魔力

日乃本 出(ひのもと いずる)

魔力


 ここは宇宙開拓連合の本拠地であるチル星。

 その地表は緑色の太陽の光りによって淡い緑色に包まれ、その緑色の光りの中で茶色い輝きを放つアリ塚のような大小の建築物が立ち並んでいた。その中でもひときわ高く、そして色濃い茶色をした建造物が宇宙開拓連合本部である。

 その本部の一室のなか、そこに様々な星から集った様々な姿をした若者達が集っていた。

 金色のウロコに身を包んだトカゲのような者、全身が鉱物によって形成された者、機械と肉体を融合させた者などなど……その姿には何一つ統一性というものがなかったが、彼らにはただ一つだけ共通するところがあった。

 それは、燃えるような使命感を感じさせる瞳の光。つまり、彼らは宇宙開拓連合所属の若者達であり、そしてこの部屋は宇宙という虚無と危険という荒波に満ちた大海へと飛び出す彼らのために用意された学習の場――いわば講義室なのだ。


 ジリリリリリリリ、と講義の始まりを告げるベルが鳴り始める。若者達はいそいそと定められた自分達の席へとつき、緊張した面持ちで今日の講師の登場を待った。

 やがて講義室のドアから講師の姿が現れると、若者達はいっせいに席から立ち上がり講師に向かって敬意と感謝を込めた拍手をもって講師を出迎えたのであった。なぜなら、その講師とはこの広い宇宙にその聡明さでもってその名を轟かすという偉大なる講師だったからだ。

 しなやかなる八本の足。その賢人さを如実に証明する柔和で落ち着いた表情。若者達をその溢れんばかりの優しさで見つめる瞳。そして、全身からほとばしる情熱を体現せし真紅の総身をもった彼こそが、様々な星々をその目で見て学び、それらの星々での様々な経験によって培われた知識をもつ偉大なる講師――タコ先生その人であった。

 タコ先生は教壇の前へとウネウネ移動すると、八本の足のうちの二本を高々と上げ、若者達に着席をうながすジェスチャーをした。若者達はそれに従い、静かに着席した。それを見たタコ先生は満足そうにうなずき、その柔軟そうな見た目とは裏腹な、生真面目で硬そうな性格を想像させる声で若者達に語りかけた。


「盛大なる歓迎、どうもありがとう。それでは早速だが、講義にはいらせていただこうかと思う。今回、わたくしが諸君に学んでいただきたいことは――」


 そういって、タコ先生は教壇の後ろにある巨大スクリーンに、ぺちょっと触れた。すると、巨大スクリーンは一つの銀河系の全体図を映し出した。


「我々、知的生命体がこの宇宙に誕生し、それはもうさかのぼることが不可能なほどの時が流れてきました。今日は、そんな悠久の時をつむぐ宇宙史の中でもいまだにもって解明のできていない、ある事象について学んでいただきたいと思います」


 そういうタコ先生に生徒の一人が挙手をした。タコ先生はその生徒を指差し、起立させた。フグがしぼんだような顔をした生徒が緊張した面持ちでタコ先生に聞く。


「すると……今日の先生のご講義は、“宇宙七不思議”のことについてでありましょうか?」

「そのとおりです。あなたはなかなか勉強家のようですね。それではついでにお聞きしますが、この全体図はどの銀河系を指しているか、おわかりですか? ヒントは、今あなたが言った“宇宙七不思議”ですよ」


 生徒は少しの間うなると、何か思い当たったような表情になって言った。


「赤い恒星から数えて三番目にある蒼い惑星……ということは、これは太陽系の全体図でしょうか?」

「お見事。ご名答です。皆さん、この博識なる若者に惜しみない拍手をお願いいたします」


 講義室にわれんばかりの拍手が巻き起こる。若者は気恥ずかしさからか顔を真っ赤にしたかと思うと、破裂しそうなほどに顔を膨らませた。そしてゆっくりと着席した。


「さて、彼が今述べてくれたように、これは太陽系の全体図です。そして、今回皆さんと一緒に考えていきたいテーマの舞台となるところも、彼が先ほど述べてくれた蒼い星――太陽系では“地球”と呼ばれていたところです」


