第56話 グングニル!


「な、なん……だ?」


 悪魔大元帥のレスルゴは硬直した。


 たしかにアカバドーラはラウリスの頭上で炸裂したはずだ。

 少なくともそう見えた。


 しかし、ラウリスの街は健在だ。

 アカバドーラの猛烈な魔力発散をまるで感じない。


――しかも、あの巨大な黒竜も未だ生きているぞ!?


「な、なにが起きている!?」


 レスルゴが咆哮する。


「は、はい。只今調べておりますがラウリスへ、『空飛ぶきつね亭』へ差し向けていた刺客からの連絡も途絶えました!」


「何!?」


 悪魔大元帥レスルゴが逡巡していると、随伴していた魔術師のルドラが険しい顔をしながら言った。


「レスルゴ様、委細は不明ですが我々の予想を遥かに超える事態が発生しております。今一度、アカバドーラ再射のご用意を」


 気づけば、魔王軍魔法武力研究所所長にしてアカバドーラの開発者でもあるイトカの気配が無くなっている。


――失敗の責をすべて私に背負わせる気か。


 舌打ちをしながらそう呟きつつ、レスルゴは叫ぶ。


「もう一度アカバドーラを発射だ! 再装填急げ!」


「は、はっ!」


 ルドラが言う。


「レスルゴ様、まず初弾には偽りの砲弾を。奴らがそれに対応しているに第二弾として本物のアカバドーラを打ち込むのです。そうすれば次こそは奴らを、ラウリスを消滅できます」


「うむ。私も同じことを考えていた。今度こそ、これで奴らはおしまいだ。」


 そうして捕虜として捕らえられ、連行されていた魔法使いがすべてアカバドーラの射場に集められる。


――手持ちの捕虜は消費し切るが仕方ない。次はアカバドーラの最大出力を喰らわせてやろう。


 そして、僅かに残っていた最後の魔法使いたちが次々にアカバドーラへ魔力を圧入させるための巨大な装置に繋がれてゆく。


「ふはは、つかの間の勝利に酔いしれているがいい。今宵、貴様らは皆殺しだ!」


 遠く輝くウラリスの街の明かりを見つめながら、レスルゴが不敵の笑みを浮かべる。


「さぁ、祭りの続きだ! アカバドーラを……」


 そう言いかけたその時、レスルゴ率いる魔王軍第六軍が駐屯していた丘の後方にあった巨大な山が吹き飛んだ。


 音が届くより早く、その驚愕の光景が目に入る。


 山の中腹、ちょうど魔王軍が駐屯する丘と同じくらいの高度のある一点を中心から同心円状に内側から山体が吹き飛ばされ、その膨大な量の岩土が円弧を描いて発散していく。


 その衝撃波がはるか高空に及び、天空を這う雲が霧消してゆく驚愕の光景がその場に居た者たちの目に映る。


「っ!」


 言葉を発するより前に、レスルゴの視界には超速で飛来する黒い金属の棒が見えた。


 音の速度を遥かに超えてレスルゴに向かって飛翔するその棒は、あっと言う間に第六軍の居座る丘に到達した。


 山が吹き飛んだ音は、まだ届かない。


 凄まじい形相でその棒を目で追うルドラや他の将兵たちの姿、そして我が身に迫る金属の棒。


 レスルゴにはなぜかすべてゆっくりと見えた。


「……ここまでか」


 そう思ったとき、視界の片隅に女児が見えた。


「?」


 その女児が鋭い眼差しをレスルゴに向けて、口を開く。


「忘却に対する贖罪しょくざいを以てアガペーとする。これは慈悲ではない」


「私は神ではないからだ」


「……何のことだ?」


 レスルゴが困惑していると、やがて


「ズドン」


 という鈍い衝撃とともに、その棒はレスルゴの身体を貫通した。


 そして次の瞬間には、山から到達した凄まじい衝撃波と膨大な土砂によって丘の上の魔王軍はアカバドーラもろとも跡形もなく吹き飛ばされてしまった。




「さて、どうやって戻るかなぁ」


 手にした大きな器を満たす酒を口にしながら、マウソリウムのギルドでライラがごちる。急ピッチで復興が進むマウソリウムにあって、まず最初に建てられたギルドだ。


「四千キロガル(約四千キロメートル)ってよぉ、もう大陸横断じゃねーか!」


 バタン、と頭を机に突っ伏してあ゛ーっと唸り声を上げる。


「まぁまぁ、そう落ち込みなさんなって。大魔法使いライラさま!」


 そう言って、傍らにいたタンバリンが酒の入ったカップを片足にゲラゲラ笑う。


「おれも一緒についてくよ! あの槍の旦那にもまた会いたいしな!」


 タンバリンは、ライラの回復魔法で息を吹き返していたのだ。

 懸命の復活魔法で一命を取り留めた……というより、酔ったライラがコシュカに見せた『便所壺に掛けられていた不老不死の呪いの術式の応用と再生』によってタンバリンは息を吹き返した。


