風邪気味魔王と勝てない勇者の風邪薬《エリクサー》

音佐りんご。

ここで会ったが137回目。

 ◇◇◆◆


  魔王城、玉座の間。

  魔王、玉座に肘をつきながらぼんやりと扉を見ている。

  廊下を駆ける足音が響く。

  扉を押し開け勇者が入ってくる。


魔王:……ふはははははは!

勇者:……っ!

魔王:ははは……ふぁ~……。


  魔王、大きなあくび。

  目がトロンとしている。


魔王:……ねむ。

勇者:おい! 魔王!

魔王:……うにゅ?

勇者:僕は、不屈の勇者エリス・ヴァレリアン・ナイトレイ! お前を倒す者だ!

魔王:……名前くらい、知っておるわ。……やれやれ。ふぁ~……。んんっ。

魔王:……ふはははははは! よくぞここまで来たの! ……飽きもせず。

勇者:飽きるか! お前を倒すことが僕の使命なんだ!

魔王:命を奪うことが使命とは。なんとも虚しい使命じゃな。勇者。

勇者:虚しくないよ! やりがいのある使命さ!

魔王:そろそろ飽きよ、勇者。いったいこれで何度目じゃ?

勇者:137回目だ!

魔王:……貴様よく数えておるの。

勇者:勇者だからな!

魔王:136回負けておるくせになにゆえ得意げなのじゃ。

勇者:僕に宿る不屈の魂ゆえに!

魔王:複雑骨折させてやろうかの、その魂。

勇者:僕の心は折れない!

魔王:……まぁよい。勇者! 世界とやらを救いたければ、この魔王――ルーナ・ジェノヴェッファ・アニェーゼ・ディ・フ……へっくし。……ずび。

勇者:お、おい、魔王……?

魔王:……あー。

勇者:もしかして風邪か?

魔王:引いたかもしれぬの。……ずび。

勇者:どうして魔王が風邪を引く!?

魔王:ふはははは! 分からぬか? 勇者よ。

勇者:何をだ!

魔王:実は昨晩……、

勇者:昨晩?

魔王:網戸にして寝てたんじゃよな。

勇者:そんな馬鹿な!

魔王:抜かったわ。

勇者:この時期は気温や天候の変化が激しい。日中は半袖になるほど暑かったのに、夜になってみれば毛布と掛け布団はまだ仕舞えない肌寒さ。だというのに、窓を開けて眠るだと……!? なんて恐ろしいことを!

魔王:ふふふ、予想もしまい。まさか、今朝がこんなに冷えるとはの!

勇者:やはりお前は魔王だ!

魔王:そう、我は魔王! ……おうぅ、ちょっと頭痛いの……。寝起きでこのテンションはきつい。

勇者:大丈夫か!? 魔王!

魔王:……うん? なんだ勇者よ。貴様、我のことを心配してくれるのか……?

勇者:ち、違う! そんなんで僕と闘えるのか心配しているのだ!

魔王:あぁ、へーきへーき……。貴様なぞ、眠って、いても、勝てる……ゆえ。ふぁ~……。寝て良いかの?

勇者:駄目だよ! もっとやる気出してよ! 魔王!

魔王:おぉん? やる気じゃと?

勇者:ずっとあくびばっかり出しやがって!

魔王:ずっとではないと思うがふぁ……。んん。

勇者:あくび。

魔王:しておらぬ。

勇者:した。

魔王:してない。

勇者:したよ!

魔王:したわ! 悪いか!

勇者:悪いよ! 気分よくない!

魔王:はっ! それはすまんかったの!

勇者:そんなに僕との戦いが退屈か!

魔王:我が眠いのはそれが理由じゃ無いのじゃ。

勇者:そうなのか?

魔王:あぁ、確かにクソ雑魚で退屈じゃが、違うのじゃ。

勇者:そうか、よかった。……誰がクソ雑魚だ!

魔王:それに、貴様と居るとなんか落ち着くんじゃよな。

勇者:……えっ。

魔王:きっと勇者、貴様が、

勇者:ぼ、僕が……。

魔王:無害じゃからじゃな。

勇者:僕はお前を倒す勇者だぞ!?

魔王:だいたい我、今は休眠期なのじゃ。

勇者:休眠期?

魔王:そうじゃ、貴様があの時眠れる我を無理矢理叩き起こしたからこうしておしゃべりしてやっておるが、身体は……ふぁ~。ほとんど寝ておる。

勇者:寝てるってどういうことだ?

魔王:分からぬか? 本来の力の5%も出ておらぬ。

勇者:5……? はは! う、うっそだぁ~! 僕を脅そうったってそうは……。

魔王:おい、勇者よ。

勇者:え?

魔王:この我の目を見てもそう言えるか?

勇者:目……?

魔王:そう、この魔王――ルーナ・ジェノヴェッファ・アニェーぜ・でぃ・ふぃおー……すぅ……。

勇者:…………。

魔王:すやすや……。

勇者:すやすや……。じゃないよ!

魔王:うぬぅん……?

勇者:何、勇者を前に分かりやすく眠ってるんだ! 目ぇ見せろや!

魔王:あぁ……ねてない、ねてない……。ふぁ~……、ちょっと、の……めを、つむって……いる、だ……け、すやすや……。

勇者:寝てるよ絶対!

魔王:ふぉのよひぜっらいはないのら~……!

勇者:寝ぼけてるのか!? 起きて! 起きてよ魔王!

魔王:うふふ~、ゆうしゃぁ~……。

勇者:な、なんだ?

魔王:もぉ、たべらぇ……ないよぉ……、

勇者:寝付きよすぎないか!?

魔王:れもぉ……おいひい……。

勇者:しかもなんかベタな夢見てる……?

魔王:うふふ~……おいひいらぁ~……

勇者:……幸せそうだな。

魔王:……おいひい……おいひい……ゆうしゃのはらわた。

勇者:恐ぇよ!? てか起きてるだろ!


