第11話 母

 マデリーンが奮闘している姿を窓辺から見守りながら、ディーは徐に口を開いた。


「……今日も頑張っているわねえ」


 ああも髪を振り乱し、顔を真っ赤にして頑張るマデリーンを見ていると、心配よりも先に誇らしさを覚える。常に全力を出さざるを得ない状況に置かれたマデリーンは、実に生き生きとしていた。


 鍛錬を始めた初期の頃。

 苦しいのを我慢して限界を超えてしまったマデリーンは、ばったりと倒れてしまった。あの時は、それはもう心配した。ルーファスに至ってはチェスターに斬りかからんばかりの勢いで、ディーもなだめるのに苦労した。


 もう嫌だ止める、と言い出してもおかしくはなかったのに。


(……倒れてごめんなさい、なんて)


 ベッド上で酷くうなされながらも「意地を張った自分が悪いからチェスターを怒らないでくれ」とマデリーンは言った。

 もっと体を鍛えなくては、と自身を戒める姿を見て、ディーは心から驚いた。

 その時――マデリーンはいつか無茶をして大怪我をするかもしれない。そんな嫌な予感がした。怪我だけならまだしも、命を落とす羽目になったら――耐えられない。


(守らなくては)


 ルーファスが鑑定した結果、マデリーンの才覚は素晴らしいものであった。

 だからこそディーは、密かに自身の鍛錬を増やした。将来なにが起きようと、助けになれるように。






 内密の鑑定が終わった後、ルーファス達は真剣に話し合った。話題はもちろん、我が子たちの今後についてだ。


「僕らよりもずっと、マデリーンは強くなる。容量が大きい、っていうのかな……常人よりもずっと、魔力の器が大きい。恐らく、ミアも」


 そう告げられ、最初はルーファスも手放しで喜んだ。


「さすが、俺たちの子だな! どれほどだ?」

「竜がひとりで倒せるレベルだよ」


 チェスターが真面目な顔で言うと、しん、と場は静まり返った。いかに常人離れしているか、という事を全員が理解したからだ。

 それまでは楽観的だったルーファスも、さすがに顔色を変えた。


「そうか……理由の検討はつくか?」

「ルーファスとディーも、もともと普通の人よりも資質が高いじゃない? あとは竜でしょ、絶対」


 爪を噛みながら、ジェニーが言う。ジェニーの言葉に、誰も反論はしなかった。心あたりがあったからだ。


 ディーとルーファスは、かつて竜と戦った時、竜の血を浴びた。その時から、ディーとルーファス――正確に言えば、同行していたチェスターやジェニーも含め、四人は竜の加護を得た。


 結果、もともと病弱だったディーの体は健康体になった。滅多なことでは病気も怪我もせず、仮に怪我を負ったとしても回復は常人よりも早い。

 おかげで、体が弱すぎて子供を産むことはできないと言われていたディーも、子を持つことができた。

 ディーにとって、ルーファスも含め――ミアやマデリーンは、命そのものだ。


(……大切な子どもたち……)


 竜の加護は、産まれてきた我が子にも引き継がれているようだ。ディーやルーファスは勿論のこと、ミアやマデリーンは体が丈夫だった。娘たちはまだ、その事に気づいていないが。