 そう言って、タコ先生は一つ咳払いをして、またもスクリーンにぺちょっと触れた。すると太陽系の全体図が消え、今度は地球の全体図がスクリーンに映された。


「いかがです、皆さん。なんとも美しい星ではありませんか。安定した気候、潤沢な酸素、植物もほどよく地表にいきわたり、生命のゆりかごともいうべき海も実に素晴らしい。まさに宇宙のパラダイスともいうべき星です」


 タコ先生がそういうと、若者達も同意を示すかのようにうなずいて見せた。


「この星を発見した当初、我々は地球には間違いなく知的生命体がいると確信していました。なぜなら、地球の周りには稚拙ながらも宇宙進出を試みようとした様々な建造物が存在していたからです。そこで我々はまず、地球のその知的生命体に対して電波メッセージを送ることにしました。果たして、それが相手に通じるかどうかは別として、それを受信してくれれば、何かしらの反応が返ってくると考えたからです」


 タコ先生はそう言いながら、若者達に机に備え付けられているタブレット端末を取り出すように指示した。


「さて、そこで皆さんにお聞きしたいのですが、先ほどのメッセージを送った結果は果たしてどうなったか? それをお手元のタブレット端末に記入し、記入し終えたら送信ボタンを押してください」


 若者達はいっせいにタブレットに記入を始め、できあがった若者達から続々と記入された答えが教壇のタブレット端末に送信されていく。全員分の答えが送信されたことを知らせる電子音が鳴ると、タコ先生は教壇のタブレット端末をのぞきこんだ。


「ふむ。皆さんは実に優秀のようだ。そう、皆さんの答えのとおり、地球からの返信は何もなかったのです。そこで我々は調査隊を編成し、地球に降りてみることにしたわけです。もちろん、大々的に降りるのでなく、あくまでも秘密裏に、です」


 タコ先生がスクリーン上の地球のとある部分にぺちょっと触れると、その部分が拡大されてスクリーンに映った。そこは巨大な渓谷と乾燥した地表が広がる場所であった。


「ここは地球では“グランド・キャニオン”と呼ばれていたところです。我々はこの地域を拠点とし、地球の調査を開始いたしました。すると、日を待たずして様々な事柄がわかってきました。さて、そこで皆さんに質問です。この調査でわかったこととはなんだったでしょうか? これは記入ではなく、挙手にてお答えしていただこうかと思います」


 タコ先生がそう言い終えると、数人の若者達が挙手をし、そのうちの一人をタコ先生は足指した。指された若者が立ち上がって答える。


「はい。様々な形式の住居などが各地で見つかりました。それから推測するに、それなりの文明が存在していたのだということが証明されました」

「そう。あなたのおっしゃるように文明の痕跡がそこかしこに存在していましたね。他には何かありませんか?」

「はい。その見つかった文明の痕跡を解析していくと、その文明は一種の知的生命体によって建てられたものだともわかりました」

「うんうん。それでは、その知的生命体の名称はおわかりでしょうか?」


 この問いに若者は頭を悩ませているように見えた。すると、別の若者が挙手して立ち上がった。


「知的生命体の名称は、“人間”です」

「正解です。皆さん、宇宙での任務についたときも、このお二人のように助け合いの精神を忘れてはいけませんよ」


 タコ先生のお茶目な言葉に、講義室内は若者達のさわやかな笑い声で満たされた。起立していた二人の若者はお互いに顔を見合わせ、はにかみながら着席した。笑い声が落ち着いたところでタコ先生は話を続けた。


「さて、今までの問答から、地球には人間という知的生命体が存在しているということがわかりました。そこで調査隊は人間とコンタクトをとることが最優先事項であると認識し、調査隊は人間の捜索を開始しようとしたわけですが――」


