第2話 神様があり余る

 終わった……。

 私死んでるらしいし、地球に帰れないし、ここに居続けても“ぐちゃぐちゃ”にされるらしい。そんなん泣くしかないやん。

 嗚咽交じりに泣く私の背中を優しく温かい手がなでる。

「とりあえず、お試し転生とかしてみる?一回ちらっと行ってきて、好き放題してここに帰ってくるとか。お試し体験版~みたいな~」

 ここにい続けても埒が明かないのは確かだろう。体験版の意味はよくわからないが、一度こっちに戻れるならそれもいいのかもしれない。こういう時は自分から行動したほうがいいと相場が決まっているのだ。館ものでも最初に部屋に閉じこもった人から死んでいくわけだし。

「わかりました。それじゃあ送ってください」

 明らかに冷静な判断ができてないとは思ったが、もうどうでもよかった。完全に理不尽な状況に追い込まれて判断に合理性もクソもあってたまるか。


「じゃあ適当に――常時無敵Ⅰ、身体強化Ⅴ、自動反撃Ⅳ、自動索敵Ⅳ、危機感知Ⅲ、魔力消費0、攻撃魔法の基礎Ⅴ、生活魔法の基礎Ⅴ、俊足、スタミナ倍加、記憶力倍加……」

 女神が銀色に光る人差し指で空中にいくつか円を描くと、部屋中に見たことのない文字列のようなものが浮かんで、足元に魔法陣(?)が広がった。

 床一面の円を主要とした幾何学模様の間にも、たくさんの文字列のようなものが見える。中空のものも床のものも読もうと思えば読めそうだけれど、「おくら」とか「濡れた犬」とか「ジャック」とかそういう脈絡のない単語の連なりにしか思えない。たとえば私の右手では「体の80パーセントを構成するおくらを安く買うコツは、右目のつぶれた濡れた犬からやさしい三角形を回収することです。目つぶしジャックはやはりおくらを買い忘れました。それは19999228年のことで、私のおじいさんは八百屋をしています」と書かれている。多分直接的な意味はなくて、もっとハイコンテクストな機能が単語や文法に託されているんだろう。私はプログラミングコードをそのまま読み上げたようなもので、単語単語や構造が意味するところが分からなければ読み上げに意味はない。

「準備オッケー~。これでまず死なないし、安心して遊びに行けるかな」

「あ、遊びに行くのに身体強化とか攻撃魔法が必要な世界なんですか……」

「まーいづるちゃんが死ぬことはないから大丈夫大丈夫。心配ならついていきましょうか?」

「そんなことできるんですか。このお部屋からいなくなったらもう一人の女神さまにばれたり、ややこしいことになりませんか」

 土地神でもそうでなくても、自分の座を去るというのは普通神々にとっては重大なことじゃないんだろうか。私の勝手なイメージだけど。

「あーまあ私たちは“あり余ってる”からね。いいの。一人くらいいなくなってもばれないばれない」

「ばれないって……」

「マ、一緒に行かなくても私は介入できるし大丈夫か。じゃ、力抜いてねー」

 私はそのまま肩からベットに押し倒されて、女神がすぐそばに横たわる。まるで子供を寝かしつけるみたいに添い寝して、ゆっくりとおでこを撫で、目を閉じさせる。

「それじゃあ、いってらっしゃ~い」




 気が付くと森の中だった。鼻腔いっぱいに濡れた木々のにおいがする。小さいころキャンプに行った時以来嗅ぐ、不思議と落ち着くにおいだ。

 異世界でも森は一緒なんだ。『シルトの梯子』の別宇宙みたいなとこに飛ばされたらどうしようかと思った。知っているものが出てきて、少し安心した。

『到着でーす。そこから西のほうに行くと王国があるから、そこでギルド管理協会に行ってみようか。門衛にはギルドカードを見せてね。あなたが今肩から下げてるバックの右手前のポケットに入ってるから』

 女神の声が方向感覚を伴わずに聞こえてきた。自分の管轄下なら結構何でも自由になるんだろうか。そういえば言語が通じているのもおかしな話だ。星が違うなら神様と文法体系や言語体系が違ってもおかしくはないだろうし、さっき見た魔法陣の文字列が読めるはずもない。喋り口調も雰囲気も適当な女神さまだが、一応そういう配慮はきちんとしてくれるんだな。


 私は女神のアナウンスに従いながら王国までたどり着いた。道中何らかの動物「イノシシ」とか「むちゃぬあらぷ」とかが自動索敵に引っ掛かってアナウンスされたが、どれもこれも私からは遠く離れていた。というか私を大きく迂回しているのではないかという離れようだった。また女神が何かしたのだろうか。

 門衛はギルドカードを見せるとすんなり通してくれた。ギルド管理協会の場所を聞いたら丁寧に教えてくれたが、どうも丁寧というか敬遠してるようにも見えた。ギルドカードに何かやばいことでも書いてあったのか?


「君がつるみやくんだね。よろしく」

 ラファエロのプラトンみたいな禿げ頭のおじいさんがこちらに手を差し伸べる。

(つるみやって誰だ?――)

『いづるちゃんのことですよ。後々本名で転生することになった時のために仮名を用意しました。ギルドカード読まなかったんですか?』

(読んでない)

 とりあえず差し出された手に握手を返して、勧められるまま応接室の椅子に座った。どうも腰のあたりが落ち着かない。余計なモノがついているからだ。あの女神どういう気の利かせ方なのか体までまるきり別物を用意してきた。細身だが体躯のしっかりした男の体。そう男。むちゃくちゃ嫌悪感があるってほどでもないがどうもソワソワする。なんかイケないことしてる気にもなるし。早く見るもの見て一回帰ろう。

「つるみやくんには非常に申し訳ないんだけれど、これから中庭の試験スペースで実技試験を受けてもらう。君が金ランク冒険者だということを疑っているわけではないんだけれどね、以前ランクを偽って大きな事故を引き起こしたものがいたからね」

(ぼ、冒険者?!――私冒険者なの?危なくない?)

『あらゆる攻撃が無効化されるから大丈夫。それにこの星の一番の見どころはこの職業じゃないと堪能できないだろうしね~』

「じゃ、そういうことだから。よろしくね」


「ここでは私が生成する的を適当な魔法で破壊していただきます」

 中庭に通された私は、試験官の説明を聞いていた。

「ではお好きなタイミングで始めてください」

 そういうと男は地面に手をついて、それを引っ張り上げるようにしながら地中から大きな石を生成した。こういうの普通なのか?

『この世界で行使される魔法などの超自然的な現象はすべて神の手助けによるものです。可視化しましょうか』

 女神がそう言うと視界が一瞬ホワイトアウトした。視界が戻ると目の前の試験官の背中にも、中庭をうかがっているギャラリーの方々の背中にも、宙に浮いたまま体を預ける女神の姿があった。あの女神の顔、同じ顔、顔、顔、顔……。

『私は女神。この世界のあらゆるものに干渉し、あらゆる自己進化の可能性に自ら介入するこの世界の一部、あるいはそのすべて。神というより厳密には宇宙ね』

 私はふっ――と気が遠くなった。

『よろしくね。いづるちゃん』


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