どんぐりと山猫
宮沢賢治/カクヨム近代文学館
おかしなはがきが、ある土曜日の夕がた、
かねた一郎さま 九月十九日
あなたは、ごきげんよろしいほで、けっこです。
あした、めんどなさいばんしますから、おいでんなさい。とびどぐもたないでくなさい。
山ねこ
こんなのです。字はまるでへたで、
ね
けれども、一郎が
すきとおった風がざあっと
「栗の木、栗の木、やまねこがここを通らなかったかい。」とききました。栗の木はちょっとしずかになって、
「やまねこなら、けさはやく、馬車でひがしの方へ
「東ならぼくのいく方だねえ、おかしいな、とにかくもっといってみよう。栗の木ありがとう。」
栗の木はだまってまた実をばらばらとおとしました。
一郎がすこし行きますと、そこはもう
一郎は滝に
「おいおい、
「やまねこは、さっき、馬車で西の方へ飛んで行きましたよ。」
「おかしいな。西ならぼくのうちの方だ。けれども、まあも少し行ってみよう。ふえふき、ありがとう。」
滝はまたもとのように笛を
一郎がまたすこし行きますと、一本のぶなの木のしたに、たくさんの白いきのこが、どってこどってこどってこと、
一郎はからだをかがめて、
「おい、きのこ、やまねこが、ここを通らなかったかい。」
とききました。するときのこは、
「やまねこなら、けさはやく、馬車で南の方へ飛んで行きましたよ。」とこたえました。一郎は首をひねりました。
「みなみならあっちの山のなかだ。おかしいな。まあもすこし行ってみよう。きのこ、ありがとう。」
きのこはみんないそがしそうに、どってこどってこと、あのへんな
一郎はまたすこし行きました。すると一本のくるみの木の
「おい、りす、やまねこがここを通らなかったかい。」とたずねました。するとりすは、木の上から、
「やまねこなら、けさまだくらいうちに馬車でみなみの方へ
「みなみへ行ったなんて、
一郎がすこし行きましたら、谷川にそったみちは、もう細くなって
その草地のまん中に、せいの
一郎はだんだんそばへ行って、びっくりして立ちどまってしまいました。その男は、
「あなたは
するとその男は、
「山ねこさまはいますぐに、ここに
一郎はぎょっとして、一あしうしろにさがって、
「え、ぼく一郎です。けれども、どうしてそれを知ってますか。」と言いました。するとその
「そんだら、はがき見だべ。」
「見ました。それで来たんです。」
「あのぶんしょうは、ずいぶん
「さあ、なかなか、ぶんしょうがうまいようでしたよ。」
と言いますと、男はよろこんで、
「あの字もなかなかうまいか。」とききました。一郎は、おもわず
「うまいですね。五年生だってあのくらいには書けないでしょう。」
すると男は、
「五年生っていうのは、
「いいえ、大学校の五年生ですよ。」
すると、男はまたよろこんで、まるで、顔じゅう口のようにして、にたにたにたにた笑って
「あのはがきはわしが書いたのだよ。」一郎はおかしいのをこらえて、
「ぜんたいあなたはなにですか。」とたずねますと、男は
「わしは山ねこさまの馬車
そのとき、風がどうと
一郎はおかしいとおもって、ふりかえって見ますと、そこに
「いや、こんにちは、きのうははがきをありがとう。」
山猫はひげをぴんとひっぱって、
「こんにちは、よくいらっしゃいました。じつはおとといから、めんどうなあらそいがおこって、ちょっと
「いかがですか。」と一郎に出しました。一郎はびっくりして、
「いいえ。」と言いましたら、山ねこはおおようにわらって、
「ふふん、まだお
そのとき、一郎は、足もとでパチパチ
「あ、来たな。
馬車
空が青くすみわたり、どんぐりはぴかぴかしてじつにきれいでした。
「
「いえいえ、だめです、なんといったって頭のとがってるのがいちばんえらいんです。そしてわたしがいちばんとがっています。」
「いいえ、ちがいます。まるいのがえらいのです。いちばんまるいのはわたしです。」
「大きなことだよ。大きなのがいちばんえらいんだよ。わたしがいちばん大きいからわたしがえらいんだよ。」
「そうでないよ。わたしのほうがよほど大きいと、きのうも
「だめだい、そんなこと。せいの高いのだよ。せいの高いことなんだよ。」
「
「やかましい。ここをなんとこころえる。しずまれ、しずまれ。」
「
すると、もう、どんぐりどもが、くちぐちに
「いえいえ、だめです。なんといったって、頭のとがっているのがいちばんえらいのです。」
「いいえ、ちがいます。まるいのがえらいのです。」
「そうでないよ。大きなことだよ。」がやがやがやがや、もうなにがなんだかわからなくなりました。
「だまれ、やかましい。ここをなんと
「
「いえ、いえ、だめです。あたまのとがったものが……。」がやがやがやがや。
山ねこが
「やかましい。ここをなんとこころえる。しずまれ、しずまれ。」
「このとおりです。どうしたらいいでしょう。」一郎はわらってこたえました。
「そんなら、こう言いわたしたらいいでしょう。このなかでいちばんばかで、めちゃくちゃで、まるでなっていないようなのが、いちばんえらいとね。ぼくお
「よろしい。しずかにしろ。申しわたしだ。このなかで、いちばんえらくなくて、ばかで、めちゃくちゃで、てんでなっていなくて、あたまのつぶれたようなやつが、いちばんえらいのだ。」
どんぐりは、しいんとしてしまいました。それはそれはしいんとして、
そこで
「どうもありがとうございました。これほどのひどい
「
「いいえ、お礼はどうかとってください。わたしのじんかくにかかわりますから。そしてこれからは、葉書にかねた一郎どのと書いて、こちらを裁判所としますが、ようございますか。」
一郎が、「ええ、かまいません。」と
「それから、はがきの
一郎はわらって言いました。
「さあ、なんだか
「それでは、文句はいままでのとおりにしましょう。そこで今日のお
「黄金のどんぐりがすきです。」
山猫は、
「どんぐりを一升早くもってこい。一升にたりなかったら、めっきのどんぐりもまぜてこい。はやく。」
別当は、さっきのどんぐりをますに入れて、はかって
「ちょうど一升あります。」山ねこの
「よし、はやく馬車のしたくをしろ。」白い大きなきのこでこしらえた馬車が、ひっぱりだされました。そしてなんだかねずみいろの、おかしな形の馬がついています。
「さあ、おうちへお
ひゅう、ぱちっ。
馬車は
馬車が
それからあと、山ねこ
どんぐりと山猫 宮沢賢治/カクヨム近代文学館 @Kotenbu_official
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