第55話 マウソリウム攻防戦ー3 ライラ登場!
「あぁ、神様……」
並べられた魔女たちが
ブルデンが搔き集めた魔物たちが、園庭の倉庫からゴロゴロと真っ黒い
よく見れば、パニバルも装置に連接されている。
彼女は、グングニルが漬物岩と便所壺を破ったうえに攻撃魔法「マムズ・アスラッピング(ママの尻叩き)」で自身が展開、補強していた結界を破壊された刹那、不老不死の呪いが解けて急激に放出魔力を低下させたのち意識を失い、身じろぎひとつせずになされるがままになっていた。
「まったく使えねぇ女だ。用済みなら、もう装置に繋いじまえ!」
そう言って、ブルデンが傍らの兵士にパニバルを連行するように指示した。
こうして、パニバルを含む約二十人の魔女の装置連接が完了し、魔王軍のひとりがその装置のリミットスイッチを外してレバーを最大出力へ回転させる。
「さぁ、起動しろ!」
悪魔大元帥デゥの声に、魔女たちが涙をこぼしながら目を閉じた。
リミットを外したことで、魔女の致死量まで強制的に魔力と生命力を支えるマナを根こそぎ奪い、その魔力を集められた魔法信管圧入装置へ圧入することで臨界状態へと移行させるのだ。
デゥの声に呼応した、攻撃隊長のブルデンが大きなレバースイッチを一番下まで一気に下げる。と、
「じ、自爆する気か!?」
事態に気づいたトロールとヴォルグ、それにアルドコルたちは一斉に装置に向かって走り出す。イライザとコシュカも後に続く。
「ゴッザム殿とヴォルグ殿はあの丸い装置の破壊を! 私は……」
続く言葉を一瞬言い淀んだアルコドルが、意を決して言う。
「私は魔女を! あの装置の動力源となってる彼女たちにとどめを刺す!」
装置が青い光を放ち始め、凄まじい魔力共振による轟音が地下大聖堂内に鳴り響く。
「これで最期だ。皆吹き飛ぶがいい!」
デゥがそう叫び終わるかどうかというところで、ボーンという音と衝撃がして空中が裂け、柴色の煙が噴き出した。
「な、なんだ!?」
デゥが見上げると……そこには小さな魔女がいた。
爬虫類のような黄金色の白目に浮かぶ細い瞳で、周囲をぐるりと見渡して一瞬で状況と主要な登場人物たちを把握する。
「はぁ、そういうことか。あのクソったれが!」
眼下の喧騒を
「魔法圧力臨界! デゥ様、これまでご一緒出来て光栄でしたッー!!」
ブルデンの叫びと同時に多数の魔女に接続された球状の装置が白光に包まれる。
凄まじい魔力暴走が始まる。
魔王軍の必死の抵抗で目的に接近できないトロール、ヴォルグやアルコドルが己が最期を覚悟してもなお、虚空に手を伸ばし一抹の可能性にその指先を届かせようとした……
まさにそのとき、空中から軽やかな鼻歌のような詠唱が聞こえた。
「ජීවිතයේ විවේකය, මනසේ සාමය, සෑම කෙනෙකුම ඔවුන් සිටිය යුතු තැනයි」
(シンハラ語で「安らぎ、安らぎ。誰もがいるべき場所にいる.」)
「ホイッとな!」
ライラが魔法棒を振り下ろすと、その魔法棒からぶわぁーと灰色と黒を基調としたくすんだ色彩の、大量のトゥインクルスターが噴出して地下聖堂中に降り注ぐ。
そのトゥインクルスターに触れた者はパチンパチンという軽い衝撃と共に老若男女や種族を問わず、思考が停止したような、それでいてすさまじい望郷と懐古の念に駆られたような深い感覚に襲われ棒立ちとなった。
「あと、これだ」
そう言って、ライラが亀の甲羅のような爆雷防御陣を魔法集中装置の周囲に幾重にも瞬時に構築する。
そして、カレーションポータル(強制移動)でトロールをその中に放り込んだ。
身動きひとつしないパニバルを前に、トロールが目を見開いて固まっている。
魔法集中装置は臨界を突破した。
ライラが叫ぶ。
「惚れた女を救うチャンスだぞ!」
それを聞いて、意を決したトロールがその拳を、炸裂の始まった魔法集中装置に叩き込む。
その瞬間、ズドーンというはらわたに響く轟音が大聖堂に響き渡り爆雷防御陣の中が真っ白な煙で充満した。
「デゥ様、爆発……!!?」
ブルデンが顔を上げると、それまでの地獄の喧噪が嘘のように静まり返っている。
目に入る動くものと言えば、空中をふわふわと漂うどす黒いトゥインクルスターとあの魔女くらいだ。デゥすら、身じろぎ一つできずに固まっている。
「ふんむぅ。四百年ぶりに試したが、なかなか出来るもんだな」
「さすがは、あたし♡」
ライラが魔法棒をクルクルと振り回して一人で悦に浸っていると、眼下でパニバルを抱えてこちらを凝視するトロールに気づく。
「ん? おぉ、誰かと思えばゴッザムじゃないか! 見劣りしたな。なんだその姿は!?」
