テセウスの船
@ponzu0328
テセウスの船
一週目の僕は、冴えないサラリーマンであった。
忘れられない恋があり、悪魔からもらった「時間を巻き戻す力」で人生をやり直した。
二週目の僕は、一週目で掴むことのできなかった彼女の手を取り、見たことのない新しい未来が生まれた。しかし、幸せは長くは続かず、彼女の不貞で僕たちの関係は終わってしまった。
三週目の僕は、これまでにないほど勉学に励み、名門大学から高給で有名な外資企業に就職した。誰もが羨む肩書と収入を得た。しかし激務に耐えきれず精神はすり減り、自殺を考えるようになったため、四週目の人生でやり直すことを決めた。
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1400万604週目の私はこの世のほとんどの事象を把握し、支配していた。
これまでの知識と経験から、幼少期は神童としての片鱗を見せ、予め結果を知っていた宝くじで資金を得て、米国へ留学を勝ち取る。そのまま現地で就職。併せて今後の高騰がわかっているスタートアップ企業の株を購入しておき、住宅バブルに乗って不動産による資産も形成。世界で指折りの資産家として名を馳せ、何不自由ない贅沢な生活を謳歌していた。金の力で政治ともつながり、裏側で日本を、世界を動かすことも不可能ではなかった。
一週目の私とは比べ物にならないほど、多くのものを得ていた。確実に幸せなはずだった。
しかし、いつしか思うようになった。
「私」とは何なのか。
自分の人生に不満があったら、人生をやり直す。
手に入れたいものがあれば、手に入れられるまで何度も試す。
そうして私はありとあらゆるものを手中に収めてきた。
今の私は何でもできる。何にでもなれる。
そして、不満が生まれれば、やり直すことができる。
今思えば馬鹿だった。一週目で振られた女の顔なんてもう忘れてしまった。
今ならもっと良い女を好きなだけ抱ける。
そういえば、あの時落ち込んだ俺を慰めてくれた大学の友人たちも、3週目以降は会わなくなってしまった。
両親は、私が金を持ち始めると「変わってしまった」「そんな子じゃなかったでしょう」と煩くなったので、49週目以降は早々に縁を切る道を選んだ。
自分の妻や子供も、どうせ自分が人生をやり直す時にリセットされてしまうのだから、1,000週目くらいから考えるのをやめた。女は金でいくらでも買える。子供だって、、、
これが、「私」なのだろうか。
人生とは何なのだろう。
心の中に、もやが広がっていく。
無視できないほどに、それは私の思考を侵していった。
やめてしまおう。
僕は、がらんと広い自分の邸宅のまんなかで、
拳銃をこめかみに当てて、引き金を引いた。
自分の人生を終わらせるために。
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目が覚めると、
1400万605週目の人生が始まっていた。
そうか、悪魔の力はただ時間を巻き戻すのではなく、
その発動は自分の死がトリガーになっていたのか。
これまでも、「力を使った」のではなく、
あの瞬間に死んだから、力を使ったように見えただけで、
実際には僕の死によって、時間が巻き戻っていたのか。
つまり、この力は自分で制御することはできない。
僕はただ、死ぬたびに自分の人生をやり直す、無限の中にいるのだ。
これが悪魔と取引した代償なのか。
もう僕は、僕の人生を歩むことはできない。
全てを手に入れたと思っていたが、僕は全てを失っていたんだ。
この空虚な世界に生れ落ち、僕は大声で泣いた。
分娩室の中で、祝福を受けながら。
テセウスの船 @ponzu0328
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