァヴェルを持ち逃げすることにはなるが、エルモから設計図のような情報を受け取れば、賢者エメラが量産してくれると思える。

 核になる神か、その代替になる何かの準備も、まあ研究が進めばなんとかなるだろう。

 そのくらいの信頼はできる。


 だからこそ、この大地の中に残るもう一つの争乱の種、もう一柱の神である孤独の女神と共に、俺が行方をくらましさえすれば。

 その方が、良い結末なのではないか。


(そうね。あなたにとっても、静寂が手に入る最高の結末ね。愛しい人)


 孤独の女神も、賛同してくださるようだ。

 見放されたと思っていたが、単に俺が不信心ゆえに声を聞けなくなっていただけで、俺が孤独に帰ってくればまた声を聞かせてくださるらしい。

 なんと、慈悲深いことか。


(ところで、この人造神とやら、私があなたに憑依すれば使うことも可能だけれど)


 今のところ使う敵がいません。女神様。

 この大地の神と組んで、光域の神々と戦う日が来れば別ですが。


 人造神ヴァヴェルはさておいて、ひとまず雲隠れの方針は決定した。


 止まった時間の中で向き合う女王と地母神ヴァルナに一礼し、俺はその場から立ち去ろうと踵を返し。


 ……やめておいた。


 魔王平原のど真ん中に女王を置き去りにしたとあっては、アスガルド総軍に指名手配されて追い回されかねない。

 ここには馬車はあるが馬はいないのだ。

 馬の仕事を俺がやっている以上、少なくとも行方をくらますのは、皆をアスガルドに送り届けた後にするべきだ。


 速度を通常範囲に制限し、しかし、女王たちに合流はしない。


 お涙頂戴は苦手なのだ。

 神と人の感動的和解のシーンなど、その最たるものだ。


 俺は時間は止めずに、少し離れたところでドラゴンを召喚しては虐殺する作業に没頭した。

 が。


「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 ものすごい勢いで突っ込んできた地母神ヴァルナに殴り飛ばされた。

 主権神の権能を取り戻した神の拳は、俺を空の彼方にぶっ飛ばす。

 きっと、地上からは星になった俺が見えたに違いない。


「さすがに死ぬかと思いました」


 一瞬で元の位置に戻った俺が抗議すると、地母神ヴァルナは極度にオモロイ半泣きの顔で俺に指を突き付ける。


「どーやって戻ってきた!?」


「時間を止めて《飛翔》スキルで」


 地母神ヴァルナは頭を抱えた。


「何なのこの男ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 そう言えば、地母神ヴァルナとまともに話すのはこれが初めてか。