 タコ先生は咳払いをひとつして、スクリーンにぺちょりと触れ、スクリーンをこするように足を動かした。するとスクリーンの景色がグランド・キャニオンから、朽ち果てた市街地へと変化した。


「このように、人間が住んでいたと思われる街々はひどく風化し、植物の浸食もすすんでいました。となると、ひょっとすると人間はすでに滅びているのではないか? という仮定が調査隊の頭の中に強く芽生えたのです。そこで調査隊は、なんらかの情報が残っていないか、まずはこの市街地を探索することにしました」


 八本の足のうちの一つに指し棒を巻きつけ、タコ先生はスクリーンの市街地の中でもひときわ目立つ建物を指し棒で示した。


「すると幸運なことに、この建物が様々な記録を残している、いわば図書館のようなものだということがわかりました。そこで調査隊は残されている記録を翻訳機にかけて、有力な情報がないか調べ始めました。すると、驚愕の事実が判明したのです」


 いささか興奮した様子で、タコ先生は足を振り上げて教壇に力強くたたきつけた。若者達はそれを緊張した面持ちで見つめる。


「人間が残した記録を参照したところ、この地球には様々な種類の人間による国家がいくつか存在していたことがわかりました。記録によると、この国家同士はいがみあいが強く、何度も戦争を繰り返してきたそうです。しかし、やがて科学が進み、戦争に使用される兵器も非常に強力になっていき、このままでは双方の国が共倒れになるどころか、地球各地の国家も巻き込む最終戦争を引き起こしかねないという危険性が強くなったきたようです。そこで、このいがみ合っていた国家同士は同盟を結び、最終戦争の危険を回避した、と記録されていました――」

「僕達の歴史と似ていますね」


 一人の若者がそう呟くと、タコ先生も大いにうなずいて見せた。


「まったくです。ただ、スケールが違いますがね。人間の歴史は一つの惑星の中での出来事ですが、我々の歴史は宇宙という大きな舞台での出来事でしたからね」


 そのことを証明する、様々な姿をした若者達を見渡しながら、タコ先生はそう言った。


「そして、宇宙という終わりのないフロンティアのため、我々は手を取り合い、宇宙開拓連合というのを発足し、今に至るというわけですね。それと同じように、地球でも国際連合という集合体が発足し、国と国とが協力し合うようになっていった。そして、地球には平和が訪れ、地球に住む人間達は穏やかな日々を過ごしていった、とあります。ですが――」


 深呼吸をし、呼吸を整えてタコ先生は続けた。


「その平和はある事件によって終焉することになります――記録によると、地球の南極点に隕石が追突し、その調査に乗り出した人間達はあるものを発見したと記されています。そのあるものとは――」


 そういって、タコ先生は教壇のタブレットを操作した。すると教壇の横の床が開き、開いたところから一つの鉱石がのったテーブルがせり出してきた。


「聞くまでもないでしょうが、皆さん、この鉱石はご存知ですね? そう、これは『オーラーム』。我々にとって馴染み深く、そして有り余るほどに産出されている鉱石ですね」


 鉱石を足に巻きつけ、若者達に見えやすいように高く掲げながらタコ先生は続ける。


「それゆえ、この『オーラーム』が我々の間では石ころ同然の価値で取引されていることは、皆さんも周知のとおりかと思います。しかし、この広い宇宙において、物の価値観とは必ずしも一致するとは限りません。それを如実に証明する事象が、この地球で起こったのです。そしてその事象こそ、先ほどの方がおっしゃった“宇宙七不思議”の一つとして数えられているというわけですね」


 鉱石をテーブルの上に戻し、タコ先生は神妙な面持ちになって先を続けた。


「なぜなら、地球の人間達が隕石の落下地点で見つけたものがこの『オーラーム』の大鉱脈であったからです。そして隕石の落下地点である南極点というところは、地球のいかなる国家にも属していない中立地帯であったことが、後の事象の引き金となりました。その事象とはすなわち――――地球上の全ての国家を巻き込んだ最終戦争です」


