2.

「それ、いつの話? 今日? じゃあ、なんでアンタは今ここにいるの? もうその世界救ったの? 一時間も経ってないじゃん」

 不機嫌そうに、だけど期待に胸を膨らませて――といった様子で俺の話を聞いていたのは、幼馴染みの宮下サツキだ。

 小柄で童顔、さらにツインテールがトレードマークという見た目のせいで、小学生に間違われることも少なくない。

 サツキは大きな目を輝かせて話の続きをねだった。

 俺は「仕方ないな」と言ってから、異世界の話をしてやった。

 眠っている間に迷い込んだ異世界では俺は勇者で、制服のポケットにたまたま入っていたチョコレートが、向こうの世界では魔法の果実と呼ばれる特別なアイテムだったということ。

 女神様の説明によると、魔法の果実はいろいろと種類があって、その中身によって能力が変わるらしい。

「なんでも、チョコレートが俺の力を引き出すためのマジックアイテムみたいなもので、今回はアーモンドだったから植物をイメージした力だったらしい」

「ベリー系だと、あまくてさわやかだから……回復魔法とか?」

「高カカオのだと闇の力とかかなあ」

 俺は顔の前に手のひらを合わせ、それっぽいポーズをとって言った。サツキは「おー」と感嘆の声を上げる。

「そういうわけで、世界を救う役目を仰せつかったんだが、いかんせん、魔法の果実が足りないとなんともならないんだ。それで物資調達のためにいったん戻ってきた。早く世界を救わなければいけないのに……!」

