〜ドキュメンタリー〜都会で働く生駒(いくこま)さん
ACTへのん
第1話
生駒市とは奈良県北西部に位置する自治体である。都市部へのアクセスが容易な為、近年ではベットタウンとして栄え、都市部への通勤通学率は県内屈指の約4割、人数は約2万人である
我々撮影班はそんな都会へ通勤をするとある生駒市民に密着する事にした。
AM6:05
既に身支度を整えて少し急ぎ目に歩く生駒(いくこま)さんを撮影班は小走りで追いかけた
Q早い出社ですね?
生駒「えぇ後の電車になると凄く混むので早めに家を出るようにしています。それにこの時間帯は電車が15分に1本なので乗り遅れると大変なんですよ」
Q今日奈良は雨が降らないのに傘を持っているのは何故ですか?
生駒「大阪の天気が雨模様だったので傘を持っています。平日は大阪にいる方が長いので」
少しばかり息を切らしながらもそう答える生駒さん、話ながらひたすら住宅ひしめく坂道を小走りで下るのは大変そうだ
住宅街や農道を抜けると駅らしき建物が見えてきた
駅らしき建物
県内北部を網羅する大正義私鉄、近畿日本鉄道(通称近鉄)の駅であるが
古びた小さな駅舎に2つしかない改札を超えると待合室もない拭き晒しのホームにちらほらと人が電車の到着を待っていた
ホームを見渡すと申し訳程度のベンチとアイスの自販機があるだけであった
Q寂しい駅ですね
生駒「私も最初そう思いましたが慣れました。県南部は駅すらないと聞きますので徒歩圏内にあるだけマシですよ」
そう言い、駅前に唯一あるたこ焼き屋の前に設置されている自販機で購入した缶コーヒーを飲む生駒さん。ホーム真横の踏切が鳴り出し電車が見えてきたタイミングで生駒さんは栄養ドリンクの如くコーヒーを飲み干しゴミ箱に捨て、ホームへ滑り込んできた"ワンマン生駒"と書かれた電車に乗り込んだ
同じく車内に乗り込んだ撮影班は違和感を感じた
見渡すと車内は混雑という程ではない
しかし生駒さんが乗り込んだ車両…それもとあるドアの周辺だけ密集しているのである
生駒「2車両目の3ドア前」
車内では人工音声染みた女性の声で次の駅のアナウンスを始めていたが生駒さんは何か呟いた事を撮影班は聞き逃さなかった
Q2車両目の3ドア前とは
生駒「そこにいると丁度エスカレーター前に着くんですよ、混雑せずエスカレーターに乗れるので皆そこに密集するのです」
無駄が無い生駒市民の市民性を知れていたが、生駒さんが乗るであろう快速急行の乗り換え時間は着いてから7分程あるので別にそこまでしなくてもいいのでないのかという疑問が生じたがそのツッコミは野暮だと思い撮影班は誰も口にしなかった
生駒〜生駒〜
終点駅の生駒駅に到着しドアが開き、吸い込まれる様にエスカレーターを上り、3.4番線乗り場の階段を下り待つ事7分弱、4番線に"快速急行尼崎"と書かれた赤色のプレートを付けた電車がホームに入ってきた。恐らく地下鉄に乗り換えるであろう降車客が吐き出され、代わりに生駒市民が吸い込まれていく
ドアシヤリマッシュ
電車が発車する
少し走ると電車は長い生駒トンネル(全長4.7km)入っていった
携帯の電波は通じるものの少し暗くなった車内を見ると座れはしないが窮屈ではないといった感じだ
生駒さんが早起きをしてこの電車に乗り込む理由を撮影班をこの時少し理解した。
しかし座っている人らの顔を見ると腕を組み下を向き寝ているのか起きているのかわからない姿勢であり、まるで戦場に向かう古参兵の様であった。
生駒「ここから次の停車駅の鶴橋まで長いですよ、なんせ15分近くかかりますから、腹痛が起きたりすると大変ですよ」
生駒さんが撮影班に対してニヤニヤした表情で伝えた、あいにく撮影班の体調は万全である
長いトンネルを越え街へ向かって電車は向かって行く
15分後鶴橋駅で奈良県中和民や東大阪市近辺の人々が乗り込み電車は更に街中で進む
生駒さん「ICカード乗車券が普及する前は近鉄鶴橋駅からJR鶴橋駅に乗り換える難易度が高くてよく改札で引っ掛かる人がいましたよ。近鉄とJRの切符を一緒に入れないといけないだけなんですが」
何か昔話をし出した生駒さんに対して適当に相槌をする撮影班、電車は大阪難波駅へ着こうとしていた。
最初の生駒駅とは比べ物にならないぐらいの人が降り改札を通って行く
生駒さんも改札を出て大都会大阪の大動脈、大阪メトロの御堂筋線へ乗り換え会社がある本町駅へ
Q生駒駅から本町駅だと地下鉄一本で行けるのでは?
生駒さん「大阪難波経由の方が定期代が安いのでこのルートを使っています。(大阪難波まで定期で行ける方がいいからです)」
大阪難波は生駒市民の庭であり出来るだけ利便性を享受したい言わんばかりの本音を押し込め、無理矢理会社都合の建前を貫こうとする生駒さんの姿勢に社会の不条理さを感じずにはいられない
AM7:15
Q定時より1時間以上早く着きましたね
生駒さん「今からコーヒーを飲みながら仕事の準備でもしますよ」
ここからは特記すべきことは無く昼過ぎまで仕事をこなす生駒さん
PM0:45
会社の休憩室で連ドラを視聴する生駒さん
舞台がお隣、東大阪市なので興味があるようです。
Q生駒山上遊園地の一部分は東大阪市との事ですが
生駒さん「大半は生駒市内にあるけど飛行塔がある場所が東大阪市らしいですね、行ったことないのでよくわかりませんが」
Q生駒市民なのに生駒山上遊園地に行った事がない?