おどけた声でライラが話しかける。
「……ライラか」
トロールも答える。
「なぜ、お前がここに居る?」
「それと……何をした?」
トロールの質問に、ヴォルグを見つめながらライラが答える。
「ふん、あの
「ラウリスから?」
パニバルを静かに床に横たえてやると、トロールがふたたび視線を空中のライラに移す。
「距離にして四千キロガル(約四千キロメートル)は離れている。しかも道中には魔王軍の支配下にある地域や数多の結界もある。『王の小道』を使っても数日は掛かる道のりだ。ありえない。魔力の到達限界を超えている」
トロールが
「あたしもよくは分からんけど、たしかにありゃ転移魔法だよ」
そう言いながらパンパンと服についたホコリをはたくライラに、アルコドルも声を掛ける。
「ライラ様、お久しゅうございます。この度はご助力頂き本当に助かりました」
そうして、自身に当たりそうなトゥインクルスターを剣ではたきながら、やはりトゥインクルスターに囲まれて硬直している魔王軍を見つめて、アルドコルがライラに尋ねる。
「事の委細は図りかねますが、ホーホ様がライラ様をこうしてラウリスからマウソリウムへと転移させたということは、ランゲルド様は、ラウリスの街は無事だということですね」
「……なぜそう思う?」
ライラが首を傾げて尋ねると、アルドコルが笑顔で答える。
「フェルメーナ様です。あのお方が、もしライラ様がマウソリウムに現れることがあれば一切の憂慮は不要だと、そう仰っていたのです。もちろん、私もまさかとは思いましたが」
そう言って、アルドコルがライラの腰にぶら下がっていた巾着袋を指さして笑う。
それは、ガットが便所壺から脱出する際に便所壺の底の砂を詰めた巾着袋で、彼女がラウリスで拾った(ネコババした)ものだった。
「……フェルのやつ、ほんとにどういう能力してやがるんだ?」
それを聞いたライラが、巾着袋をくるくる指先で回しながらそう呟いているとヴォルグが声を掛けてきた。
「ラ、ライラ? 様。お、お初にお目にかかります。わたしはヴォルグと申します。この度は、わが王国の危機をお救い下さって本当にありがとうございます」
「ん? あたしは大したことしてないよ」
「この国の王子だな」そう分かっていたライラだったが、不本意ながらホーホに飛ばされ、成り行き上手を出さざるを得なかったという事情もあって、なんだか得意にもなれずにぶっきらぼうに答える。
「それで、ライラ様。やつらはいったい……?」
今も硬直している魔王軍を見つめながら、ヴォルグが尋ねる。
「あぁ、あれか。あたしのトゥインクルスターが当たったな。あれは人から魔物に転移した連中には特に効くんだよ」
そういってライラがにやぁっと粘っこい笑みを浮かべながら、空中を浮遊していた黒いトゥインクルスターを掴むと、この場から逃げ出そうとするブルデンに向かってぶん投げる。
そのトゥインクルスターはまっすぐにブルデンの頭に向かって飛んでいき、「パチン!」という音を立ててブルデンの頭に当たった。次の瞬間にはブルデンは直立不動で動かなくなる。
「ひ、人から?」
ブルデンに向かってトゥインクルスターを投げるライラを見ていたヴォルグが、はっと我に返って聞き返す。
「そう、魔物はもともとそういった種族の奴らとは別に、後天的に魔物になった連中も多い。」
「あたしのブラックジェット・アンダーパッシブ・トゥインクルスターはさ、そういう連中の昔の記憶や感情を強制的にかつ激烈に呼び覚ますのさ。」
まぁトゥインクルスターの最大効果域は指向性こそ無いものの極短距離だから使用はもっぱら室内に限られるのが難だけど、などと言いながらごそごそと、今度は装置に繋がれた魔女たちをひとりずつ装置から取り外していく。
「おい、おまえらも手伝え!」
ライラに怒鳴られて、トロールやトゥインクルスターに触れて呆けていたマウソリウムの人々もぞろぞろと集まってくる。
「それで、なぜ今、ここに来たんだ?」
魔女たちに繋がる機械を外しながらトロールが尋ねると、ライラが嘆息する。
「知らん。ホーホのやつにいきなり飛ばされたんだ。どうしてこのタイミングであたしをここに飛ばしたのかは分からんけど」
そう言ってから、ふと思い出したようにライラが言う。
「そういやあいつ、ターゲットマーカーが得意だったな」
「ターゲットマーカー?」
トロールが聞き返す。
「それはどんな能力なんだ?」
「あいつに由来するもの、ホーホの奴の魔法を使ってこしらえたものとかを使うとさ、距離とか場所にほぼ関係なくその場所を特定できるんだ。まあ四千~五千キロガル(約四千~五千キロメートル)くらいの距離でなら、ほぼ座標を特定できる。んで、例えば……こんな場面なら、まぁ魔法爆弾とかな」