  勇者、魔王をぶん殴る。


魔王:いであ!?

勇者:……まったく。

魔王:っふ! 残像じゃ。

勇者:な! 背後!?


  魔王、勇者の背後に立っている。


勇者:遊びやがって!

魔王:ふふふ、我にやる気を出して欲しくば、貴様ももっとやる気を出すのじゃ。目にもの見せよ! ってのう、勇者よ。

勇者:僕はいつだってやる気だ!

魔王:そうは言うが、我に負けては性懲りもなく現れよって。これで何度目じゃ? お百度参りか? 百回はとうに過ぎとるぞ? 一念岩をも通すと言うがの一年通して負け通しの貴様はいつ我に敵うのじゃ? やる気も形にせねば意味が無いぞ?

勇者:きょ、今日は負けない!

魔王:今日は負けない。じゃと? その台詞も何度目じゃ。

勇者:136度目だ!

魔王:それほど負けが込んでも躊躇無く啖呵切れる胆力こそなかなか大したものじゃがな。

勇者:不屈の勇者だからな!

魔王:ほんと、ギャンブルだけはすんなよ?

勇者:大丈夫分かってる! 運は実力で掴み取るものだからな! 挑んで挑んで挑みまくればいつか必ず道は開ける。

魔王:あっ……こやつ、ダメじゃな。

勇者:そんなことより! さぁ、始めるぞ魔王!

魔王:始める、……と言っても、なんか、今日は体調優れないしの。

勇者:そんなの関係ない!

魔王:まぁ、関係ないよな。お前からすればデバフかかってる魔王とか、チャンス以外の何者でもないのかも知れんし。へっくし。……ずび。

勇者:……おい魔王。

魔王:なんじゃ、勇者?

勇者:ハンカチ、使うか?

魔王:……なにゆえ勇者が魔王にハンカチを貸すのじゃ。

勇者:風邪引きに勇者も魔王も関係ないだろ。

魔王:貴様、誰にでも基本ハンカチ貸すスタンスなのか?

勇者:だ、誰にでもってわけじゃないけど……ま、勇者だからな!

魔王:よく分からんが。……じゃあ、借りるぞ。

勇者:はい、どうぞ。

魔王:ありがとの。


  勇者、魔王にハンカチを渡す。


勇者:僕は後ろ向いとくよ。

魔王:……貴様、変なところで紳士的じゃな。

勇者:勇者だからな!

魔王:……ふぬん! ずびび。

勇者:…………。

魔王:…………。

勇者:…………。

魔王:勇者貴様、魔王に背中晒して良いのか?

勇者:何言ってるんだ、魔王、お前はそんな卑怯なことしないだろ?

魔王:なにその信頼。

勇者:長い付き合いだからね。

魔王:まぁ、しないがの。

勇者:ああ。


魔王:(同時に)ハンカチ洗って返すぞ。

勇者:(同時に)その付き合いも今日まで、


魔王:あ、

勇者:あ、

魔王:何じゃって?

勇者:そっちこそ、

魔王:いや、ハンカチ洗って返すって。

勇者:ああ。おっけー。おっけー。

魔王:そっちはなんじゃ?

勇者:あ、えっと、その付き合いも今日までだ。って。

魔王:あぁ、なるほどのう。

勇者:ああ。僕は今日ここで、お前を倒すからな!

魔王:やる気、じゃな。

勇者:もちろんさ! さぁ、始めよう! 魔――

魔王:待つのじゃ。

勇者:へ?

魔王:それだとハンカチ洗って返せんのじゃ。

勇者:……。い、いいよ、もう。

魔王:でも、……これよく見れば女物じゃないか? 勇者よ。

勇者:……いや、うん。

魔王:すんすん。

勇者:何故嗅ぐ。

魔王:いや、微かに香水、しかもちょっと高価なやつの香りがするが……もらいものかの?

勇者:えっと……。

魔王:貴様、大事なやつじゃないのか?

勇者:うぅん……。まぁ、ね。

魔王:貴様にしては歯切れが悪いの。

勇者:そ、うかな?

魔王:誰じゃ?

勇者:え?

魔王:誰じゃと聞いておる。

勇者:えっと……。

魔王:早う答えぬか勇者。

勇者:…………。

魔王:…………。

勇者:……うじょ。

魔王:なんじゃ?

勇者:……王女。

魔王:王女? って、貴様の故郷の?

勇者:うん、王女ソフィアから、もらった……その、ハンカチだ。

魔王:おいおいおいおいおいおい、勇者。

勇者:えっと……。

魔王:それ、愛する者が旅立つ戦士の無事を祈って贈るやつじゃん!

勇者:……そう、かな? どうだろう。ははは……。

魔王:ははは、じゃねぇのじゃ! 最低か貴様! 思い人の、王女のハンカチをよりにもよってこの魔王のハナカミに渡すとは……!

勇者:でも、そのハンカチも、きっと必要としてくれる人のもとにあった方が幸せ、かも知れないね。たぶん。

魔王:んなわけあるか! どう考えても貴様にこそ必要なやつじゃ! 王女泣くぞ!?

勇者:ははは。大丈夫、あいつもともと泣き虫だから。

魔王:いっぺん刺されろ。

勇者:えぇ……?

魔王:嫌いなのか? それとも乙女の純情を弄んだだけか?

勇者:人聞き悪いぞ、魔王!

魔王:人聞きじゃ無くて貴様は勇者のくせに存外悪い男なのかと聞いているのじゃ!

