第3話 下心があり余る

『よろしくね。いづるちゃん』

 女神が屈託のない笑顔をしているのがわかるほど明るい声で言った。あたり一帯にいるすべての半透明の女神もこちらを向いて笑顔になったような気がしてぞっとする。

『あー人間は同じ顔がいっぱい並んでると怖いか。戻すね』

 一瞬のホワイトアウトののち女神たちの姿は見えなくなった。しかし一度見てしまったものを忘れることはできない。今もそこにいるのだという気配を感じないわけにはいかなかった。

「ずいぶん青い顔をされていますが、大丈夫ですか」

 試験官の男が声をかけてくれる。

「大丈夫です。おかまいなく」

 深呼吸して気持ちを切り替える。今すぐ女神のいた部屋に戻してもらうこともできるだろうが、いまはあの女の顔は見たくなかった。今目の前でできることに集中しよう。結局自分の力で自分の居場所を作るしかないのだ。まずは冒険者として正当な評価を受けて、それから――それから?

 落ちつけ私。今は深く考えるな。目の前のことに集中しろ。

「魔法で的を破壊。的を破壊」

『炎とか水とかこの世界の基本的な物質を任意の地点に発生させるのが攻撃魔法の基礎よ。発生させる場所とものをイメージして。“炎は最初からそこにあった”と思い込むの。あなたの認識で世界を上書きするのよ』

 炎。熱くて赤いもの。ゆらぐもの。それはそこにある。目の前の岩を内側から食い破って吹き出す。

 ヴぉッ――!!!

 豪快に火柱が上がって内側から標的の岩が爆ぜた。

「素晴らしい火力ですね。狙いも完璧だ」

 よかった。

「では次行ってみましょうかぁー」

 試験官はまた地面から岩を引っ張り出した。え、これまだやらされるのか。




 結局昼から始まって夜まで岩を破壊し続けた。身体的な疲労は全くないのに、同じことをさせ続けられる精神的疲労だけはたまり続ける。賽の河原の石積がつらそうなのはそういうことか。

「これで試験は終了です。では後日依頼の連絡をさせていただきますので、今夜はこちらで手配する宿舎にお泊りください」


 流されるまま魔法を吐き続けて、依頼も受けることになってしまった。だるすぎる。しかも世界中同じ女神だらけらしいし不気味でしょうがない。

「それはもう私のことを好きになっていただくしかありませんね~」

 女神が銀の燐光を振りまいて宿部屋に現れた。

「びっくりした。そんな簡単に来れるのね」

「まあね。何とでもなるのよ」


「今日はいろいろとショックだったようね」

「まああんたがいっぱいいたのが一番ショックだったけどね。あんたいったい何者なの」

「いづるちゃん口悪くなってない?マいいけど」

 曰くこの女神、便宜上神を名乗ってるだけで厳密にはもっと違う存在らしい。というか、言ってることがよくわからない。

「私はね自己成長する宇宙そのもの、あらゆる変化を媒介するもの、あらゆる事態を観測するもの、あらゆるもの。あらゆる物質や現象は私で、存在は私なの。

 あらゆる物質・物体・関係・物と物の起こす現象、すべての集合が私。そしてそれを任意に操ることができる。あるいはあらゆる操作はあらかじめあるこの世界の一部であって、そこに意思はない。ただ変化が存在し、そこには入力と出力があるだけ」

 何者なのかで説明されるとスケールが大きすぎてわからないけど、私が直面してるコイツという現象についてだけなら理解できる範囲に収められないだろうか。

「結局あなたは何ができるの」

「あらゆる魔法と呼ばれるものの行使。存在や空間のステイタスの変更。物質の生成消滅変質。私やほかの私――姉妹とでも呼ぶべきかしら――を通したコミュニケーションや特定個体に対する祝福の付与」

 姉妹。それもずっと気になっていたんだ。

「じゃあその姉妹ってのが私をおもちゃにするっていう神々ってこと?それとアンタは何が違うのさ」

「記憶や人格と呼べるものは共有していない。それ以外は本質的に同じ存在ね」

「じゃああなたも担当してる対象がないだけで特定個体に祝福?ってのを与える存在なんだ。その祝福って――」

 いや、まてまて大事なことに気が付いてしまった。私がコイツを、コイツが大量にいることを不気味がる理由。

「あんたの姉妹が私をおもちゃにしちゃうならさ、本質的に同じあんたも私をおもちゃにしちゃうんじゃないの?」

 聞いてしまった。回答によっては今すぐ逃げる必要があるぞ。いやどこに?この世界はコイツそのもので、地球にわたる能力はなくて、私とよべるものは不滅の魂だけ。自害もできない。どこへ逃げろと?

 この質問は地雷だった!聞いたところで私が損するだけじゃないかッ!

「そうだよ。私は姉妹たちと根本的に変わらない。この世界に存在しないもの、この世界ではないものを本質的に気にかけてしまう。折鶴いづる。あなたを排除することができず、ずっと気になってしまう。ずっと意識してしまう」

 ああまずい。これ以上は。

「私はあなたに恋しているかわいい女神様なの」

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神様があり余る! ██ @tomatome

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