「ああもう! とにかく! 私を地母神に戻すためにすごく努力してくれたって話はそこのフィオナから聞いたよ。それにはすっごく感謝してる。でもね!」


 地母神ヴァルナは大きく息を吸い込んだ。


「せっかくの感動の和解の場面で! 後ろでドラゴンとの戦闘の音が響いてたら台無しでしょうが!」


「すみません。もう少し離れてからやります」


「なんで見届けてくれないのおおおおおお!」


 地母神ヴァルナはギャン泣きした。


 ちょっと面白いかもしれない。そう思った矢先。


「まあいいや。とにかく、私、女神ヴァルナは世話役に君を指名するから。今日から封印神殿で私のお世話をよろしくね!」


 叩き込まれた地母神ヴァルナの爆弾発言に、その場の全員が凍り付いた。


「え、あの、いいんですか? 確かにこの者は力量は優れていますが人格的にかなりアレというか、その、控えめに言ってキチガイですよ?」


 女王の言葉に、俺はそれまで自分がどんな目で見られていたのかを思い知った。


「ドンマイですぅ」


 肩ポンしてくるメト。

 もしかして、メトにもキチガイだと思われていたのだろうか。

 救いを求めて近くにいた戦乙女に目を向けるが。


「勇者適性値マイナス400はちょっと、弁護できません……」


 忘れていた。確かに俺は、神器の力を以て、キチガイだと太鼓判を押されたことがあるのだった。


「そうだったな。済まない」


 目をそらす戦乙女に謝罪し、地母神ヴァルナと女王に目を向けると、地母神ヴァルナがものすごくひきつった顔で俺を見ていた。


「え、フェイト、きみ、そんな大魔王なの……?」


 勇者適性が低いだけで魔王呼ばわりとはこれいかに。


「魔王、なんだろうか……」


 賢者エメラに目を向けると、彼女は小さく笑い、俺の腕に抱きついた。


「1000年を生きるこの賢者エメラをも支配し、隷属させる御身こそ、至高の大魔王ですわ」


 なんかわざわざキャラを作って、らしくもない頬ずりまでする徹底ぶりで、悪ノリをかましてきた。


「ど、どうしようフィオナ……大魔王に借りを作っちゃった……世界奪われる……」


 涙目で女王に泣きつく地母神ヴァルナ。

 神なら加護を与えるなりなんなりして勇者を作って魔王を倒すくらいしてほしいところだが、どうやら今はまだそれができるほどの力は持っていないらしい。


 ならば、俺が世界を欲していないことを説明すべきだろうが。


「俺は孤独と静寂を愛しています」


「コイツ世界を奪うんじゃなくて滅ぼす気だーーーーーー!」


 地母神ヴァルナは、漫画以外では見たことがない、噴水のような涙をまき散らしながらへたり込んだ。


「何がいけなかったのだろう……」


「何もかもよ!」


 シャルが宙返りしながらかかと落としを叩きこんできた。


「しばらく会わないうちに随分鍛え直したようだな」


「あんたに褒められてもちっとも嬉しくない!」


「そら悪かったな」


 職業を闘士に変えて修行でもしたのかと思うレベルの乱撃を叩きこんでくるシャル。

 実に素晴らしい打撃である。

 このくらいの能力が5年前の彼女にあれば、あるいは一緒にいる不快感を押して仲間のままでいる決断をしたかもしれない。


「ええと、ご主人様は孤独を満喫できる静かな場所さえあれば、そんなに広い場所はいらないとおっしゃっています、地母神様」


「それならそうと言えばいいのになんで誤解するような言い方するかなアイツ」


 シャルとスパーリングしている間に、戦乙女が完璧な説明を済ませ、地母神ヴァルナが悪態をついた。


 完膚なきまでにアウェーである。


「それじゃあ、封印神殿はフェイトにあげる。フィオナ、お城の部屋を一つ貸して。フェイトに世話役頼んだら気が休まらなそうだし」


「かしこまりました」


 どうやらそういう事になったらしい。


「ありがたき幸せ。それでは御身をアスガルドまでお送りしましょう」


 俺は馬車を引く体制に入った。


「来た時もそうだけど、なんでアイツ馬車を引いてるの?」


「馬なんかよりはるかに速いですよ、あの者は」


 凪いだ湖面のような表情で言い、地母神ヴァルナの手を引いて馬車に乗り込む女王。それに続いて、全員が馬車に乗ったのを確認してから、俺はアスガルドに向けて走り出した。



ーーーーー



 それから、半年ほどは封印神殿で隠遁生活を楽しんだ俺だが、逆に言えば平穏は半年しか続かなかった。


 半年ほどたったころに、迷宮から出られないはずの皇龍に乗って、第二王女アストレアが嫁入りしてきたのだ。


 第二王女アストレアは嫁入りついでに、女王からの頼み事の言伝てを持ってきた。

 地母神ヴァルナの帰還と、その威光による大地の加護は、暗域に汚染された領域である迷宮の喪失という事態を招いたのだという。皇龍が地上に出たのも、それが原因だ。

 本来は迷宮の存在自体が厄災であるため、それは言祝ぐべきことなのだが。


 資源を迷宮に依存していたアスガルドの民が困窮してしまう、という差し迫った問題を引き起こした。

 代替資源の確保完了までの間の暫定的な対応として、俺は今、魔物を大量に召喚してその死体を王都の城門横に積み上げる仕事をしている。


 給料など、ない。

 自分で召喚した魔物であらゆる物資が自給自足可能な今の俺に、アスガルドは価値ある報酬を何ら提示できないのだ。

 しいていえば、押し掛け女房状態の第二王女アストレアは十分過ぎるほどに価値ある報酬と言って言えなくはない。報酬というほどモノ扱いする度胸はないが。


 だが、それは問題ではない。

 俺自身、別に給料が欲しくてやっている仕事ではないのだから。


 問題は、仕事中のところを何度か一般冒険者に目撃されてしまったことの方だ。

 俺の、黒髪黒目の少年の姿はこの国では目立つ。

 まして鎧型の悪魔という、非常に特徴的な鎧を着こんでいる今の俺は。


 だからすぐに、大量の魔物を虐殺しているのは俺だと市井の者にもバレた。


 口さがない者の中には、俺だけは暗域とのつながりを残している、あの男は暗域の代弁者、魔王である、などと言う者もいる。


 それを否定する材料を探し、これまでの自分の行いを振り返り、何か価値あることができたか、必死に探してみるが。


 出てきたのは、まず深いため息と。

 

「異世界に放り出された俺は情け無用の残虐ファイトしかできない」


 そんな、諦めたような言葉だけだった。


 さあ、今日も仕事だ。

 俺にできる唯一のことを、情け無用の残虐ファイトを、始めよう。


「始めるか……魔王の仕事ってやつを」


 俺は魔王平原を埋め尽くすほどに召喚したドラゴンの群れを相手に、拳を握った。

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迷宮掘削人-異世界に放り出された俺は情け無用の残虐ファイトしかできない- 七篠透 @7shino10ru

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