勇者:悪い男!? い、いや、たぶん、そういうんじゃ、ない……。とは思う……。

魔王:なんじゃ、歯切れが悪いの。

勇者:弄んだりとかはしてないよ。というか、何もしてない。それに嫌いって訳でも無い。寧ろ好きではあるよ。

魔王:なんじゃ、結局好きなんじゃの。

勇者:まぁ、そうだね。広義の意味では。

魔王:引っかかるのう。それで、なにゆえ好きな女からの贈り物を、……我が言うのもなんじゃが、よりにもよって魔王に渡したのじゃ? それはもうすげー裏切りじゃろ。

勇者:裏切り。裏切り、か。そうかもね。

魔王:意味深じゃの。

勇者:まぁ、うん。世の中には背くしかない愛もあるってことだよ。

魔王:勇者、貴様……。

勇者:愛に殉ずるなんて僕にはできない。何故なら僕は、勇者だからね。

魔王:……勇者。

勇者:なんだい、魔王?

魔王:いや勇者、貴様もっと馬鹿っぽいキャラじゃ無かったかの?

勇者:ひどくない!?

魔王:なにをそんな「やぁ、僕はこう見えて恋愛ソムリエ。酸いも甘いもかみ分けてるのさ。きらっ」みたいな顔をしておるのじゃ。

勇者:どんな顔だよ!

魔王:よし、普段の勇者に戻ったの。

勇者:無理に戻すな。魔王、お前は僕にシリアスを許さないのか?

魔王:解釈違いじゃな。

勇者:なんだそれ。

魔王:なんだそれは我の台詞じゃ。辛気くさい顔しおって。もっと馬鹿っぽい顔をせよ。

勇者:どうして僕がそんなことしないといけないんだよ。

魔王:じゃないと我の元気が出ぬじゃろうが。

勇者:どうしてそれでお前の元気が出るんだ?

魔王:え? ……それは。それとして。

勇者:は?

魔王:何があったのじゃ? その王女と。

勇者:だから、何も無かったんだって。僕とソフィアの間には、何も。

魔王:ふむ?

勇者:僕らには特別な繋がりなんて、なかったんだ。いいや、たとえあったとしても重荷にしかならなかった、お互いに。それだけのことだよ。

魔王:重荷?

勇者:不釣り合いだったのさ。

魔王:そんなの、分からぬじゃろ。

勇者:分かるよ。許嫁がいるんだ、ソフィアには。

魔王:それは……。

勇者:隣国の王子。

魔王:政略結婚か。

勇者:だけじゃなくて、王子がソフィアを好いていたらしい。

魔王:でも、貴様のことを好いていたのじゃろう? ソフィアも。

勇者:好いて。……まぁそれも、妹みたいなものさ。

魔王:妹……?

勇者:そう、二つ下でね。騎士団にいた頃のことなんだけど、

魔王:ほう、騎士か。似合わぬの。

勇者:あぁ。だからこうして勇者やってるんだ。

魔王:しっくりくるのぅ。

勇者:そう、あれはスライムも凍るような寒い冬のこと。ソフィアと初めて出会ったのは、

魔王:我、もしかして昔の女との馴れ初め聞かされておる?

勇者:下町の路地裏でね。

魔王:また妙なところで会ったの。

勇者:お忍びで下町を散歩していたソフィアと、巡回という名目でサボってた僕がばったりと。

魔王:いや、働け。

勇者:へーきへーき。平和な町だからね。

魔王:ほんとかの? まぁ、王女がお忍びで散歩するくらいじゃからの。平和なんじゃろうが……。

勇者:でも、最初は全然王女だなんて気が付かなかったんだけどね。

魔王:変装が上手かったのか?

勇者:変装、そうだね。だってソフィアったら、男の格好してたんだよ。城に出入りしてる仕立屋の倅の服を借りたらしい。

魔王:それは繊細にして大胆じゃな。

勇者:うん、そして大胆にも、下町の子供達に混ざって、ストリートファイトしてたんだ。

魔王:ストリートファイト!?

勇者:そうそう、大人しそうに見えてやんちゃな子でね。

魔王:やんちゃとかいう次元かの……?

勇者:二回りは大きな男の子の頭皮を掴んで泣かせてたっけ。

魔王:王女何やってんのじゃ!? 平和な町とは!?

勇者:まぁ、サボりとはいえ子供達が喧嘩紛いのことしてたら止めないわけにもいかないからね、仲裁に入ったんだけど。

魔王:あぁ、それで大人げなくも本気でも出したかの?

勇者:出したよ。

魔王:だしたのかよ。

勇者:出して負けたよ。

魔王:負けたのかよ。

勇者:年下の女の子とはいえ、ソフィアは生まれながらの王者だからね。

魔王:武闘派の王家なんじゃな。

勇者:12才で正式に騎士になって、最年少の天才騎士なんて持て囃されていた僕だけど、

魔王:そうなのか?

勇者:格の違いを思い知らされたよ。ははっ……、古傷が疼くなぁ。

魔王:傷まで負ったんじゃな。

勇者:でもそれからどうしてか、随分気に入られてね。

魔王:ふぅん。

勇者:警護も兼ねて、よくお忍びに同行してたんだ。騎士っぽいだろ?

魔王:王女よりも弱い騎士さまじゃがな。

勇者:懐かしいなぁ、日が暮れるまで下町の少年達と殴り合ったっけ。

魔王:何してるんじゃ不良騎士、仕事しろ。

勇者:もちろん、ただ喧嘩してただけじゃ無いよ?

魔王:他にどんな碌でもないことをしてたと言うのじゃ?

勇者:殺し屋、マフィアに、人攫い。ソフィアと一緒に悪い奴らもいっぱい倒したんだ。

魔王:いや、平和な町とは? 何やってるんじゃ天才騎士。

勇者:世直し。

魔王:その頃から勇者じゃったのか?

勇者:その頃はただの少年。

魔王:そんなただの少年がおるか。

勇者:てへぺろ。

魔王:へっくし。……ずび。しかし、貴様にそんな過去がの。

勇者:はは、恥ずかしいな……。うん、でも、なんていうか、それで仲良くなったんだ。兄妹みたいに。

魔王:そのエピソード、妹感ゼロじゃがいいのか?