「……そりゃないぜ」


 目覚めて、最初に目に入ったトロールの岩盤のような顔面を見てそう呟く。

 トロールの後ろでは、真っ赤な顔をした魔女、つまりライラとコシュカが出来た! やった!とはしゃいでいる。


「救国の英雄を、そんな簡単には死なせやしないぞ」


 事態を察した大トロールのゴッザムに小突かれながら、はぁと溜息をつきつつ差し出された水を口にして……目を見張る。


「う、美味い!! なんの甘露だ!?」


「どうだ、数百年ぶりの『水の味』は?」


 トロールが優しく言う。


「死ぬのは、たらふく美味いもん食ってからでも遅くはないだろう?」


 タンバリンはうんうんと頷きながら、腹が張れるまで水を飲み続けたのだった。


 そんなタンバリンも、復活に際してマジックメカニカルで再生してもらった両腕で『酒樽』を抱えてげらげら笑っている。


「腕を用意してもらったのなら、腕でカップを掴めばいいだろう?」


 そう言われてタンバリンが答える。


「王さまよ。、あの暗闇で腕の無い生活をしてきたんだ。足の方がしっくりくるんだよ」


 そう言って、相変わらず足で器用にカップを掴んで酒を口に注ぐ。

 タンバリンたちの足元には、小さな魑魅魍魎ちみもうりょうたちもおこぼれ目当てに右往左往していた。


「あんたほどの大魔法使いなら、パーティを組みたいと名乗り出る輩なんざごまんといるだろう? そいつらと旅に出ればいい」


 そういって採掘場から仕事を終えて飲みに来た煤だらけの工員たちも声を掛けてくる。


 マウソリウムの街は長い戦いからようやく解放され、街の人々や元魔物たち人外でごった返すなか、再建に向けて街中が活気に満ちていた。


 そんな連中の声を聞きながら、ライラのイライラは頂点に達した。


「ざけんなっ! 長げーんだよ! あたしはもう『前世で』十分旅をしてきた。これから四千キロガル(約四千キロメートル)だぞ、これから四千キロガルッ!!」


 それに、と一瞬言葉がよどむ。


「あたしはここからラウリスまでの道のりを『知ってんだ』。いや、正確にはあいつの夢でトレースしたってとこか。まぁ、仕掛けが分かっている分楽っちゃ楽か」


 そう呟いてから、いやいやいやと首をライラが首を横に振る。


「やっぱ遠いよぅ。酔っぱらってても全然心躍らねぇ。早く帰りたいよぅ……」


「お! ぶつぶつ独り言かと思ったら、今度は泣き出したぞ!」


 あっはっはと笑い声が響くなか、ふっとライラが顔を上げる。


「そうだよ! アルドコルたちと帰ればいいんだ! あいつら、エル・カミニート・デル・レイ(王の小道)を使って最短でここに来たはずだぜ!」


「エル・カミニート・デル・レイ? って魔法ですか?」


 近くに座っていた魔女が尋ねる。


「同盟を締結した国同士をパイパスする、ハイパーリンクルートなんだ」


 ライラが赤い顔で答える。


「こいつは実際の距離に反比例したショートカットを作ることが出来る。通常の転移魔法より効果域が広いんだ。少し計算式が難しいんだが、転移距離が長くなるほどその効果が大きくなる」


「とは言っても、ここからラウリスまでだと約四千キロガル(約四千キロメートル)。『王の小道』を使っても四百キロガル(約四百キロメートル)くらいは自力で移動しないとだけどな」


「へぇ、そんな便利なものがあるんですねぇ」


 魔女や周りで話を聞いていた者たちが、流石はライラ様だとしきりに感心している。ライラはちょっと嬉しくなって得意そうに話を続けた。


「つっても、使える人間は限られる。王の認可が必要だからな」


「アルドコルのやつ、確かランゲルドの勅令でここに来たはずだ。なら、一緒に帰ればいいんだよ!」


 そう言って、ライラはギルドを飛び出して街の中央にそびえる城に向かった。


「申し訳ありません、ライラ様。我々はマウソリウムに留まり、再興を見届けたのち帰投せよとの無期限の厳命が下達かたつされているのです」


 申し訳なさそうにアルドコルが答える。


「それに、仰る通り、あの道はランゲルド様の通行許可証が無ければ通過できず、それは個人に発行されています。ですから、たとえご一緒したとしてもライラ様はゲートを通過出来ません」