 深刻そうに言うと、サツキは緊張した面持ちでゴクリと唾を飲み込んだ。

 今だ。

「ああ。誰かいろんな味が入ったチョコレートのセットとか都合良く持ってたりしないよな。それさえあればなんとかなるのに」

 わざとらしくため息をついてから、悔しそうな顔を作った。

 ちらりと横目でサツキの様子をうかがう。

 サツキの視線が動いた。

 机の横、小さな紙袋が下がっている。その紙袋の中を一瞬覗いた。

 覗いて、何か考えて、そして俺の方へ視線を戻した。

「……あるけど」

 いつもの威勢はどこにいったのか、ごにょごにょと言う。

「なんて?」

「だから、あるわよって」

「なにが?」

 進まない会話にさすがに苛立ちを覚えたようで、紙袋をつかむなりぐいと俺の胸元に押しつけた。

「友チョコ、数まちがって多く持って来ちゃったから、その残り物! ……ちょうど、アソートなんとかっていういろんな味のチョコが入ったやつだから」

 さらにぐいと押して、受け取らないとは言わせないぞという空気を醸し出す。

「俺がもらってもいいのか? だってこれ、友チョコとはいえバレンタインの――」

「だから! 余ったって言ってるでしょ! それにアンタにあげるんじゃないの! 異世界を救うため……なんだから。かんちがいしないでよね!」

 そう言って、サツキはぷいと視線をそらした。心なしか頬が赤く染まっているように見えた。

 その様子を見てつい口もとがにやけてしまう。

 だが勢いよくサツキが振り返ったものだから、俺は慌てて表情を戻した。

「アタシからチョコレートもらったんだから、ちゃんと異世界救ってきてよね」

 自分のチョコレートがひとつの世界を救う。そのことを心底誇らしく思っているような顔をしていた

「ああ、もちろんだよ。ありがとう、サツキ」

 がしっと握手を交わして、俺はサツキのクラスをあとにした。




 机の上にチョコレートを置いて、いろんな角度から写真を撮った。

 サツキからもらった異世界を救うためのチョコレートは、ハート型の缶にキャンディ包みのチョコレートが十粒ほど入ったものだった。

「友チョコなわけないじゃんねー。それ二千円くらいするやつだよ」

 自称スイーツ王子が、缶に書かれたブランド名を指差す。

「自分のためのチョコだって最初からわかってるくせに。ほんと毎年毎年、面倒なことをするよね」

 スイーツ王子は呆れた顔で言った。

 そんなことは気にせずに、さっそくひとつ口に放り込んだ。

「コーヒー味か。コーヒーはどんな能力がいいかなあ」

 言いながら、設定を考えることよりも味わうことに重きを置いていた。たしかにこれはうまい。高いだけのことはある。

「でもサツキがくれるんなら、どんなもの嬉しいんだけどな」

 俺が言うと、スイーツ王子をはじめ、周囲にいた複数の男子が舌打ちをした。

「それを本人に言っててやればいいのに」

 そんな声が上がるのは当然だ。

「でも、それ言ったらサツキは余計にくれなくなるからなあ。ほら、俺のこと嫌いだけど腐れ縁の幼馴染みだから仕方なく一緒にいるらしいから」

 表ではそういう態度をとりながら、俺と同じ高校に入るために頑張って勉強するようなカワイイやつなのだ。

 俺が困ったように言うと、スイーツ王子が声を上げて笑った。

「だからって、渡しやすくするための設定とか、ふつう用意してあげる?」

 そう言いながら、俺のスマホの画像フォルダを勝手にいじる。

「このときはなんだっけ」

 指を差したのは金ぴかに光るコインチョコ。

 小学生のときにサツキからもらったものだ。

「このときは……たしか異世界の通貨がコインチョコで、伝説の武具を買うのに必要なんだとかそんなような」

「これは?」

 次は手作りのチョコチップクッキー。

 これはたしかおととしのもの。

「これはあれだよ。異世界の少女の手作りお菓子が魔王にとっては毒になるとかなんとか」

「それが通じるとは、もう……ね。じゃあ、こっち」

 ため息交じりに開いたのはひとつ二十円くらいでコンビニのレジ横などでよく見かける有名なやつ。去年は受験がらみでケンカしたせいでそれだった。

「この時は――受験で忙しくて異世界を救えなかったって悲しそうに言ったら、帰り道で買って励ましてくれてさ。二人で一緒に食べた」

「いや、それもう普通に付き合えよ」

 あちこちで「そうだそうだ」と声が上がる。

 その中で俺は苦笑い。

「あの性格だからさあ」

 サツキはいわゆる『ツンデレ』というやつで。ただしデレてるところをまだ見ていないので、単なる『ツン』である可能性は否定できない。

 サツキの姉から「今年はキミのためにこういうチョコを用意してたみたいよー」と毎年必ず連絡が入るので好意を持ってくれていると信じているのだが。なんにせよこちらから何か仕掛けない限り渡そうとしないのだ。

 一度、日付が変わるギリギリまで粘ったこともあったが、やはり自分からは切り出さないという徹底ぶりだった。

「それで、異世界大好きな宮下さんのために、渡さざるを得ない状況になるような、異世界がらみの設定を用意してあげるってわけ? しかも宮下さんが用意したチョコにぴったりなやつを?」

 スイーツ王子は、健気だねえと涙を拭うような仕草をしてみせた。

「まあでも、小さいときならともかく、僕らももう高校生だからそろそろ異世界設定は信じないんじゃない? って言うか、今回のだって信じてないでしょ、きっと」

「さあ。どうだろうな」

 俺は小さく笑って、サツキからもらったチョコレートを大事にしまった。帰りまでにすべての味を試してそれに相応しい設定を考えなければなと思った。

「適当でいいんじゃない。どうせ信じてないって」

 スイーツ王子は呆れた顔で言う。

 しかし――

「ちょっと!」

 教室に駆け込んだサツキが、みんなの視線も気にせずに、まっすぐに俺の前に立った。

「いい?」

 顔をぐいと近づける。

「言い忘れたけど、どの味がどんな能力になったか、ちゃんとあとで教えなさいよ!」

 疑う様子など微塵も見られない顔つきで宮下サツキは念を押した。

 周囲から笑いやため息がもれたようだが、サツキの耳には届いていないようだ。間接的とはいえ長年関わりながらも一度もその目で見ていない異世界の風景を思い描きながら、サツキはうっとりとした表情を浮かべていた。

「楽しみにしといてよ。サツキからもらったチョコレートで、世界を救ってみせるから」

 その言葉でサツキが思った通りの反応を見せるから、俺は来年もその次の年も同じように異世界に旅立つのだ。


 ただし二月のこの時期限定で。


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毎年、特定の時期にだけ 異世界に召喚される男子高校生の話 葛生 雪人 @kuzuyuki

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