勇者:だから、さ。

魔王:なんじゃ?

勇者:勇者として旅立つ兄の無事を祈る。なんて、とってもロマンチックだし、身近にいるかっこいい男につい惚れてしまうのも、あの年頃にはあることだろ。

魔王:こやつ、しれっと自分をかっこいい男と言ったの。負けたくせに。

勇者:ソフィアはかわいかったよ。

魔王:聞いておらんが?

勇者:でも、僕にとっては守るべき対象でしかなかった。

魔王:負けたくせにか?

勇者:たとえその子が自分より強くても、守りたくなるのが男心さ。

魔王:そういうもんかの。ということは、好きだったんじゃろ。

勇者:好き、か。うん、好きだった。

魔王:ふん。後生大事にハンカチ持ち歩いておるくらいじゃものな。

勇者:あはは……。

魔王:それを我に渡すのはちとイカレておるが。

勇者:終わった恋だからね。

魔王:ほら、やはり恋なのじゃ。

勇者:……それに、今は、

魔王:今は?

勇者:……なああぁぁっ!

魔王:な、何じゃ……?

勇者:今は勇者の使命に集中したいんだぁ!

魔王:は?

勇者:そう! ハンカチを渡すことは、愛する人への祈りでもあるけど、ハンカチを投げつけることは決闘のサインでもある!

魔王:貴様、普通に手渡しただろうが。

勇者:そ、それは……! 細かいことは良いだろ! 魔王!

魔王:細かいかの……?

勇者:それともなんだ? 僕に負けるのが怖いのか?

魔王:貴様は我に負けるのをもっと怖がるべきじゃな。

勇者:敗北が怖くて勇者ができるか!

魔王:失敗から学ばねば人は進めず繰り返すだけじゃ。

勇者:なら学びまくっている僕は! 136回負けた分進みまくっているということだ!

魔王:キモいくらいポジティブじゃが、それでも貴様の手は届かぬぞ?

勇者:それはどうかな! やってみなくちゃ分からない!

魔王:貴様が我に負けることはこの世の摂理。やるまでもないと思うがの。

勇者:なら僕がぶっ壊してやるよ。摂理ってやつを!

魔王:ふーかっくいー。

勇者:だろ!

魔王:……しかし、風邪を引いても我は魔王じゃ。

勇者:っは! ここで退いたら勇者じゃ無い!

魔王:痛い思いをしたくなければ、帰って眠るがいい。

勇者:どんな痛みにだって耐えてみせる。

魔王:相変わらずがんばるのう。

勇者:そして、眠るのはお前の方だ。

魔王:我もちょっと眠りたいがの。

勇者:なら、その望み叶えてやる!

魔王:望みは自分で叶える物じゃな。貴様は我に敵わない。

勇者:敵わなくたって構わない。けれどいつかきっと叶うと俺は信じてた。

魔王:いつか、のう。いったいいつなんじゃ?

勇者:そしてそれは今日だ!

魔王:何度挑もうと同じことじゃ。

勇者:僕は何度だってお前に挑む!

魔王:そうか、ならば来るがよいのじゃ。丁度くしゃみも治まっておるしの。

勇者:それはよかった。

魔王:ちと複雑じゃがありがとの、ハンカチ。

勇者:礼には及ばない。

魔王:及ばぬのは実力もじゃが。

勇者:っは。戦いの最中に鼻水なんて出されたら白けちまう。

魔王:我は魔王じゃぞ? 鼻水なんて出さぬのじゃ。

勇者:ははっ、フラグじゃないのか?

魔王:うっさい。出さぬわ。あぁ、むろん本気も出さんがの。

勇者:負けた後に本気じゃ無かったと後悔するなよ! 魔王!

魔王:悔しかったら我を本気にさせてみることじゃな、勇者よ。

勇者:…………。

魔王:…………。

勇者:では、

魔王:さて、

勇者:僕は不屈の勇者! 名を、エリス・ヴァレリアン・ナイトレイ!

魔王:我は永劫の魔王。ルーナ・ジェノヴェッファ・アニェーゼ・ディ・フィオーレ=ヴィットーリ。

勇者:魔王! 今日こそお前を倒し、長く続くこの戦いに終止符を打つ!

魔王:ふははははは! ならば貴様のその心を挫き、二度と刃向かえぬようにしてやる、勇者よ!

勇者:閃き照らす剣の瞬き、暗澹たる世界を切り裂き、今ここに新たなる秩序をもたらさん!

魔王:深淵よりいずる真紅の腕(かいな)、不遜なる我の敵をその本質まで焼き尽くせ!

勇者:黎明一閃デイブレイカー・ブレード! うぉぉぉぉぉ!

魔王:業炎血河《ブラッディ・エクスプロ……へっくしー! ……あ。

勇者:え。


  魔王の魔法がくしゃみと共に大爆発し、勇者が巻き込まれる。


勇者:うわぁぁぁぁぁぁ!?

魔王:……あ。すはん、魔りょふ出りょふふぉ間違へたの。:……ふぬん! ずびび。

勇者:…………。

魔王:あー、あー……。勇者が、……一昨日の晩に我が焼いた餃子のようじゃ……。

勇者:…………。

魔王:くしゃみで白けるどころか真っ黒じゃな。ふはははははは。

勇者:…………。

魔王:笑ってる場合じゃないの。……えーっと、回復魔法は……うむ。彼の者に再び希望を。原典回帰リライズ


  勇者の傷が少し治る。


勇者:…………。

魔王:よし。ちょっと油断した今朝のトーストくらいにはなったかの。……そういえばお腹空いたの。

勇者:…………。

魔王:あとでベーコンでも焼くかの。

勇者:……う、うぅ……。

魔王:……お、目が覚めたか? 勇者よ。

勇者:こほっ! こほっ……!

