第10話
――いま、アルフレートは何ていった?
キャリサの聞き間違えでなければ、発光しているキャリサが綺麗だと、そういった。
ちら、とキャリサが父を見れば、どや顔でぐっと親指を立てられた。心なしか歯がきらんと光ったような気がする。
父は、キャリサの疑問をきちんと理解し、そして答えてくれた。父が出したその答えは「その通り」であった。
キャリサは信じられなかった。綺麗だと、光る自分が綺麗だと……?
「…………っ」
ゆっくりアルフレートの呟きの意味を咀嚼したキャリサは、一気に頬を紅潮させていき、両手で顔を覆った。それでも、キャリサが照れてしまっていることは隠しきれてはいない。長い指の間から見える皮膚は、茹で上がったばかりの蛸のように真っ赤であった。
――面食いで惚れっぽい性格であっても、振られてばかりいたキャリサには、口説き文句に耐性が全くなかった。見事に耐性の数値ゼロであった。
真っ赤になりながらも、キャリサはどうにか疑問を口にした。理由を聞いて、無理にでも頭を冷やして平静さを保たないと、いまにも叫び出してしまいそうだった。
「……気持ち悪く、ないの?」
おどおどと、キャリサはアルフレートを見た――指の隙間から。
キャリサからすれば、気持ち悪いと発言されてしまった「発光して輝きを放つ」身体を見られてしまったとき、修道院に入るしかないと覚悟を決めたのだ。女性だけの、異性侵入禁止の修道院は、いやでも異性に会うことはないのだから。
キャリサは秘密を知られたとき、そこまで覚悟をしていたのだ。
「気持ち悪くなんか、ありません! ありえません!」
アルフレートは、キャリサの目を真っ直ぐ見てきっぱりと宣言した。
不思議と、キャリサを見つめるアルフレートの目からも、堂々と胸をはる態度からも、偽っている気配は微塵も感じられなかった。
そんなアルフレートの様子に、キャリサは身を委ねたくなった。
けれども、キャリサの恋愛への否定の仕方もかなりひねくれていた。十年も恋愛の感情を否定し、ふたをし、目をそらし、無理やり遠ざけてきた筋金入りだったから、なかなか素直になれなかったのだ。
「で、でも、わたしは、発光するのよ。蛍みたいに、恋をした相手にアピールするように、恋が叶うまで発光しつづけるの!」
不安がまだ蟠っていたキャリサは、心境を吐露し始めた。
「それに、わたしは、あなたより年上なのよ? おばちゃんなのよ?」
キャリサは自分でも何をいっているか、もはやわからなかった。自棄になったキャリサは、とことん吐露していた。いままで溜めてきた感情を。
「無表情も、頑張って感情を殺した結果なの。あなたは、無表情に惚れたの? わたしは……っ」
感情が暴走するキャリサは、いつの間にかぼろぼろと涙を滝のように溢していた。
そんなキャリサを、父もアルフレートも黙って見守っていた。
父はあたふたしながら、アルフレートは真剣な表情と眼差しで、全てを受け入れるという覚悟でもって。
「わたしは、わたしは、あなたに相応しくないっっ……!」
ついに、キャリサは一番不安に思っていることを口にした。
キャリサが素直になれない根底が、その理由だったのだ。
光を放つ姿を肯定されても、嫌わないと言いきってもらっても、アルフレートの気持ちに素直に身を委ねることができないのは、ただただ自信が持てなかったのだ。
アルフレートは王宮内でもてている有望株だ。筆頭の成績で見習いになっただけあり、頭も切れる。そこへ向けて、顔も人当たりも良し、長男でもないために、将来の婿がねとしてかなりの競争率が高い優良物件だ。
比べ、キャリサはどうだ。
婚期を伸ばし逃れた嫁き遅れ、発光する体質、無表情。
――体質と境遇、失恋経験ゆえに恋の扉を自ら閉ざしてきたキャリサは、優良物件に相応しくない。
「相応しいか、相応しくないかなんて……決めるのは、俺です」
アルフレートは呆然とするキャリサを抱きしめ――いや、抱きついた。やはり身長は足りなかった。
「俺は、あなたでないと嫌なんです。俺は、あなたが欲しいんです。俺は、あなたと恋愛したいんです。あなたの側で、あなたと添い遂げたいんです……あなたでないと、駄目なんです」
ぎゅっと、アルフレートは腕に力を込めた。
「だから、俺を、選んでください」
アルフレートはキャリサを見上げた。
アルフレートの真剣な上目遣いに、キャリサはきゅんとなった。
「……わたしでいいの?」
キャリサの声は泣きそうな声だった。かすれ、震え、揺れ、涙の混じる声だった。
「何度もいいます。あなたでないと、駄目なんです」
アルフレートはキャリサの涙を拭った。
「俺だって、不安なんです。俺は年下です。あなたは美人だから、美しいから、他の男に取られないか、不安でたまらない。あなたの綺麗な瞳が、よそ見するときが来るかもしれないって。俺はあなたから見たら若造だって。いつか見離されやしないかって」
アルフレートだって、キャリサと同じように不安でたまらなかった。
――ふたりとも、お互いに不安で不安でしかたがなかったのだ。
「わたしも、あなたが見離さないか不安なの。でも、わたしは、あなたを絶対に離さない。あなたから離れない」
「俺も、離れないし離しはしません」
――ふたりとも、同じだった。似た者同士で、同じ気持ちだったのだ。
「だから、俺と死ぬまで一緒にいてください。決して、離しはしません」
――キャリサの身体から、光が消えていく。
「わたしでよければ、喜んで……。わたしも、離しはしません」
キャリサは、久々に心の底から満面の笑みを浮かべた。
アルフレートも、嬉しそうに微笑み返した。
――この日以降、キャリサは光らなくなった。蛍姫の末裔は、蛍姫とは違う結末を迎えた。
蛍姫の末裔は、自分の恋を叶えることで、光らなくなったのだった。
しばらくして、キャリサ・マックラインとアルフレート・サリーズの婚約が発表された。
それ以来、王宮のあちらこちらでキャリサの目の眩む微笑みが見かけられ、目の当たりにした男どもが次から次へと陥落し、彼らを次から次へと叩きのめすアルフレートが見られたとか、なかったとか。
キャリサは二度と無表情を浮かべなくなったのだ。もう、彼女が笑わない理由はなくなったから。
後のマックライン家には、二人のあとがこう伝わっている。
アルフレート・マックラインとキャリサ・マックライン夫妻は、子爵家の分家を興し、マックライン本家を支えていったという。
ふたりは必ずどこでも一緒で、周囲が「砂糖を吐く」くらいに片時も離れず、またおしどり夫婦として、後世に憧れの理想の夫婦として語られていったという。
彼女が笑わない理由 山藍摺 @308581
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