神様があり余る!

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第1話 転生は身に余る

 耳奥で甲高い高音が鳴り響く。視界が真っ白で、全身の感覚がなかった。

 私はこのまま死ぬのだろうか。

 このまま、何者でもないまま、誰の特別にもなれないまま。

 



 好きな人がいた。

 3年間一途に思い続けた。何度も遊びに行った。何度もアプローチした。

 でも振り向いてくれなかった。

 他に好きな人がいたわけでもなく、ただただ私を好きになってはくれなかった。

 いや、好きだったのかもしれない。でもそれは私の好きとは多分違っていた。アロマンティックとか、アセクシャルとか、そういうのだったのかもしれない。あるいは単にヘテロだったのかも。少なくとも(多分)大事には思ってくれていた。大事だとは言ってくれていた――




「でも一度も好きだって言ってくれなかった」

「そうなのね」

「悲しかったり、悔しかったりしたこともあったけど、もう限界超えてて……ああもう無理なんだなって、ただただむなしくって」

「うんうん」

 私のほつれた前髪を奇麗にすいて撫でてくれる。その手が優しくてつい甘えてしまう。涙でぬれた顔を膝枕にうずめて。

「それでね……」

「うん」

 膝枕?甘えてしまう?誰に?

「どうかした?」

 エッ……誰???――どこ???

 とっさに飛び起きてあたりを見回すと丸い天蓋ベットの上だった。ラブホテル……とかでもない。戸棚とか書見台とか、そういう場所にはない、もっと生活感のある部屋だった。ただどうも現実感に欠ける感じがする。夢の中というか、記憶の中というか、どこもかしこも色味も輪郭もあいまいだ。

「あーん。やっぱり夢うつつだった?無理もないか。死んだばっかだし」

「死んだ…ばっか?」




 私は折鶴いづる。高校3年生。生物学的には女性。性自認はよくわからないけど、初めて好きになったのは女の子だった。バイかどうかはわかんない。

 大学受験が終わって意中の子をデートに誘ったけど、待ち合わせ場所には2時間たっても来なかった。しかも帰り際に爆破テロ(?)に巻き込まれたらしい。今目の前にいる自称女神によれば……だけど。


「あなたのステイタスを読む限り死因は爆死。駅で待ち合わせてて爆死したんなら大規模な爆破テロとかじゃないかしら。わかんないけどね」

「神様でもわかんないことあるんですね」

 女神(?)は困った顔のままニコッと笑って首をかしげる。ぶりっ子なんか?今どき流行らんぞ。

「まああなたの世界の神様じゃないしね~」

「は?」

「いわゆる異世界?並行世界?可能世界の一つ?マ解釈はいろいろあるだろうけど、とにかく私はあなたのいたチキュウとかいう星はあんま詳しくないの」

 なーんか嫌な予感がしてきたぞ。これはあれか?最近はやりの異世界転生?私ゲームの主人公とか悪役令嬢みたいなのやらされんの?マジ?嫌すぎる……ぜっっったい嫌。

「なに?苦虫を嚙みつぶしたような顔して」

「これ、私あなたの管轄下でなんかやらされるんですか……魔王倒せとか……技術革命起こせとか……そういう……」

「そういうのやりたい?」

 ふんふんと私は首を振る。

「ほんとに嫌そうね。でもそういうの期待してるわけじゃないし、そんなこと命令できる道理私にはないしね……ただ――」

 コンコン。

 ノック?

「いづるちゃん隠れてて。あー、いや、隠すわ」

 女神(?)は銀色の燐光を放つ指先で私の目の前で小さく円を描いた。

「え、なにそれ。ちょっと!」

 私はとっさに手を伸ばしたがその手は相手の肩には届かず、すり抜けた。神隠しってやつか。こっちから他人に接触できなくなるのってなんかすごい怖いな……。

 私が静かにおびえていると、扉がゆっくり空いてもう一人の女神が顔をのぞかせた。女神1と顔はそっくりだが全体的に小さい。妹か何かなんだろうか。以下小さいほうを女神2とする。

「ねえ、誰か来てない?」

「私たちの領域に私たち以外誰が来れるっていうのよ。変な夢でも見た?」

「そうかも。んーなんか面白いものが転がり込んできたと思ったんだけどなー」

 女神2は納得いかない顔のまま扉から引っ込んで廊下を歩いて行った。女神1がまた光る指で円を描く。

「ゴメンねーびっくりさせて。ちょっと怖かったよね」

「あ、えっと。大丈夫です」

「さっきの子とかね、うちにはいろんな神様がいるんだけど、みんな暇持て余してるから、いづるちゃんみたいなのが迷い込んじゃったら完全におもちゃにされちゃうのよね。だからここに居続けるといずれ神様にもてあそばれて位相も地平もぐちゃぐちゃにされちゃうと思うんだー――」

 なんかよくわかんないけど今怖いこと言わなかったかこの人。ぐちゃぐちゃ?

「そういうわけで、あなたには早々に適当な人間のいる世界に行ってもらったほうがいいと思うんだけど、なんか希望とかある?」

「帰りたいです。家に」

 とっさに口をついて出た。あたりまえだ。いくら失恋直後だからってもといた生活や家族を全部ほっぱらかして異世界で暮らすなんて無理すぎる。第一新しい何も知らない国で生きていける気がしない。

「……非常に言いにくいんだけどね、私、自分の管轄の星しかいじれないの。要するにチキュウには返せないの」

 終わった……。

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