魔王:おい、しっかりせい、勇者。

勇者:ん、ん……?

魔王:しっかし、貴様は相変わらずへっくし。……ずび。

勇者:ま、おう……?

魔王:弱いのぅ、勇者。

勇者:なに、が……。

魔王:我が回復してやったのじゃ、ありがたく思え?

勇者:こほっ……。そうか、僕はまた負けた、のか。

魔王:一撃じゃな。

勇者:はは……、我ながら、情けない。お前は、手加減してくれていたというのに……。

魔王:本気を出さなかったのは貴様のためじゃないんだからな。たんに眠かっただけじゃ。

勇者:分かってるよ。

魔王:……まぁ、くしゃみでうっかり10%は出たけどの。

勇者:こんなことではお前を倒すなんて……。

魔王:まぁ、無理じゃな。

勇者:…………。

魔王:何度も我に挑んでは、その度にぶっ殺されて蘇生されて帰っていく。もはやそういう装置のようじゃ。

勇者:装置……。

魔王:のぅ、勇者よ。

勇者:なんだ、魔王。

魔王:もういい加減諦めて帰ったらどうじゃ?

勇者:そんな、こと……!

魔王:今さら我も世界をどうのこうのなぞ考えておらぬしの。

勇者:嫌だ、僕は諦めない!

魔王:いくら勇者とはいえ身が持たぬぞ?

勇者:それでも僕はお前と戦う!

魔王:それは……なにゆえじゃ?

勇者:何故……。

魔王:負け続きで悔しいから?

勇者:…………。

魔王:それとも使命や信念は曲げられぬか?

勇者:……両方、理由の一つではある。

魔王:理由の一つ。他にはどんな理由がある?

勇者:それは……、言えない。

魔王:よかろう。ならば、我は相も変わらず貴様を始末せねばならぬのじゃが。

勇者:お前こそ、どうしてなんだ?

魔王:何がじゃ?

勇者:どうして、始末なんて言っておきながらいつも僕を殺さない。

魔王:おや、言わなんだか?

勇者:気まぐれっていうのはこれまで78回聞いたが。

魔王:よくカウントしとるの。我のこと大好きか。

勇者:だい!? い、いや! そんなんじゃないぞ!

魔王:分かっておるわ。貴様は勇者で、我は魔王じゃぞ?

勇者:あぁ。

魔王:飽いた。

勇者:何が?

魔王:殺すのも壊すのも奪うのも虐げるのも飽いた。

勇者:…………。

魔王:それに、喪うことも、の。

勇者:魔王……?

魔王:だから貴様は殺さぬのじゃ。

勇者:お情けか。

魔王:お情けじゃ。

勇者:あぁ、情けない。

魔王:情けなくとも生きよ、勇者。貴様は我と比べるべくもない矮小なクソ雑魚じゃが。

勇者:おい。

魔王:そこそこ頑張っておる方じゃ。

勇者:上から目線だな。

魔王:魔王じゃからな。

勇者:それで? いつまでも勝てない僕が何を頑張ってるって?

魔王:頑張っておるよ。

勇者:いい加減なことを。

魔王:なんせ我に百度以上挑んだ者など他におらぬのじゃ。

勇者:それは……。

魔王:たとえ結果が伴わなくともの。

勇者:一々刺すな。

魔王:ふはははは! 我は魔王じゃ。精神攻撃も朝飯前よ。

勇者:嫌がらせだろう。

魔王:勇者。

勇者:なんだよ。

魔王:倦むな、拗ねるな。貴様の良さは単純明快でアホなところじゃろ?

勇者:いや、今ディスられただけじゃない?

魔王:生きよ、勇者。胸を張っての。

勇者:張れるか。張り倒すぞ。

魔王:それができたら苦労せんじゃろうがな。

勇者:言ったな!

魔王:え、おい、待つのじゃ! 勇者!

勇者:問答無用! うおぉぉぉっ!

魔王:貴様まだ怪我が……!

勇者:うおぁ!?


  勇者、足が縺れて魔王とともに倒れ込む。


勇者:いてて……。

魔王:……ふむぅ。これは。

勇者:あれ……?

魔王:見直したと言うべきか、見くびっていたと言うべきか、いや、やはり見損なったと言うべきかの。勇者。

勇者:ま、魔王?! 何故僕の下に!?

魔王:貴様。張り倒せぬからと言って、よもやこの我を押し倒すとはな。さすが恋愛ソムリエじゃ。

勇者:ち、違うそんなつもりじゃ!

魔王:じゃあどんなつもりじゃ。

勇者:あ、いや、えっと、……ごめんなさい。

魔王:なんじゃ謝るのか。

勇者:事故とはいえ、こうなってしまったのは事実だし。ごめん、魔王。

魔王:……ほんとに事故か?

勇者:わ、わざとじゃないって!

魔王:なら早うどくのじゃ。いつまでもひっつきおって。

勇者:僕だって早く離れたいよ!

魔王:……ふぅんそうかの。

勇者:そうだよ! でも、身体が……。

魔王:身体? あ~。骨が逝っておるな。

勇者:た、立てない。

魔王:まぁ、爆発でぶっ飛んだからの。

勇者:たすけて。

魔王:情けないの。

勇者:うぅ、面目ない……。

魔王:ふふふ、仕方のない勇……へっくし……ずび。

勇者:大丈夫か?

魔王:あぁ、すまぬ。……へっくし。ずび。へっくし。へっくし。あぁ……ずび。

勇者:風邪、ひどいのか?

魔王:いや、へーきへー…………。

勇者:魔王……?

魔王:あぁ、けほっ、けほんっ……うむ、実はそうなのじゃ……。けほんっ……!

勇者:咳まで……!?