「ま、まあ普通に考えてそうだわな」


 トボトボと執務室を出たライラに、ヴォルグが声を掛けてきた。


「ライラ様!」


「ん? なんだ、王さまか」


 ぶっきらぼうにそう言いながら、うやうやしく頭を下げる。


「ライラ様、聞きました。どうか、私をラウリスへお連れ下さい!」


 それを聞いたライラが、ぎょっとした顔をしてヴォルグを見る。


「いや、だってあんたはここの国王じゃねーか。連れて行けるわけねーよ」


 そう言ってそっぽを向いて歩きだそうとして……立ち止まる。


「待てよ。ヴォルグに通行許可証を発行してもらえれば、あたしもエル・カミニート・デル・レイが使えるんじゃ!?」


 我ながら素晴らしい妙案だと感心しながら、平静を装いつつヴォルグの方を向き直して言う。


「いや、しかしヴォルグ様も我がラウリスの同盟国当主であらせられるお方。これは是非ご一緒させて頂きたいと思います」


 そう言って、ライラはうやうやしく頭を下げる。


「そ、そうですか! よかった! 私は世界を見たいと思っていたのです。大陸を横断する大冒険をライラ様とご一緒出来るなら、これはまさに鬼に金棒です!」


「……ん? 大陸横断の大冒険?」


 ライラが顔を上げる。


「ヴォルグ様、エル・カミニート・デル・レイを、『王の小道』をお使いになるのでは……?」


 ヴォルグが、キラキラした表情で答える。


「私はこの足でラウリスまでの道のりを歩みたいのです。あの『槍の勇者様』のように!」


 マウソリウムの大地をぶち抜いた槍を見て、そしてアルドコルやイライザ、それにゴッザムやタンバリンたちから『便所壺』におけるガットの活躍を聞き、ヴォルグのなかでガットはすでに「バルバライゾの罪人」から「槍の勇者様」へと昇華されていたのだ。


 そんな、憧れの勇者様が歩まれた冒険の道のりを自分もトレース出来る。

 そう思うだけで、ヴォルグは聖地巡礼に臨むが如くの高揚を抑えきれないでいた。


 顔を赤くして興奮しているヴォルグを、ライラが唖然とした顔で見つめる。そんなライラの気持ちを察してか、ヴォルグが続ける。


「それに、私なりに調べたのですが恐らくライラ様はあの道を使えません」


「……なんで?」


 ヴォルグが一瞬ためらったのち言葉を続ける。


「ライラ様は一度お亡くなりになっているからです。おそらく現在のお姿は思念体を何らかの方法で実体化されているのだろうと思われますが、そのような不確定要素の大きい存在の通過を、あの道のゲートは許可しません」


「加えて、エル・カミニート・デル・レイは基本的に王族や王族に使える信頼のおける者が使うもの。すなわち謀叛むほんや離反を防ぐための往復契約なのです。『行ったら必ず戻る』」


「つまり、もし私がここでライラ様に許可証を発行すれば、ライラ様はまたここに戻らなくてはなりません」


 ヴォルグの言葉に、ライラが顔をしかめて目をつむる。


――たしかに、そうだ。そりゃそうだ。


 コクコクと小さく頷きながら、再びヴォルグに背を向けて歩き出そうとして、その足を止める。


「……ゴッザムか」


 目の前に、大きなトロールが立っていた。

 彼は、城の敷地にある療養所で眠っている、未だ目覚めないパニバルの見舞いに来ていたのだ。強力な呪詛の塊である偏倚へんい魔法を応用して構築された組魔法を実体化した『便所壺』。


 これの維持を目的に不老不死の呪いを掛けられていたパニバルの心身は、長期に渡るその高出力に晒されてズタズタに傷ついており、その回復はさすがのライラたちでも一筋縄ではいかなかったのだ。


「わたしからもお願いしたい。ヴォルグはとても聡明な王だがまだ若い。マウソリウムの契約に縛られ、そして直近の数年は魔王軍との戦いに明け暮れて、見るべきものを見ていない」


