#25 嵐の壁を越えて

 黒い布を口に当てた男が、両手を大きく叩いた瞬間、病院内から人々の苦しむ大きな悲鳴が聞こえてくる。


「ヴァァァァァァァ!!」


 エイト達は驚きながら、病院を見つめる。


「…なに…?今の悲鳴……」


 カリーナが呟いた瞬間、次々と病室内から人々が悲鳴をあげ、逃げ出して来る。


「キャアアアアア!!」

「逃げろぉぉぉお!!バケモノだぁぁぁああ!!」


 人々が逃げ惑う中、ハーディは看護師を見かけ声をかける。


「バケモノ…!?何があったんだ!?」

「ハーディ先生…!!中にいた患者の方々が急に豹変して襲い掛かってるんです!!早く逃げないと、みんな殺されます!!」

「ひょ、豹変した……だと…!?」


 ハーディがそう話すと、リチャードは「アハハハハハ!!」と高らかに笑った。


「いよいよだ!!お待ちかねのショータイムはこれからだ!!」


 エイトはカミラに話す。


「カミラさん…!これって…!」

「えぇ…!デヴィッドさんと同じ症状だわ…!」


 二人がそう話している横で、マスター・カムパネルラは病院内へ向かった。


「メグ…!メグ!!」

「ま、マスター!?」


 アトウッドはマスターの後を追いかけ、病院内に走っていく。


「…どうしよう…!二人共、中に…!」


 カリーナがそう話すと、続いてハーディも病院内へ向かった。そうしているうちにマークスが思い返すかのように呟く。


「…ハリー…、…アニー…、…ナンシー…!」


 そうしてマークスも病院内へ走っていった。


「マークスくん!!」


 カリーナが叫ぶも、マークスの耳には届かなかった――。





「ハリー!!アニー!!ナンシー!!」


 マークスは兄妹の名前を叫びながら、逃げ惑う人々の地獄絵図の中を彷徨っていた。


「キャアアアアア!!!」

「イヤァァァァァ!!!」


 人々の叫び声を聞くたびに、マークスの心はどんどん闇の中へと沈んでゆく。そばには襲われる人々、血を流しながら頭を壁に打ち付ける人々で溢れかえっている。


(まさか…、ハリー達も…)


 そう思っていた矢先、目の前に見慣れた子供達が三人現れた。マークスの予想が的中してしまった――。


「…ハ、ハリー…?」

「ウゥゥゥゥゥ…!!!」


 ハリーやアニー、ナンシーが目を赤白く光らせ、マークスを睨みつける。


「…そ、そんな……みんな……」


 そう呟いて、マークスは周りを見渡した。周囲がスローモーションになって見える。

 変わりゆく景色、血だらけの室内、逃げ惑う人々、殺されていく者達――。次々と当たり前の日常が豹変していく――。


「……どうしてこんなことに…」


 マークスは、目の前の光景を見ながら、膝をついた。至る所に人が倒れており、息絶える者や咳をしている者達で溢れかえっていた。恐らく、数分後には力尽きてしまう者もいるだろう。

 マークスはそんな光景を目の当たりして、ただずっと蹲っていた。


「…俺は、…俺は、……何もしてない……!俺は……、ただみんなを……助けようと……しただけなのに……。……なのに……!」


 頭を抱えたまま、マークスは地面に頭を叩きつけ、涙を流しながら叫んだ。


「……俺が……!!俺が……悪いのかよ……!!俺が……みんなを殺したってのかよ……!!……ぅ……う……うぁぁぁぁああ!!!!」


 マークスは何度も何度も頭を叩きつける。泣いて、泣いて、泣きじゃくり、頭を地面に叩きつける。


「うぁぁぁぁぁあああ!!」


 そして、いつの間にか意識が朦朧としていることに気がついた。目の前が霞んで見える。ただ分かるのは「ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……!!」という声が目の前から近づいてくるだけ。


「ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥアアアアア!!」


 一瞬の出来事だった。

 気づいた時には、目の前が真っ暗になり、何も見えなくなっていた――。





 ――俺は、誰だ?

 ――俺は、どこにいるんだ?

 ――どうして、周りに誰もいないんだ?

 ……そうだ。俺の名前は、マークス。年齢は、一八歳。

 出身は、アイウォール列島、セレタ。家族は、父親と母親、そして弟と二人の妹がいる。

 でも、父親と母親は六年前、俺が一二歳の時に病気で他界した。労働による疲労困憊、そして栄養失調による死だった。


 ――両親が死んで、俺が弟達を育てなければいけなかった。

 弟達はとても良い子だった。

 明るくて、どんなに貧しくても周りを笑顔にしてくれて、いつも一緒にいると俺はどこか安心感を覚えていた。それと同時に、俺はこんなに優しい弟達を育てられるか、とても不安を感じていた。

 だから、必死になって、金持ちから食料や薬を奪っていた。


 ――生きるためにも……、俺は、自分はどうなったって良いって思いながら、ずっとそんなことをしていたんだ。

 弟達が、病気にならずに、健康に、そして今のまま優しい気持ちを持って育ってほしい。そう、思っていた。


 だけど、俺は知らぬ間に、…弟と二人の妹を……苦しめていた。

 ……俺が、ハリーやアニー、ナンシーを殺した……?

