第9話
――結果として、アルフレートはジェスより先にキャリサを発見した。
キャリサを発見したアルフレートは、そっと彼らに近寄っていく。
そう、彼らだ。キャリサだけではなかったのだ。
アルフレートから見て後ろ姿のキャリサは、茂みには隠れておらず、立ちすくしているような印象だった。キャリサは分厚い白っぽい毛布を、全身を覆い隠すようにすっぽりと頭から被っていた。
キャリサの前には、よれた白衣の上に、どこか草臥れたコートを羽織った中年男性が向かい合うように立っていた。
光沢のあるシルバーブロンドに、眼鏡の向こうの薄い青色の瞳と年齢から考えるに、キャリサの父親だろうとアルフレートはあたりをつけた。
彼らは会話をしているようだった。アルフレートは盗み聞きをするつもりはなかった。けれども、彼らの会話はよく耳に届いた。
「父様の気持ちはわかっています。親だっていつまでも健在ではありませんし、弟たちもわたしを見捨てないとは限りません。だからわたしは官僚となり、自分で自分を養えるまでとなりました」
キャリサは切実に訴えるように言葉を紡いでいた。自分の身体は、マックライン子爵家の弱点となる可能性があるために、自分は恋なんてできないのだと、必死に訴えている。
(……ない、そんなことは、ない)
アルフレートは、悲しくなった。キャリサは、自身で恋を否定していたのだ。
『かつてキャリサは性格の悪い相手のせいで悲しく痛い想いをして以来、恋することを否定するようになった』
――恋敵の言葉が、アルフレートの耳に過った。
キャリサは自分が恋をすることを否定し、背を向けている。しかも、とてつもなく頑なに。それこそ、解けることのない永久凍土のように。氷の女とはなんていい得て妙なのか。
だからといって、アルフレートが溶かす気がなくなる、ということはない。むしろ強まった。
今すぐにでも側へ飛んでいって、ぎゅっと抱き締めたい。いまの身長差なら抱きつく形になってしまうけれど、それでもいい。ひとりでないのだと示したい。
アルフレートは、いまにも行動に移してしまいそうな自分を、必死にどうにかおさえた。いまのタイミングではただの盗み聞きの現場をさらしてしまうだけだ。
アルフレートが、欲望と理性のせめぎあいの窮境に四苦八苦している間、キャリサ達親子の会話は続く。
キャリサは恋をして幸せになって欲しい父の説得を振り切ろうとした。けれども父は話を切り上げるつもりはないようで、さらに言葉を紡いだ。
「ほら、キャリサ。前を向くことは大切なんだよ。その準備に、まず振り返ってみなさい」
――キャリサの父は、アルフレートを視認していた。アルフレートを見て「振り返りなさい」といったあと、アルフレートをあろうことか指差したのだ。
アルフレートはいきなりぶっつけ本番で相対することになった。失敗など絶対に許されない、「好きな人と好きな人のお父様にご対面」という難易高度なシチュエーションを、練習やら心の準備やらをなしに、である。
しかも、わざとではないとはいえ、彼ら親子の話を聞いてしまっている。
アルフレートの心境などお構い無しに、キャリサは振り返った。
――果たして、キャリサとアルフレートは目があった。
「……っ、見ないで!」
振り返ったキャリサの顔は、蒼白を通り越して土気色だった。
毛布で身体を隠す手はかたかた震え、キャリサの目が一気に潤んで涙を溢れさせていく。
……キャリサは、淡く光っていた。彼女自身が発光し、輝きを放っていた。
ぱっと見たところ白っぽい淡く輝く光は、よくよく見れば、暖かみのある優しい金と銀を混ぜような色であった。
雲間の間から差し込む一筋の光のように、静かにただ輝き光を放つ。太陽のように激しく自己主張するのではなく、ひっそりと、ひっそりと控えめに輝くその様子は、まるで蛍。
アルフレートは見惚れていた。あまりも幻想的な光景に、かつてキャリサをここまで怯えさせたバカをぶん殴って牢屋に突っ込みたくなった。
輝く光を纏うキャリサは、いつも以上に美しかった。アルフレートはその美しさに息をのみ、感動に震えた。
こんなに言葉に形容できないくらいに美しいのに、なんで「気持ち悪い」と発言したのか、アルフレートには全く信じられなかった。さらに殴りたくなってきた。
(――なんて、なんて幻想的で、こらえがたい魅力に満ちているのだろうか……)
怯えるキャリサを前に、アルフレートは心の底からの感嘆を漏らした。
「……綺麗だ……まるで、女神だ」
服をまとっていても、毛布を頭からすっぽりと被っていても、その輝きは隠せていない。身にまとう全てが、光りに包まれている。まさしく、光を衣のようにまとっているキャリサが、アルフレートには女神に見えたのだ。
「……………え?」
キャリサはアルフレートの呟きに瞠目した。
いま、アルフレートは何ていった?
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