幼馴染に捧げる楽園

おうぎまちこ(あきたこまち)

幼馴染に捧げる楽園


 目が覚めると、そこは異世界だった。


 目映い光が眼裏を刺激してくる。

 眼が慣れるにつれ、豪奢なシャンデリアが飾られた見知らぬ天井だと気づく。

「ここは……?」

 身体を起こすと、滑らかな絹で出来たシーツが身体の上を滑り落ちた。

 自分が何も身に纏っていないことに気づき、羞恥で頬が火照り、全身が紅く色づいていく。

 キョロキョロと室内を見渡す。いわゆるゴシック調の家具で誂えられた中世風の部屋のようだ。

 シーツを身体に巻き付けベッドから立ち上がり、蔦模様が彫られた全身鏡の前に自身の姿を写してみる。そこにいたのは肩先までの黒髪に切れ長の黒い瞳、高校生ぐらいの年齢の見慣れた少女の姿だった。

「間違いない、私ね」

 ゆっくりと室内を歩み、フランボワーズの火炎装飾が施された窓から外を覗く。

「遠くにお城の尖塔……」

 階下では色濃い緑が生い茂り、紫色をしたサフランの花が風でそよいでいる。

 今まで自分の住んでた日本では目にすることのない光景が眼前に広がっている。

「最近小説でよく読んでいた、いわゆる異世界転移というやつ? そんな、まさか……」

 顎に手を当てながら考えていると、背後に扉がギギイっと音を立てて開いたので、ビクンと身体が震える。

 警戒するのを忘れていたことを後悔しながら後ろを振り向くと、そこには――。

「相変わらず、落ち着きがないな、アリサは」

 日本人にしては色素の薄い銀色髪に、透明感のある青い瞳をした、白衣を着た長身痩躯の美青年。

「トウヤ」

 自分よりも数歳だけ年を取った姿なのが気になったが、紛れもなく幼馴染だ。

 引っ込み思案の自分とは違って、勉強もスポーツもこなす天才少年。

 周囲の憧れの的である彼が、私の幼馴染だと言っても誰も信じてはくれないぐらいに人気の存在だ。

 神童と言われていた彼は、私には分からないような難しい研究をよくしていて、海外の有名雑誌に論文を寄稿したところ、査読者達の度肝を抜くようなインパクトファクターだったかなんだったかを叩き出したのだ。日本では飛び級制度がないが海外にはあるというので、近頃海外留学をしたはずだったのだが……。

「どうしてトウヤがここにいるの?」

 すると、相手はこれみよがしにため息を吐いた。

 頭は良いが私に対してだけ、どことなく嫌みな態度をとってくる彼にちょっとだけむかっ腹が立ったがスルーすることにする。

「お前の大好きな異世界だよ」

 彼がにやりと口の端を上げながら告げた。

「異世界……本当に?」

「もちろん、俺が嘘をついたことがあったか?」

「……ないわね」

 だとすれば、本当にここは異世界なのだろう。

 なんとなく疑問が残るので尋ねてみる。

「トウヤも一緒に転生したの?」

「そうだよ」

「私達、トラックにはねられて死んだの?」

「ベタだな……どうだろうか、気づいたらここにいたからな。だが、俺の方がしばらく前から目覚めていて、ここ数年間お前の世話をやっていたんだよ」

 だから、彼は自分よりも少しだけ年上の姿になっていたのか……。

 モンスターなんかが出て治安が悪いのではないかと少しだけ不安に思っていたら――。

「ここは日本以上に安全な場所だ。数年お前より先に目覚めた俺が断言しよう」

 その言葉にぱあっと胸の内が明るくなった。

「だったら、これから憧れのスローライフを楽しむのね!!」

 小学生の頃のようにキャッキャとはしゃいでいると、トウヤがやれやれと言った表情を浮かべた。

「本当に脳天気なやつだな」

「もう、トウヤはすぐ意地悪言うんだから!」

 その時、頭が少しだけクラリとした。

 逞しくなった二の腕でトウヤに抱き寄せられると、なぜだか妙にドキドキしてしまう。

「急に動いたから身体がキツいだろう、ベッドに戻りなよ」

「そ、そうね……」

 そうして、私はまたベッドに戻る。

 皆がどうなったのか気にはなったが、明日以降に考えよう。

 転移前後のことが思い出せない。

 だが、ここから幸せな毎日が始まるのだろう。

「お休み、アリサ」

 幼馴染の穏やかな声を聞きながら、木漏れ日の中、微睡んだのだった。


***


 トウヤは眠るアリサの髪を梳きながら物思いに耽る。

 彼女には異世界転移だと話した。

 だが、本当は違う。

「ここは荒廃した地球、一度文明が滅びた、そんな場所」

 そう、ここは第三次世界大戦が起こって滅びた地球――自分たちがかつて住んでいた日本。

 大戦の最中、そうして、博士である自分の幼馴染だったばかりに危険人物と目され、凄惨の死を迎えたアリサ。

 神童だと距離を置かれていた自分に対して、嫉妬や羨望ではなく、本当の優しさをくれた彼女は死んでしまった。

 死に物狂いで研究をして滅んだ地球で生き延びて――そうして、地球に自分一人だけになった後、遂に彼女をアンドロイドとして復活させることが出来た。

 記憶を失う前、幼馴染の彼女がよく見ていた異世界モノの小説。

「アリサ、今度こそ幸せになろう」

 愛おしい彼女が今度こそ幸せになれるように……トウヤは幸せな楽園を彼女に提供するのだった。

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