「チェスター。うちの子たちはどうなの?」

「ノエルたちかい? あの子らは、マデリーン程ではないけれど……だが、血の影響はある。いつも怪我の治りが早かっただろう?」

「……言われてみれば、そうね」


 かつて、ジェニーの子供が木登りをしていて、派手に落ちたことがあるという。

 そこそこ高い場所からの落下だったというのに、足を挫きはしたが全体的にかすり傷で済んだ。


「気づかなかったわ。元気な子たちだから、怪我はしょっちゅうしていたし……でも、確かに治りは早いわ」

「僕が治癒魔法を使っているから、って子供たちは思っているはずだ。でも、たいていは魔法をかけた振りをしているだけ」


 チェスターは悪戯っぽく笑う。ジェニーは不服そうに頬を膨らませた。


「もう。そんな重要なこと、今まで私に黙ってたなんて!」


 怒りながら、拳をぎゅっと握りしめる。

 拳で語られそうになったチェスターは、慌てて防御魔法を張った。


「ごめんごめん。ただの……僕の気のせいかもしれない、と思ってね。確証が得られるまでは、黙ってたんだ」

「もう他にない? 私に黙ってること」

「ないよ。君に誓って」

「なら許すわ。それで……何が心配なの? チェスター」


 ジェニーは、あっさりとチェスターを許した。振りかぶった拳を降ろす。

 からっとした切り替えの早さが、ジェニーの良いところだ。勘の鋭いところも。


 チェスターは、改めてルーファスとディーの顔を見た。


「ミアの方は見たことがないから、詳しいことはわからないけれど……マデリーンを見た限り、あの子は自己犠牲の色が強い。悪いことではないけれど、自覚なく己を削って突き進んでしまうかもしれない」

「自己犠牲……」

「そう。本当に聖女にふさわしい子だ。……悪い意味でね」


 ただよう空気は重い。

 ディーは考え込んだ。聖女の役目など、ディーから見れば良いものではない。国の礎になれと言われ、誰が喜ぶというのか。

 

 普通の聖女であれば、数年の勤めで済む。

 問題は、歴代の「聖女」よりもずっと強大な力を持つ「聖女」である、と認められた場合だ。確かに、力の強い聖女は何代かに一人は出現する。


 そうなると「竜の聖女」となるか「守りの聖女」となるか、行く道は二つ。神殿暮らしか王宮暮らしか。

 

 もしマデリーンが希望する道であるのなら良いのだが、違った場合は――マデリーンにとって、悪夢だ。


「……チェスター。意見は?」


 ルーファスは、真っ先にチェスターに意見を求めた。

 ルーファスは勇者だが、魔法は専門外だ。専門家の意見を最重視すべき、と冷静に判断を下した。娘可愛さに目が眩んだ自己判断ではなく、妻ディーの意見を先に聞くでもなく、賢者チェスターを一番に。


 こう素直に他者を頼れるところが、ルーファスの美点でもあった。


「まず、姉妹は存在が目立つ。辺鄙な場所にあるうちにまで、噂はいろいろ届くからね」


 チェスターは静かに語る。


「ゴリゴリに鍛えて能力が開花すると、うるさい奴らに目をつけられかねない。だから隠したい気持ちはわかるけど、このまま放っておくことも得策ではない」


 ある時一気に暴走する可能性があるからだ、とチェスターは続ける。そっちの方がもっとまずいだろう、と。


「そうね……。それなら尚更、マデリーンは自分を制御する方法を学んだ方がいいわ」

「そうだな。……チェスター、頼む。手を貸してくれ」

「勿論だよ」


 マデリーンにはまず、正式な制御方法に加え、動じない精神力を培うこと。今は不在のミアも、いずれ同じ指導をすること――そして、精神的な支柱をできるだけ沢山つくること。ノエルも、その柱のひとつ。


 ルーファス達は話し合って、血のことを隠すことに決めた。

 子供たちの足枷になるかもしれないからだ。

 

 竜の血を浴びると恩恵がある、と人々がとらえてしまったが最後、きっと再び結界を超える者が現れる。世界は荒廃してしまうだろう。


「子供たちは、私たちが守りましょう」

「ええ、必ず」


 四人で、強く頷きあう。


 世界がどうなろうが、ディーはどうでもよかった。

 ただ、そうなると矢面に立たされるのは愛する我が娘たちだという事は、安易に予想ができる。自分や夫だけならまだしも、子供たちには責を負わせたくはなかった。

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黒薔薇と白薔薇 山藤 @yamafuji_sudati

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