#24 レオナルド・ヒルトン
「…ふざけるな…!……ふざけるな!!…ルーカスの気持ちも理解しないで、勝手な想像と嫉妬心で一人で孤立して!!…君は恵まれていたはずなのに…。理解されていたはずなのに…。どうして全部突き放すんだよ!!」
エイトはマーティンに必死に訴える。そばにいたマークスやカリーナ達は、驚きを隠せない様子でいた。マーティンは鼻から血を流し、エイトを睨みつける。
「…てめぇ…、ふざけたことほざきやがって!!」
マーティンがエイトに飛び掛かろうとしたその時、強い風圧がエイト達の方へ吹いてきた。
「ビュウウウウウウウッ!!!」
エイトとマーティンは突き放され、マークスやカリーナ、カミラ、アトウッド、マスター・カムパネルラ、ハーディも風の勢いに驚いていた。
「な、何よ!!急に!!」
カリーナが叫び、目を開くと、そこには一人の男性が立っていた。
「マーティン君。その辺にしておけ」
カミラは、男の姿を見て絶句する。
「…な、なぜ…、あなたが……!!?」
マークス、マスター・カムパネルラ、ハーディもまた、カミラと同様に顔を引きつらせていた。
エイトとカリーナもその男性の顔を見て驚いた。
――マークスやハリー達に勧められ、初めてカミラが営む骨董屋に訪れた時、そこにやって来た男性。
男の名は――。
「…リ、リチャード・グレイス…!!!」
ハーディは、声を震わせながらそう言うと、僕とカリーナは驚いた。
「こ、この人が……!!」
「リチャード……、グレイス…!!?」
◇
――総合病院内。
アイウォール列島の首都、セレタの街で医師として人々を救い出してきた男。
名は、レオナルド・ヒルトン。
――とは言っても、病院に勤めているわけではない。
貧民層が住む地区で小さな診療所を開いている街医者である彼は、街の各地で発生している未曾有の原因不明の病にかかった人々を救うべく奮闘していた。
街の人々――、主に貧民層から圧倒的な期待を寄せられていたレオナルドは、数時間の間で数100人にも及ぶ患者を診ていた。
その時、ある女性の看護師がレオナルドに、「…先生。…ちょっと来てください」と、何やら問題でもあったかのような険しい表情で言った。
「…どうした?」
レオナルドが問いかけると、女性の看護師は何か言いたげな顔をしているが、黙ったまま手招きをした。看護師に連れられ、レオナルドは患者が大勢集まる待合室へ向かうと、そこから怒号のような声が聞こえてくる。
「…ふざけるなっ!」
何事かと、レオナルド達は急いで待合室へ向かった。すると、そこには大声を出して怒り散らす年老いた男性が立っており、周りには若い男女、小さな二人の男児と一人の女児がいた。
(家族か…?)とレオナルドが疑問に思っていると、その一同は何か違う雰囲気を持っているように感じた。
豪華な装飾が施された衣服を羽織ったその一同は、まるで貴族のようだった。
そんな中、病院内で老人が叫ぶ。
「おい!早く診てくれ!」
対応していた男性の看護師と女性の看護師は、戸惑っている様子でいた。その様子を見ていると、レオナルドはふとあることに気づく。
「…そういえば、患者の誘導を途中から抜け出して気がつかなかったが…、貴族も大勢いるな…」
レオナルドがそう話すと、女性の看護師はそっと頷いた。
「…は、はい。実は、先生方が診察に移られた後、しばらくしてから貴族階級の方々が、『例の症状が出た』と大勢いらっしゃって…」
女性の看護師は、レオナルドの様子を気にして恐る恐る話す。
――レオナルドは貴族を嫌っている。誰もが口には出さないものの、分かり切っていることだ。
だが、当の本人は落ち着いた様子で、喚き散らかす老人の元を見ている。女性の看護師は驚いている様子でいた。
「…そ、それで、特に今あそこで怒ってらっしゃる方は、どうやら自分達が病にかかっているかどうか調べてほしいそうです…。…症状が出ている人は、平民も貴族も関係なく大勢いるのに…!」
その看護師は怒りを露わにした口調で話した。
レオナルドはその看護師を気遣い、「…君はここにいろ」と言って、老人の元へ向かう。