魔王:我慢しておったが、ずっと頭が痛くての……。

勇者:そういえば言ってたな。そんなに悪かったのか?

魔王:魔法の出力が狂ったのもそのせいじゃ、すまんかったな、勇者。

勇者:い、いや、僕の方こそ無理矢理戦いを挑んで悪かった。

魔王:やはり妙なところで紳士的じゃな。

勇者:勇者だからね。

魔王:些か、この絵面は紳士とは言い難いがの。

勇者:い、言うなよ……。それより、大丈夫なのか?

魔王:あぁ、今も少し寒気がしておるが、大丈夫じゃ。

勇者:大丈夫じゃないよ!

魔王:あぁ、大丈夫じゃないの。

勇者:え?

魔王:実は力が入らぬのじゃ。けほんっ。

勇者:ええ?!

魔王:じゃからしばらく、

勇者:このまま……?

魔王:不本意なことに、の。

勇者:……マジ?

魔王:…………。

勇者:なぁ、魔王?

魔王:…………。

勇者:身体、大丈夫?

魔王:…………。

勇者:僕、重くない?

魔王:…………。

勇者:ねぇ、なんか言ってよ。

魔王:…………。

勇者:き、気まずいよ……。

魔王:…………。

勇者:あ、あの、魔王?

魔王:…………。

勇者:魔王さーん……?

魔王:…………。

勇者:……えっと、魔王。

魔王:…………。

勇者:実は、その、

魔王:…………。

勇者:僕……。

魔王:……嘘じゃ。

勇者:へ?

魔王:いや、嘘じゃよ。

勇者:な、何が?

魔王:我動けるぞ?

勇者:はぁ!?

魔王:ほーら、高い高~い。

勇者:ふわぁ!?

魔王:ふふふ、童心に返るかの?

勇者:い、いや、ぎ、ぎぶ……!

魔王:あぁ。骨がミシミシ言うておるの。すまぬすまぬ。

勇者:……し、死ぬかと思った。

魔王:生きておるのが不思議なくらいじゃがな。

勇者:はぁ、はぁ……。

魔王:勇者よ。

勇者:はぁ、はぁ……、なんだよ?

魔王:我の上で息を荒げるな。

勇者:なら下ろしてくれます?!

魔王:それは嫌じゃ。

勇者:どうして!?

魔王:……わ、我に言わせる気か? 勇者……?

勇者:え……?

魔王:なぁ、勇者。ぎゅってしてやろうか?

勇者:ぎゅっ……!?

魔王:どうなのじゃ?

勇者:い、いや、

魔王:やっぱり我じゃ嫌か、の……?

勇者:そ、そういう嫌じゃなくて、

魔王:嫌じゃないのか?

勇者:嫌じゃない! って言うか……、

魔王:いいのか?

勇者:いい!? い、いや、その、いや、えっと……!

魔王:はい、ぎゅー。

勇者:あ。

魔王:ぎゅーーーー。

勇者:あぁ……? ……え? ちょ、力つよ……ま、魔王、ちょ、ま、まって、あ、あぁぁ、ぎゃぁぁぁぁ!

魔王:ふはははははは、貴様はほんと隙だらけじゃな。

勇者:……殺す、絶対、殺すぅ……!

魔王:良い悲鳴じゃな。

勇者:この、鬼畜魔王め……!

魔王:今更気付いたのか?

勇者:何がしたいんだよ、お前。

魔王:言ったろう? その魂を複雑骨折させてやるって。

勇者:身体が複雑骨折してるんだよ……。そんなに僕を諦めさせたいのか?

魔王:……さぁの。

勇者:なら言っておくぞ、魔王!

魔王:何をじゃ?

勇者:僕は絶対に諦めないし挫けない!

魔王:ふむ。

勇者:そしていつか絶対にお前を倒す!

魔王:ベッドに?

勇者:うるせぇ!

魔王:うるさいのは貴様じゃ。我の上で吠えおって。いつまで我に乗っておるのじゃ。へっくし。……ずび。

勇者:そ、それはほんとに申し訳ないんだけど、だから動けないんだよ。

魔王:嘘じゃないじゃろうな?

勇者:嘘に見える?

魔王:確かに嘘をつける頭しておるようには見えぬの。

勇者:ディスらないと気が済まないのか?

魔王:いや、今のは褒めたつもりなのじゃが……。

勇者:それは嘘だろ。

魔王:真面目で正直者って。

勇者:……あ、ありがとう。

魔王:き、気にするな。

勇者:そ、その、魔王、僕……。

魔王:うん? どうした、勇者よ?

勇者:あ、いや、えっと……。

魔王:何をもじもじしておる?

勇者:実は……、

魔王:もしや……、トイレか?

勇者:え?

魔王:トイレなら玉座の間を出て左手の突き当たりを右に曲がって左じゃ。貴様はいつも迷いおるからな。

勇者:いや、違うよ!?

魔王:じゃあ、なんじゃというのじゃ?

勇者:そもそも、この状態でどうやって行くんだよ。

魔王:……付き添って欲しいのか?

勇者:んなわけあるか! どこの世界に魔王と連れションする勇者がいるんだ!

魔王:いやいや、貴様の思っているより世界は広いぞ?

勇者:かも知れないけど違うそうじゃない!

魔王:連れションというか介護じゃもんな。

勇者:実態に近いけどそこじゃない。

魔王:我、こう見えて甲斐甲斐しいからちゃんとお世話してあげるぞ?

勇者:やめてくれ、流石に心が折れる……。

魔王:なるほどその手があったのじゃ!

勇者:冗談じゃ無い!

魔王:流石に冗談じゃがの。

勇者:このままじゃ色々ピンチだ! 僕は、自分の足で歩く!

魔王:その身体でどうやってじゃ?

勇者:こうやって、だ!

魔王:おぉ?