 ざわつく若者達を軽くたしなめつつ、タコ先生は続けた。


「記録によれば、この大鉱脈が発見されると、すぐ国際連合は解体され、各々の国が大鉱脈の所有権を主張しはじめたそうです。それはやがて、いがみあいへと発展し、いがみあいは憎しみをかきたてさせ、憎しみは戦争という行為を開始させ、戦争は核戦争へと発展し、そして――人間達は自分たちの引き起こした核戦争によって滅亡してしまったのです」


 若者の一人が挙手をした。


「先生。人間はどうしてこのようなおろかなことをしてしまったのでしょう?」

「いい質問です。ですが、残念ながらその質問に対する明確な答えを私はもっていないのです。なぜ、人間はこの『オーラーム』の大鉱脈を奪い合い、そして滅亡してしまったのか……。もちろん、私を含め、多数の学者が様々な角度でこの謎にアプローチをかけてみましたが、いぜんとしてこの謎に明確な答えを導き出すことはできていません。それゆえ、この地球の知的生命体滅亡事件がどんな科学や学識をもってしても解明できない“宇宙七不思議”の一つとして数えられているわけですね」


 タコ先生がスクリーンにぺちょっと触れ、スクリーンの映像を消し、毅然とした表情となって若者達になげかけた。


「このように、宇宙というものは広く、そして我々の常識ではとても計り知れないような様々な困難や事象が待ち受けています。皆さんも宇宙での任務の最中に、このような出来事やアクシデントに見舞われたとしても、決してあせることなく、仲間達と結束し、宇宙開拓連合の一員であるという誇りを忘れずに、任務にあたっていってくださいね」


 はいっ! と若者達が答えると、講義室に講義の終了時間を知らせるベルが鳴り響き始めた。


「どうやらお時間のようですね。それでは皆さん、次回の講義までに今回の講義についてのレポートを教員室の私のところへと提出してくださいね」


 そうして、講義を終えた若者達が次々と講義室から出て行き、一人講義室に残ったタコ先生は、何か深く考えているような面持ちになって、テーブルの上の『オーラーム』を足に巻きつけて自分の顔に近づけた。


「……しかし、本当になぜ人間という種族はこのような鉱石ごときに自らを滅ぼしてしまったのだろうか。たしかにこの『オーラーム』は導電性に優れていたり、薄くのばしたりすることが可能であったり、加工もしやすいという特性をもっているが、だからといって奪い合いような代物ではないはずだ。もう一つの可能性としては、人間の記録によれば、『オーラーム』は装飾品などに使用され、地球ではかなりの価値を認められていたようではあるが、それも人間という種族が滅びてしまっては何の意味もないことだ。……わからん。なぜ人間はこの『オーラーム』にそれほどの価値を見出していたのか? それとも、価値とはまったく別の何かがこの『オーラーム』に含まれているとでもいうのだろうか……」


 タコ先生は『オーラーム』をしげしげと見つめた。すると、『オーラーム』が今までタコ先生が見たこともないような、とても不吉な輝きを放ったように見えた。その輝きには何か、とんでもない魔力のようなものが含まれているかのようにタコ先生には感じられた。事実、その輝きによって一つの種族が滅亡しているのだ。タコ先生がそのように感じたとしても何ら不思議はない。

 タコ先生は何か空恐ろしいものを体中に感じ、教壇の横に備え付けてある鉱石粉砕機に『オーラーム』を放り込んだ。

 鉱石粉砕機はガリガリという激しい音をたて『オーラーム』――地球では『金』と呼ばれていた鉱石を粉々に粉砕し、『金』を黄金色の美しい粒へと変貌させた。

 その時、講義室内に優しいそよ風が吹き込んだ。その風にのり、美しい粒達はまるで踊っているかのように空中へと舞い上がり、講義室の外へと飛んでいった。

 その光景を見て、一瞬ではあるが、タコ先生は人間がなぜ滅びたか、理解できたような気がした。

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