「…ですから、順番がありますので…、もう少しお待ちください…!」
「ふざけるなっ!!この私を誰だと思っている!!」
怒り心頭に発している老人にレオナルドは、「…落ち着いてください。子供も見ています」と話した。
老人はレオナルドを見ると、「…なんだ…!?ここの医者か…!?」と言った。
「…いえ、私は街の外れで診療所を開いている者です」
レオナルドがそう話すと老人は「…フンッ」と吐き捨てるように唸った。
「貧乏人に無駄な医療を施している偽善者か。…そんな奴が何故ここにいる?」
レオナルドは老人の言葉に息を飲み込み、表情を無くした。
「私の知人にも例の症状が出てしまいましてね。…ですが、私が治療をするにも薬がなく、そこでこの病院に来た次第です。そうしましたら、他にも同じ症状が出ている人がいると聞きましてね。私も手伝いをと…」
「それなら、こんな奴らよりも先に私達の体を診るべきだろう!?お前は何のために医師をしている!?」
老人の言葉にレオナルドは息を呑んだ。グッと拳を握り締める。
「医師なら診るべき相手を見極めろ!この馬鹿が!下等種族に治療を施すなら我々に手を施せ!」
周囲は老人の様子に呆気に取られていた。レオナルドはただ堪えていた。だが、ついにその我慢は爆発した。
「……るな…」
「何っ!?」
「ふざけるなっ!!いい加減にしろっ!!!」
レオナルドの怒号に周囲は静まり返った。老人は目を見開き驚いていた。
「…人間の姿をしたドス黒いクソみたいな奴らのくせに…、やはり気持ちは人間だったか…。これまで散々私達をコケにしておきながら…、よく貧民の俺に助けを乞えるな」
その冷たい表情に周囲は凍りつき、老人や貴族達は顔を引き攣らせていた。
「なぁ。お前達は何故今まで私達を見放してきた?お前達には助けたいという気持ちは一ミリも無かったのか?」
レオナルドは目に涙を浮かべた。
「自分達だけ裕福な暮らしをして!貧民は害虫のように扱う!そんな奴らが何故今、俺達に助けを乞いている!?」
そう言ってレオナルドは老人を思い切り睨みつけ、「自惚れるなよ……」と言ってその場を離れようとした。
すると、ある貴族の少年が「待ってください…!」と言って、レオナルドの腕を掴んだ。
「僕達が間違っていました…!あなた達を傷つけて…、酷いことばかりして…、謝っても謝りきれません…!だけど、…お、お願いです…!…どうか私達を助けてください…!」
レオナルドは少年の瞳を見つめた。心の中で葛藤が生まれる。
子供に罪はない――。自分は医者だ。今はできることをする。感情に鵜呑みにされてはいけない。レオナルドは少年の手を握る。
「必ず、助ける」
そう言って、レオナルドは次々と患者を病室に運んだ――。
◇
エイト達は絶句していた。目の前にいるリチャード・グレイスという男が何を考えているのか検討もつかなかった。
「マーティンくん、君はよくやってくれたよ」
リチャードはそう話すと、マーティンは起き上がって笑った。
「ハハハ!俺のおかげだろ!?全部計画が上手く進んでのもさ!」
「あぁ。君のおかげで、全て上手くいきそうだよ」
リチャードは微笑みながら言った。
「じゃあ!約束通り、報酬はくれるんだろ!?」
「ほ、報酬…!?」
マークスが驚いていると、マーティンは「あぁ!そうだよ!」と嘲笑った。
「お前のことをバラしたら!なんと!報酬で金をくれると約束してくれたんだ!アハハ!良いだろ!」
「マーティン…!お前…!なんてことを…!自分が何をしているのか分かっているのか!?」
アトウッドが怒りを露わにしながら言うと、マーティンは更に豹変したような顔つきで笑った。
「アハハハハハハハハハハハ!!んなこと知るかよ!!俺はな!!自分さえ生きていられりゃそれで良いんだよ!!あんたらが今まで俺のことをほったらかしにしてきたように、俺もあんたらのことなんてどうでも良いと思ってる!!だからさ、変な仲間ヅラとかやめてくれよ!!」
マーティンが大声でそう話すと、振り返ってリチャードに言った。
「ほら!!約束通り、早く金を渡してくれよ!!俺も早く自由になりてえんだよ!!」