勇者:眠れる肉体よ、今こそ目覚めの時……秘技、筋肉万歳マッスル・グローリア


  勇者が立ち上がる。


勇者:や、やった……!

魔王:ほう、すごいの。骨はほぼバラバラじゃというのに。

勇者:筋肉の力を総動員して身体を動かす秘技、だ。

魔王:何か知らんが無茶するのう。

勇者:へ、へへ、これで歩ける……。

魔王:突いたら崩れそうじゃな。

勇者:やめて!?

魔王:なんじゃ、勇者よ、そんなにトイレに行きたかったのか?

勇者:ちゃうわい!

魔王:じゃあなんじゃ?

勇者:帰るんだよ。

魔王:そうか、故郷に。

勇者:いいや、体勢を立て直すだけだ。

魔王:まず身体を治せ。へっくし、……ずび。

勇者:はは、それはこっちの台詞だ。

魔王:……そうじゃな。

勇者:……なぁ、魔王。

魔王:うん? なんじゃ?

勇者:また、来てもいいよな?

魔王:来るなと言っても来るくせに。

勇者:もちろんだ。

魔王:はぁ、貴様の好きにせい。

勇者:そうさせて貰う。

魔王:我は魔王、貴様は勇者なのじゃから、な。

勇者:……そうだな! へへへっ!

魔王:……なんなのじゃ。いつものことじゃが、負けてぼろぼろのくせにやたら晴れ晴れした顔をしよって。へっくし。……ずび。

勇者:ほんとに大丈夫か、風邪。

魔王:うぅ……。大丈夫じゃ。

勇者:今日はあったかくして寝ろよ?

魔王:自分の心配でもしておれ勇者。

勇者:それな。

魔王:……しかし、これは貴様より手強いやもしれぬの。

勇者:やかましい。

魔王:まぁ、我は風邪などには負けぬがの。無論、貴様にも。

勇者:はいはい。お大事に。いてて……。

魔王:貴様もの。

勇者:じゃあな。

魔王:それではの。へっくし。……ずび。ハンカチ、洗って返すからの。

勇者:ああ。


  勇者、去ろうとする。

  が、立ち止まり道具袋に手を突っ込む。


勇者:……あ、そうだ。

魔王:どうした、忘れ物か?

勇者:たしか、まだあったよな……。

魔王:うん?

勇者:あったあった! エリ……サ~!


  勇者、道具袋から薬の入った瓶を取り出す。


魔王:それは、なんじゃ?

勇者:ほとんどの病気や怪我がたちどころに治る万能薬。

魔王:すごいの!

勇者:……だが、勇者界隈では入手しても殆ど使われることはなく、コレクションとしての価値があるものなんだ。

魔王:ということは貴重なものか?

勇者:まぁ滅多に手に入らないかな。

魔王:ほぉん。で、それがどうしたのじゃ?

勇者:やる。

魔王:なにゆえ?

勇者:その、迷惑かけたから……。

魔王:迷惑? ああ、我を押し倒したことかの?

勇者:そうだけどそうじゃない!

魔王:気にしておらぬよ。……いや、気にしてはおる、かの……うむ。

勇者:どうした?

魔王:な、なんでもないのじゃ。

勇者:それに、あれだ。万全じゃない魔王を倒しても意味がないだろ。

魔王:勇者……。

勇者:へへ、

魔王:……いや、その万全じゃ無い魔王に挑んでおまけに炭になったのは誰じゃ。

勇者:あれ炭になってたの?!

魔王:今も骨がバラバラじゃろうが。貴様が使えばよかろう。

勇者:いいや、使わない。

魔王:どうしてじゃ?

勇者:愚問だな、使えないんだよ。

魔王:だからなにゆえじゃ?

勇者:呪い、みたいなものかな。

魔王:呪いじゃと!?

勇者:この薬を持ち歩いていると、死亡率が上がるらしい。

魔王:それはどういうことじゃ?!

勇者:あぁ。さっきも言ったけれど、勇者界隈では滅多に使われない貴重品なんだ。

魔王:言っておったの。

勇者:この薬を飲んでいれば生き残れたであろう勇者が、それを躊躇って命を落とすことも多い。そして使われなかったこの薬は誰かに拾われ、人の手から手へと渡り歩く。

魔王:はぁ……。

勇者:僕の手元にあるこいつも、そうした曰くのある品って訳だ。もちろん、僕にだって使えない。そういう呪いなのさ。

魔王:……つまり?

勇者:勿体なくて死んでも使えない。

魔王:アホか。

勇者:そういう性(さが)なんだよ……。

魔王:ただの貧乏性じゃろ。なのに他人にはあげられるのか? しかも魔王に。

勇者:恵みを誰かに分け与えるのも勇者の使命さ。

魔王:誰かって、我、魔王じゃがな。

勇者:細かいことは良いんだよ、そのエリ……サーも、きっと必要としてくれる人のもとにあった方が幸せ、かも知れないだろ?

魔王:ハンカチの時も言ってたぞ貴様。

勇者:そうだっけ?

魔王:まぁ、せっかくじゃ。もらっておくとするかの。

勇者:魔王……!

魔王:ありがとうなのじゃ。勇者。


  魔王、勇者から薬の瓶を受け取ると、蓋を開ける。


勇者:躊躇なくあけた!

魔王:我は魔王じゃからな。呪いなぞ関係ないのじゃ。

勇者:なるほど……。

魔王:では、いただくとするかの。

勇者:どうぞ。

魔王:んっ、んっ、んっ……。


  魔王、薬を飲む。


勇者:どう?

魔王:……ふぁぁ。これは効くのう。

勇者:どんな味?

魔王:モンエナの味がしよる。

勇者:モンエナか。

魔王:ん? よく見れば貴様、

勇者:え?

魔王:随分顔が赤いの。

勇者:え!? そ、そうかな!

魔王:なんじゃ、貴様も風邪をひいておったのか?