「どっかでそんなんが起爆したとかで、あいつが感付いたんじゃないか」
それを聞いたトロールが、おもむろに立ち上がる。
そして、爆風で千切れて横たわっていたタンバリンの小さな亡骸に近づいて、彼を優しく撫でた。
「あの男の事といい、お前のお陰で我が国は救われたぞ、タンバリン」
「?」
その光景をライラは不思議そうに眺めていた。
「さすがは『ライラ様』ですにゃん!」
そう言ってゴロゴロと擦り寄るコシュカを押しのけながら、ライラが目の前のもう一人の魔女に尋ねる。
「なんだって、お前がここに居るんだよ?」
「フェルメーナ様とランゲルド様のお導きです」
お久しぶりです、と言いながら魔女のイライザが頭を下げる。
グングニルの魔力余剰でホーホが復活した際に、呼応してラウリス郊外の墓地より復活したライラ。
ラウリスを飛び出したリーチとすれ違った後に、墓抜けの際に持ち出した、自らへの副葬品を換金してはラウリスで飲み食いしていたところをイライザに発見されていたのだ。
その後、イライザの導きでラウリス領主のランゲルドの下へ行き、フェルメーナにも再会するために『空飛ぶきつね亭』へ向かおうとして……逃げた。
「ま、まぁフェルの奴にも貸しが沢山あったからなぁ」
そう言って、テヘヘと照れ笑いするライラに、イライザが言う。
「ですが、ここにいらしたということは『空飛ぶきつね亭』でライラ様はフェルメーナ様やホーホ様に出会っていらっしゃるハズですが……」
ライラ様がここに来たなら、その時はそういう筋書きになるとフェルメーナ様が仰っていましたがはて……と、イライザが首を傾げる。
「そ、そりゃ街の連中が大挙してフェルんとこに詰めかけたからさ。あんだけ居りゃあたしが混じっててもバレねぇかと思ったんだ」
「……なるほど。フェルメーナ様の『ただ酒作戦』が功を奏したというところですね」
「な、なにぃ!?」
半ば呆れ顔で呟くイライザに力なく凄んでみてから、ライラがふとイライザに尋ねる。
「そういやお前、さっき言ってた『あたしがここに来たらそういう筋書きになる』って、なんのことだ?」
ライラの質問に、イライザが顔を上げて答える。
「あの方の能力、ノベリストによる強制運命サイクル(フォースト・フェイト・サイクル)ですね」
「……無敵かよ」
イライザの回答を聞いて、ライラがボソッと呟きながら辺りを見渡す。
「ふぅ。しかし今日は疲れた。今夜は酒でも……って今のマウソリウムにそれを求めるのは酷か」
そんな、うなだれるライラの背中に声が掛かる。
「虎の子の、バルバライゾのいいお酒がありますよ!」
そう言って、コシュカが背負っていた大きなキスリングザックから大きな酒瓶を取り出す。
「ライラ様、これで勝利の美酒を味わいましょ!」
「おぉ! でかした!! あの戦闘中もソレを背負っていたとは、やるなおまえ! ……ところで、さっきから妙に馴れ馴れしいけど、おまえだれだ?」
そう言って
「申し遅れましたが、僕はデーデキント様に使役するケット・シーのコシュカです。ライラ様のことは『音と匂い』ですぐに分かりました」
そう言いながら、トクトクとグラスに
「かの伝説の三姉妹のうちのひとり、『守護天使』であらせられるライラ様にお会いできる幸運に乾杯!」
「お、おう。お前いいな! そうだ、そうだった! あたしは偉大な魔法使いなんだ!」
そう言って酒瓶とグラスを片手にはしゃぐ2人を横目に、大トロールのゴッザムやヴォルグたちは地下大聖堂に集まっていた人々と生存を確かめ合い、アルドコルたちが持参していた
「お! そうだ、コシュカとやらよ。美酒の礼に、これからお前にあたしの偉大さを見せてやろう」
真っ赤な顔をしたライラがそう言って、虚空に伸ばした腕を振り回しながら小さく頷いたあと、千切れて小さくなったタンバリンの遺骸をてのひらでやさしく包む。
「んん? ライラ様、何をするんですか?」
ライラと同じく真っ赤な顔をしたコシュカが、その光景を覗き込みながら尋ねる。
「どうやら、こいつだ。こいつのせいで、あたしはホーホの野郎に飛ばされたらしいからな。仕返しだ」
ふたりの酔っ払いが、しゃがんでタンバリンの亡骸をもてあそんでいる。
「おい! 何をしている!」
ふたりに気づいたゴッザムが、怒気を込めた声を上げた刹那、タンバリンの亡骸と酔狂たちが光に包まれた。
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