「アハハ…!そうだね…。それじゃあ…」
リチャードがそう言うと、マーティンは「やった…!」と期待を込めるように呟いた。だが、次の瞬間、リチャードが胸元から銃を取り出し、マーティンの左胸に弾を「ダンッ!!」と打ち込んだ。
「…その前に…、その醜い血だらけの薄汚い顔を見せないでもらえるかな?」
リチャードはマーティンに銃口を向けたまま微笑む。その表情は依然として最初から変わっていなかった。
「マーティン!!」
マークスが叫ぶと、マーティンは苦しそうに胸を押さえながら、口から大量の血を噴き出してその場に倒れ込んだ。
「キャアアアアア!!」
カリーナが叫びながら、マーティンの元へ駆け寄る。エイトやアトウッド達もそばに行くが、マークスはその場から動けずにいた。
「…な…、…なんで……」
マーティンが苦しみながら、リチャードを見つめて言った。
「人は金の話になると、すぐに性格が変わる。君も邪心に負けてしまったようだね」
「ふざけないで!!あなたが始めたことなのに!!何もかも正当化して、綺麗事を言って!!目的は何なの!?何故、罪もない私達をこんな目に合わせるのよ!!?」
カミラが悲痛に叫ぶが、リチャードは笑っていた。
「アハハ…!!正当化…!?ふざけているのは君達の方だよ、カミラくん。僕はね、君達の為にやっているんだよ!?」
「私達の為だと…!?」
ハーディは必死になってマーティンの血を止めようとする。しかし、既に時は遅く、マーティンは目を閉じて息を引き取った。
「マーティン…!?マーティン…!!」
カミラが必死に呼びかけるも、マーティンは返事をしなかった。
「なんで…、こんなことに…!!」
カミラは「うわぁぁぁぁぁぁ!!」と泣き叫びながら、マーティンを胸に抱き締める。
エイトとカリーナ、アトウッド、ハーディはただその場で絶句していた。目の前で人が死ぬなんて――。エイトはただ込み上げてくる体の震えを抑えようとしていた。
マークスも何も喋らず、ただその場に立ち尽くしていた。
「さてと…、それじゃあ、そろそろ仕上げといこうか」
「仕上げ………!?」
「何をする気なの!?」
「お願いだ!!殺さないでくれ!!」
「もうやめろ!!私達が何をしたっていうんだ!!」
「リチャード!!もう悪事を働くのはよせ!!」
エイトとカリーナ、アトウッド、マスター・カムパネルラ、ハーディがリチャードに向かって言い放つ。
「悪事…?何を言ってるんだい?今から行うのは全部…」
そう言って、リチャードはマークスの方を向いた。
「マークスくんのせいだよ」
エイト達は一斉にマークスの方を振り向いた。
「…お、俺の…、せい……?」
マークスがそう呟いた次の瞬間、リチャードは指をパチンと鳴らす。すると、そばから黒い布を口に当てた男が現れ、腕を上に挙げて目を見開き両手を大きく叩いた――。
◇
「ヴァァァァアアアア!!」
病院内から無数に響き渡る声。レオナルドは声のする方へ向かった。
「どうした!?何が起きた!?」
そう言って病室内を見ると、そこには苦しみもがく患者達の姿があった。その出立ちは異様で、まるで人間ではないようだった。
レオナルドや看護師達はその光景に後退りをする。
「な、何が…、起きて……」
すると、その瞬間、患者の目が一斉にこちらに向いて来る。その目は赤白く光っていた――。
「みんな、早く逃げるんだ!!ここにいる人達全員を外へ逃がすんだ!!」
「…は、はいっ!!」
レオナルドはそう言い放つと、看護師達はすぐさま病院内へ駆け回り、人々に外へ逃すように促した。レオナルドも続いて行こうとしたが、その瞬間、四人の狂乱した患者に囲まれてしまう。
「クッ……」
レオナルドはそばにあった点滴スタンドを手に持った。
「ヴァァァァァァァ!!!」
襲い掛かる患者にレオナルドは点滴スタンドを振り翳し、立ち向かった。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」
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