勇者:いや、たぶん、大丈夫。

魔王:多分じゃと? どれ、熱は……。

勇者:わ、近い!

魔王:さっき我を押し倒したやつが何を言う。

勇者:それはもう言うなよ!

魔王:……ふむ。結構熱いの。それに脈も。

勇者:あ、それはきっと、筋肉万歳マッスル・グローリアの作用だよ。心拍数と体温を上げて筋肉を限界以上に稼働させるから。

魔王:限界以上って、大丈夫なんじゃろうな、それ。

勇者:大丈夫!

魔王:……のぅ、勇者よ。

勇者:なんだ、魔王。

魔王:エリクサーとやらがまだ残っとるからはんぶんこするかの?

勇者:し、しないよ!?

魔王:そしたら多少はその身体もマシになると思うのじゃが、我の飲み差しは嫌か?

勇者:嫌って訳じゃ……、いや。勇者が一度あげた物を返してもらうようなみみっちい真似出来ると思うか?

魔王:貴様はしそうじゃの。

勇者:な!

魔王:冗談じゃ。

勇者:もう。

魔王:いいんじゃな?

勇者:いいよ。

魔王:泊まってってもよいぞ?

勇者:泊まっ……!? 冗談か?

魔王:本気じゃが?

勇者:本気は出さないんじゃ無かったのか?

魔王:じゃから別段もてなす気も無いが、ベーコンくらいは焼いてやる。

勇者:焼いたベーコン単品で振る舞うって、どうなってるんだ、お前の食生活。

魔王:料理は得意では無いのじゃ。

勇者:餃子焦がしたんだっけ?

魔王:貴様あの状態で聞こえてたのか……?

勇者:トーストにしてくれてありがとう。

魔王:嫌味かの?

勇者:いいや。でも、遠慮しておくよ。

魔王:ちゃんとした料理が出ぬからか?

勇者:僕が勇者で、君が魔王だから。

魔王:そうじゃの。

勇者:うん。


  勇者、歩き出す。


魔王:あっ! おい勇者、本当にいくのか? 貴様ふらっふらじゃぞ?

勇者:あはは……へーき。また来るよ。

魔王:なにゆえじゃ?

勇者:なにゆえ?

魔王:どうしてそんなに我を倒したいのじゃ?

勇者:さぁね、分かんない。逆にどうしてだと思う?

魔王:我が魔王で、貴様が勇者だからか?

勇者:どうなんだろう。

魔王:曖昧じゃな。

勇者:でもこれだけははっきりしてる。

魔王:なんじゃ?

勇者:次こそ僕が勝つってこと。

魔王:…………ふははははは!

勇者:ははははは。

魔王:良かろう! 何度来ても同じじゃが、我はここでずっと貴様を待っておるぞ。勇者エリス・ヴァレリアン・ナイトレイ。

勇者:魔王ルーナ・ジェノヴェッファ・アニェーゼ・ディ・フィオーレ=ヴィットーリ。またな。

魔王:あぁ、来るのじゃ。

勇者:強くなって、また。

魔王:待っておる。我は逃げも隠れもせぬゆえ!


  勇者、去る。


魔王:ずっと、ずっと……。


  勇者の去った扉を見つめる魔王。


魔王:…………あぁ、行ってしまいおったな。

魔王:あのへたれ勇者がこの我を倒すのは一体いつになるのじゃろうな。

魔王:へっくし。……ずび。

魔王:あやつ、本当に大丈夫じゃろうか?

魔王:……我とはんぶんこ、してくれなかったの。

魔王:い、いや! でも、そのような軽率なことで風邪でもうつしてしまったらつまらぬしな!

魔王:ちょっと反省じゃ。

魔王:勇者もそれに気を遣ったのであって、決して、我の飲み差しが嫌じゃったわけでは……。

魔王:……ふふっ。

魔王:そういえば、あやつと初めて会ったときも、世界をはんぶんこしようなどと持ちかけたが、断られたんじゃったか。

魔王:我はどうしてあのようなことを言ったのじゃろう?

魔王:別段脅威にもなり得ぬ勇者。

魔王:余興じゃったか、何か意図があったか、

魔王:ふふ、今となっては思い出せぬが、


魔王:寂しかった。


魔王:なんてことだけはないと断言できる。

魔王:我は魔王、あやつは勇者。

魔王:住む世界が違うのじゃ。


魔王:それでもこんな日々がいつまでも。

魔王:なんて思ってしまう我も随分なへたれなのじゃろうな。

魔王:へっくし。……ずび。

魔王:エリス……。

魔王:っは!? 違う違う! そういうんじゃないのじゃ!


  魔王、薬を一息に呷る。


魔王:んっ、んっ、んっ……。ふぁぁっ!

魔王:確かに効くが、このエリクサー、ちと糖分多いのじゃ。

魔王:甘々、……じゃな。

魔王:歯を磨いてもう一眠りするかの。

魔王:へっくし。……ずび。

魔王:それにしても、薬でも……治らんとは、しつこい風邪じゃの……。

魔王:……勇者、……次に来るの……は、……いつ、じゃろ……なぁ……、早ふ、ふぉぬはの~……。

魔王:…………あぁ、ハンカチも洗わねば……の……。

魔王:ふふ、めんどくさいのう。

魔王:ふぁ~……。ねむ。

魔王:……そして、次に目覚めた時、また貴様がそこにいたら我は。

魔王:我は……。


  間。


魔王:我は、びっくりしちゃうのぅ。

魔王:寝顔はちょっと見られたくないのじゃ。

魔王:でも、今日は良い夢が見られそうじゃな。

魔王:ふぁ~……。そんな気が、

魔王:するの、じゃ……。

魔王:……っと、歯を磨かねばの。

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風邪気味魔王と勝てない勇者の風邪薬《エリクサー》 音佐りんご。 @ringo_otosa

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