 ……俺が何をしたって言うんだよ。

 俺は、何もしてない……!

 俺は、何もしてないんだよ……!

 俺は…、俺は…、……何も、……何も……。


 ――違う、俺のせいだ。

 俺のせいで、街の人が、…みんな死んだんだ。

 俺が…、街のみんなに…、食料や薬を分けていたから、……俺が助けようとしたその心が、沢山の命を、沢山の人生を潰したんだ。


 …だけど、俺が悪いのか……?

 俺は、貧しくて、苦しくて、困っている人をただ助けようしただけなんだ!


 それの何がいけなかったんだよ…。


 あのまま、俺達は…、死ねば良かったのか?

 ――いいや、違う!


 『死にたい』と思うやつなんて、誰もいない!

 俺達に『死ぬ』という選択肢はなかった!

 でも、誰も助けてくれないから、生きるためには他の奴等から物資を奪うしかなかった!

 ――俺は、何も間違ってなかった…!

 ――だけど、俺は間違っていた。

 ――悪いのは全部、俺だった……!

 俺が…、俺が…、街のみんなを……殺した。


 俺は……人殺しだ――。



 ◇



「レオナルド…!!ダメだ!!死ぬな!!お前がいなくなったら……、街の人達はどうなる!?……おい!!……お願いだから……、目を開けてくれぇぇえ!!」


 ハーディは血だらけになって倒れているレオナルドに必死に呼びかけた。だが、呼びかけてもレオナルドは返事をしない。

 ハーディは周囲を見渡した。アトウッドがボールドウィンに襲われ、マスター・カムパネルラはメグに襲われている。家族のような存在だった者達、皆が、培ってきた絆を崩壊するように人々を殺していく。


「私が……、私が……悪かったんだ……!!……私が、みんなを……この街の人々を蔑ろにしてきたから……!!」


 ハーディは過去を思い返し、ただただ悔いていた。自分の意思で貫いてきた道。だが、いつの間にかその道は曲がりくねり、引き返せないほどになっていた。


「私は……、私は……」


 ハーディが繰り返し呟いていると、突然、病院内全体から火災報知器の音が鳴る。辺りを見渡すと、周囲はいつの間にか炎で包まれていた。ガスの臭いが充満し、もはや院内は崩壊の一途を辿っていたのだった。


「すまない……すまない……」


 ハーディはそう繰り返し呟きながら、ただその場に座っていた。レオナルドと共に――。

 そして、燃え上がる炎に包まれながら、二人の影は姿を消していった。





「うぁぁぁぁあああ!!」


 カミラが涙を流しながら、炎に包まれた病院に向かって泣き叫ぶ。


「…嫌……嫌よ……!……こんなの……」


 俯いたままカミラは燃え盛る病院を前に、涙を流すばかりだった。崩れゆく大きな建物は、全ての人々を飲み込むかのように朽ちてゆく。エイトとカリーナもその光景に後退りをした。


「嘘よ…、こんなの…!…まだ中に人が…!…まだ…、ベイカーさんやボールドウィンさん、アトウッドさん、マスターにメグちゃん、ハリーくん、アニーちゃん、ナンシーちゃん、ハーディ先生、ヒルトン先生……、そしてマークスくん…………みんなまだ戻ってきてないのに……!!」


 カリーナはその場に崩れ落ち、泣き崩れた。


「いやあぁぁぁぁぁぁ…!!!」


 一方のエイトは目の前の光景を見て、いつか話していた五〇〇年前の出来事を思い返していた。フォルトゥナ王国の首都・ヴェーランで起きた世界連合本部放火事件。


「そんな……、なんで……、なんでこうなるんだよぉぉぉおお!!」


 いつの間にか周囲にはリチャード達の部下が一斉に歓声をあげて天を仰いでいた。その光景は宗教の如く、狂気で満ち溢れている。エイトはただその光景を見て体を震わせていた。