生駒さん「中学生の時に生駒市に転入してきたので行く機会がなかったんです」
Q普通彼女と行くよね?
生駒さん「いや彼女とかいた事あるけど生駒山上遊園地いかねぇーしてか普通ユニバ?とか行くよねてか今彼女の有無とか関係ある?ないよね?ないよね?俺にはその質問の意図が意味わかんないわ」
Qめっちゃ狼狽えてますね?
生駒さん「てか真面目に取材しろよ笑」
Q生駒さんが大阪で働く理由とは?
生駒さん「ホンマに急に真面目な質問になってるやん!そら給料が違うてのが大きいよねアルバイトの時給でも生駒市やと896円やけど大阪だと1000円超えるし大阪まですぐ出れるならそっちの方が得やんと思ったわけ」
Qちなみに生駒市の平均所得が県内トップなのは知っていましたか?
生駒さん「そうなんや出稼ぎ効果凄いな」
Q生駒さんが平均を下げてる自覚はありますか?
生駒さん「やかましいわ!」
徐々に撮影班と打ち解けて彼女が居ない事などプライベートな会話までしてくれるようになった生駒さんその顔は楽しげであった
PM3:00
生駒さん休憩所でコーヒーを飲む
Q休憩多くないですか?
生駒さん「朝が早いので仕事の効率を上げる為にも小まめな休憩は必要なんですよ」
Q1時間遅く出社すればいいのではいいのでは?
生駒さん「混雑するのが嫌だから」
Qコーヒーやたら飲むのは眠いからでは?
生駒さん「これ以上言うと※暗峠に置いていくで?」
※生駒山にある国道、あまりの狭さと急勾配で関西一の酷道とも言われている。ちなみに夜歩くとめっちゃ怖い
そんな感じで雑談をしながら席に戻ると
上司「おい!生駒!!先方から明日必要な商品が納品されていないと連絡があったぞ!どういう事だ!」
青ざめながら発注書類を確認する生駒さん
どうやら発注漏れがあったようだ
そこからは慌ただしかった
先方に事情説明をし明日の午前中に納品されれば何とかなる事がわかり、メーカーに連絡
本日出荷はできないが滋賀の倉庫まで引き取りに行くのであれば本日対応可能という返答があり小雨降り頻る中、営業車に乗り込み滋賀県の竜王まで向かった。
撮影班も同乗したがとても放映できる雰囲気ではなかったので割愛
PM9:00
商品を引き取りそのまま納品に行った為帰りがこの時間になった。納品先が同じ大阪府内だったのが不幸中の幸いだった。
Qお疲れ様でした
生駒さん「お疲れ様でした、恥ずかしいところ見せてしまいましたね…」
疲れた顔で残った仕事をやり始める生駒さん
あくまでミスの尻拭いをしただけなので仕事が終わったわけではないのだ
PM11:30
帰社
事務所の戸締まりをし建物を出て
本町駅に向かい電車に乗りなんば駅で降りて大阪難波駅から奈良行き急行電車に乗り込んだ
Qだいぶお疲れですね
生駒さん「…」
疲れ切って魂が抜けた様な顔をした生駒さんが車窓に映っている
撮影班はこれ以上声を掛けず外を見ていた。
暫く外を見ていると綺麗な夜景が車窓から映し出された
Q夜景が綺麗ですね
東大阪の一部区間では電車に乗りながら大阪平野の夜景が一望できるのである
しかし生きる屍と化した生駒さんの目には何も映らない
Qいつまで凹んでるのですか?
返事がない生きる屍のようだ
電車はトンネルを抜けて生駒駅に到着した。
下車したものの既に今朝乗った路線は最終電車が出発しており諦めて生駒駅の改札を出て、既に止まっているエスカレーターを階段の様に降りてタクシー乗り場に着いたが既に10人以上並んでいる
生駒さん「家まで40分ぐらいですし歩いて帰りましょうか」
ようやく口を開いた生駒さん、撮影班はタクシーに乗って帰りたかったが文句を言わずついて行く事にした(仕事なので)
県内3位の人口を誇る街の中心駅と言えば聞こえはいいが、駅前の店は全て閉まっており真っ暗である。ちなみに駅前にある大手100円ショップは19時に閉店する
いくら大阪に近くとも"寝倒れの奈良"なんだと痛感せざるえない
かれこれ20分歩いているがコンビニすら無い
生駒さん「空見てください」
撮影班が空を見ると星が見えた
生駒さん「学生の頃お金なくてタクシーなんて乗れないから歩いて帰ってたんです。その時ふと空を見ると星が綺麗で上見ながら帰ってましたよ」
そう語る生駒さんの顔は少しばかり元気を取り戻した様に思えた。
AM1:00
自宅に到着した生駒さん、ここで撮影班と別れる事にした
生駒さん「今日…て既に昨日ですがありがとうございました。本当はもっと早く終われるはずだったのですがこんなに長くなってしまいました」
撮影班「いえいえ、撮れ高も良いのが取れましたしこちらとしては嬉しいのですが…生駒さん早くゆっくり寝てくださいね」
生駒さん「お言葉に甘えてそうさせて頂きます。撮影班の皆さんおやすみなさい」
自宅に入りドアを閉める生駒さんを見送り
撮影班は駐車場に停めていたハイエースに乗り帰路についた。
実質大阪と言われる奈良県生駒市
しかしそこは紛れもない奈良県であり
生駒市民は都会で戦う戦士なのである
〜ドキュメンタリー〜都会で働く生駒(いくこま)さん ACTへのん @acthenon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます