第6話 最後の夜

 その日はいろいろあったようにも思うが、恵庭えにわと別れたのは昼過ぎだった。まだ、時間はたくさんある。とはいっても今から東京に帰るには少し遅い。結局、その日は遠野に泊まって、明日の朝、東京に帰ることにした。

 葉山はこの後、一旦、高知に帰るということなので、ここから飛行機に乗って東京を経由して高知に帰るという方法もあったが、優一に車を出してもらったので、明日一緒に東京まで車で帰り、明後日の飛行機で羽田から高知に帰ることにするという。


 そういうことで今日は残りの一日、いろいろなところを観光することにした。カッパ淵にも行ってみた。こういういろいろなところに行ったとき、葉山は霊的な何かが見えていたりするのだろうか? そんなことを思って聞いてみると、

「優一君は町を歩いていて、どれが本物の人で、どれが幽霊か見分けられるの?」

という。それは考えたことがなかった。

「なんか幽霊って頭に三角の布つけて、白い服着て、両手を胸の前で垂らして足がないのを想像してない?」

「……」

優一は『それだ!』と思った。

「いまどき、そんな幽霊いないよ。普通の人の姿してるんだから……」

「そうなんだ。」

「……私は幽霊じゃないよ。一応、言っとくけど」

葉山が幽霊だったら、それは困る……


 その夜、町で食事をしてホテルに帰る。とりあえず身の回りの物を少し整理して明日の準備も済ませた。入浴後、少しテレビを見ながらベッドで横になる。この旅行は短い時間だったがいろいろなことがあった。部屋の天井を見ながら目を閉じる。入浴を済ませた葉山がティーシャツにスウェットパンツをはいて自分のベッドで荷物を片付けている何だかいい匂いがする。一通り片付けが終わったらしい彼女はコンビニで買っておいた紙パックのコーヒー牛乳を飲んでいる。

「今日は疲れたね」

「……」

「どうしたの?」

「え? いや……」

「葉山さん、僕たち付き合ってるのかな?」

「付き合ってるんじゃない?」

「……」

「それと『葉山さん』って……『葉山ちゃん』とかがいいかな」

「え」

「女子は、みんなそう呼ぶし……」

「え、じゃあ、葉山ちゃん……」

「『じゃあ』はよけいよ。これからは、そう呼んでね」

微笑みながら言う。


テレビからは毎日流れているようなニュースが流れている。

『このまま何もなく朝を迎えるのか……』と思った。

葉山がテレビを切った。


「寝よっか」

「……」

「優一君……なんか変よ……」

と言って部屋の電気を少し暗くする葉山。


『ああ、旅行が終わるのか……』

と優一が思ったとき、

おもむろに、葉山が優一のベッドに寝転がってきた。

「せっかく二人でいるのに別々は淋しいじゃない」

嬉しかったが、緊張して何も言えなかった。

葉山は優一に抱き着くように腕を回してきた。


「今日はありがとう。私を守ろうとしてくれて」

葉山の顔が近い、いい香りがする。

「お礼に夜中に幽霊が来たら私が守ってあげるね」

優一も葉山の背中に手を回し抱くようにした。

……温かい。


「緊張してる?」

葉山が聞く。

うなずく優一。

「じゃあリラックスさせてあげる」

と言ってくちびるを合わせてきた。


そして二人は体を絡ませるように抱き合った。

葉山は優一を見つめる……

「いいよ……したいことして……」

目を閉じる葉山……

二人の息が絡み合い、深い夜の夢の中に沈んでいった……


朝起きると葉山は、まだ眠っていた。かすかな寝息が聞こえる。

かわいいと思って見つめていると、葉山は目を覚ました。

二人は、もう一度キスをした。


チェックアウトを済ませホテルを出る。


 東北から東京まではやはり長かった。休み休みの車旅だが疲れはかなり溜まる。三連休の最終日とあって、帰りはいろいろなところから都心に帰ってくる車が集中する。車の量もそれなりに多くなる。渋滞に巻き込まれ都内に着いた頃には日が暮れていた。

 葉山は今日は都内のホテルに泊まって明日の飛行機で帰ると言ったが、「自分のアパートでよかったら……」と優一は自分のアパートに泊まることを勧めた。

 葉山も、実際、今からホテルにというのも疲れると思い、別に迷うこともなくそうすると言った。


 その夜、葉山のスマホにさやかから電話がかかってきた。

「どうだった? 東北」

「よかったよ」

「そういうこと聞いてるんじゃないでしょ」

「優一とうまくいった?」

「え、あ、まあ……それなりに仲良くやれたかな」

「え、なんか不自然ね。普段の葉山ちゃんなら『仲良くやれたんじゃない?』とか……」


「……」


「え……あ、そうか……ごめん。何でもない。ごめんね。いろいろ気が付かなくて。大人だもんね。二人で行ってたんだもんね。ごめん。ごめん。じゃあ、また今度、連絡するね」

電話が切れた。


「変な子……」

「なんか、完全に気付かれちゃってる感じだね」

「いいんじゃない。その方がこれから楽だし……何か隠すのもねえ……」


その夜、葉山は優一のアパートに泊った。

明日から、また、しばらく会えなくなるから、お互い寂しいという気持ちもあり、その夜も、また二人だけの時間を過ごした。


 そして次の朝早く葉山は羽田空港に向かった。優一は駅まで見送り、そのまま大学に向かった。

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