「遂に、始まるんだ…!僕の計画が…!」


 リチャードはそう言って、泣き崩れ放心状態になっているカミラの方に近づき、彼女の頭に銃口を向けた。


「…君にはもう一度チャンスをあげよう。…どうだい?僕の元へ来る気になったかい?」


 そう言うと、リチャードはカミラの髪を掴み、更に深く銃口を突きつける。だが、カミラはショックのあまり正気を保てていないようだった。


「……レオ…………」


 カミラがそう呟いた瞬間、リチャードは銃の引き金を引いた。目の前には、「バンッ!」という音と共に血飛沫が飛び散る。地面にはカミラの倒れ込む音が響き渡る。


「…残念だよ。君には期待してたのに」


 リチャードはそう言って、顔に付いた血を手で拭き取った。そして、そのままエイトとカリーナの元に近づく。


「来るなっ!!」


 エイトはカリーナを後ろに護るように目の前に立って、ポケットから銃を取り出した。そして、銃口をリチャードに向ける。


「おやおや…。君も拳銃を持っていたんだね」

「…エイトくん……!」


 カリーナは震えながらエイトの背中に隠れた。エイトは必死にカリーナを守ろうとする。だが、リチャードは臆することなく二人に近づく。


「来るなっ!!それ以上近づいたら…、撃つ!!」


 エイトは震えながら銃口を向け続ける。そして、ロックを解除し引き金に指を伸ばした。


「そうかい…。だけど、君に銃を扱えるのかい?」


 リチャードにそう言われ、エイトは恐怖を抑えようと必死に呼吸を整えた。


(…そうだ……。落ち着け……。落ち着いて、奴の心を読むんだ……!)


 エイトはそう思いながら、リチャードの心の声を聞こうと集中する。だが、恐怖心が勝ってソウルの力を使うことができない。


(クソッ……!!なんで……!!)


 エイトの手が震える。


「どうしたんだい?手が震えてるよ?」


 リチャードはそう言って、銃の引き金に指を伸ばした。


「ほら!!どうしたっ!?撃てるものなら、撃ってみろ!!」

「うぁぁぁぁぁぁあああああ!!!」


 エイトは引き金を引いた。


「バンッッッ!!!」

 

 銃弾が発砲する音がする。だが、次の瞬間、リチャードは素早く銃弾を交わした。

 カリーナは目を閉じていた。そして、やがて目を開くとそこには信じられない光景が待っていた。


「……エ、エイト……くん……!?」


 エイトは胸の辺りを見た。服には赤い液体が付いていた。濡れている。

 ――血だった。エイトは体から血が逆流してくるのを感じる。

 口から噴き出る血は止めどなく流れ出す。エイトはその場に倒れ込んだ。カリーナは血を流すエイトの胸に手を当てながら抱きかかえる。


「エイトくんっ!!エイトくんっ!!……いや、イヤァァァァァ!!」


 カリーナの泣き叫ぶ声が聞こえる。だが、エイトは段々とその声を聞き取ることができなくなっていた。


(……あぁ……僕の人生は……ここで終わるのか……。……夢を叶えることも……夢に向かって走り出すこともできずに……このまま………………)


 ――そして、エイトは目をそっと閉じた。すると次の瞬間、「バンッッッ!!」という音と血しぶきが顔にかかるのを感じ取った。カリーナの体がエイトに覆い被さる。

 血は生温かく、まるで生きているかのようだった。


「……はぁ、残念だったね。エイトくん。僕ね、実は君と同じ、ソウル使いなんだよ」


 エイトはリチャードの声を聞き取り、ハッとした。


「……な……なんで……」

「……エイトくん。さようなら」


 リチャードはそう言い残し、エイトの頭に銃弾を撃ち込んだ――。





 ――声が聞こえる。誰かが話している声。

 目を開くと、そこにはいつか見た夢の光景が広がっていた。立ち並ぶ大きな建物、電気で光る掲示板、十字架のように広がる地面の縞模様、その上を歩く多くの人々。

 エイトは十字架の中心で、流れゆく人々の波を見つめていた。呆気にとられていると、これが夢なのか、現実なのか、目を擦った。


「これは……、あの時と同じ夢の中の世界だ……」


 あの時、夢の中では母・メイと父・ナッシュが仲睦まじくこの街を歩いていた。だが、今、見ている夢の中に両親の姿はない。


「……ここはいったいどこなんだ……?……夢なのか……?……それとも、死後の世界なのか……?」


 エイトはそう言いながら、いつの間にか走り出す大きな鉄の塊に驚いていた。「プップー!!」と音を出す、様々な色の塊はエイトの横をとてつもない速さで次々と走り抜けていく。


「……僕は、死んだのか……?」


 エイトがそう呟くと、そばからある少女の声が聞こえてくる。


「死んでないよ」

「…えっ……?」


 エイトは振り返って、その少女に問いかけた。


「君は誰……?」


 すると、少女はエイトを見つめ、そっと微笑んだ。


「私は君と同じ、運命を仕組まれた子供だよ」

「う、運命……?」


 エイトは訳もわからず目の前の光景に混乱していると、少女は近づき掌を差し出した。そして、こう言った――。


「そうだよ。やっと会えたね……、くん……!」

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イミテーション・ワールド 小泉嵩 @shu_koizumi

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