 それに、と顔をライラに近づける。


「な、なんだよ?」


 ひるむライラに、トロールが言う。


「もし『お前たち』が来なけりゃマウソリウムは消滅していた。そして俺たちも焦土となった街の遥か下、その更に下の漬物石の下、便所壺のなかで手も足も出せずに腐った肉塊になるまで生き地獄を味わっていたはずだ」


「だ、だから?」


「お前たちはこの街を、俺たちを、未来を救ったんだ。そして与えてくれた」


「な、なにを?」


「お前たちが来なければ、我々が見ることも歩むことも叶わなかった未来だ」


 そして、トロールがライラから顔を離して背筋を伸ばした。


「つまり、お前には我々の未来に対して責任があるし、それを取らなきゃならん」


「……むちゃくちゃなこじつけだな」


 ライラが顔をしかめる。

 だが、ヴォルグは嬉しそうだ。


「い、行ってもいいのですね、おじい様!」


「もちろんだ。お前が不在の間は、私が責任をもってこの街を治めよう」


「ラウリスまでの旅は長く厳しいものになるだろう。しかし、大丈夫だ。このライラ・ヒュパティア様が導いてくれる」


 そう言って、トロールがライラに向かってエスコート・ポーズをとる。


「腐っていても、伝説の大魔法使い様だ」


「……もう勝手にしろよ」


 そうしてライラ率いるパーティが結成され、のちにマウソリウムからラウリスへの四千キロガル(約四千キロメートル)に及ぶ、ガットが辿った波乱万丈の大陸横断の旅に出ることになるのであった。


「それだよ! 見たんだよ、あいつが歩いた道のりをさ。あたしは知ってんだよ、フローラル・ライラのせいで!」


 ライラは頭を抱えてまた嗚咽した。

 それを見て、タンバリンはじめ街の酔狂たちがゲラゲラ笑っていた。




「さて、長居し過ぎたな」


 遠目に、半壊した『空飛ぶきつね亭』が見える高台の居酒屋で休息を取っていたガットが、そう呟きながらグングニルを握りしめて椅子から立ち上がる。


「そうじゃった、忘れとった。カルルガットへ行くんじゃった」


 ラウリスの街角のパン屋で買ったベーコンサンドを口にしていたホーホも言った。


「そして、大魔王ラッテンペルゲを倒す」


 フォルティスも頷く。


「なんかもう色々ありすぎて頭が追いつかないんだけど、俺もヤルぜ!」


 そう言って、テルアも水に濡らしたボロぞうきんを振り回す。


「冷たい! テルアちゃん、冷たい!」


 ボロぞうきんの飛沫を浴びたフロースが怒ってテルアの尻を叩く。

 その振動でフロースの腕で眠っていた幼子が泣き出す。


「おーよしよし。ごめんねぇ」


 フロースが優しく幼子をあやすと、あうあうと嬉しそうに笑っている。


「かわいいねぇ」


「あ、あの!」


「ん?」


 ガットが振り返るとリーチが立っていた。


「あぁ、リーチさん。どうした?」


 ガットに声を掛けられたリーチが、意を決して言葉を発する。


「あ、あの! わ、私もあなたたちのパーティに加えてもらえないでしょうかッ!?」


「え!?」


 ガットも皆も、そのうしろに居た商人たちもみな一様に驚く。

 すっかり元の大きさに戻ってしまった黒竜アズダルコも、リーチの肩で羽根をパタパタさせながら首を振っている。


「だ、だって、あんたが帰らなきゃ魔物の街の連中は……」


 商人がそう言いかけて、はっと口を閉じる。

 フェルメーナに見せられた夢を思い出したからだ。


「そりゃそうか。あれだけの経験をしてりゃあな」


「ごめんなさい」


 リーチが言葉を紡ぐ。


「あなたたちと、この世界の不幸の元凶たる魔王を倒したい。魔王を倒して魔物の街に帰るってのも変な話だけど、だけど、わたし目的を果たしたら必ずみんなのところに帰るから」


 そう言って頭を下げる。


「そりゃ、大魔法アマリリスの使い手が居るなら百人力だぜ。なぁ兄貴!」


 テルアが合いの手を入れる。


「無敵のグングニルと大魔法アマリリスの使い手だぜ? 無双しか感じねぇ!」


 それまで黙っていたガットが口を開く。


「あの斥候の記憶を辿った限りじゃ、何も分からなかったそうだ。そもそも、あの斥候が生き物なのかどうか、ラウリスの学者や魔法使いでも分からないらしい」


「あの斥候を見て思ったんだ。きっと厳しい旅になるって。得体のしれない偏倚へんい魔法ってのを操る奴もいる。魔王もそうだが、そいつをウラで操っているかもしれない本当の黒幕とも相対するかも知れない。志半ばで命を落とすかもしれない」


