第7話 ここから始まる物語

 大学に行くと普段と変わらない日常に引き戻される。物理学科に所属する優一は量子力学、統計力学、物性物理学など、およそ霊現象とか超常現象とは真逆の世界を勉強する毎日。この数日間体験してきたことを、物理学の教授たちはどう受け止めてくれるだろう。

 自然科学では説明がつかない世界に生きる葉山はやま恵庭えにわがあたり前の様に使う、あの『不思議な力』を知ってしまうと、この『世界』とか『宇宙』は、どのように説明がつくのだろうと思ってしまう。

 黒板には理解を遥かに超えた難しい式が書き並べられ、意味不明な説明がなされていく。理解不能という点においては、葉山はやま恵庭えにわの扱う『力』も同じようなものかもしれない。


 休み時間に優一のところに奈佐なさがやって来た。数日前、不思議な夢を見たという。夢の内容は次のようなことだった。


****

この前、話した夢の続きのような感じだという。


 いつもは、見たこともない、きれいな川に沿って歩くのだが、歩いて行くうちに橋に辿り着く……渡ろうか、どうしようかと迷っているうちに目が覚める……というものだった。


 しかし、その日は『これはいつも見る夢だ』と思い、勇気を出して、その橋を渡ってみたそうだ。


 すると、その橋の先には、見たこともない自然の豊かな田んぼや畑の景色が広がり、その中に、きれいなお堂があった。そのお堂は数段の石段があって、そこを一人の小さな少女が歩いて来た。透き通るような白い肌の女の子は巫女みこのような服装で奈佐のところにやって来た。そして、『不思議な夢はもう見ないから安心してね。お守りのフクロウのキーホルダー、大事にしてね』そう言って、お堂の方へ消えていった……

****


 今の優一は、奈佐が見たという、この夢の意味が分かる。恵庭えにわが夢を見るものに不安を与えないようメッセージを送っているのだと……ただ、これを説明するのは難しい。優一は奈佐に伝えた。


「奈佐ちゃん、もう不思議な夢を見ることはないと思うよ。夢に出てきたという、その女の子も言ったというように……きっと、女の子は、それを伝えたかったんだと思うよ」


納得したかどうかはわからないが、こう伝えるしかなかった。事実を伝えたところで、結局、信じるかどうかは、あなた次第しだいという話になる。


 お昼休みに学食で昼食を食べていると、さやかがやって来た。さやかは何も言わずに優一の前に座る。頬杖ほおづえをつくようにして優一を見る。

「ふーん」

「なに?」

さやかが優一の顔をのぞき込む。

「何か、いいことあったの? 旅行で……」

「別に……」

「ふーん。まあ、いいか」

そう言って、さやかは手を振って学食を出て行った。『なんだよ……』と思いながらも、とりあえず、今はそういう風に言っておこうと思った。


『今頃、葉山はどこで何をしているんだろう?』

 ふとそんなことを思った。スマホを見ると、葉山からの着信も、LINEもない。連絡を取りたいとも思ったが、あまり頻繁に連絡するのも迷惑かもしれないと思い、スマホをポケットに入れた。

 昼から、もう一限授業がある。その後、今日はバイトだ。ありふれた一日に戻った、いつも通りの退屈な毎日は変わらず、ここに流れていた。


 優一はきぬたに住んでいた。最寄り駅の祖師ヶ谷大蔵駅から南へ一キロくらい・・・閑静な住宅街の一角にあるアパートに住んでいた。近くに日大の商学部があった。そこは優一の通っていた大学ではなかった。優一の通っている大学は駅を挟んで反対側にあったが、そんな環境もあって、優一の住んでいるアパートも含め、近くのアパートには学生がたくさん住んでいた。

 授業が終わってバイト先に向かう。駅の近くを通ったとき、ビラ配りをしている男女がいた。年は三十前後だろうか、駅から出てくる人々に誰彼だれかれかまわずビラを渡している。

 歩く人の前にいきなり立ちふさがる様にビラを出してくるので皆受け取ってしまう。

「私たちと一緒に新しい日本を作りませんか?」

「今の日本に不満はありませんか?」

「新しい国を作るのです」

と、優一も無理やり渡される形でビラを渡された。不愉快だなと思った。

『六峰鬼神会』そんな名前が書かれている。捨てたかったが、道にゴミをポイ捨てするような感じになるので、捨てる訳にもいかず、とりあえずポケットに押し込んだ。

 その日は夜遅くバイトが終わった。帰りに買ったコンビニ弁当を、一人でテレビを見ながら弁当を食べる。ニュース番組をやっていた。世の中に『今日はニュースがありません。以上です』という日はないのだろうか?

 シャワーを浴びたら、寝る前には葉山に連絡を取ってみよう。そう思った。服を脱いでいるとポケットに押し込んだビラが出てきた。

『まったく人の迷惑も考えずに、こんなものを……』

ポケットに入れたまま洗濯したら大変だ。


『六峰鬼神会 代表 安住登也 私たちと新しい日本をつくりませんか。今の日本から独立し、新しい国家を作るのです……』


なんだろう? 宗教? 政治団体? 『ろくほうきしんかい……あずみとうや……』怪しさ満開って感じだな……ビラをゴミ箱に捨てようとした。

『あずみとうや』どこかで聞いた覚えがある。記憶を辿る。

ニュースだったか、新聞だったか、それとも週刊誌?

『あずみとうや』

ハッとした……記憶の彼方かなたからよみがえったその名前……


遠野で恵庭えにわが葉山に話していた。


安住登也あずみとうや太田明美おおたあけみ

何か怪しいものにハマっていると言っていた二人だ。


その怪しい人物の名前が載ったビラが、今、目の前にある。

ビラには連絡先の電話番号も書いてあった。


その夜、優一は葉山に電話をした。


黒田郡探偵事務所 第三章 六峰鬼神会 独立国家誕生へ

https://kakuyomu.jp/works/16817330652831503800


*これまでのすべての章*

黒田郡探偵事務所 第一章

https://kakuyomu.jp/works/16817330652061338785

黒田郡探偵事務所 第二章

https://kakuyomu.jp/works/16817330652640169333

黒田郡探偵事務所 第三章

https://kakuyomu.jp/works/16817330652831503800

黒田郡探偵事務所 第四章

https://kakuyomu.jp/works/16817330653025504131

黒田郡探偵事務所 第五章

https://kakuyomu.jp/works/16817330653363613165

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

黒田郡探偵事務所 第二章 新しい仲間 恵庭 KKモントレイユ @kkworld1983

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