 その言葉に、ホーホがガットを見る。


 ガットは、顔をあげてリーチの目を見つめる。


「それでも、一緒に来てくれるって言うのなら、こちらからお願いしたい」


 ガットは笑顔でリーチに手を伸ばす。


「一緒に、この世に仇なす元凶を倒そう」


 その声に、リーチがその手を握る。


「よ、よろしくお願いします!」


 二人のやり取りを横目で見ていたホーホが、酒樽を傾けながら呟く。


「ようやく、『ナイジェル・オグデン』の誕生じゃな。」


「なんですか、『ナイジェル・オグデン』って?」


 フロースが尋ねる。


「古より伝わる言葉で、命を賭けて繋ぐ者、諦めぬ者という意味がある言霊なの」


 そう言って、フェルメーナがふふっと笑った。


「さぁ、また冒険が始まるぞ!」


 テルアが楽しそうに笑う。


「でも、まずはカルルガットだ」


 そう言って、ガットはグングニルを握り締める。


 フォルティスも黙って頷く。


「つか、バルバライゾの大迷宮ってどうだったんだっけ?」


 テルアがそう言うと、突然ガットが腰にぶら下げていた巾着から声がした。


「なんにも! なんにも解決してない! みんな肉の塊になった!」


 テルアの問いに、突如箱の中からガムラン坊が大声で答える。

 ぎょっとして、皆がガムラン坊を見る。彼は、ライズ・リーチでハルピュイアに木箱に詰め込まれていたのだ。それまで、ガットも彼の存在を忘れていた。


 が、そんなことはお構いなしにガムラン坊は続ける。


「いきなりホーホ様の目が光った! そしたらみんな肉の塊になったんだ!」


 それを聞いたホーホがピクリとする。


「まさか、亜人の里の子らが襲われた?」


「お前が、魔法石を目に収めたラマーか?」


 ガットが尋ねる。


「うむ。思い出すことは出来ぬが、おそらく彼女の眼窩に埋めた魔法石「アデラントーレ」を介して、われにも偏倚へんい魔法の効果が及んだのかも知れん」


 ホーホが唸る。


「異変に気付いて、術者があの村に戻ってきたのかもしれんな」


「だったら、まずはあの子たちのところに戻らないと!」


 フロースの言葉に皆も頷く。


「すっかり忘れていたけれど、マウソリウムだって大騒ぎになったんじゃ……」


 そう言えば、とガットも手にしたグングニルをじっと見つめて、うぅと唸る。


――たしか、グングニルはマウソリウムから飛んできたはずだ。


……うろ覚えだけど、確か俺はマウソリウムの地下にこいつを置いてきたような――。


 唸るガットの傍らで、ホーホがしかめっ面をしている。


「そう言えば、ライラ様ってホーホ様に似ていませんか?」


 突然、フロースがとんでもないことを言う。


「だって姉妹みたいなものですものね。仲良し『三姉妹』」


 そう言って、フェルメーナがふふっと笑う。


「姉妹!?」


 皆が驚いていると、ホーホが酒を口にしながら赤い顔で言う。


「……あれは、ほら。あの時に……奴がわれとあれらと一緒に……」


 そう言いかけて、腕を大きく振り上げる。


「いいや、姉妹じゃにぁい! あんなのと誰が姉妹じゃ!」


「いや、ちょっと待て! なんか今、すげー大事な話が……」


 そう言って、ガットがはっとする。


「そういえば、リーチさんのご先祖様の話とか、まだ全然聞けてないぞ!」


「あーあー!! 聞こえん、聴こえん!」


 彼らの喧噪を、ラウリスの居酒屋にたゆたう煙の向こう側に見つめながら、リーチはこれから始まる冒険に胸を躍らせていた。


「また、冒険が始まるんだ!」




 時はグルゴ歴1126年。


 ひとや魔物や人外が縦横無尽に跋扈ばっこして、世界のことわりが固定しきる前の混沌の時代。『無敵の槍』と『無双の大魔法』に選ばれた者たちが織りなす冒険奇譚。


 彼らの旅は始まったばかりだ。




★ 第一章「無敵の槍と無双の大魔法」 完



Thank you for reading.

to be continued!

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グングニル! 一馬力 @shim6

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